地獄のミーティング。(タクシー、シェフ、グレゴリー、ミラー、フォン)深夜、古びたホテルの出入口がギギギ…と音を立てる。立て付けの悪い扉を開けて中へ入ってきたのは、様々な雑務仕事を終えホテルへ戻ってきた地獄のタクシーだ。その顔には酷く疲れが浮かんでいる。
ハァ……とため息をついて、彼はロビーのソファへと腰掛け、懐からタバコを一本、取り出した。
火をつけようと、ポケットからライターを取り出すが……少し思案して、彼はそれらを懐へ仕舞った。
今日はこの後、ミーティングがある事を彼は思い出したのだ。タクシーは重い腰を上げて、ロビーから食堂に続く扉を開けた。
「お疲れ様で~す……」
「タクシー……遅い……料理が冷める~……」
扉の先、食堂でタクシーを出迎えたのは地獄のシェフだ。彼は早く座れ……とタクシーに言うと、先にテーブルについていた人物を見据えた。
そこに座っているのは、このホテルの支配人である、グレゴリーだ。
タクシーが今ここに居るのも、シェフが今ここに居るのも……全てはこの人の采配に他ならない。
「ヒッヒッヒッ……遅かったじゃないか、タクシー」
それでは始めましょう。
不気味に笑う支配人は、カチャリとナイフを手に取った。
週に一度、この三人は食堂に集まる日があった。これは勿論、グレゴリーの言い付けだ。
シェフとタクシー。
「地獄の」とついた彼らは、グレゴリーの命に逆らえない。言葉や一時的な反抗は出来ても、根本的な所で彼に逆らうことは出来ないのだ。
それは本能的に分かってしまう、という感じであったが。そもそもシェフもタクシーも彼に逆らう気が、最初から無かった。
そして今も。
タクシーが社畜の様に働いていても、反抗しようだとか、ここを離れたいだとか、そういう気持ちが起きたことは、今の一度も無かった。
何故なのか、生ぬるい空気が淀んだ吹きダメの様なこの場所を……離れたいとは思えなかった。
それはきっと……シェフも同じだろう。そう、タクシーは思っている。
「それで?タクシー、あの魂はどうなったのだ?」
「あれは死神サンがー……こっちには来ないって、言ってましたよ」
「またアイツ……っ!」
シェフの作った新作料理を口へ運びながら、タクシーはグレゴリーとの会話を続ける。
今日の新作はまた偉く尖っているな……と、タクシーは銀の塊を飲み込んだ。
シェフの新作「フォークチャップ」は、文字通りフォークの塊……食器のフォークを、シェフの怪力で丸めたものに、ソースが掛かっている逸品だった。
美味しいとは思わないが、いけなくはない……と、タクシーは咀嚼を続ける。
タクシーがおかわりをした間も、グレゴリーは苦虫を噛み潰したような顔で、頬にそれらを必死に詰め込んでいるようだった。
可哀想に……と思うが、タクシーは見て見ぬふりをしておく。触らぬ神に祟りなし、である。
「ほへへ……ふぎは、いふ……グ、フ…ッ!?」
フォークが刺さったのか、血反吐を吐いたグレゴリーを余所に、タクシーはさぁ……と息を吐いた。
魂が次いつ来るか?そんなこと、タクシーは微塵も興味がない。今興味があるのは、競馬がいつ当たるかだ。いつも、あと一歩で取り逃がしてしまう。
「ひひっ、どうせ当たらんよ……」
グレゴリーが口元の血をナプキンで拭いながら、心の中を読んだかのように笑う。
シェフ、グレゴリーサンはおかわりが欲しいって……とタクシーが言い掛けた所で、グレゴリーは大きな咳払いをした。
「ンンッ!ごほん……ッ!とにかく、新しい魂が来ないことには何も始まらん……」
マンマに怒られてしまうからな……死体ばっかり轢いてないで、たまにはお前も何か出さんか。
グレゴリーがそんな事をいう日は、大抵何か良くないことが起こると、タクシーは知っている。
あーあ、やだなぁ~……。
シェフにおかわりを貰って、タクシーはまたモグモグと銀の塊を飲み込んだ。そんなタクシーを見ながら、グレゴリーは不愉快そうな顔で胸をさすった。
「タクシー、ちょいと現世に行って新しい魂を連れてこんか」
「はぁ……え、嫌ですよ!?」
そんなことしたら死神サンに怒られるでしょ〜!?俺イヤですよ、この歳で怒られるの!
ヤンヤ、ヤンヤと騒がしい食堂は、シェフの煩いやつミ~ンチ……と言う声でピタリと静かになる。
最後にグレゴリーが小声で、お前がマンマの悪口言ってたの、言い付けるぞ……!などと言うものだから、タクシーの抵抗も虚しく……今日、タクシーの仕事に新たな業務が追加された。
次の日、何時ものようにミラーマンの部屋を訪れたタクシーは、仲間であるパブリックフォンとミラーマンにウダウダと愚痴を溢していた。
「聞いてくれよ~……また仕事が増えたんだよ、あのモウロクジジイ……」
「バレたらしばかれるんだから、止めろってタクシ~!」
「ホントだぜタクシー!!俺らまで粉々にされたら堪ったもんじゃない……!」
「うぅ……巻き込んでやる~~……!」
止めろって~~!!というパブリックフォンにヘッドロックを決めながら、タクシーはミラーマンの部屋にあったワインボトルを呷る。
おい、もうそれしかないんだからあんまグイグイ飲むなよ!と、ミラーマンは言いながら、チラリとタクシーの顔を覗き込んだ。
相変わらず真っ黒な瞳は、何も写していないみたいだな、とミラーマンは思う。
しかし、こんな現実から逸脱した非日常を、タクシーは結構楽しんでいる。
本人に自覚があるのか、ミラーマンは知らないが……それは昔、ミラーマンがたまたま視てしまった、タクシーの真実だ。
おわり。