愛してるよゲーム(クロパパ)「──愛してる」
皆が就寝し、静まり返った深夜のホテル内。二階一角のバーの中。それはだいぶ酔いが回ってきたクロックマスターが、ほんの戯れで溢した言葉だった。あまり深く考えず放った言葉だが──カウンター席の隣に座るミイラ父ちゃんが、正面を向いたまま全くの無反応である様子に、聞こえなかったかと……適当に流そうとした時だった。
静かに酒を口に含み、ゴクリゴクリと音を鳴らして飲み下したミイラ父ちゃんに、マスターさん、と名を呼ばれる。クロックマスターはそんなミイラ父ちゃんの一挙手一投足を横から眺めていた。その場にほんのりと緊張が走り、グラスを持っていたクロックマスターの手に力が籠る。ミイラ父ちゃんが口を開くのを見て、クロックマスターは心臓がドクリと跳ねた。
──愛してる。
ミイラ父ちゃんは正面に視線を落としたまま、そう呟いた。クロックマスターは思わず口を開けたものの、その後の言葉が紡げず視線を彷徨わせた。まさかミイラ父ちゃんから返ってくるとは……クロックマスターは全くの想定外だったのだ。頭上の青龍刀の事と良い、都合の悪いことは大体受け流されるため、──今回も適当にあしらわれると思っていた。
クロックマスターが次の言葉を紡げずにいると、ミイラ父ちゃんは、私の勝ちですなぁ…?と言いながら、クスリと笑った。クロックマスターを見て傾げたその顔は、酒でほんのりと上気しており、薄く笑った唇は酒に濡れている。チラリと、ずっと合わなかった視線が噛み合って、クロックマスターはその空気に、飲み込まれそうになる。
発言から、どうにもミイラ父ちゃんは今ホテルで流行っている「愛してるゲーム」をしていたつもりらしい。けしかけたのは自分だが──そんなつもりは毛頭なかったのだが。
「……この歳になっても、存外照れるものだな……」
次の酒を取りに行くと言う口実で席を立ったクロックマスターは、小声で観念した様にそう溢した。ミイラ父ちゃんはハハハと笑って、クロックマスターさんは言い慣れていませんか、と言った。クロックマスターが思わず目を見開くと、ミイラ父ちゃんはその反応を楽しむようにハッハッハと笑ってみせた。そして、でもねぇマスターさん……と口を開く。
──そう言うことは……伝えられる内に、伝えておいた方が良いですよ。
そう言ったミイラ父ちゃんはいつもの笑顔だったが、クロックマスターはその陰りに気付き、グッと言葉を詰まらせた。ミイラ父ちゃんが時折見せるこの影に、クロックマスターはどう接すれば良いのか、いつも分からなかった。
ゴホンと咳払いをして。クロックマスターはカウンターに両手をつくと、大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐き出した。緩く握った拳を固く結び直して、深呼吸で多少はクリアになった視界で、ミイラ父ちゃんを見据える。
「……愛してる」
「エェ……?」
ミイラ父ちゃんの笑い戸惑うような返答に、愛してる…!と、クロックマスターは力強く続けた。はい、と返事をしたミイラ父ちゃんに、クロックマスターは同じ言葉を続ける。ミイラ父ちゃんはその度に「はい」、と微笑みながらそれを受け止めた。次第に可笑しくなってきたのか、フフッ……と笑いながら口元を押さえたミイラ父ちゃんに、クロックマスターはワシの勝ちだな、と得意気に伝えたのだった。
おわり