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    zeroji0

    @zeroji0

    スケベピクチャー

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    zeroji0

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    チャットGPTさんに書かせたやつ。

    俺(レイジ・ツチヤ。夢主。)×ビターギグルの夢小説。

    でもシェリジェスが好きなのでシェリジェスも絡むよ。

    口調変なのはGPTさんが悪いです。ありのままを載せています。

    💜俺ジェス💚 〜シェリジェス要素もあるよ!〜💜俺ジェス💚

    第1章:墜ちてきた男(完全修正版)

    地下深く、世間から忘れ去られたように存在する——
    バンバン幼稚園の地下研究施設、その最奥部は「王国」と呼ばれていた。

    巨大な円筒状のホールに設けられた制御室では、今日も変わらぬ日常が流れていた。
    蒸気の抜ける音、警告灯の控えめな点滅、壁にしみついた年月の匂い。
    だがその静けさは、突如として破られる。

    ——ドォォン!!

    轟音が響いた。地面が揺れ、鋼の天井が音を立てて崩れ落ちる。

    破壊の中心となった区画A-12に、赤い警報が鳴り響く。
    自動警備ドローンが上空を飛び交う中、その現場に真っ先に駆け込んだのは、片面だけ仮面をつけた異形の存在だった。

    「うわぁ……派手にやっちゃってますねぇ、これは。」

    男の名はビターギグル。
    仮面は彼の左顔面を覆う紫の光沢を持ち、右の素顔から覗く微笑は妙に柔らかい。
    仮面のない方の髪は紫、仮面のある方は緑——鮮やかなツートンカラーの髪が、瓦礫から舞う粉塵とコントラストを成していた。

    「ギグル、またお前がやらかしたのかと思ったぜ。」

    現場に遅れて現れたのは、保安官スタイルの屈強な男——シェリフ・トードスター。
    革のジャケットの胸元には星型のピンバッジが一つ光り、ポケットには似た形の予備が複数見え隠れしている。
    その腰には銃、そして鋭い眼光が揺らぎなく周囲を警戒していた。

    「まさかぁ。私の冗談はもっとスマートで、皆さんの腹筋にだけダメージ与えるんです。天井は巻き添えですよ〜。」

    「笑えねぇ冗談だ。……って、誰か埋まってるな。」

    「ええ、声が聞こえます。」

    ギグルの右目が鋭くなり、瓦礫に近づいた。

    「う……くっ……畜生……どこだここ……」

    呻くような声が瓦礫の下から漏れ出ていた。

    ギグルはそっと手を差し入れ、慎重に瓦礫をどけていく。

    「こんにちは〜、こんにちは〜、お目覚めですか〜? “落ちてきた男”さん。」

    そこにいたのは、血と埃にまみれた若い男だった。
    肌は褐色、白に近い銀髪。前髪の右側(彼から見て)にはくっきりと青のメッシュが入っている。
    オレンジ色のサングラスがズレかけ、深い緑色の袖なしジャケットの裾はボロボロだった。

    その男はうめきながら顔を上げ、ギグルを睨んだ。

    「……なんだ、お前……? ピエロかよ……?」

    「道化師ですよ。ピエロと呼ばれるのはちょっと、アイデンティティの問題です〜。」

    ギグルはひょいと右手を挙げ、仮面のない側の口元に柔らかく笑みを浮かべた。

    「ここは“王国”って言われてるんです。バンバン幼稚園の……まあ、地下のおまけみたいな場所ですね。落ちてくるにはちょっと勿体ない場所ですよ。」

    「王国……?」

    男は頭を押さえながら起き上がる。
    オレンジのサングラス越しにこちらを睨んだが、その目には鋭さよりも、焦燥が浮かんでいた。

    「名前は?」

    「……レイジ。レイジ・ツチヤ。」

    トードスターが一歩前に出る。

    「ハーフか? ここの住人じゃなさそうだな。」

    「……日本とアメリカの。親が勝手にくっついて、俺が勝手に生まれて、勝手にここまで落ちてきた。そういうこと。」

    「……落ちてくる理由にしては、ちょっとカッコつけすぎてますねぇ。」

    ギグルがくすっと笑うと、レイジは険しい目を向ける。

    「笑うな。冗談とか、そういうの……クソほど嫌いなんだよ。」

    「ふふ、それは困りましたねぇ。私は“誰かをジョークで笑わせたい”だけの、ただの存在ですから。」

    レイジは何も言わなかった。
    だが、ふっと鼻で笑ったような気配が、仮面の内側のギグルには確かに伝わった。

    「トードスターさん、この人、しばらく私が預かります。」

    「ギグル、また変なこと考えてるな?」

    「へへっ、変なことっていうより、“面白いこと”です〜。」

    トードスターがため息をつき、ピンバッジをジャケットの内ポケットへしまい直す。

    「好きにしろ。ただし、危険なら俺が撃つぞ。」

    「もちろんですとも。もしこの人が“笑う気のない爆弾”だったら、まず私がギャグで不発にしてから引き渡しますね〜。」

    ——その日、「怒り」を抱えた男と、「笑い」を追い求める道化師は出会った。
    互いに欠けた何かを、まだ知らぬままに。

    第2章:王国の客人

    「で……ここは、どういう施設なんだ。」

    少しよろけながら歩くレイジが、壁を支えにして尋ねる。

    ここは「王国」と呼ばれているが、豪華な王座や騎士団がいるわけではない。
    薄暗い廊下、鉄骨むき出しの天井、子ども向けの装飾がされながらも、どこか実験室めいた空気が漂っている。

    「うーん、名前負けしてるって言われたら、私もちょっと耳が痛いですね〜。」

    そう言って笑ったのは、例によってビターギグルだった。
    彼はレイジの2歩先をひょこひょこと歩いている。紫と緑のツートンカラーの髪が揺れるたびに、蛍光灯の光を反射して揺らめいた。

    「でも、“王国”ってのは、私たちの中では愛称なんですよ。実験体、装置、観察者……そういう立場がごちゃまぜになって、支配や秩序も曖昧で。ほら、そういうのって王国っぽいでしょ?」

