Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    Fy_Onsen

    妄想の掃き溜め。R18リストの申請はDMまで
    反応は容赦なくお願いします!

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 66

    Fy_Onsen

    ☆quiet follow

    義鬼 宗教パロ 一度支部に上げたものです。

    吸血鬼の義丸と神父の鬼蜘蛛丸さんの設定です
    ダークファンタジーという体で世界観が全くのオリジナルですので、苦手な方は御遠慮ください💦

    君と云う名の十字架鐘の音が聞こえるだろうか。
    間延びした、けれどしっかりと根を張るようなその音色が
    君には聞こえているだろうか。

    ここはとある世界のとある国。
    優美な煉瓦造りの家や建物が並び、平民街と貴族街が存在する、歴史の長い由緒ある国だ。人々はここで暮らし、働き、歌い、或いは踊って、娯楽を楽しみ、実に健全に生きている。しかし、全てが幸せや喜びに満ちている訳ではなかった。
    この世界には「怪物」が存在するのだ。墓場に漂うゴーストや、首無し騎士、狼男など様々な怪異が、人々に認識されている。それらは滅多に人里には来ないわけだが、取り分けポピュラーな存在が「吸血鬼」である。吸血鬼は自分好みの生き血を吸い、永きに渡って生き続ける不老不死の存在で、あちこちに被害が出て騒がれている。そんな吸血鬼を狩る為の吸血鬼狩りといった生業も儲かるほどに、吸血鬼は潜んでいる。
    そして、これらを纏めて対処出来るのが神父や司祭といった聖職者だった。聖職者は決まって一般人にはない「霊応力」というものを持っており、これが魔を払う力になるのだという。この世界で彼らの存在はとても重要視され、その役職と言うだけで重宝されることも少なくはない。
    首から提げた十字架が、それの証拠なのだ。

    「………ここは……」

    起き上がった拍子に、十字架を繋ぐ細やかなチェーンが音を鳴らす。カーテンの隙間から橙の光が差し込むのを目視して、何故か妙に重い体をベッドから下ろす。勢いよくカーテンを両手で開けば、夕陽の眩しさに目を細め、窓越しに街の景色が見えた。どうやら少し高い場所に建っている家らしい。

    「…テリエの街じゃない…」

    美しいが知らない街の景色と、綺麗だが知らない天井にため息をもらす。無理もない。目が覚めたら覚えのない家で寝ていたのだから。しかし彼にはそうなった経緯に思い当たる節があった。

    それはつい昨晩の出来事だ。

    彼はテリエという郊外にある街の孤児院と教会を兼ねた施設で務めを果たす神父だった。近所の子供たちには懐かれ、優秀な修道士達にも恵まれ、その慈愛の性格から街の人々からの人望も厚かった。
    そんな彼の日課が、毎晩地下の小さな礼拝堂で祈りを捧げることだ。その礼拝堂は、自分に聖職者としての教えを施してくれた前任の司祭が遺したもので、司祭亡き後も悼むかのようにそこへ通った。
    それを知っているのはごく一部の人間なのだが、どうしてそのことを知ったのか、ある1匹の吸血鬼が、その様子を見物し始める。神父は剣術を習っていたが、本能的にその吸血鬼に勝つことは出来ないと察した。そしてもっと不可解なのは、この聖域に邪悪な存在である吸血鬼が入り込んでいることである。
    おまけに、その吸血鬼は神父に近づきその十字架に口付けを残したのだ。

    『生憎聖書も十字架も効かない体になってしまった』

    神父はその顔を確かめるために、手持ちの灯りを引き寄せた。するとどうだろう。ひどく整った顔立ちをしている。くるりとうねる茶髪は艶やかで、乙女を惑わすという泣きぼくろ。鼻筋は高く、これを放っておく女性の方が少ないだろうと神父に思わせるほどだ。しかし、神父は乙女ではない。これらの感想は淡々と思い至ったもので、当たり前だが吸血鬼である彼に恋心を募らせたりなどしない。吸血鬼の額に見えた十字の傷は、恐らく過去のものだろうなどと分析をしてみる。

    『…ここに来るのは5回目くらいですかね』
    『いや、君がここへ来たのは今日で10回目だ』
    『あれ、そんなに来てました?俺。でも初めてちゃんと顔を見てくれた。感謝しますよ。神父様』

    神父は灯りを傍の壁に掛けて、礼拝堂の奥の方へと進む。聖母像がある場所は、地下といえど建物と立地の構造上月明かりが差し込むようになっている。その芸術とも言えよう絵面を眺めて、神父は問いかけた。

