子供の頃から身近にあった阿波踊り。
あの陽気なリズムに合わせて踊る男踊りは女踊りの指先からつま先まで統率の取れた集団の踊りとは違いダイナミックかつ自由、でも繊細な動きに幼い頃の俺は心を射抜かれた。
それからずっと所属してる桜花連。老舗のこの連で毎年阿波踊りに参加していた。
「今年は新しい連が増えたんだな」
練習終わりに喫煙所で仲間と配られたばかりの阿波踊り当日のタイムテーブルをチェックしていると見慣れない連の名があった。
「蛍連?」
「ああ、そこの連は大学の学生の連だよ。きーやも同じ大学だよな?誘われなかったか?」
そういえば以前勧誘を受けたが、女踊り主体のチームで男踊りのメンバーを集めて欲しいと面倒な頼みごとをされたため、断ってそれきりだったことを思い出した。
「特別枠で参加できるみたいだな。」
特別枠と言っても今回限りのお遊びなんだろう、酷い踊りをして恥かかないといいんだがな…
なんて思っていたあの頃の俺をぶん殴ってやりたい。
男踊りは結局集められなかったらしい。女踊りのみで構成されていた蛍連は大学のサークルとは思えない統率の取れた動き、一人一人動きもとてもしなやかで突然降って湧いた彗星に、冷やかしに見にきた俺らは度肝を抜かされた。
特に中央にいる背の高い色白の女のしなやかさはダントツで、下手したら老舗の連のトップとも引けを取らないようなテクニックと艶やかさを持っている。
顔が見てみたいと思ったが、笠で顔が隠れてほとんど見えない。傘の隙間から見える紅を入れた少し厚い唇がとてもセクシーだった。
「すごく綺麗だった。あ、俺同じ大学の鍵谷ってんだ。」
蛍連の控えの場まで挨拶に赴くと以前俺をサークルに誘ってきた先輩に道を塞がれた。
「鍵谷ありがとう、私ら疲れてるから今度でいいかな?」
お前に話をしたくて来たわけではないのに目的の子まで挨拶しに行く余裕を与えてくれない。
「今日真ん中にいた長身の子、あんな子いたんだ?今日の大会で一番綺麗かもしれない。経験者?挨拶させてよ」
焦る気持ちから矢継ぎ早に言葉が出てくる。
「マエは人見知りだから絶対にダメ。ほらさっさと帰れ!どうせ女漁りしに来たんでしょ?みんなー!鍵谷が女漁りしに来たよー!」
酷い言われように開いた口が閉まらない。
いや、このサークルの子も何人かは関係があった子もいるが…合意の上で漁ったわけではない。
「せめてマエちゃんのLINEだけでも」
鉄壁のガードに懇願するも、しつこかったのか、警備員を呼ぶそぶりをされてしまい、すごすごと引き下がるしかなかった。
あれから大学のサークル情報で蛍連の練習場所を突き止めて見学に行ったこともあったが、既に《マエちゃん》は辞めた後だった。
「マエはあの大会一回限りの約束で入ってくれたからもういないよ。ところでさ、あの大会で阿波踊りに興味持ってくれた人が増えて男踊りも次からは入れようと思ってるんだけど鍵谷入らない?阿波踊り長いんでしょ?教えてやってよ!」
マエちゃんに会えない上に無駄な仕事を押し付けられそうになる。図々しい女は苦手だ。
「俺は子供の頃から入ってる桜花連が好きだからさ、悪ぃんだけど。マエちゃんに俺のLINE教えといてな!」
そう言い退散してからマエちゃんからLINEが来ることが無いまままた次の年の阿波踊りの季節になってしまった。
去年の功が奏し、蛍連は今年から設けられた学生枠として出場をしていた。
俺の桜花連の番が終わり、汗を拭っていると大学の名がアナウンスされる。
先頭を歩いてくるのは男踊りの衆達で、若さを全面に出した力強い踊りではなく、伝統的な男踊り…まるで老齢のベテランのが踊るような足先から指先まで全てに神経を研ぎ澄ませた踊りだった。
特に先頭にいる色白の男の踊りは格別で、腰の位置が低く足の運びが繊細で、長年阿波踊りをしている俺から見ても見惚れてしまう程の美しさだった。
ちらりと覗く内腿の白さにドキリとし、その男の顔を見る。手拭いが鼻被りにされているため顔がよく見えないが、きゅっと楽しそうに引き締まった唇に見覚えがあった。
あの手足の運びの繊細さ…マエちゃんは男だったのか…。
そう気がつくと脳天から足までビリビリと衝撃が走る。
「参ったな」
口からこの言葉が溢れたが、心はワクワクが止まらず、ゴール地点まで駆け出す。
踊りを終えたマエが腰を起こしたところで声をかけた。
「なあ!マエ!LINE教えて!」