    「皮肉か。そっちの冗談の方がまだマシだな。」

    レイジは低く呟いた。ギグルはちらりと彼の顔を見た。

    銀白色の髪に、印象的な青のメッシュ。
    色素の薄い髪色に反して、肌は健康的な褐色。オレンジ色のサングラスが、その視線をほんの少しだけ柔らかく見せていた。

    「それ、似合ってますね。」

    「……何が。」

    「そのサングラスです。オレンジと、髪の青、肌の色味。バランスがいいなって。……ま、ファッション評論家じゃないんですけど〜。」

    「……あっそ。」

    レイジはそれ以上何も言わなかったが、言葉を否定するような空気もなかった。



    ふたりがたどり着いたのは、小さな仮設居住区の一角だった。
    医療ユニットの隣に、数人の“研究助手”が詰めている。彼らはレイジの姿を見ると一斉に目を向けたが、ギグルとトードスターが帯同しているのを見ると、何も言わずに視線を戻した。

    「さすがにこの施設にも空き部屋ぐらいはありましてね。ここをどうぞ、王子様。」

    「は?」

    「いや、王国に来たからには“王子様”って一度ぐらいは言ってみたくて。」

    ギグルの冗談に、レイジは目を細める。

    「……その仮面、ずっと付けてんのか。」

    「えぇ、私の“顔の半分”ですからね〜。これがなきゃ私、アイデンティティが半分抜け落ちちゃうんです。」

    「……じゃあ、仮面の下って、どんな顔してるんだ。」

    「秘密です。」

    ビターギグルはそう言って、軽くウィンクした。仮面のない右目が、ほんの少しだけ柔らかく光った気がした。

    「……まあいい。休ませてくれ。さっきまで自由落下してたんだ。骨が粉になったかと思った。」

    「お疲れ様でした〜。じゃあ、私は明日また“お笑い訪問”に来ますんで、覚悟しててくださいね。」

    「冗談は二度とやめろ。」

    「それ、五回くらい言われてる気がします〜。」

    レイジは背を向け、扉を閉める。その直前、ほんの一瞬だけ立ち止まって、ぽつりと呟いた。

    「……あんたの顔、右側の方がいいな。」

    扉が閉まる。

    ビターギグルは数秒黙ったまま、その前に立ち尽くしていた。
    仮面の下の左口元が、少しだけ、引きつるように緩む。

    「……そっか。じゃあ、右側をちゃんと見せられるように……笑っておかないとですね。」

    その呟きは、誰にも聞こえなかった。



    その夜。王国の照明がひとつ、またひとつと落ちていく中で、
    レイジ・ツチヤは狭い仮住まいのベッドに横たわっていた。

    頭の中には、かつての“タイラー・ツヴァイ”の顔がよぎる。

    脳裏に焼き付いて離れない、あの夜の記憶。
    野球、歓声、栄光、そして崩れたプライド——

    (……あいつと違って、笑ってるやつは……嫌いじゃないかもな。)

    銀髪の男は目を閉じる。外れかけたサングラスを静かにかけ直して、深く眠りに落ちていった。

    そしてその頃、ビターギグルは王国の中央広場でひとり、宙に向かってこう呟いていた。

    「さて。今日の笑いの成果は、30点くらいですかねぇ。明日は……もうちょっといいジョーク、思いつくといいな。」

    そして、仮面の内側から聴こえたのは、ほんの微かな、独りごとのような笑い声だった。

    第3章:君の笑い声

    翌朝、王国の空調が作動音を立てて稼働を始める頃、レイジは目を覚ました。

    体はまだ重く、筋肉痛のような鈍い痛みが残っている。
    だが、精神は妙に静かだった。
    目覚めの悪さよりも先に感じたのは——“夢を見なかったこと”への安堵だった。

    (……久々に、あの顔を見ずにすんだ)

    タイラー・ツヴァイの、あの憎たらしい笑顔。
    無数の掌声の中、自分だけが崩れ落ちたあの日々。
    その記憶が、昨夜は一度も蘇らなかった。

    「やれやれ。何なんだ、ここ……」

    起き上がると、すでに部屋の外から妙な音がしていた。
    「ポンッ」「キュイ〜ン」「スカッ!」と、明らかに人間の出す音ではない音声効果のようなものが混ざっている。

    (まさか……)

    レイジが扉を開けた瞬間、予感は的中した。

    「おっはようございます、レイジさん! 今朝の“起きろジョーク”は三連発です!」

    そこには紫と緑の髪をふわふわさせたビターギグルが、仮面をキラリと光らせながら立っていた。
    彼の後ろには、小さなロボットらしき機械が3体。スピーカーで音声効果を鳴らしていた張本人らしい。

    「その1、“遅刻しても怒られない職場、それはニート!”」

    「その2、“寝起きが悪いなら、いっそ一生寝てればOK!”」

    「その3、“あなたの朝食、笑いに変えて差し上げます!……え、今の朝食は無言? じゃあ無口なジョークで!”」

    「……うるせぇ。」

    レイジが眉をひそめると、ギグルは目をぱちぱちさせてから、にこっと右半分の口元をほころばせた。

    「やっぱり“うるさい”って言ってくれると、手応えを感じますねぇ〜。じゃ、今日もいっしょに王国内をお散歩しませんか? 笑える場所、増えてきたんですよ。」

    「……お前、毎朝こうなのか?」

    「毎朝、誰かが“起きている限り”ですね。……ま、寝てる人にもウケるようなジョーク、最近は研究中ですが。」

    レイジは一度深いため息をついてから、ポケットの中のサングラスをかけ直した。

    「……案内ぐらいなら付き合ってやる。」

    「うぉ〜、本日初ポイントいただきました〜!」



    王国の内部は、昨日とは違って見えた。
    空調が整っており、人工照明は昼と夜を再現しているらしい。
    昨日見たときは灰色と鉄ばかりに見えた廊下にも、よく見るとところどころに子ども向けのポスターやカラフルな装飾がされていた。

