ある日、冨岡が彼と同い歳くらいの落ち着いた可愛らしい女と一緒に歩いてる姿を見た。お互いに優しい笑顔を向け合っていてとても似合いであった。
蝶屋敷退院後、入院中に少し交流があった冨岡が週に一、ニ回くらいの頻度で風柱邸へ訪れていた。現役の頃は、ぴくりとも動かない表情筋であり、協調性もなく、人を見下した高慢で嫌な奴という散々な印象であった。しかし、蝶屋敷での療養期間を経て、本当は過度に自己評価が低い、ただの口下手な奴ということがわかった。そしてあの頑固な表情筋も、今は少し微笑を浮かべられるくらいになった。現役時代に比べればかなりの進歩だろう。
さて、冒頭に戻る。俺は見てしまった、いや見えてしまった、冨岡の明るい未来が。大切な者を守れたお前は、判断を誤らなかったお前は、色んな奴から慕われ、笑顔を振り撒く。その明るい未来に俺の存在はついぞ見えなかった。
突然冷水をかけられた気分になり、ふと思い出した、弟に願われた"幸せ"を見つける旅へ出ることを決意した。もしかしたら旅の途中で自分なりの幸せの形を見つけることができるかもしれない。周りにも一声かけるか少々悩んだが、きっと理由を聞かれたり、引き止められたりしてしまうだろう。そうするとこの衝動的な考えは萎んでしまい、そのまま幸せとは何かが分からず生きてしまいそうで恐怖を覚えた。だから結局誰にも言わずに旅へ出ることにした。
だがふとした瞬間に胸が苦しくなる時があった。旅で見た青い海、魚市場で売られていた鮭、控えめながら話に花を咲かせる男二人組、黒い長髪の男…その時頭をよぎるのは冨岡。なんでかずっとわからなかったが旅先でたまたま出会った少女達にいろんな話をしてやる中、特に考えなしにそんな話も混ぜて話してやると、それは恋だわと一等キラキラした目で言われた。恋は苦くて苦しいもの。最初はそんなバカな、恋してる人はキラキラしているのではないか、そう思っていた。そう思わせた筆頭は友人の伊黒だ。悲鳴嶼さんに言われるまで気づかなかったが、伊黒は甘露寺に恋していたらしい。その逆も然り。俺には気持ちがよくわからなかったが、確かに伊黒は甘露寺と楽しそうにやり取りをしていたのは知ってる。逆に自分はどうだろうか。相手が冨岡?そんなバカな…とは思ったものの、考えれば考えるほど方向性は違えどなんだかその恋とやらに当てはまってしまって。そう言えば伊黒も、甘露寺と楽しく交流した竈門をやたらと目の敵にしてたな…と思い出してしまい。まさか今更友人の恋事情について新たに知る羽目になり、さらに恋とやらを自分の身をもってして実感してしまうとは。すぐには受け入れられず何度も頭を抱えた。
そんなこんなで旅を続けていたある日。宇髄の鎹鴉である虹丸が突然、帰還せよと伝言を寄越してきた。あの少女達の話を聞くまでは戻る気なんてさらさらなかったが、今このまま旅を続けていてもこの旅の先には幸せはないと悟り、帰還を決意する。
旅から戻り、自分の家である風柱邸へ到着すると居間に宇髄と冨岡がいた。正直、突然の生冨岡の存在にドキッとしたが、驚いたのは事実なので「てめェらなんでいやがるんだァ!?」とさっきの気持ちを吹き飛ばすように怒鳴ってやった。宇髄はカラカラと笑って、「まあこっちに座れよ」と2人が座っている座卓へ同じく座らせられた。
そのまま旅先で買ってきた土産やそれぞれ持ち込んだものを食べながら、なんやかんや近況や旅の土産話などをして盛り上がった。そうした中、宇髄が「なんで旅に出てたんだ」と一番知りたいことについて切り込む。続けて冨岡が、「そうだ、お前がなんの連絡もなしにいきなりいなくなってしまってびっくりしたんだ。一言言ってくれればよかったのに。」と不服な表情で言う。まあ当たり前の質問だよなと思いつつ、もう割り切れていたので、「幸せになるための旅をしていたァ」と2人に伝える。「幸せになるための旅?」2人の声が重なる。「見つけられたのか?」という宇髄の問いに不死川は首を横に振る。別に誰に話すわけでもなかったが、何も言わずに旅をした手前、少し悪かったなと思う気持ちもあり、言っても減るもんじゃねえかと話すことにした。こんなこと今まで鬼殺一筋でやっていた俺が話すのも小っ恥ずかしいが。
「まあ簡単に言えば、惚れた奴を忘れて新しい幸せを見つける旅というところかァ?」
宇髄と冨岡は顔を見合わせる。
「ちなみにどんな奴なんだ?」
その問いに相手に思いを馳せながら答える。
「見た目はとっても別嬪さんだ、そしてたまに見える控えめな笑顔が一等好きだった。」
その不死川の表情と心音を聞いて、宇髄は穏やかな表情を浮かべる。
「本当に相手のことが好きなんだな。」
「ああ。」
「告白はしないのか?」
「しねェよ。」
「なんで?」
「俺のことを同じような目で見てねェのはわかるし、あいつにはもっと相応しい相手がいるからなァ。」
「え?もう既婚者なの?」
「知らねェが俺ではないことはわかる。」
「玉砕覚悟で告っちゃったらいいじゃん〜。」
「そんなわけにいかねェよ。そのための旅だったんだァ。相手の気持ちがこちらに向かないのにどうして言葉で縛りつけられるかァ…いや、ほんとは俺が傷つくのが怖いんだなァ…。」
ここでずっと2人のやりとりを聞いていた冨岡が口を開く。
「お前は自分の価値をわかっていない。お前は立派ですごい奴だ。元から柱として尊敬していたが、蝶屋敷での生活でも改めて実感した。お前だったらどんな女性でも了承するのではないか?」
…ああ、本当に脈なしってこう言うことなんだなと絶望する。いやわかってはいたが、褒められていると言うのに、これは思った以上にきちィな。俺だったら好きな相手にこんなこと嘘でも言えないかもしれない。そう1人でショックに打ちひしがれていると、ふっと控えめに笑う音がした。反射で顔を上げると、冨岡が俺が一等好きな笑みを浮かべていた。改めて好きだなァと思っているととんでもない爆弾発言が投下される。
「なあ、恋してるお前を見て、俺はお前が好きになってしまったようだ。」
「…は?」
「でも不死川には好きな人がいる。俺は…不死川に好きになってもらえるように頑張りたい。俺も…不死川に幸せになってほしい。迷惑だったらもう近づかないから…好きでいてもいいか?」
そんな本当に好きなのかと錯覚するような顔で、控えめな笑みに少し憂いを帯びた表情を浮かべる冨岡の綺麗さに心臓は高鳴り驚いたが、信じられず、「何をふざけたことを…」と照れ隠しで呟いてしまう。それを聞いた冨岡はすかさず、
「俺の心を勝手に推し量るな!俺の気持ちは本物だ!」
と滅多に見ない怒りをあらわにした。あまりの勢いに「悪かったァ…」と謝ることしかできなかった。そんな2人を眺めながらこれは派手に面白くなってきたぞと宇髄の今夜の酒の肴が決まった。
次の日から冨岡の猛攻が始まる。
朝から風柱邸に顔を出し、「おはよう、不死川。デェトしよう。」と開口一番言うので、「デェトは恋人同士がやるものだァ!」とツッコむ。旅先の少女達の話を聞いた不死川は少女達並の恋愛知識を持っていた。
しかし、「そうなのか」と気落ちする冨岡に居た堪れなくなり、「別に飯くらいなら昔の俺達じゃねえし行けるだろ」と助け舟を出してしまった。
すると、パァッと表情が明るくなり「ありがとう!」と言った後、ふと何かを思い出したように眉間に皺が寄り、「昔の俺達だって別に食事に行ける関係じゃなかったのか?」と純粋に湧いた疑問を口にした。「冗談は休み休み言えェ」と不死川に呆れた顔をされ「心外!」となる冨岡であった。