    『……聖書も十字架も効かないと言ったが、それは何故?』
    『…………恋をしたんです』
    『恋?』

    あまりにも予想外の返答に少し声が高くなってしまう。吸血鬼が恋をしたからといってどうしてそれが聖書と十字架を無効化させるのだろう。神父は考える。

    『……あぁ、そうか。そもそも吸血鬼に心は無いんだから、恋すること自体がおかしいのか』
    『御明答』
    『君は……感情を、人間らしさを持ちつつあるということか?』
    『さぁ。ただ持ちつつあると言うより取り戻しつつあると言った方が正しいかも?』

    確証のない曖昧な言い方をするので、神父は一体どういう意味なのか尋ねれば、どうやら彼は元々人間だったらしいのだ。その事実だけは覚えているのに、人間だった頃の記憶が無いまま数百年生き続けているのだと言う。

    『誰に恋したと思います?』
    『絶世の美女』
    『少なくとも美女じゃないです』

    正直、考えるのが面倒くさい。人々を脅かす吸血鬼の恋路なんて興味もないし、神父自身恋心というものを今まで生きてきて抱えたことがないのだ。というよりそんな余裕がなかった。
    神父は、前述の通り誰にでもなれる職ではない。とりわけ彼は霊能力に加えて人より霊力というものが高く、怪異や霊に干渉しやすい体質を持っていた。それらから身を守るための術を身に付けなければならず、日々の暮らしの中で勉学や護身術の会得に励み、長いこと話した異性など教会の修道女くらいだったのだ。無論彼女らに恋愛的な感情が芽生えたことは無い。

    『……君はそんな話をする為に他のシスターたちの目を潜り抜けてきたのか?そうじゃないだろ』
    『半分はほんとにそんな話する為に来てます。だって俺はあんたに会いに来てるんだから』
    『殺せる瞬間なんていくらでもあったはずだ』

    神父は淡々とそんなことを言う。当たり前なのだ。本当なら神父と吸血鬼なんてのは対極の存在。お互い抹消するべき対象なのだから。吸血鬼が神父の懐に潜り込もうとするのは、その類稀な血を味わいつつ手をかける、そんな目的がある時だ。しかし、彼は10日間もここへ通う中でそんな素振りを一切見せない。

    『…………わかってくれませんか。俺が恋したのは、あんたなんですよ』
    『……………………………………』

    神父の目が怪訝そうに細められた。
    あってはならない、そんなこと。神父はすぐに腰にかけた銀剣を引き抜こうとしたが、その前に凄まじい速さで床に縫い付けられる。掴まれた手首が軋むのではないかと思うくらい強い力で握られた。

    『ぐッ…!』
    『勝てないってわかってるでしょう?』
    『…人々を襲う吸血鬼だとわかっていて逃げる考えも持っちゃいない』

    そう言うと、吸血鬼が笑った気配がして、その吐息も肌に感じてしまうほどに顔が首元へ近付いてくる。

    『…人間を襲うなって言うなら、条件があるよ、神父様』

    上半身で抑え込まれて身動きが取れないまま、襟のフックを外されて首が顕になる。晒された首筋を吸血鬼がベロリと舐め上げ、神父は粟立つような感覚に肩を震わせた。

    『……俺と一緒に来い。鬼蜘蛛丸』
    『​───…なんで、俺の名前を…』

    もう数年以上呼ばれることのなかった自分の名前を呼ばれて、神父、鬼蜘蛛丸は息を呑んだ。真名を知られると付け込まれやすくなるので不利な立場になる。
    祓魔師などは悪魔や霊の名を知って、取り憑かれている人の心から魂を追い出したりするのだが、それはこちらとて同じこと。
    名と言うのは実に厄介な存在ということだ。最後に鬼蜘蛛丸の名を呼んだのは、自分の父親だった。自分に神父の何たるかを教えてくれた司祭は父親が亡くなるよりも先に老衰で亡くなったが、父親は7年前、ベッドの上で眠るように息を引き取っていた。ちょうどこの国の法律上、鬼蜘蛛丸が成人を迎えて間もない時だった。
    直感的に鬼蜘蛛丸は、自分を産んだ時に亡くなった母が父を迎えに来たのだと思った。