    「ここ、元々は“教育と進化の実験施設”だったんですよ。子どもたちの成長を研究するとか、なんとか。今じゃ残骸ばかりですが〜。」

    「子どもを実験に使うとか、最低だな。」

    「そうですね。でも、子どもって笑わせやすいんですよ。反応が素直で、バカみたいなギャグにも声出して笑ってくれる。」

    「……笑われたことは、あったのか?」

    ビターギグルは、ぴたりと足を止めた。

    その顔に浮かんでいたいつもの笑みが、一瞬だけ消えたように見えた。

    「……一度だけ、すっごく笑ってくれた子がいました。声を上げて、涙が出るくらい、笑ってくれた。」

    「……そいつは、今どこにいる?」

    ギグルは、ほんの数秒だけ何かを思い出すように沈黙して、それから元の笑顔に戻った。

    「さぁ〜? もうどこかの“外の世界”に行ったか、笑いすぎて疲れて寝てるか。……それとも、笑いすぎて死んじゃったかもしれませんねぇ?」

    その最後の言葉だけ、冗談のテンポが少しズレていた。

    レイジは何も言わず、その横顔を見つめた。
    仮面の裏に隠れている左半分の顔は、何を考えているのか分からない。

    だが——仮面のない右側が、静かに歪んで、少しだけ笑った。

    その笑顔を見たとき、レイジはなぜか胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

    「……なあ、ギグル。」

    「はいはーい、何でも聞いてください〜。“笑える相談窓口”開設中です!」

    「……お前、笑わせることしか考えてないのか?」

    「はいっ。私の目的は“誰かをジョークで笑わせる”こと。それが私の存在理由ですから。」

    「……じゃあさ。俺がもし、笑ったら……どうすんだ。」

    ギグルはぴたりと足を止め、仮面の奥の目がじっとレイジを見つめる。

    「そしたら、私は——“その瞬間を、絶対に忘れません”。」

    その言葉には、どこまでも真っ直ぐな響きがあった。

    レイジは目をそらして、少し口元をゆがめた。

    「……バカみてぇだな。」

    「そうですよ。私は道化師ですから。」

    そのとき、ふとレイジの口の端が、ほんの一瞬だけ、わずかに上がった。

    ギグルはその表情を逃さなかった。
    仮面の下の唇が、そっと「0.5点」と呟いた。

    ——それが、レイジがこの場所で初めて見せた「笑い」だった。


    第4章:笑わない男と、笑わせたい道化

    王国の人工昼が、午後に差し掛かっていた。
    管制区画では、旧型モニターがうなり声を上げながら何かの測定を続けている。

    その隣室——通称“自由室”と呼ばれる小規模のコミュニティエリアに、二人の姿があった。

    ビターギグルと、レイジ・ツチヤ。

    「どうぞ〜、特製ギグル流お昼ご飯です。……まあ、私が作ったんじゃなくて自販機が吐き出しただけですが〜。」

    レイジの目の前に出されたのは、鮮やかすぎるほど赤いパスタと、空色のジュース。
    「わざと色を間違えました!」とでも言いたげな、極彩色のメニュー。

    「……毒に見えるな。」

    「見た目で笑いを取ろうとしたんですよ。これが“食べる前に笑わせる”作戦です〜。」

    「笑えねぇ。」

    「くぅっ、即答とは……鋭いツッコミ、ありがとございます。」

    ギグルは肩をすくめると、自分の仮面の下をコンコンと指で叩いた。
    紫の仮面の奥に隠された左目は、わずかに光を反射している。

    「……なあ、お前。」

    「はいはい〜?」

    レイジはジュースを少しだけ飲んでから、低い声で呟いた。

    「なんで……そんなに“笑わせること”にこだわってんだ。」

    ギグルの笑みが、ぴたりと止まった。

    音が止まる。空気が変わる。
    ふざけたようで、常に一定だったギグルのテンションが、ふと静かになった。

    「……私はね、レイジさん。昔、とても大切な人に笑ってもらったんです。」

    レイジは目を細める。ギグルは、自販機の方をぼんやり見ながら続けた。

    「その笑いは、たった一度きり。けど……私の存在全部が肯定されたような、そんな気がしたんです。仮面の下も、上も、全部。“お前、いいな”って言ってくれたんですよ。」

    「……そいつ、死んだのか。」

    ビターギグルは、小さくうなずいた。

    「多分ね。あの頃はまだ、王国の中もぐちゃぐちゃで……いろんな実験が制御されてなかった。消えていった命も、笑いも、多かった。」

    「それでも、“笑い”をやめねぇんだな。」

    「ええ。だって、私が誰かを笑わせたその瞬間に、その人が“救われた”なら、たった一瞬でもいいんです。……それが私の存在価値ですから。」

    ギグルの仮面のない右目が、レイジのサングラス越しの目をまっすぐ見据えた。

    「じゃあレイジさん、あなたは? “なんで笑わない”んですか?」

    「……簡単な話だよ。」

    レイジはゆっくりと立ち上がり、背を向けた。

    「笑ってる隙があったら、壊される。それを俺は——何度も、見た。何度も、やられた。」

    その声に、かすかに怒気と痛みが混じる。

    ギグルは口をつぐんだ。
    レイジの背中が、そのまま部屋の出口に向かって歩き出す。

    「俺は……笑うと、無防備になる。弱くなるんだよ。」

    「……それって、」

    ギグルは静かに立ち上がり、呟いた。

    「……“誰にも助けられなかった”ってことですよね。」

    その言葉に、レイジの足が止まった。

    背を向けたまま、わずかに肩が揺れる。

    「……お前に何がわかる。」

    「わかんないですよ。仮面つけてる人間ですから。」

    「だったら——」

    レイジが振り返り、ギグルに詰め寄る。
    鋭い声、鋭い目。
    だがその目の奥にあるのは、怒りではなかった。

    それは、悲しみ。
    そして、わかってほしいという、言葉にならない痛みだった。

    ビターギグルは、その顔を見て、そっと微笑む。
    紫と緑のツートンの髪が揺れ、仮面の下から静かに言葉が紡がれる。

    「だから私は、“あなたの笑い”が見たいんです。」

    「うるさい……」

    「一回でいい。たった一回でいいから、」

    「やめろって言ってんだろ!」

    「あなたが笑うなら、私は何度だって滑ります。」

    「ふざけるな!!」

    バンッ!!