なんだか冨岡の様子がおかしい。様子というのは具体的に言えば表情だ。破顔したと思えばすぐにキュッと表情を抑える。初めは破顔が眩しくてその度に心臓が持たなかったが、だんだん慣れてきた。いや、やっぱりまだ慣れてはいない。不意打ちに食らうと脈拍が200を超えそうだ。
閑話休題。そう、表情。なんだかぎこちないのだ。破顔だって俺のいない間にこんな顔もできるようになったのかと少しショックも感じていたが、今は素直に可愛い。しかしなぜかそれを抑えようとする。ある日耐えきれなくなって、聞いてみた。
沈黙。辛抱強く待っていると、冨岡は重そうな口を開いた。
「……だってそれはお前が言ったんだろう…」
と悲しそうな表情で微笑を浮かべながら、続けて「未熟ですまない…」と言った。
全くなんのことかもわからず、「俺が何て言ったってェ?」と本当に何も知らないというように聞くと信じられないような表情をされた。
俺、何か言ったのか?全然記憶にない。全集中で記憶を遡っていると冨岡がボソボソと話し始める。「お、お前が、お前の好きな人の好きなところが控えめな笑顔と言ってただろう…。」
なんとも煮え切らない表情だ…いや、これは、拗ねている…?のか?そんなことを考えてる中、「まあ前提として、不死川の好きな人よりも綺麗な顔を持っていないが…」と呟いているが、顔面国宝が何を言ってる?そんなことないだろうが。お前だよお前。そんな表情と可愛い呟きを聞いていたら堪らなくなって口から本心がこぼれ出てしまった。
「はァ…何を言い出すかと思えばァ…好きなやつの笑顔なんて全部好きに決まってるだろォ、お前は好きに笑ってればいい。お前のどんな表情も好きだ…」
目をぱちりと瞬かせた冨岡。ここで我に帰る。勢いで告白しちまった!顔が熱くなるが目の前の男は、一瞬顔を朱色に染めてからすぐに真顔になり、
「あ、あぁすまない。一瞬俺に対して言われたかと思ってしまった。烏滸がましいことこの上ないな。でも…これはお前も悪いと思う。やっぱりお前はその…好きな人がとっても好きなんだな、俺が入る隙間はないのが今のでよくわかった。今まで散々付き合わせてしまいすまない、では俺はここで失礼…「すんなよォ…?」
ガシッと腕を掴み、逃げの一手を封じる。
「何をするッ!」
「いやお前がなァ!」
「何がだ!」
「なんで今までこちらの都合も考えずグイグイきてたくせに一気に身を引こうとするんだァ!」
「それはそうだろう!お前が好きな人にゾッコンなことがわかったからだ!」
「それは否定しねェが相手は…「言うな!余計に惨めになる!」
「なんッで人の話を聞かねェんだ!最後まで聞けェッ!」
「嫌だ!なんでお前の惚気話を今ここで聞かされないといけないんだ!拷問か?酷い男だな!」
「うるせェ勝手に違う方向に話を進めるなァ!ややこしくなる!」
そう言うと逃げられないように、一言一句聞き逃させないように、無理やり腕を引っ張ると反動で仰け反った体躯をがっしりと抱き込む。未だ暴れているが生憎俺の方に軍配が上がる。
「よく聞けェ、お前が勝手に勘違いするから単刀直入に言うが、俺が好きなのはお前だ、冨岡。」
ピタリと体の動きが止まる。つかさず同じ文言を言うとみるみる腕の中があったかく赤くなっていく。「嘘だ…」と聞こえるがそんなことはない。ずっと好きだったのはお前だった。お前の気持ちを信じられないのは俺だった。でも今はこんな姿を見てしまったら認めざる得ない。これは両想いであると。
「と言うかァ…ずっとお前通い詰めてたんだからお前しか見て考える機会ないだろ。」
「…あ。」
そんなこんなで2人は結ばれ幸せな余生を生きるのでした。めでたしめでたし。
余談ではあるが、冨岡は遠慮なくとびきりの笑顔を不死川に見せるようになったそうだ。そんな表情豊かになった冨岡に、勘弁してくれェと頭を抱える不死川が存在するとか…。これは2人だけが知るお話。