キスの日イイ雰囲気にしたい。なんて陳腐な言葉で言い表すのを躊躇っても、学のない自分にはそれよりも素晴らしい詩的な言葉は思い浮かばなかった。機転は効いても学者先生方のように巧みな言葉を並べるのは上手くない。ただでさえ気が重たくなる情勢に対して空元気を見せても痛々しさは否めない。
「陳先生」
白楼門から見下ろせる慣れた様子を背景にして、隣で一帯を見やる陳宮に声をかける。現状を思う言葉は互いに似たようなものだ。やれ酷い光景だ、この寒さもいつまで続くのか。減り続ける物資の蓄えはどう解消したものか。それを口にしたって事態が進展するわけでもないので、そういった話題はあの日をキッカケに二人は避けるようになった。
だからこそ多少の明るい話で気を紛らわせたい。モヤモヤと滞った思考には清涼剤でも浴びてクリアにしておきたいだろう。そんなささやかな思いやりだったら口にしてもいいんじゃないか?
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