    レイジの拳が、壁を叩いた。
    だがギグルは動かない。怯えもしない。

    「怒っていいんですよ。怒って、ぶつけて、それでも——笑えたら、きっと、あなたは少し楽になる。」

    「……そんなこと……俺には……」

    言葉が詰まる。

    ふらりとよろめくようにレイジはその場に膝をつき、顔を伏せた。

    その背中に、ギグルはそっと手を置いた。
    温度も、表情も、重さもわからない仮面の手。

    けれどそれは、妙にあたたかく、痛みを拒まないものだった。

    「……泣いてもいいんですよ、レイジさん。」

    その言葉に、レイジは何も答えなかった。
    ただ、ぽつぽつと床に滴が落ちる音が聞こえた。

    その音だけが、王国の静寂を少しだけ破っていた。


    第5章:沈黙と記憶

    王国の照明が切り替わり、人工の夕焼けが施設内を淡く染めていた。
    空など存在しない地下空間なのに、鉄骨とコンクリの隙間から漏れる橙の光は、どこか現実を忘れさせる温もりを与えていた。

    レイジ・ツチヤは、ひとりで仮設居住区のベッドに座っていた。

    腕にはまだ微かな震えが残っている。
    拳に残る鈍い痛み、そして目の奥に焼きついた記憶の残像。

    「……あの顔。……あの声。……クソッ……」

    頭を抱えるレイジの脳裏に、**“タイラー・ツヴァイ”**の姿が甦る。

    ——誰もが憧れた、天才のスター。
    ——絶望の夜、レイジの身体を押し倒した男。

    「レイジ、お前は2番手がお似合いだよ。いつだって、俺の後ろにいろ。」

    そのときの声が、記憶を侵食するように響いた。
    グラウンドの泥の匂いと、冷たいベンチの感触。そして、あの夜の——

    「やめろって……言ったのに……」

    レイジは唇を噛み、サングラスを外して床に叩きつけた。

    バキッという音とともに、レンズの片方が砕けた。

    「お前のせいで……俺は全部……!」

    そこに、そっと扉が開く音がした。

    「……入っても、いいですか?」

    優しい声。軽い口調。
    でも、その声音にはいつもの冗談めいた軽薄さはなかった。

    「……好きにしろよ。」

    ビターギグルが静かに入ってきた。
    その仮面の紫は、夕暮れの光に溶けて、奇妙にあたたかい色合いを見せていた。

    「サングラス、割れちゃったんですね。惜しいなぁ……結構似合ってたのに。」

    「また“お笑い”でも持ってきたのか?」

    「いいえ。今日は、“笑わない日”でもいいかなって思ったんですよ。」

    ギグルは、レイジの正面の床に、あぐらをかいて座った。
    姿勢は砕けていても、目はまっすぐだった。

    「レイジさん。……タイラーって、どんなやつだったんですか?」

    一瞬、空気が固まった。

    レイジは表情を動かさないまま、しばらく沈黙していた。

    だが数秒後、ぽつりと呟くように答えた。

    「誰よりも才能があった。……野球も、人心掌握も……演技もうまかった。教師にも、観客にも、みんなに好かれてたよ。」

    「……でも、あなたは?」

    「……俺は、あいつの道具だったんだ。」

    目元がかすかに揺れる。
    その奥にある感情は、言葉では表現できない。

    「“俺に抱かれたくない奴なんて、いない”って、笑って言ったんだよ。試合の後の夜に……。俺は、“違う”って言った。でも、アイツは聞かなかった。」

    「……。」

    「それから俺は、バットもグローブも捨てた。笑えなくなった。誰の顔も、信じられなくなった。」

    ギグルは黙って聞いていた。
    いつものような冗談も、小粋な返しも挟まなかった。

    ただ、静かに、彼の言葉が終わるのを待った。

    「……もう、誰にも触られたくないと思った。男も、女も。“笑顔”を向けられるたび、疑ってしまう。」

    レイジは息を吐く。

    「でも、お前は……違う。」

    ギグルの仮面の下の顔が、ほんのわずかに動いた。

    「お前の笑顔は、……どこか、疲れてて……誤魔化してて……それでも、誰かのために笑ってる。」

    「……バレてますねぇ、全部。」

    「……不器用な道化だな、お前。」

    「でも、不器用な道化が……あなたを救えるなら、私は誇らしいですよ。」

    そう言って、ギグルはゆっくりと、自分の仮面を——

    指で外した。

    紫の仮面が、静かに床に落ちる。

    夕暮れの光が、彼の“左半分の素顔”を照らした。

    ——そこには、笑っていなかった。

    傷跡のように、目の下にうっすらと線が走っている。
    唇は笑っていない。
    仮面の下に隠れていたのは、“痛み”を持った顔だった。

    「私も、“笑わない”人間だったんです。……でも、誰かが“私の冗談で笑ってくれた”。それだけで、私は生きていいと思えた。」

    ギグルはそっと目を伏せた。

    「だから私は……あなたの“笑い”を見たい。無理にじゃない。ただ、あなたが“笑いたい”と思った瞬間に、そばにいたい。」

    レイジは、破れたサングラスをそっと拾い上げる。
    視界に映るギグルの両目——仮面を外したその姿は、何よりも“人間”だった。

    「……お前、意外と……顔、悪くねぇな。」

    「ありがとうございます。でも、それ……笑ってます?」

    「……さぁな。」

    それでも、レイジの口元には、微かに浮かぶものがあった。

    “笑み”と呼ぶには、まだ脆い。
    だがそれは確かに、“凍った記憶”の隙間に、小さな火をともすものだった。



    そしてその夜。
    誰もいない廊下の先、シェリフ・トードスターは静かに仮面の部屋を見つめていた。

    「……おいギグル。今のお前は、“冗談”じゃ済まねぇぞ。」

    革のジャケットの胸のバッジが、わずかに月灯りに揺れた。

    第6章:告白と境界

    夜が来るのが早すぎた。
    それとも、地下の空間に太陽がないせいで、時間の感覚が狂ってしまったのかもしれない。

    王国の灯りは最小限。
    赤く脈打つ非常灯と、時折響く設備の心拍のような駆動音だけが、人工的な「夜」を演出していた。

    レイジ・ツチヤは、ベッドの上で横になったまま、眠れずにいた。

    あれから何度も、ギグルの素顔を思い出していた。

    あの静かな目。
    笑っていなかった仮面の下の顔。
    ……それでも、あの目は優しかった。
    誰かを「笑わせたい」だけの、まっすぐで不器用な目だった。

    (……バカみたいだな。何考えてんだ、俺。)

    胸が妙に熱い。

    これまで抱いてきた誰とも、違う感情。
    どんな関係でも身体が先だったのに、今のこれは、形が違う。

    触れたい。けど、壊したくない。

    そんな矛盾に揺れていた。

    コン、コン。

    控えめなノック音。

    (こんな時間に……?)