    …鬼蜘蛛丸はテリエの街から二つ山を超えた先にある辺境の村で生まれた。しかし産まれたばかりのその左胸のあたりには、あるはずのない十字の痣があった。これは前世で大きな罪を犯したためだとか、災いを招くとか、村の古老集は好き勝手罵った。挙句には赤子を殺すと躍起になった古老集が鬼蜘蛛丸の両親の家を焼き払い、産まれたばかりの赤子を抱えて二人は村を逃げ出した。産後間もない母親は弱り切っていて、街に着いた瞬間、その命を落としてしまう。真っ先に一家を介抱したのがこの教会の修道士達だったのだ。

    過去のことを思い出すうちに、吸血鬼が口を開いた。

    『……全部見てたからだよ。俺はあんたが稀血だと見込んでたからね。で、どうする?俺と一緒に来るか、来ないか』
    『…………、……教会は、私の家だ』

    追い詰められている状況で神父は言葉を紡ぎ始める。

    『…そして神父は、誰か一人の為の存在になってはいけない。博愛だけが赦される。君一人の我儘には付き合えない』
    『…………』

    吸血鬼の目が、苛立つように細められる。そのまま肩口に顔を埋めた。

    『そんなの全部取っ払っちまえよ。”吸血鬼に攫われた哀れな神父様”。それで終いだ』
    『…ッ!』

    鋭い痛みが首筋に走る。噛まれた場所を中心に体が痺れ、上手く力が入らなくなる。等間隔に嚥下する音が鼓膜を震わた。自然と漏れる声も止められない。

    『あ、ぅあ、ぁ……』

    僅かに動かすことの出来る手は、吸血鬼をどかそうとその肩に置かれたがそれに留まった。ぷはっ、と息継ぎをするように口が離される。彼の口元から垂れ落ちる己の血が舌で拭いあげられるのを朧気に揺れる目で見つめた。吸血の行為に何か興奮でも覚えるのか、頬を上気させて恍惚とした表情で微笑む。それを認識した後、鬼蜘蛛丸は意識を手放した。

    妙に体が重いのはそのせいか、と、昨夜の記憶を辿り終わった頃、扉の開く音がして振り返る。他でもない昨日見た吸血鬼だった。吸血鬼は太陽の下には出られない生き物だが、家の壁を隔てれば彼は平気らしい。

    「お目覚めですか?」

    見知らぬ街へ人一人連れ去らったことを悪ぶれることもなく、仰々しくそう訊ねてくる。咎める気力も今は無い。

    「……ここは何処だ?」
    「夜霧の国です。イリスの街って言うんですけど聞いたことは?」
    「………王国から飛空挺で3日はかかる距離を、男一人抱えて一晩で来たのか?」
    「んー、まぁそこはほら、愛の力で」

    得意げな顔で人差し指を立てる吸血鬼に、鬼蜘蛛丸は半ば感心さえする。吸血鬼の人間離れした素晴らしい身体能力と言うよりほかない。
    というか、本当に、何が目的なのだろう。聞きたいことは山ほどあるが、とにかく今は空腹感が邪魔をしている。

    「……ところで、この家は?まさか君の家じゃないだろうな」
    「ちょっとお世話になった人がいて、亡くなっちゃったけど。その人の家を、定期的に手入れするっていうのを条件に借りてるんです。立派な家でしょ?」
    「あぁ…」

    ここはその一室なのだろうが、確かに小綺麗になっているし、壁や窓もシンプルではあるが丁寧な職人技が垣間見える。立派な家で寝泊まりができるのは有難いが、まだまだ懸念はある。

    「……これからどう過ごせばいいんだ。1文無しなのに」
    「先方の貯金を拝借しましょう。それにこの国じゃ聖職者の手が足りてないから、儲かりますよ」
    「……”狩り”は専門じゃないんだけどな。それに困ってる人からお金を取るのも…」

    聖職者が担うのは何も教会や聖堂の管理だけではない。人々を脅かす霊や怪異を追い払ったり、狩ることもまた仕事だ。勿論特定の怪異を狩る職も、聖職者とは別にある。

    「大丈夫ですよ。この国の人間は金がありあまってますし、聖職者が行った仕事には規定の金額を払えって言うのが法律で決まってるんです」
    「…誰が決めたんだそんな法律…」
    「適当にしてたらすぐ儲かります。それに鬼さん、それずっとぶら下げてるから、隠そうとしても一発で分かっちゃうだろうし」

