狂犬ハンターと飼い主さん(ヴェル誘拐編) この世界の影で暗躍する組織、『ギルド』。
表の世界の正義や秩序を守る為、闇の中で戦い続ける者達の集いだ。
その中でも、ひときわ異彩を放つ二人組がいた。
武器製造人にして研究者、ヴェルナー。
『ギルドの狂犬』と恐れられる女ハンター、ハン。
これはそんな彼らの記録である。
ヴェルナーは暗闇の中で目を覚ました。息苦しさと全身の痛みに身悶える。
(……しくじった……)
顔には黒い布がかけられ、首にも、手にも、足にもガッチリとした枷が嵌められている。
身動き一つ取れない。
おそらく敵対組織に襲われ、拉致されたのだろう。
バサっ、と布が剥がされる。眩しい裸電球の明かりに思わず目を細めた。カビ臭さが鼻を貫き、吐き気すら覚える。
「お目覚めの様だなぁ……さて、お前は何者だ?なんで俺たちを嗅ぎ回ってた?」
低く唸る様な声。目の前の男が尋問役らしい。
目が慣れてきて男の顔を確認できた。この組織のリーダー、つまりターゲットだ。
ヴェルナーは視線を逸らし、視線だけを巡らせた。
窓はない。おそらく地下だ。それもかなり奥深い場所。
「よそ見してんじゃねぇ!」
ガンっ、と鈍い音が鳴り、鉄の味が口いっぱいに広がる。
男の拳が頬を打ち抜き、ぐっと髪を掴み上げてきた。
ヴェルナーは返事の代わりに、血混じりの唾を男の顔に吐きつけた。
「……この野郎!」
男は怒り狂い、ヴェルナーの服の前を乱暴に引き裂く。
「おい、鞭持ってこい。コイツの体、ズタズタにしてやる」
ハンはスマホの画面を睨みつける。
「……ヴェルーはここに居るんだな……」
赤い点は目の前の倉庫を指し示していた。
ハンはメリケンサックをはめ、ジャンパーのジッパーを一番上の首元まで上げた。
「……ヴェルー……今行く」
低く唸り声の様に呟く。
そして倉庫のガレージを思いっきり殴りつけた。
大きな音を立ててガレージに穴が開く。穴に手を入れ、ググッと広げて彼女は倉庫の中に入った。
「なんだ!てめぇ!」
「侵入者だ!」
敵の男達が銃やナイフを構えてハンの周りを取り囲む。彼女はニヤリと笑うと腰から二丁の銃を取り出した。
同時に銃声が轟ぎ、一気に数人が床に倒れる。
男達は情けなく悲鳴を上げた。
「今、私を怖いと思ったでしょ。ならアンタは私に勝てないね」
男達の首はいつのまにか小型ナイフに持ち替えていたハンにあっさり斬られた。血飛沫が上がり、そのまま床に全員倒れ込む。
「ヒ、ヒィ!い、命だけは助けてくれ!」
一人だけ男をハンは残していた。ヴェルナーの居場所を聞く為だ。
「アンタらが、私のバディ拐ったのは知ってんの」
ナイフが男の軽動脈をなぞる様に置かれた。
「私のバディはどこに居るんだ?あ?答えろ」
男は失禁しながら地下に繋がる扉を指差した。
ハンは男の首にナイフを滑らせてその扉へと向かった。しかし鍵がかかっている。
「ちっ!クソ野郎が!」
中指突き立て、扉を力いっぱい蹴り飛ばす。
「開きやがれ!ごらぁ!」
3回ほど全力の蹴りを入れると扉はベコベコになりながら開いた。
彼女は走って廊下を進み階段を降りる。
足音が響く。カビ臭い空気の中に鉄臭さを感じた。
ヴェルナーの匂いだ。
「おい、貴様、どこから入った!」
地下にいた男達がハンに銃口を向ける。
彼女は拳銃を構えた。
鞭がヴェルナーに三発ほど振るわれた時。
