チクリと小さな痛みを感じると、そこから冷たい感覚が血管を通り全身に広がっていく。
この感覚は何度打たれても好きに慣れず眉間に皺を寄せた。
「田中はいつまで経っても慣れないね。他の子は皆何回か打てば喜んで打たれに来るのに」
久井軍医中尉は注射を片付ける姿を目で追っていると、視界が眩しくなってくる。
見えるものの輪郭が明確になり色も目が痛いくらいに鮮やかに見えてくると耐えきれずに両手で目を塞いだ。
「久井軍医中尉、俺はいつまでこの治療をしなければならないのですか?」
視界を塞いでも、遠くて片付けしているはずの久井軍医中尉の足音までがはっきりと聞こえる。研ぎ澄まされすぎた五感が脳を刺激して爆発しそうだった。
「田中の出撃の日まで治療は続けるよ。酒井大佐の命令なんだ。君が変な気を起こさないように治療を続けたまま征かすと。」
声が頭の中に響く。両耳を手で塞ぐとその場でうずくまった。
「落ち着くまで寝台にいなさい。」
脇の下を支えられ立ち上がるとふわりと匂いがしてくる。煙草と男の体臭だ。
「八木さんっ!!」
ああ、八木さんだ、生きていた!八木さん八木さん
無我夢中で男の首に顔を埋めていると久井軍医中尉の髪の毛が顔に当たり気がつく。
「八木さんじゃない…」
慣れた様子で久井軍医中尉は俺を立ち上がらせると寝台へ寝かす。
「そうだ、私は八木中尉ではない。錯乱して八木中尉を求めている君はまだ病気が治っていない証拠だ。」
横になっても体の芯がジリジリと燃えている。肌に触れるリネンの繊維一本でさえ肌で感じることができ、休むところではない。
「あと20分で君の飛行訓練だ。飛ぶことに集中しなさい。」
耳を塞いでも聞こえる久井軍医中尉の言葉に頷くことで返事をした。
田中を残し医務室を出ると大きくため息をついた。
八木中尉の特攻の失敗は上層部では周知の事実だった。八木に心酔している田中が知れば脱走、もしくは不時着なりするに違いない。
田中が征くまで知られてはならない。
しかし爛々と光る田中の瞳を思い出して気が滅入った。
「俺は一体なにをしているんだ」