    そう言って指さされた先にあるのは、鬼蜘蛛丸の首から提げてある銀に輝く小さな十字架。中央には極小だが赤い宝石が嵌め込まれている。鬼蜘蛛丸はそれを軽く握りしめた。

    「……これが無ければ、私は立場上ただの人間になる。なのに君は、これを奪おうともしないし私を殺しもしなければここに幽閉させる気もない。何が目的なんだ」
    「別に。……ただあんたにとってあの教会は狭いと思っただけ。あと、俺と一緒にいる事で、あんたにとって得することはいくつかありますよ」
    「……例えば?」
    「まず、俺にはあんたを有象無象から守ってやれるだけの力がある。ただし日が沈んだあとだけ。まぁマント被ればなんとかなるけど不便だし目立つしボロが出そうなのでやりません。その次、あんたの血はざっと人間6人分くらいの価値がある。で、俺は元の特異な体質のせいか元々人間の血をさほど必要としない。女性の血を一啜りで3日間は持つ。」

    そういって俺が気を失うまで飲み尽くしたじゃないか、と思いながら鬼蜘蛛丸は首元を擦る。

    「つまりあんたの血さえあれば他の人間を襲わずに済むって訳です」
    「……まぁ、確かに、それなら君を咎める理由も出来ないか」

    神父は口元に手を置いて呟く。あくまで罪のない人を襲わないというなら、自分が未踏の地に連れてこられたことにはなんとも思ってないらしい。

    「…わかった。事情は飲み込んだよ。とりあえず腹拵えしたいんだが……」
    「別に行動の制限なんてしませんよ。食料なら台所に集めてますので好きに使ってください」

    変に気が利くなぁとほくそ笑みながら部屋を抜け出そうとする鬼蜘蛛丸は思い出したように「あ」と声を漏らし吸血鬼に向き直った。

    「なんですか?」
    「名前を聞いてなかったと思って」
    「あー、名前ね、えーと」

    本能的に名を誤魔化そうとする吸血鬼に鬼蜘蛛丸はそうはさせないと、一歩前に突き出る。

    「『真名を明かせ、吸血鬼』」
    「ッ……」

    先程とは絶妙に違う声。頭の中に響くような、心を掌握されるようなそんな声に吸血鬼は余裕気だった表情を歪めた。
    十字架を握ってないからと油断した。
    真名を暴く際はなんらかの媒体を必要とするからだ。しかしこの神父にはそれすら必要としない。それだけの魔力があって、霊応の素質を持っている。

    「…よ、義、丸…」

    全身を氷漬けにされるような縛られるような圧迫感に観念して、口を震わせてその名前を明かした。その瞬間身を縛るような感覚が無くなり、緊縛が解けた義丸は空気を求めるかの如く息を吐いた。軽く呼吸を乱す義丸を見て鬼蜘蛛丸は柔く微笑んだ。

    「義丸、だな。強引にして悪かった。だけど君だって私の真名(な)を知ってるわけだし強引にここに連れてきたんだから、これくらいしないとフェアじゃないだろ」

    そう語る鬼蜘蛛丸は、不思議と神父としてのそれではなく、素の鬼蜘蛛丸として話しているように思えた。どうやらお互い真名を交換したことで心の壁というのは少しだけ薄くなったらしい。未だ動き出す気がない義丸を気にせずに、鬼蜘蛛丸は台所へ向かった。やっぱりそれなりにここへ連れてきたことを根にもたれていたのか。

    (いや、それよりも)

    義丸は自分の額に手をあて、視線の先へと持っていく。

    「…………汗………?」

    薄らと指の先についた汗を見て、義丸は呆然とした。

    「…汗……この俺が、汗………?」

    記憶の中ではそんなもの経験がない。数百年の歴史の流れを見てきて、汗なんてかいたことがなかったのだ。目の前で人が何人も処刑されていった時も、吸血鬼狩りに追い詰められて死にそうになった時も、何の感情も湧かなかったのに。義丸は静かに部屋の中で笑い出す。

    「…やるねぇ、神父さま」



    暫くしてから義丸も台所へと向かう。
    実に効率よく、規則的で、それでいて飽きることの無い音がそこに居座っていた。吸血鬼になっても鼻腔をくすぐる匂いの感覚こそおそらく人間と同じだと思いたい。鬼蜘蛛丸はこの短い時間でどこにどの調理器具が置いてあるのか把握し、律儀にエプロンまでして料理に及んでいた。