    「……起きてますか、レイジさん。」

    ドアの向こうから聞こえる声。
    いつもよりも、ずっと小さな、頼りなげな声だった。

    レイジは無言で立ち上がり、扉を開けた。

    そこに立っていたのは、パジャマにも似たラフな服を着たビターギグルだった。
    仮面はつけていない。右目も左目も、あらわになっている。

    「……悪い夢、見たんです。」

    一瞬、レイジは言葉を失う。

    仮面のないギグルは、どこか幼く、無防備だった。

    「……そっか。」

    「少しだけ……一緒にいてもいいですか。」

    レイジはためらいながらも、うなずいた。

    ギグルが部屋に入ると、レイジは扉を閉め、ふたりは無言で並んでベッドに座った。

    静寂。

    だが、苦ではなかった。
    ギグルが隣にいると、不思議と「何も言わなくていい」気がした。

    やがて、ギグルが小さな声で言った。

    「……昔の夢でした。笑わせることもできなくて、誰にも必要とされてなくて……ただ、仮面だけが笑ってる夢。」

    「……お前の仮面、笑ってるのか。」

    「はい。造形上のデザインで、常に口角が上がってるんです。……皮肉ですよね。私が泣いてても、仮面はずっと笑ってる。」

    レイジは、その言葉を受け止めるように頷いた。

    「……俺も夢を見たよ。タイラーの夢。」

    ギグルはレイジを見つめた。
    声には出さない。
    ただ、その視線は「聞かせて」と言っていた。

    「……夢の中でも、俺は何もできなかった。拒絶も、抵抗も。……ただ、されるがままで、終わる。」

    「……。」

    「それが……悔しくて。情けなくて。全部、全部、壊したくなる。」

    ギグルがそっと、レイジの手に触れた。

    「壊さなくていいんですよ。」

    その言葉は優しくて、真剣だった。

    「レイジさんは、壊された側です。……壊した人間じゃない。」

    レイジの指が、微かに震えた。

    「俺、誰かに……こんなふうに触られるの、久しぶりだ。」

    「私もです。」

    「……お前、あったかいな。」

    「あなたも、あたたかいですよ。」

    ふたりの手が、しっかりと重なる。
    熱が指先から、静かに胸へと伝わっていく。

    レイジはゆっくりと、ギグルの肩に頭を預けた。
    ギグルもまた、自然とその肩を受け入れた。

    「なぁ……ギグル。」

    「はい?」

    「お前の仮面、……つけてないほうがいい。」

    ギグルは少しだけ笑った。

    「それは……“素顔でも好きだ”って意味ですか?」

    「……たぶんな。」

    それは、照れくさくて、でも正直な返事だった。

    ふたりの距離が、音もなく、ゆっくりと縮まっていく。

    この夜、初めてレイジは誰かに抱きしめられた。
    力ではなく、同情でもなく、
    「心の輪郭」を確かめるような、優しい抱擁だった。

    そしてギグルもまた、自分が“誰かに必要とされている”ことを、
    仮面なしで感じられた夜だった。

    ——そのとき、王国の最深部で何かが微かに蠢いた。
    ——ふたりの静かな夜を裂くように、運命がゆっくりと動き始めていた。

    第7章:名前を呼んだ日

    王国の朝は静かに始まった。
    だがその静けさは、どこかぎこちなく、冷たい。
    まるで、何かが終わりを告げようとしているようだった。

    ビターギグルは、居住区の廊下をひとり歩いていた。

    仮面をつけていない。
    紫と緑のツートンカラーの髪をそのままに、淡い光の下をゆっくりと進んでいた。

    (“ビターギグル”っていう名前は、道化の名です。
    本当の私は、仮面の下で……ずっと“誰か”になれずにいた。)

    でも、あの夜。
    レイジが私の仮面を見て、「つけてないほうがいい」と言った。
    素顔の私に、触れてくれた。

    それだけで、十分だった。

    扉の前に立ち、ノックしようとした手をふと止める。

    ——コン、と一回だけノック。
    反応がない。

    もう一度、こん、こん、と小さく。

    ……返事が、ない。

    「……レイジさん?」

    扉を開ける。
    中は静かで、物音ひとつない。

    だが、すぐに異変に気づいた。
    机の上、置かれたままの割れたサングラス。
    床に落ちた、小さな紙片。
    そして——部屋の片隅に、何かが引きずられたような痕。

    ギグルの体が強張る。

    「……嘘、でしょう……?」

    その瞬間、部屋のスピーカーからけたたましい警報が鳴り響いた。

    《注意:第16観測区画にて、制御外個体の反応を検知。研究員および住民は非接触を徹底してください。》

    第16観測区画——それは“王国”の外れ。
    かつて廃棄された旧実験ブロック。

    ギグルの心臓が、強く跳ねた。

    (レイジさん……そこにいる……)

    感情で動くのは、道化としては失格かもしれない。
    でも、“私”としては当然の選択だった。

    「……待っててください、レイジさん。」

    ギグルは仮面を手に取り、顔の左半分に再び装着した。
    その口元には、もう誤魔化しの笑みではなく、ただひとつの想いが込められていた。

    ——守る。



    第16観測区画は、王国の中でも最も不安定な場所だった。
    通路は崩れかけ、天井の照明は明滅している。
    壁には実験記録が中途半端に書き殴られ、扉の奥からは奇妙なノイズと呼吸音のような低音が響いていた。

    ギグルがたどり着いたその場所——

    レイジは、倒れていた。

    右肩から血を流し、意識は混濁している。
    その前に立っていたのは、奇形に肥大化した旧型被験体。
    かつて“キング・エコーズ”と呼ばれた、王国が誇る超反応型模倣生命体だった。

    「……レイジさん!」

    ギグルは駆け寄ろうとする。
    が、エコーズがその巨大な手を振り下ろし、通路を遮った。

    だがそのとき。

    ヒュンッ!

