『勇利くんの熱愛報道』その後「ぎゃぁあああああああああああ」
ロシアはサンクトペテルブルク。その日とあるアパートの一室で絶叫が響き割ったのは、夜も十時を回ったころであった。
「ゆうり~、どうして逃げる? ほら、こわくないよ、こっちにおいで。ねっ、こ・ぶ・た・ちゃん!」
絨毯敷きの広く豪奢な寝室の一角。両腕を広げ、猫なで声で近付いてくるのは、この世のものとは思えないほど美しい人。青い宝石みたいな目に、銀糸のようなサラサラの髪の毛。たとえるならロシアの一等星のように輝かしくきらめいている彼は、僕が子どものころから憧れ続け、今は僕のコーチとなったヴィクトル・ニキフォロフだ。
世界で一番尊敬し、愛するわが師を前にして、しかしなぜなのか、今の僕は食べられる直前の子豚みたいに部屋の片隅でぶるぶると震えている。
そう、本当に、何の比喩でもなく、僕はコーチに『食べられかけている』のだった!!
「勇利、俺のこぶたちゃん、さあ、こっちに来るんだ」
ヴィクトルがぺろりと上唇を舐めながら、右足を一歩踏み出した。黒いアンダーウエアを履いただけの、無駄な脂肪もみてくれだけの筋肉もない、凄味のある裸体が間近に迫る。
ライトを背にした彼の影が足元に落ち、僕はひぃっと声にならない悲鳴を漏らした。
「だめ!!それ以上近づかないで!!」
寝室の角にうずくまった僕は更に身を縮こませ、触られないよう両腕で自分のからだをぎゅっと抱きしめた。そんな僕の姿を見て、ヴィクトルは心底心外だというように眉を上げた。
「どうしてそんなことを言う?」
どうして?どうしてだって?? そんなの決まってるじゃないか!
「ヴィ、ヴィクトルが変なことするからだろ……!」
「変なことって?」
のんびりと、とぼけたようにコーチがのたまう。
「だ、だから、ぼくの、ちん……じゃなくて、アソコ、さわったり」
「アソコ?」
「ち、ちん……だよ! あと、胸っていうか、ち、ちくび、べろべろ、な、なめたり、その、だから……」
「だから?」
「だから、エッチでいやらしいことだってば!!」
叫んだ途端、ヴィクトルがこらえきれずに吹き出して笑った。
あっはっはって、なに高笑いしてるんだよ!僕がこんなに混乱してわけわかんなくなって、泣きそうなくらい怖がってるっていうのに、……くっそう、なんでそんなに僕をいじめるんだよ?!
「もうっ、ふざけるのもいい加減にしてよ、僕をからかってそんなに楽しいの?!」
「勇利、俺はからかってなんかいない。むしろ大真面目だ」
「からかってるだろ、こん、こんな、変なことして、僕の反応見て、バカみたいに笑って……そんなに僕がきらいなのかよ?!」
「嫌いなわけがあるか。愛してるからこうしてるんだよ」
「あ、あい?!」
「好きな人にエッチなことをしたくなるのは自然なことだよ。勇利だってその気だと思ってたけど?」
「その気なんてないよ!」
僕が全力で否定すると、ヴィクトルはハァーとため息をついて、右手で前髪をくしゃっと書き上げた。これはあれだ、『まったく俺のこぶたちゃんときたら、ネンネでしょうがないなぁ』という顔だ。めちゃくちゃ呆れてるときの。
「勇利、お前は、おかしい」
「な、なんで……」
おかしいって、おかしいのはヴィクトルだろ!
「いいか、毎晩俺のベッドに入ってきて、俺にぴったりくっついてきて、『ヴィクトルって最高にかっこいいなぁ~、あ~ダイスキ!』って言って、俺の前髪を撫でて、俺の懐に入ってきて、うれしそうに俺にキスされながら俺の腕まくらで寝てる人間が、そんな気がまったくないなんて言うのは、一般的にはおかしいっていうんだよ」
「いや、だから、それは……」
そりゃ、そういう言い方されると変なふうに聞こえるけど! ……ただ、最初にロシアに来た時になんとなく一緒に寝たから、なんか、いつのまにかそれが普通になっちゃったっていうか、正直一人で寝たいときもたまにはあるけど、それじゃヴィクトルがさみしがるかな、とか思って、実際さみしそうだし、それでただ、ずるずる一緒に寝てるだけであって、別に僕にそんな気は! ……かっこいいなぁって前髪撫でるのだって、本当にカッコいいからだし、かっこよくて、素敵で、そしたら前髪あげてちゃんと顔を見たくなるだけの話じゃん? ていうか、目の前にヴィクトル・ニキフォロフがいたら、誰だってまじまじと見ちゃうだろ、この世の中にこんなに美形でカッコいいは二人と存在しないんだから!第一、腕まくらしてくるのはヴィクトルのほうだからね! してほしいなんて僕は一言もいってないし、ただ僕はヴィクトルに触ってたいだけっていうか、ヴィクトルがちゃんと僕のそばで生きてるって体温を感じていたいだけであって、別にそんな抱きしめてほしいとは……そりゃ、ずっと離れずにそばにいてー!とは思ってるよ? だって僕はヴィクトルのことが好きで好きでしょうがないんだから、だから腕まくらだって、キスだって、してもらったら最高に幸せだし、嬉しいけど、だからって僕からしてほしいなんて、そんな大それたことはいえないっていうか、こうして一緒にいるだけでめちゃくちゃしあわせだっていうか……、
「え、まって、なんで大きくなってるの?!」
「勇利……」
「パンツ脱がないで!」
「ゆうり、まったく、どうしてお前はそうなんだ……ハァー、俺をこんなに翻弄して……俺の気持ちをもてあそぶのは楽しいかい?」
「いや何言ってるの! もてあそぶって何?!全然意味わかんないよ!なに……ん、やぁ、なにするの、やだよぉ……こんなおっきいの、どうしろっていうの! むり!」
「ハァ……ゆうり、かわいい、あいしてるよ。大丈夫、俺今までヘタって言われたことないから」
「何が大丈夫なの?! しかも今サイテーなこと言ったね?!」
「もう黙って、ゆうり。どっちにしろお前はもうここから逃げられないんだから、観念して俺に抱かれようね」
「やぁだぁ~!! あ、あぁ、ちょっ、ん、まって……ぃやん、ん、あ、あ、ぁ、ぁ、ん~~~!!」
***
「ハァー、最高だった! 勇利はやっぱり俺の想像を軽く超えてくるね!エッチするの初めてなのに、もっときもちいいことしてって、自分からお尻を振ってあんなに乱れるなんて……」
「わーわーわーわーーーーーーばかぁ!!!」
「ね、俺うまかったでしょ!」
「……………………ばかぁ」