    「慣れたもんですね」
    「まぁ、教会は当番制だったんでそれで慣れた。家庭的なことは一通りできるつもりだ」

    内容からして作ってるのはポトフか何かだろうか。鍋を覗き込む義丸に鬼蜘蛛丸は隣でスープを味見しながら聞いてくる。

    「…君も食べたいのか?」
    「え」

    その質問には嘲笑や嫌悪などといった感情はなく、ただ興味の一環として聞いている印象があった。義丸は少し考えたあと小首を傾げる。

    「……どうなんでしょう。吸血鬼になってから、あんまりどうしたいとかそういう欲がなくて…食べれなくは無いですけど…」
    「俺の血はたんまり飲んだろ」
    「いやそれは生きていくための本能です。欲望とは微妙に違いますよ。したい、というよりしなければいけない、ってやつで」
    「一啜りで良いとか言ってたろ」

    凛々しい眉を寄せて腰に手をあてて半ば叱るようにそう問い詰めてくる鬼蜘蛛丸に参ったなと苦笑する。

    「……聖職者の血は、そこらの生娘なんかよりもよっぽど貴重で美味なんです。我を失うほど飲みたくなるのも仕方ないことなんですって」
    「…毎度あの調子で飲まれたら死にかねないんだが」
    「まぁ、次は1週間後くらいになると思いますし……それこそ一啜りで我慢しますよ。多分。」

    軽く溜息をつきつつ、鬼蜘蛛丸は鍋の火を止めて、盛りつけを始める。てきぱきと進められていく準備をぼんやり見ていると、気付けば二人分の皿が置かれていた。ひょっとして「主」とやらの分だろうか、と食卓に並べられているのを目で追っていると鬼蜘蛛丸がそんなこちらの様子を察したらしい。

    「これは君の分だよ」
    「えっ?俺?」

    素っ頓狂な声を出して自分のことを指さした義丸を見て鬼蜘蛛丸は面白かったのかクスッと笑って言った。

    「そう。食べれないわけじゃないんだろう?それとも食べたら腹壊すとか?」
    「いや……味も匂いも感じますけど…満腹感は得られないですね」
    「じゃあ、上々だ。食事にしよう」

    数百年生きていて初めての出来事に、義丸はその場でどうするべきなのか固まる。いや、夜の街で飲み歩いたりしたことは何回かあるけれど、家の中で夕餉を誰かと共にしたことなど無かった。鬼蜘蛛丸は食膳を置いた席を首の動きで示した。促されるままに義丸が席につくのを見届け、柔く笑みを浮かべてその手を合わせ指を搦める。

    「天におられる我らが父よ、願わくば我らを祝し、また主の恵によって我らの食せんとするこの賜物を祝し給え」

    僅かにだが感じる、霊応力の気配。食事前の祈りですらこれだ。本人はおそらく自覚がないだろうが、祈りだとか、そういった”言葉”自体に彼の魔除けの効果がかかっている。今のは差程の威力はないだろうが、彼が本気でその儀式を行えば、相手をしている怪異や霊はただでは済まないだろう。
    そんな義丸の考察を知る由もなく、鬼蜘蛛丸は祈りを終わらせて食事を始める。新しい場所だと言うのに至って自然と匙を運ぶ様子を見て、義丸は自分の手元へと視線を移した。有り合わせで作られたポトフと、一切れのパン。食欲というのは感じないし、かといってこれを見て吐き気もしない。ただその香りに誘われて、一口分をその口内へと運んで嚥下する。

    「………、………旨い」

    思わず口からこぼれた言葉に気付くのに遅れて、ハッとした頃には鬼蜘蛛丸が満足そうな顔でこちらを見ていた。

    「良かった。吸血鬼の口にも合うんだな」
    「…………」

    真名を交わしてからというものの、鬼蜘蛛丸の物腰は先程よりも穏やかで、少なくとも敵意は無くなったかのように思える。真名如きでそこまで態度を変えるものだろうかと義丸は心の中で首を傾げた。