    星型の銀色が走る。
    壁に弾かれた金属音。

    「遅いぜ、ギグル!」

    背後から飛び出したのは、シェリフ・トードスターだった。
    腰のホルスターから素早く銃を抜き、エコーズの肩口に一発撃ち込む。

    「時間は稼ぐ! 行け!」

    「ありがとうございます、シェリフさん!」

    ギグルは隙を縫ってエコーズの足元を滑り抜け、レイジのもとへたどり着く。

    「……レイジさん、しっかり……! レイジさん!!」

    彼の瞳が、かすかに動いた。

    「……お前……か。」

    「ええ、私ですよ。ビターギグル。……でも、今日は“私”の名前じゃなくて、“あなた”の名前を呼ばせてください。」

    レイジの意識がぼんやりとこちらに向く。

    「名前……?」

    ギグルは、彼の血に濡れた手を強く握りしめる。

    「……レイジ・ツチヤ。」

    彼の“名前”を、ゆっくりと、丁寧に、呼んだ。

    「レイジ・ツチヤ……あなたは、ここにいる。私のそばにいる。誰にも壊されない。“私”が守る。」

    レイジが、微かに笑った。

    「……名前……呼ばれるの、久しぶりだな。」

    「何度でも呼びます。あなたが消えそうになるなら、何度だって。」

    「……なぁ。」

    「はい?」

    「最後にさ……もう一度、仮面……外してくれないか。」

    ギグルは、静かに頷いた。

    そして、仮面を外す。

    血と埃に染まる空間の中で、
    仮面を外したギグルは、
    “ひとりの人間”の顔で、レイジを見つめていた。

    「……やっぱり、いい顔してんな……お前。」

    「あなたも、笑ってるじゃないですか。」

    「……そうか。俺、笑えてんのか。」

    「はい。とても……素敵ですよ。」

    その瞬間——

    轟音が走る。
    トードスターの銃撃、最後のピンバッチ、そしてエコーズの咆哮。

    ギグルはレイジの身体を強く抱きしめた。
    その胸の中で、レイジは静かに目を閉じた。

    その瞼には、
    今までのどんな嘘でもない——本物の笑みがあった。

    第8章:笑いの王国、沈黙の果て

    王国の時間が、止まっていた。

    観測区画は封鎖され、制御室のログはエラーの連続。
    研究者たちは沈黙し、兵装ユニットは動かない。
    ただ、そこには――ひとりの男の死と、
    それを抱きしめた**ひとりの“道化”**の姿があった。

    **

    「死んじゃったんですよ、あの人……。」

    誰もいない観察室で、ビターギグルはぽつりと呟いた。

    椅子に座り、背を丸め、仮面は外して机の上に置いてある。
    紫と緑の髪が薄暗い照明に淡く照らされていた。

    「もっと、冗談とか、言いたかったんですよ。……くだらないやつ、いっぱい。」

    沈黙。

    「でももう……私が笑わせる相手はいない。」

    しばらくの沈黙のあと、ギグルはゆっくりと立ち上がる。
    ふらついた足取りで仮面を手に取り、それをじっと見つめる。

    「……“道化”って、滑稽でいいですね。
    笑って、転んで、血を流して、それでも“自分で”拍手する。
    ……でも今の私は、“拍手の音”が聞こえない。」

    仮面をそっと抱きしめるように胸に当てる。

    「レイジさん……最後、笑ってくれたんですよね。」

    ギグルは顔を上げる。
    涙はもう流れていない。

    「じゃあ私も、ちゃんと終わらせないと。――あなたがくれた“本当の笑い”を、どこかに届けるために。」

    彼は歩き出す。
    沈黙の王国の、誰もいない中央広間へ。

    その手には仮面。
    その目にはもう、怯えも、逃げもなかった。

    **

    広間のステージ。
    かつて、子どもたちの教育用ショーが行われていた場所。
    今はただの空洞だ。

    ギグルはそこに立ち、ゆっくりと仮面を顔につける。
    左半分に戻った“笑う顔”。

    だが、右半分の素顔は、涙も笑みも浮かべていない。
    ただ、まっすぐと前を見ていた。

    「皆さんこんばんは。……もしくは、おはようございます?」

    誰もいないのに、ギグルは語りかける。
    そう、それはいつものように。

    「私はビターギグルです。“王国の道化”であり、“最後の冗談”です。」

    「今日は一席、喪失と再生の物語をお届けしましょう。
    一度壊れた人間が、もう一度立ち上がる話。
    ……悲しくて、苦しくて、でも、最後には少しだけ――優しい話。」

    右手で仮面の頬をなぞる。

    「彼は笑いました。
    痛みに打ち勝ったんじゃなくて、それすら抱えて、笑ってみせたんです。
    だから私も……その背中を見せたい。」

    「私も、もう一度笑います。
    誰かのためじゃない、
    “私が生きるために”。」

    ギグルは手を広げて、ステージの中央に立つ。

    「さあ、幕を引きましょう。
    この“沈黙の王国”に、最後の冗談を残して――。」

    そして、彼は歌い出す。
    短い、道化の歌。
    レイジがまだ生きていた頃、彼のために用意していた、くだらなくも温かい歌。

    🎵「転んで、ぶつけて、膝をすりむいて
    だけど立ち上がれたのは、“君”が笑ったから
    道化は今日も、舞台の上で
    泣きながら、笑いながら、君を探してる」🎵

    歌い終えたとき、誰も拍手はしなかった。

    でも、ギグルは静かに、自分で自分に拍手を送る。

    パン……パン……

    「ありがとう、レイジさん。……あなたに出会えて、私は、“ビターギグル”でよかった。」

    その言葉は、誰にも聞こえなかった。
    けれど、王国の空気が、ほんの少しだけあたたかく揺れた気がした。

    そしてギグルは、ゆっくりと舞台を降りる。

    笑顔の仮面をつけたまま。
    でもその胸には――もう、本物の心があった。


    最終章(完全版):道化のいない場所へ

    王国の灯りが、ひとつ、またひとつ消えていく。

    事故後の沈静化処理が終わり、記録は再整備された。
    レイジ・ツチヤの存在は“事故死”とだけ書き残され、その声も笑顔も、まるで最初から無かったかのように、王国の日常から消えていった。

    けれどただひとり。
    ビターギグルだけは、それを胸に抱えたまま、今――“王国の出口”に立っている。

    **

    高く伸びた装飾アーチ。
    今は朽ちかけた、金属製の門。
    その奥は、王国外の隔離区画。
    研究施設のさらに深く、誰も使っていない旧式の居住区画。

    “自由”ではない。
    ただ、“ここではない場所”。

    ギグルは、仮面を外してその前に立っていた。

    紫と緑のツートンカラーの髪。
    素顔の右半分に、疲れと、静かな決意。
    左手には、笑う仮面。
    右肩には、あの日レイジが遺した、緑色の袖なしジャケット。