「ボス!」
一人の男が焦った様にターゲットの男に耳打ちをした。
ターゲットは顔を怒りで赤くしてヴェルナーの顔を掴んだ。
「テメェ!何呼び込みやがった?!暴れてるあの女はなんだ!」
ヴェルナーは口を静かに開きニヤリと笑う。
「……俺の可愛い可愛い馬鹿犬……ハンはな、飼い主のことが大好きなんだ。それより悪いな、俺は放し飼い主義だから枷を付けてないんだ……」
ドカン、とドアの向こうで何かが殴られる音がし、その後、何十発もの銃声と男達の悲鳴が聞こえた。
「……喜ぶ姿がまた可愛くてな、ついついおもちゃをあげてしまう……」
ヴェルナーが言い終わるか終わらないうちにドアが音を立てて破壊された。
「やっほー!ヴェルー!迎えにきたよー!」
ハンはヴェルナーを見るとパッと明るい顔をしてニコニコと手を振る。
「遅いぞ。早くこの鎖外してくれ」
ターゲットの男とその取り巻きは一瞬何が起きたのか理解が追いつかなかった。目の前で扉を破壊したのはどう見てもうら若き少女だ。しかし、全身にこびり付いた返り血と彼女が持つ武器はどう見ても堅気のもので無い。
取り巻きの男は彼女を取り押さえようと動いたがその瞬間にノールックで彼女はヘッドショットを決めた。
「ふざけんなっ!この男がどうなってもいいのか!?ああ!?」
ターゲットの男はヴェルナーの首に小型ナイフを突きつけ、ハンの動きを止めた。
「あ?」
「てめぇ!よくもやりやがったな!クソアマが!目の前でテメェの飼い主殺して、その後テメェもぶっ殺してやる!」
ハンはゆっくりとターゲットに照準を合わせる。
「余計な動きを……」
バンっ、と銃声が鳴り、男は倒れた。カランと床にナイフが落ちる。
「ちっ、ごちゃごちゃうるせぇんだよ。ばーか」
中指突き立て舌を出し、ハンはスマホを取り出した。
「おい、アンタ、早く外してくれ」
「写真撮ってから外すねー」
ハンはさっきまでの殺意はどこへやら。
ハンはスマホを持ってヴェルナーの周りをクルクルと周り様々なアングルで写真を撮る。
「うわぁ、えっち。いろんな角度から撮らないと」
「おい、あとで覚えてろよ」
「こんなに色っぽいヴェルー初めて」
「絶対やり返すからな」
ハンは枷に手をかける。そしてピッキングでパチンと枷を外した。
ヴェルナーは手首を回しながら壊れて開け放たれた扉の外に出る。
「アンタは、もっと静かに侵入するとか出来ないのか?」
「時間かかるじゃん。却下」
「……目立ち過ぎた。とっととずらかるぞ」
「承知した」
二人は走って倉庫から抜け出す。
アパートに戻った後、ハンは慣れないながらも頑張ってヴェルナーの傷の手当てをした。
「痛っ……」
消毒液が沁みてヴェルナーが唸る。ハンはガーゼを押し当てて包帯を巻いた。
「……下手くそ」
「うるさい」
ややぐちゃぐちゃな包帯を見てヴェルナーは笑う。ハンはぷくっと膨れて拗ねた。
「……助けに来てくれてありがとう」
ヴェルナーは拗ねて背中を向けている愛犬の頭を撫でた。
「別に……バディだし」
愛犬……もといハンはぷくっと膨れたままだが嬉しそうにヴェルナーをちらっと見た。
「……この間欲しがってたロケットランチャー作ってやる」
「え!うそ!本当に!やったー!ヴェルー!大好き!」
クリスマス前日の子供の様にぴょんぴょん跳ね回るハンをヴェルナーはため息をつきながら笑って見つめていた。