    ✻✻✻

    食事と片付けを終わらせた頃には夕日は沈みきり、代わりのように月が暗闇を青白く照らし出す。
    何世紀ぶりかの人間らしい食事を終えた義丸は、暫く自室のベッドの上に横たわって時間を潰していた。ふと、家の中で物音がしなくなったことに気が付く。吸血鬼になって増すのは身体能力だけではない。視覚や聴覚、嗅覚も鋭くなる。最後に音が聞こえたのは裏口の方だったか。もしや鬼蜘蛛丸が外に逃げたのだろうか、と一瞬つまらない仮説が頭をよぎる。取り敢えず真相が気になるので裏口へと足を運んだ。
    義丸は裏口の扉を開けて、裏庭の方へと出る。石畳の庭園では、元々この敷地自体が街中の高い位置にあるからか、街を一望できた。
    鬼蜘蛛丸は、その石段を少し上がった場所に居た。石段の上に立つ彼を見上げる形になって義丸が声をかけようとすると、月を背中に彼は振り返った。
    靡く髪は光を反射して、理知的な瞳の中には月明かりが転がっている。
    その姿に、見惚れてしまった。一種の芸術だとすら思えてしまうのは、やはり自分がこの男に惚れ込んでしまってるからなのだろうか。欲目なのだろうか。義丸にはわからない。ただ、彼を自分のものにしたい欲望だけが心の中に渦巻いていた。

    「…君の真名を知って、知ったことがある」
    「……」
    「君は、吸血鬼でありながら人を殺した事がないな」

    義丸は目を見開いた。純粋に驚愕したのだ。真名を知ったからと言ってなんでも解る訳では無い。なのに、人を殺したかどうかが解るとは一体どういうことなのだろう。
    彼には驚かされてばかりだ。

    「……俺の記憶を見た?数百年分?」
    「いや……私にわかるのは、その魂が他の魂を貶めたかどうかだ。……君の魂はそうじゃなかった。だから、決めたことがある」

    振り返るだけに留まっていた身体を動かし、鬼蜘蛛丸は義丸に向き直る。

    「君を人間に戻す。それまでは付き合おう」
    「​─────……」

    俺の見込みは間違ってなかった。
    義丸は心底そう思った。噛み締めるように。何百年と生きながらえ、容易く死ぬことも出来ず、やっと死ねると思った時だって本能で逃げて生き長らえてしまった。そんな中見つけた彼をずっと追ってきて良かったと。

    彼なら俺を殺してくれる。そう思っていた。予想とは少し違う形にはなったが、彼がこの不老不死の呪縛から解き放ってくれるのだろう。神でもほかの何物でもない。

    彼が自分を、赦してくれるのだ。

    打ちひしがれるように、動けずにいる義丸の前まで鬼蜘蛛丸は石段を降り始める。そして目の前まで来ると、その手を前に差し出した。

    「……とは言ったものの、人間に戻る方法があるかどうかわからない。見つかる前に俺の方が死ぬかもしれないし……それでも良いなら、これからよろしく頼むよ」

    恐らくこれは友人や知人と交わす握手の為の手。しかし義丸はその手を反対側の手で取ることはなく、そのまま膝を折った。驚く鬼蜘蛛丸をよそに、差し出された手を添えるように握って、その手の甲に口付ける。
    所有の刻印は既にその首筋に刻んだ。それなら次に贈るのは、敬愛の証だ。
    今までそこらの女にしてきた時とは高揚感が違う。おそらく己の頬も恍惚と上気してるだろうと思いながらもゆっくりと顔を上げた。
    鬼蜘蛛丸と目が合えば、困った顔をした後に、けれどすぐ耐えきれないといった様子で笑いだす。

    「はは、こんなこと、お前じゃないと様にならないだろうな」

    あぁ、俺でなければ、きっとあんたはそんなふうには笑わない。

    これ以上の距離を、他の人は侵せない。だから義丸は立ち上がって一歩前へ出てその身体を抱き寄せた。驚いた様子はない。嫌がりもしないし、喜びもしない。けれど今はそれでよかった。これが許されてるのならそれでよかった。

    「……愛してる。あんただけをこれからも、一生…」

    この言葉が、彼にとって”しんどい”ものなのはわかっている。神父だからでは無く、彼が根っから博愛主義であることを知っているから、義丸だけを愛することなどできないこともわかっている。

    例え自分だけにその愛情が注がれなくても、自分は貴方に、偽りかも分からない愛を注ぎ続ける。

    鬼蜘蛛丸は優しく背中に腕を回した。それに対して嬉しそうに、義丸は抱きしめる力を少しだけ込める。鬼蜘蛛丸は抱きしめられながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

    (……何故だろう。懐かしい感覚がするのは……)

    二人を見守るのは、夜空に鎮座する月だけ。この間には何者も関与できないだろう。
    いや、関与することは許されない。
    神の名の下に力を与えられた男が許した吸血鬼を否定することは、神以外の何者にも許されないのだろう。

    これが、訳ありの吸血鬼と、忌み子と呼ばれた神父が進む物語の始まりである。



    ……To be continued……?
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭👏👏💘💘💘💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator