ケホケホと咳き込みだした黛を抱きしめて赤司は背中をさすった。苦しそうな彼に胸を痛めつつ落ち着くのを待つ。やがて黛は口元を押さえていた手を外し顔を上げると掠れた声を出した。
「悪い……ちょっとトイレ行ってくる」
「オレも行きますよ」
「一人で行けるからついて来なくていい」
こちらに視線を向けることなく早足で歩いていく黛の後を追うことはできなかった。赤司は小さくため息をつくと部屋へ戻る。それから数十分後に黛は戻ってきたのだが明らかに様子がおかしかった。顔色は青ざめていて呼吸も乱れている。体調が悪いことは一目瞭然であった。
「今日はもう休みますか?」
心配になって尋ねると無言でふるふると首を横に振られる。とにかくベッドへ寝かせようと肩を抱くようにして歩き出す。
「……っ」
しかし黛はその瞬間びくりと身体を強張らせた。
「ベッドの上はもう飽きた……」
黛は病弱で床に臥せることが多い子供だった。そのせいか色白で手足は細く頼りない。とてもではないが激しい運動などできる身体ではなかった。
「身体を動かしたい」
「千尋さんそれは……」
「無理なのはわかってる……でも眠くないしベッドは嫌だ」
「運動はせめてもう少し元気になってからにしましょう」
赤司は黛を抱き上げると寝室へと運ぶ。そして彼を布団の中に入れるとそっと頭を撫でた。
「今はゆっくり休んでください」
「……」
黛は何も言わずに目を閉じてされるがままになっている。その様子に安心しながら赤司は立ち上がろうとした。しかしその直前、服の裾を引っ張られてしまう。振り返ると黛が不安げな表情を浮かべていた。
「どこに行くつもりなんだ?」
「飲み物を取ってくるだけです。すぐに戻ってきますから」
「うん……」
黛は甘えるような仕草を見せると赤司の腕を掴んだ。その姿に愛しさを覚えながら頭を撫でる。
「少しだけ待っていてください」
黛が望むのであればいつまでも側にいてやろうと思った。それくらい彼の存在は大きくなりつつある。
「おやすみなさい」
額に触れる程度の軽いキスをして赤司は部屋を出た。
その後、黛が熱を出してしまったということで一日看病することになった。もちろん赤司が付きっきりで看ることになる。
「手を握っててくれないか……? 寝るまででいいから」
黛は弱々しい声でそう言った。断る理由もなく言われるままに彼の小さな手を握る。すると安堵したようにふわりと微笑んだ。
「元気になったらまた一緒に出かけようぜ」
「そうですね。楽しみにしておきます」
「約束だからな」
それだけ言うと黛は静かに目を閉じる。どうやら眠りについたようだ。その様子を見て赤司はホッとする。熱に浮かされている状態とはいえこうして甘えてもらえることが嬉しかった。
(可愛い人だ)
普段は大人っぽくてクールなのに時折年相応に振る舞う。そんな彼がたまらなく愛しくて仕方がない。
「早くよくなってくださいね」
そう囁いてみると黛の手がきゅっと握り返してくる。それに幸せを感じながら赤司はしばらくの間彼の側を離れなかった。