怪我の、「数が多いな……グレイ、そっち行ったぞ!」
「ちっ」
それは旅の道中だった。初めは少数の魔物だったが、次第に群れに囲まれ二人は苦戦を強いられていた。一人が前へ出ると一人は下がり魔法を放ち援護をする。上手く立ち回っているが、グレイの体力に限界の兆しが見えていた。
「(マズイな……まだ数がいるっつーのに)」
戦況を見つつ、そしてグレイの様子にも目を配り戦い続けるライにも多少の焦りがあった。
「一点突破で抜けるか……? お、っと」
魔物の攻撃を避け間髪入れず魔法を放つ。連続して魔法を放てる利点を上手く使い戦いを有利に進めてはいるが、弟子であるグレイをそれとなく庇いながらの戦いはライの体力をいつも以上に削っていた。
「くっ!」
「グレイ!」
攻撃を避けきれなかったグレイの腕が、魔物の鋭い爪に抉られる。
「う、ぐ……!」
片手を庇いながら細剣で敵を斬りつけ、ふらりと身体を傾かせたグレイの元へ、ライが駆けつけた。
「おい、大丈夫か!?」
「は、は……」
どう見ても怪我だけが原因ではない苦しみ方をしているグレイを見て、ライは毒かと舌打ちした。
「グレイ、すぐ街へ連れてってやる。少しだけ待ってろ」
「……ぅ……ら、い……」
「あぁ……大丈夫だからな」
襲い来る魔物を斬り伏せたライが、グレイを地に寝かせゆらりと立ち上がった。
「ふざけやがって……」
――ぎらりと鋭い光を宿した瞳が、筋を描いた。
「は、はぁ、はぁ……」
「グレイ……水だ、飲めるか?」
あの後、グレイに解毒薬を飲ませて応急処置を施し街へたどり着いたライは、直ぐに癒し手を探しグレイの治療を行った。命には別状なく、あとは怪我と毒による発熱さえどうにかなれば問題ないとの事だった。ほうっと安堵の息を吐いたライはそのまま宿を取り、寝台にグレイを寝かせ付きっきりで看病をしていた。
「う、けほっ……」
「……」
飲み込めず咳き込んだグレイの口元を拭ってやり、ライは水を口に含むとグレイの唇に自らのそれを重ねた。
「……ん、ん……」
少しずつ、割入った唇から水を飲ませていく。何度か繰り返すと、ほんの少しだがグレイの呼吸が落ち着き、ライは息を吐いた。
「俺の判断ミスだ……」
悔やむように呟いてもどうしようも無いことはわかっていながら、懺悔のように意識のないグレイの手を取り、額に当てる。すまない、と小さく零れた声は、常とはかけ離れていた。
「はぁ、はぁ、……ぅ、う……ら、い」
「! グレイ、起きたか。無理するなよ、まだ熱が……」
うっすらと見える赤い色に安堵しながら、ライはグレイにまだ寝ているように促した。ぼんやりとそれを聞いたグレイが、熱……と呟き、何かに納得したように瞬きをする。
「お前の、せいじゃ……ない」
「……グレイ?」
「俺、が……弱い、から……だから……」
お前は悪くない、そう途切れ途切れに伝えるグレイに、ライはその身体をかき抱きたい衝動に襲われた。
「……っ、お前」
「大、丈夫……だ……そう、だろう……?」
「はは……そうだな」
自分が告げた言葉を繰り返され、ライは苦い思いで――しかしそれを隠し、笑った。
「早く熱を下げて、いつもみたいな皮肉をくれ。落ち着かねぇよ、このままじゃ」
「は……失礼、だな……。皮肉、だけ、でいい……のか?」
「なんだよ、サービスしてくれんの? なら甘い言葉も欲しいねぇ。とびきり、胸焼けするくらいのな」
「ふ、ふ……ばかな、やつ」
呆れたように口端を上げるグレイに、目を細めて笑みを作るライ。額にかかる黒髪をゆっくりと横に流してやり、ライは小さく息を吐いた。
「ありがとな……大丈夫だから、もう寝ろ」
そう言ってそのまま手のひらでグレイの目元を隠す。グレイは何か言いたげに口を動かしたあと、しかし素直にそれに従い、ゆっくりと目を閉じた。
「……ら、い」
「……ん?」
「……す、み」
「あぁ、……おやすみ、グレイ」
すぐに聞こえてきた穏やかな寝息に、ライは手を離す。そうして同じように自分の目元に手をやり。
「(情けねぇ、な)」
繕えもしなかった態度を嘲笑った。
翌日――しっかりと熱を下げ目覚めたグレイから甘い言葉が貰えたかどうかは、二人だけが知っている。