僕のお得意様がこんなにイケメンなわけがあった「この後お暇なら、いっしょにご飯でも行きませんかぁ?」
「大変魅力的なお誘いですが、こんなに美しい方々を独占したりなんかしたら世の男性方に恨まれてしまいますから……」
「えー、なにそれぇ」
きゃいきゃいとうるさい女たちに囲まれて、愛想よく微笑みながらサンポは内心で舌打ちした。客にするほどの財力もなければ商品にするほどの価値も感じない連中など、相手をするだけ時間の無駄だ。しかしここは下層部の路地裏などではなく清く正しき行政区の表通り。ぞんざいに扱って騒がれるわけにもいかず、うんざりしながら口先だけでペラペラと浮ついた言葉を吐き出す羽目になっている。
「いいじゃない、いきましょ――」
「――待たせたね、ハニー」
女の一人がサンポの腕に触れようとした瞬間、横から手が割り込んできてサンポの手を取った。驚く間もなく引っ張られた手を目で追えば、見慣れた灰色の少女がその手を自分の口元へ運び、ちゅ、と唇を落としたところだった。
「お、お姉さん!?」
驚きもあらわに声を上げるサンポに、星はふっとからかうような笑みを浮かべる。
「なんだよつれないな、そんな他人行儀な呼び方。待ち合わせに遅れたのは謝るから、拗ねるのはやめていつもみたいにダーリンって呼んでくれよ」
はぁ!? と叫びそうになるのをすんでのところで堪える。彼女をダーリンなどと呼んだ覚えもなければハニー呼ばわりされる筋合いもないが、これに乗っかれば穏便にこの場から離脱できるわけで、渡りに船なのは間違いない。出来ればもっと普通の船を所望したいところだったが。
「……しょうがないから、今回は許してあげますよ。ちゃんと埋め合わせはしてくださいね、ダーリン?」
「ふふ、もちろんだよ」
ノリよく応じたサンポの腰を星はごく自然な動作で抱いて、突然の事態にポカンとする女たちへにっこりと笑って見せた。
「私がいない間、彼の相手をありがとう――でも、ここからはふたりの時間だから、ね?」
「は、はい……!」
こてん、と首を傾げた星に、女たちは頬を赤らめながらこくこくと頷いた。その顔はサンポ相手の時よりずっとうっとりしている――別に羨ましいわけではないが、少しばかり釈然としない。
そのままサンポをエスコートするように歩き出した星は、去り際に振り返ってぱちん、とウインクをひとつ。
「じゃあね、子猫ちゃんたち」
きゃあ、と背後で歓声が上がった。
手近な路地に入った途端、星の手はあっさりサンポから離れた。
「……今度は一体、何を読んだんです?」
「んー、確か『彼女がイケメンすぎてツラいんだが俺はどうすればいい?』みたいなタイトルだった気がする。結構面白かったよ」
モグラ党の子供たちにせがまれて小説の登場人物になりきるごっご遊びをしたのがきっかけだった。妙に高い演技力とアドリブ力から繰り出される渾身のなりきりは子供たちに大好評で、以来その面白さにはまった星は子供と関係のないところでも時折演技を披露している。たいてい唐突に始まるそれにすっかり慣れたつもりでいたサンポだったが、さすがに現れた瞬間から演技モードに入っているパターンは想定外だった。
「この前は『善と悪』でしたっけ? 温度差で風邪をひきそうですねぇ」
ついこの間は『だが果たして、善と悪とを隔てる境界線など、本当に存在しているのだろうか?』とかなんとか言っていた人間が今日は『子猫ちゃん』だ。別に何を読もうが彼女の自由ではあるのだが。
「――ところでお姉さん、この後お時間はありますか? ご一緒に食事でもいかがでしょう」
「時間はあるけど……何、急に」
「助けていただいたお礼ですよ。借りはきっちり返すのが僕の流儀ですので」
「え、じゃあサンポの奢り?」
「もちろんです」
「やった。私、肉がいいな」
「ふふ、ならステーキの美味い店にご案内しましょう」
「あの程度のことでおいしいごはんが食べられるなら、またいくらでも助けに入ってあげるよ」
「次からは普通にお願いしたいんですがねぇ」
「えー、楽しいのに。あんただって割とノリノリだったでしょ、ハニー?」
「はいはいダーリンダーリン」
「適当ぉ~」