エンドレスサマー「そこの美しいお姉さん、僕とひと夏のアバンチュールなどいかがでしょう?」
何とも陳腐なセリフのナンパだった。普通なら黙殺するそれに足を止めたのは、その声に嫌というほど聞き覚えがあったからだ。
振り向いた先は案の定、こちらも見覚えがありすぎるほどある顔だった。だが格好の方はいつものよく分からない構造の服を脱ぎ、水着姿に薄手のシャツを一枚羽織っているだけの見慣れぬ姿だ。確かにこのいかにも青い海! 白い雲! といった風情の海水浴場にはふさわしい服装だろうが――そして顔が無駄にいい分とても様になってはいるのだが――、思わず何か苦いものを飲み込んだような顔になった自分は悪くない、と思う。
氷の星たるヤリーロ-Ⅵに夏の象徴的存在である海水浴場などあるはずもなく、ここは当然かの星とは別の惑星である。しかし私は、どうしてここに、と問うつもりはなかった。この男が神出鬼没なのは今に始まったことではなく、どうせ期待したような返事はもらえないのだからいちいち聞くだけ時間の無駄だ。代わりに、今このシチュエーションに最もふさわしい言葉を口に出す。
「……ストーカー?」
「なんてことを仰るのです人聞きの悪い! ここは運命的な再会を祝して熱い抱擁のひとつでも交わす場面ではありませんか」
「ふーん」
サンポの主張を聞き流し、適当に相槌を打って先ほど買ったばかりのフルーツジュースに口を付ける。この街の名産だという果物の果汁百パーセントを唄うドリンクは適度な酸味と爽やかな甘味のバランスが良く、強い日差しの燦々と照りつける海辺で飲むにはぴったりだった。
「……ここへはお一人で? 旅のお仲間はどうされたのです」
私が真面目に相手をする気がないのを察したのか、サンポは早々に話題を変えた。
「みんなとはもう昨日来たから。今日は全員別行動」
主になのに引っ張りまわされる形で散々はしゃぎまわり、海での遊びを満喫するのは既に済ませている。私は今朝起きた時にふともう一度海に行きたくなって、漠然と街中でも見て回ろうかと考えていた予定を変更し、そうして今ここにいる。大勢の観光客でにぎわう状況では「一人静かに海を眺める」というわけにはいかないが、願望としてはそう表現するのが一番近い気がした。
どうしてそんな気分になったのかは自分でもよく分からない。ここで「今日ここに来ればあんたに会えるような気がしたから」とでも言えばあっという間に恋愛映画さながらのロマンチックな雰囲気の出来上がりだが、この男との間にそんなものを醸し出すつもりは、もちろん、ない。
それでも、不思議とこの『運命的な再会』に嫌な気はしなかった。少しくらいならこいつの言葉に乗ってやってもいいと思える程度には。
「ねぇ、さっきの返事だけど」
サンポは「へ?」と少々間抜けな声を上げて、しばらく思案した後ようやく心当たりに思い至ったようだった。自分から誘っておいて誘ったこと自体を忘れてしまうとは何という体たらく。これではナンパ師失格だ。やはりこいつには詐欺以外の道はないと改めて確信する。
ただし今の私は気分がいいので、このへたくそなナンパ師にもう一度チャンスを与えてやるのだ。
「私は、ひと夏ぽっちで終わらせられるような関係には興味ないよ」
虚を突かれたような顔をしたサンポがしばしの逡巡の後、今度は陳腐でない言葉を耳元で囁いたので。
「――うん」
差し出された手に、私は自分の手を重ねてあげることにしたのだった。