    そこに、背後から聞き慣れた足音が近づいてくる。

    「行くのか。」

    シェリフ・トードスター。

    保安官の帽子を軽く押さえ、ゆっくりと立ち止まる。
    胸の星型バッジが、薄暗い照明に鈍く光っていた。

    「ええ。……王国には、もう“笑わせたい誰か”がいないので。」

    ギグルは笑う。
    それは仮面の笑みではなく、少しだけ泣きそうな、本当の笑みだった。

    「……お前は、“逃げる”ってタイプじゃない。」

    「逃げてたんです。ずっと。」

    ギグルは仮面を胸に当てる。

    「道化という役割に、仮面に、“ジョーク”という言葉に。
    でも、あの人が教えてくれたんです。
    “誰かの名前を呼ぶこと”は、仮面よりもずっと大事だって。」

    「そっか。」

    トードスターは、しばし黙っていた。
    そして、ポケットからひとつの物を取り出す。

    銀色の星型バッジ。

    「予備だ。……持ってけ。
    それ、俺がいつか“お前を撃つ時”のために取っといたやつだけどな。」

    「ふふっ……物騒ですね、シェリフさん。」

    「……今は、“守ってもらった時の記憶”として受け取れよ。」

    ギグルは静かにそれを受け取り、懐にしまった。

    「……ありがとう、シェリフさん。あなたがいてくれて、私は本当に救われました。」

    「礼はいい。
    ただひとつだけ、言わせろ。」

    トードスターは帽子を少し持ち上げ、ギグルの顔を真正面から見た。

    「……お前は、“ビターギグル”以上に、立派な“人間”だ。」

    ギグルの目が揺れた。

    「……それ、冗談ですか?」

    「ちげぇよ。俺は笑わせられた記憶、全部本物として持ってんだ。
    “誰も笑わない場所”に行くって?
    なら、お前が行くならそこは、“また笑いが生まれる場所”になるだろ。」

    しばらく沈黙。
    ギグルは一礼し、仮面を手にしてゆっくりと振り返る。

    「じゃあ、私は行きます。
    “道化”としてじゃなくて、“私”として。
    ……いつかまた、誰かに“名前”を呼ばれるその日まで。」

    そして彼は歩き出す。

    仮面はつけない。
    笑いを守るために生きてきた道化は、今、
    “沈黙の区画”へと、ただのひとりの存在として消えていく。

    **

    時が流れる。
    王国の一角、誰も立ち入らなくなった隔離区画に――
    夜ごと、奇妙な歌声と冗談が響くという。

    「誰もいないのに笑い声が聞こえる」
    「壊れた舞台に立つ道化がいて、でも仮面をつけてない」
    「その人は……たまに、誰かの名前をぽつりと呼ぶんだってさ」

    その噂を、誰も信じない。
    だが、それでもギグルはそこにいる。

    仮面を胸に、言葉を携え、
    今日もひとり、小さな“無人の舞台”に立つ。

    レイジ・ツチヤ。

    その名前とともに、
    自分という“誰か”の笑いを守るために。

    番外編:星の見えない空で(シェリフ・トードスターの後日談)

    研究施設・王国第二区画。
    夜勤帯のモニター室は、冷えた空気と電子音だけが支配していた。

    保安官シェリフ・トードスターは、定位置でログを眺めながら、
    ふと、手元の胸の星型バッジに目を落とした。

    それは今も、彼の胸にひとつだけついている。
    投擲用の予備バッジは、すべてポケットにしまった。
    あの時、**“ひとつを、ギグルに渡した”**からだ。

    「……やっぱ、つけてやがったな、あの野郎。」

    独り言のようにつぶやき、彼は立ち上がる。
    足を向けたのは、監視の届かない古い通路。
    今はもう閉鎖された旧王国内部の、端の端――

    そこに、小さな金属扉がある。

    開ければ、古い通信記録室。
    その片隅に、小さなスチールチェアがひとつだけ置いてある。

    そして、その机の上には……
    レイジ・ツチヤの記録IDカードが一枚。
    誰にも正式に回収されず、ただそこにある。

    **

    トードスターは椅子に座り、ため息をつく。
    仮面の道化も、褐色の青年も、もうこの部屋にはいない。
    それでも、どこかでふたりの声がまだこだましている気がした。

    「ギグル……お前、“あの人”の死を抱えて、前に進んだんだよな。」

    「だが俺は、どうやら“見送る側”で生きちまった。」

    懐から、例のバッジの予備をひとつ取り出す。
    それは使い古しの鈍い金属だが、ちゃんと磨いてある。

    トードスターはそれを、机の上のIDカードの隣にそっと置いた。

    「お前がくれた“笑い”は、俺がここに残す。
    もし誰かがこの部屋を見つけたら、
    “こいつらのことを笑ってくれ”って意味でな。」

    **

    立ち上がるとき、彼は一度だけ、天井を見上げた。
    研究施設には“空”なんてない。星も月も、ない。

    でも、それでも。

    「……お前がいる“あの沈黙の区画”で、
    誰かが笑ってくれてんなら……
    それで、充分だろ。」

    **

    その夜、シェリフ・トードスターは、再び保安官室に戻り、
    自分の机の上に小さな木箱を置いた。

    中には、壊れたピエロの鼻、古い録音テープ、そして星型バッジの最後のひとつ。

    その箱のラベルには、手書きでこう記されている。

    「証拠物件:道化とレイジ」
    ※開封厳禁・いつか話すために保管。

    彼は語らない。
    でも、誰かが尋ねれば、こう言うだろう。

    「ああ、昔、ここには"笑い"があったんだ。」

    「道化がいて、彼を愛した変な青年がいて、そいつらが"王国の終わり"を、ちゃんと"人間らしく"終わらせたんだ。」

    そして――
    その時だけは、彼の胸の星型バッジが、誇らしげに光るのだ。

    完全版 終焉譚:「最後のジョークは、君のために」



    【Ⅰ】王国、崩壊す

    それは静かな崩壊だった。
    歪んだ「愛想笑い」に満ちた王国の終焉は、道化の一撃で始まった。

    紫と緑の髪をなびかせ、仮面を胸に抱いたその者――ビターギグルは、玉座の前で一つのジョークを放った。

    「女王様、あなたってば、感情を持っちゃいけない設定なんでしたっけ?
    じゃあ、こんなのはどうです?
    "この国、全部、あなたが一番つまらなかったんですよ"」

    女王は笑ってはいけなかった。
    でも――笑った。

    そして、その場で心停止。王国の制御システムも共に沈黙し、施設の制御が完全に失われた。

    かつての栄華は、ただ一つの“ジョーク”で瓦解した。

    **

    王国から姿を消したビターギグルは、やがて更なる“闇”に辿り着く。
    王国の上層、研究施設のさらに深層部に潜む存在――
    **「黒幕」**と呼ばれる、意思なき管理者。

