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    miteiwow

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    トワウォ
    四仔と信一
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    悪臭四仔は診療所の戸を閉めた、最後の患者は若い女で、顔を腫らしていた。顔だけでなく、身体中に、殴打の痕があった。
    娼婦が客に殴られるのは珍しいことではないが、この診療所に来ることは少ない。信一にここに行くよう言われたという。腕が大きく腫れていたので、折れたと思われたのだろう。
    骨折はしていなかったが、目は駄目だろうな、と判断した。瞼の腫れが引いても、見えるようにはならないだろう。女はしきりに顔が元に戻るのはいつかと訊ねた。
    「化粧はするな。安静にして、痛みが引くのを待て」
    「馬鹿言うんじゃないよッ」
    すぐにでも顔の痣を消さなければ、商売にならない。女の言い分はわかる。ここに来る人間は、四仔に全てを元通りにすることを期待している。だが、彼は魔法使いではなかった。正式な医者ですらなかった。できる治療は限られている。
    「疲れたな」
    女が去ると、四仔は一人、呟いた。椅子に体重を預ける。背後の棚は天井までの高さがあり、VHSが詰め込まれていた。その隙間にはテレビが押し込まれている。そのうちのひとつの電源を入れると、裸の女が画面に映しだされた。
    アダルトビデオ。四仔は、その白っぽい肢体を眺めながら、手元の帳簿に鉛筆を走らせた。蒸し暑い。彼は覆面で顔を覆っている。布で覆われた皮膚に、虫が這っているような、むずがゆさがある。古傷が痛む。
    「おい、開けろよ」
    戸がバンバンと叩かれた。馴れ馴れしい呼びかけを聞くまでもなく、その無遠慮さから来客が誰かわかった。
    「診療時間外だ」
    「怪我じゃない。いいから見ろ、この髪型~」
    鉤を開けた途端、信一が入ってくる。戸をバンと開け、革靴を鳴らして。この男は猫のように音も立てずに歩けるのに、野良犬さながらの騒々しさで吠え立てることもあった。今夜は後者だった。
    信一は帳簿の乗った机に腰かけると、四仔によく見えるよう、頭を左右に回した。
    「どうだ、龍兄貴にやってもらった」
    信一の髪は、毛先がくるくるとした螺旋状になっている。
    「パーマだ」
    得意げに胸を張る。近頃、髪を伸ばしているのは知っていた。この頭にするためだったのだろう。
    興味ない、と告げて帳簿を捲る。信一は新しい髪型を指し、二時間かかった、と言いながら、そこらに積まれたビデオのパッケージを手にとっては、四仔の仕事の邪魔をした。褒めるまで諦めないつもりらしい。細い悲鳴が聞こえ、ふと目線をあげると、テレビでは女優が男に組み伏せられている。信一は腕を伸ばし、テレビの電源を切った。
    「まあ、今はこっちの色男を見ろ」
    「確かに色男だ。店にでも出るつもりか?」
    信一はへっへっと笑いながら、その緩くねじれた髪を揺すった。診療所に漂う、エタノールと薬草の混じった饐えた匂いに、別の匂いが混じる。鼻をつんと突く、理髪店の匂い。パーマ剤だ。
    「臭い」
    「そうかあ? 風呂は入ったぜ」
    「頭だ」
    パーマが取れてしまうから、洗わない、と信一は言った。
    四仔は信一に向き合った。へらへらと外見を自慢しているが、本当は様子を見に来たのだろうと思う。二人は友人だった。四仔が、娼婦を診た後は気分が落ち着かなくなることを知っているのだ。信一は良い奴だった。それはわかっている。だが女をここへよこしたのは当の信一なのだった。その気づかいや、優しや、気安さの一方で、この場所には理解しがたい規範が存在している。四仔が目を反らし続けているそれを、信一は不思議とも思わずに諾諾と遂行する。この男は毎日風呂を使えた。風呂で返り血を落とすことができた。好きな服を着て着飾り、二時間かけて髪の形を変えている。店に出るためではなく、暴力のためだ。そういうことに、本人がほとんど無邪気なまでに無頓着でいられることが、四仔にはわからない。そのぱりっとしたシャツを洗うのに使う、清潔な水がこの診療所にあったらどれだけ良いだろう。覆面で隠した、傷だらけの皮膚がひくりと引き攣れる。そして、この男の屈託ない笑顔が恐ろしいと思う。
    「あの女だけど。北側の食堂が、厨房で働く人間を探してる。そこで働けるようにする」
    今まで身体を売ることしかしてこなかった女に、饅頭を捏ねさせてどうなるというのだろう。四仔は訝った。返事はせず、テレビの電源を入れる。
    「やめとけって」
    信一が揶揄う。女は、今度は甘ったるい声で鳴いている。画像が荒くて、よく判別できないが、手荒に腰を抱いている男は、自分に似ていると思う。アダルトビデオを眺めていると、出てくる男は全て自分に見えた。
    信一の、気づかわし気な声が降ってくる。
    「四仔?」
    肩に置かれた手は優しい。信一が動くたび、閉じられた部屋の、滞留している空気がかき乱される。刺激臭の中に、ふわりと漂う、清潔な香りは石鹸だ。嫌いだ、と四仔は思った。こいつは黒社会しか知らない。清潔ななりをしていても、その綺麗な皮の下は腐っているのだ。嫌いだ。大嫌いだ。


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