月満つれば
真っ暗なところにいる。
匂いはなく、風もない。ただ真っ暗なところだった。不思議と恐怖はなかった。この感覚を知っている、と思った。今まで数えられないほど見舞われた不運によって、落ちてきた場所と似ている。
違うのは、土の感触がないということだけ。だからこれは夢だとわかった。立ち上がる。上を見上げる。丸い穴が、満月のようにくらがりの中にあいている。つかむように手を伸ばすと、何かに触れた。あたたかい体温をもっていた。
「伊作」
聞き馴染みのあるやわらかい声が降ってくる。せんぱい、と声にならない言葉を出して、その手をつかもうと伸ばした。
まぶたを開けると、世界はまだ夜の中あった。
部屋はとっぷりと闇に沈み、仕切りを挟んだ向かいからは規則正しいひとりぶんの呼吸音が聞こえる。顔をのぞかせると、ひとつも布団を乱さず、ただしく眠りについている同室の姿があった。灯りはとっくに消していたので、その表情はよく見えない。
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