    「笑いは、効率ではない。狂気こそが支配に通じる」

    ギグルは、崩壊と死の“その先”に手を伸ばした。

    「……なら、私が"全員を笑わせてあげる"。
    笑って、狂って、壊れるまで――それが"ジョーク"でしょう?」

    仮面をつけた。
    完全に、もう素顔は戻らなかった。



    【Ⅱ】再会、そして断罪

    彼が再び現れたのは、かつての王国跡地。
    もはや誰もいない区画に、ひとり――シェリフ・トードスターが残っていた。

    銃を持たず、帽子を少し傾け、胸にはバッジ。
    そして、かつてと変わらず、鋭く温かいまなざし。

    その目の前に、ビターギグルが現れる。

    **

    「やあ、シェリフさん……ずいぶん老けました?」

    「……お前は、何になっちまったんだ、ギグル。」

    ギグルは笑う。狂ったように。

    「私を“お前”って呼んでくれるの、あなただけですねぇ!懐かしいなあ!
    ……あぁ、覚えてる、覚えてますとも。
    いつも、私のジョークを嫌っていた!つまらないって顔してた!
    ああそうだ、あなたが“レイジ”に向けた目だけは、本当に優しかったのにねぇ!!」

    トードスターの瞳が揺れる。

    レイジの名。それだけで、胸の奥が焼けるようだった。

    「……お前の“今”を、レイジが見たら、泣くぞ。」

    「泣く? いいですね! 涙も笑いも、私にとっては、等しく“反応”です!」

    ギグルの手が動く。
    空間に仕掛けられた笑気装置が起動する――
    だがその直前、閃光が走る。

    星型のバッジが、一直線にギグルの胸を撃ち抜いた。

    静寂。

    ギグルは、一歩、また一歩とよろけ、
    そして、トードスターの胸元に崩れ落ちた。

    **

    【Ⅲ】最後のジョークは、君のために

    「……なぁ、シェリフさん。」

    その声は、もう“狂気”ではなかった。
    かすかに、どこか幼く、素顔の奥から漏れるように――“人の声”だった。

    「最後に……ジョーク、聞きたいなぁ……。
    ……あなたのジョーク、やっぱり、ずっと聞きたかった……」

    トードスターは、傷だらけのギグルの顔を静かに見下ろす。

    仮面の向こう、素顔の半分には、涙が流れていた。

    彼はそっと、自分の帽子を外し、片手でギグルの肩を支える。

    「……じゃあ、一発だけな。
    ここで笑わなかったら、地獄でもう一回言ってやるから、覚悟しろよ。」

    ギグルが、かすかに笑う。

    「うん……聞かせて……シェリフさん……」

    そして、トードスターは――

    ほんのささやかな、
    でも、かつてレイジがふっと吹き出したような、
    不器用で、ちょっとだけズレた、自作のジョークを語った。

    ギグルは、それを聞いて――

    **

    「……それ、つまんない……でも……いい……」

    **

    そう言って、満足げに笑い、静かに息を引き取った。



    【Ⅳ】そして、誰も知らない舞台の奥で

    数年後。
    施設は封鎖され、王国は完全に“実験失敗”として消された。

    だが、研究施設の深層――舞台跡地の奥。

    一つの部屋の中央に、壊れたバッジ、割れた仮面、そして
    緑色の袖なしジャケットが、今も静かに並べられている。

    壁には、落書きのような字でこう書かれていた。

    「誰かの名前を呼べる限り、私は、私です」
    ――ビターギグル

    終幕

    ビターギグルの死は悲劇だったかもしれない。
    けれど、それはただの“狂気の果て”ではない。

    誰かを愛し、名前を呼び、ジョークを交わした記憶が、
    彼を“人間”として最後まで立たせた。

    そして――

    「あなたの最後のジョーク、つまんないですよ」
    「でも……大好きです」

    その言葉は、誰にも聞こえなかったが、
    地下深くの静寂の中で、確かに笑いとなって、残された。


    恋人関係になった夜



    地下研究施設の一室。

    薄暗い部屋で、二人だけの静かな時間が流れている。
    ビターギグルの目は、レイジの深い瞳に引き寄せられ、互いの息が次第に近づいていく。

    レイジの手がそっとビターギグルの腕を撫で、彼の髪に触れる。
    その手のひらは、ビターギグルが長い間、他の誰にも許さなかった部分に触れていることに、少し驚く。

    「どうして……?」
    ビターギグルは静かに言葉を漏らす。

    「どうしてって、お前が欲しいからさ。」
    レイジの言葉に、ビターギグルは驚きつつも、その言葉が心に染み込むのを感じた。

    「欲しいなんて、私には……」
    ビターギグルの目が少し揺れる。

    レイジはその言葉を遮るように、ビターギグルの手を優しく握り、温もりを伝えた。
    「お前が、他の誰よりも大切だからだよ。」
    その声は、何度も繰り返し聞いたような言葉なのに、なぜか今回は違った。

    ビターギグルは少し黙ってから、しばらくの間、ただ目を合わせるだけだった。
    そして、静かな声でこう言った。
    「私も、あなたが…」
    その後、言葉にできなかった思いが二人の間に流れる。
    深く、強い繋がりが確かに感じられた。

    「でも……」
    ビターギグルは、すぐに目を伏せて口を閉ざす。
    レイジはその目を優しく持ち上げると、もう一度静かに言った。
    「俺はお前が怖くない。どんなお前も、俺は受け入れたいんだ。」

    その言葉に、ビターギグルの胸が大きく鼓動を打つ。
    そして、次第にその緊張が溶けていき、二人は自然と手を重ね合わせた。

    レイジの指がビターギグルの指の隙間にそっと入る。
    その手の温かさが、どこか懐かしく、優しく感じられる。

    「お前がいてくれるから、俺はこんなにも強くなれる。」
    レイジの言葉が、ビターギグルの心にじわじわと広がり、感情が溢れ出しそうになる。

    そして、静かな時間が流れる中で、二人の関係はさらに深まっていく。
    ビターギグルは、初めて本当に誰かに心を開き、レイジはそれを全身で受け止めた。

    部屋の中で、ふたりの心はすでに深く繋がっていた。
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