インナー・へヴン(仮題) 彼女は冷静じゃなかった。ローファーを履いた足で、力強く地面を蹴った。
交通量の多い通りを早足で進んだ先には、ひときわ高くそびえるビルディングがあった。書泉ブックタワー。秋葉原駅のほど近くにある大規模な書店に、彼女――佐山陶子は足を踏み入れた。
陶子の嫌いなものは、人の悪意である。わざとじゃなければ大抵のことは流すし、反対にわざとそうされたのだと判明すると、怒りを滲ませることが多かった。
陶子はいじめっ子のような社会悪が憎かった。パワハラやセクハラが許せなかった。昔、街で見かけた幼い姉妹の姉が、喉の乾いた妹に施したくないがために、自分の手元にあるペットボトルの中身を飲み干してしまったので、そのときでさえ陶子は怒りを覚えた。
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