「橋内、遂に尉官まで来たな。」
中佐の手から直々に、盃に酒が注がれた。
「ありがとうございます。」
注がれた酒を舐めると酒保で売っている酒とは天と地ほど違う芳香の良い香りが口内に広がった。
俺一人を呼び出し、こんな高い酒を飲ませる意図が汲み取れず、嫌な予感に引き攣りそうになる頬を無理矢理笑顔で引き締める。
「これもひとえに竹内中佐のご指導のおかげです。」
そんなわけはない。
戦争が始まり次々と補充される人員。予科練を卒業し死なずにこの歳になれさえ居れば順当といったところだった。
しかし本当のことを言って上官に敵を作っても仕方がない。兎に角今は耳障りの良い言葉を並べ立て程よく酔わせ、一刻も早くこの場から逃げる為に愛想を絞り出した。
男の笑い声が響きわたる店、癪をする女の色を含んだ視線と化粧の匂い、その女を見る下卑た男の視線。色めき立つ男女を見せつけられるこの場はいつ来ても慣れない。
可愛がりを受け、そちらでの快感を知ってしまってからは女をどうこうしようと思う事が無くなり、俺は23にして未だ童貞のままだった。
もう一度あの時の感覚を味わいたいと思うことはあれど、女を抱きたいとは思えなくなってしまった身体に、人間の営みから逸れてしまった自覚があるのかもしれない。
正しい男と女の性の交わりをまざまざと感じるこの場は俺にとって居心地の悪い場でしかなかった。
俺にしなだれかかるように寄り添い酌をする女から正座を座り直すふりをして体を遠ざけていると酔いの回った中佐がその攻防を見ながら眉間を寄せる。
「橋内ィ、貴様童貞と言う噂は本当のようだな?」
女達の視線がハッと俺に向き、冷や汗がドッと出る。隠してもいない事だが、こうやって公然と口にされると居た堪れない気持ちにさせられる。
「橋内、女を抱かなければ見えてこないものもある。貴様の成長の為には童貞を捨てろ。上の立場になるんだ、面目も立たない。」
突拍子もない持論をクドクドと語り続ける。つまりは今ここで俺の童貞を隣の女で捨ててこいと言う事だ。
「竹内中佐、お気持ちはありがたくいただきます。ですが俺は今は隊のことで頭がいっぱいで女に現をぬかす余裕がありません。」
下手に断り続けても竹内中佐は頑として引かず、俺は女に腕を掴まれ部屋に連れて行かれたのだった。
「すまないが、裏から返してもらえないだろうか?」
遊女としても金だけ貰って休めれば儲けだろうと頼み込んでみたところ、驚く返答が返ってきた。
「あの人、お気に入りの部下の童貞を馴染みの私で捨てさせることに愉しみを感じている人なのよ。しないと私も叱られてしまう。ダンナもよ。」
知りたくもないし中佐の意図を知ってしまい背筋がぞわりと粟立つ。
「ダンナは寝てればいいさ、私が勝手にやるよ。」
そう言うと俺の軍服を慣れた手つきで脱がし始めた。
「申し訳ないが無理かと思う。」
中佐の意図も含め混乱で勃つとも思えない状況に本音を吐くが、女はそれを無視し俺の下半身を弄りだした。
遊女の技巧とは文字通り巧みで自分で行う自慰とは別のものだった。
気がつくと勃たないと思っていた俺のものは俺に跨る女の体内に収められていた。
昔、同期達が初めて女を抱いた時の浮かれた様を思い出す。まるで人生が変わったかのような物言いに大袈裟だなと思っていたが、実際自分自身で体験してみると、矢張り大袈裟だったなとしか思わない何とも味気ない童貞の喪失だった。
女体の滑る体内で自慰をしているような感覚に、こんなものかとどこか冷めた頭で女を見上げる。
「ちょっと疲れたからダンナが動いてよ。」
そう言うと女は俺のものを抜きうつ伏せで横になった。
中佐のお望みの俺の筆下ろしも済ませる事ができた事だし、もうここで終わりにしたいが女がそれを許さない。
「早くしとくれ!」と急かされるまま後ろから挿入しぎこちなく腰を動かした。
女の背中を見ていると、ふとあの時の俺もこの姿勢で犯されたな…と気がつく。
可愛がりを受けていた頃は手を縛られ後ろから犯されたことしかなかった。
そう、手こそ縛ってはいないがこんな感じで。
あの時俺を痺れさせた手練れの先輩は確かこんな感じで俺のことを責め立てたな…と思い出しながら同じように腰を動かすと女が今までとは違う甲高い声で喘ぎ始めた。
俺は深く押し付けられながら下向きに揺さぶられると、痺れと共に達したんだったな…すると女の身体は次第に反り返り硬直し、ピンと伸ばしたつま先がブルブルと震えた。
女の震える体内の締め付けを感じ、この人も痺れているのか…と気がつくと不意に腹の中がズクリと疼く。突かれているわけでもないのに、あの時の痺れが身体駆け抜ける。
まずいと思い引き抜くと女の背中の上に果てたのだった。