医療課「いっっっっっっっっっだい!!!!!!!!」
今は12時。シルト社では休み時間になっている。沢山の社員がいる社内の中でも唯一騒ぐ社員がおらずしんとした社内の診察室の中でヴァシリの叫び声が響く。急に叫ぶから周りの人達が一斉に見てくる。お願いだから叫ばないで黙っててくれ。付き添いの俺まで見られる。
「え〜?これくらいなら別に痛くないでしょ〜?」
「めっちゃ痛かった!!!!もっと丁寧にやってよ、こっちはケガ人なんだから……」
「丁寧にはやりたいけど、シルト社ってすぐにケガ人が来るからさ〜、全員を真面目に手当してたら何時間かかるか…」
「でも今はケガ人オレだけだよね!?!?」
「そうだね〜」
「丁寧にできるでしょ!!!包帯の巻き方適当すぎるでしょ!!!」
「あはは、ごめん。なんか癖で」
「っも〜、包帯いってぇ〜…オレ治療されてるはずなのに…カティアもリノに何か言ってくれよ…」
「何で俺が何か言わなければならないんだ?」
「今日も冷たいなカティア」
「知るか…」
シルト社、医療課。シルト社の社員が怪我をした時に治療を施してくれる課だ。治療は会社内限定ではなく、緊急要請などがあれば任務先に向かって治療してくれたりもする。
さっきから大声で話しているヴァシリと対話している子の名前はリノ、というらしい。特徴的な話し方をしていて、雰囲気がふわふわしている。全体的に間延びした印象を受ける。最近聞いた噂によると街で1番大きい病院、ゲゼットローザー中央病院に勤務していたらしい。そこの院長にかなり評価されるほど腕が良く、それならということでシルト社に派遣されたらしい。
腕前は確からしいのだが、リノはだいたいの治療が適当だ。医師でありながら治療が適当、というのはどうかと思うのだが。確かに医療課に所属している社員の数は少ないから効率重視になってしまうのも分からんでもない。
そもそもどうして俺とヴァシリが医療課の診察室にいるのか?これは全ての原因がヴァシリだ。今日、特殊課に来た依頼にヴァシリと俺が2人でしていた時だ。サマーには少し難易度が高いから、と判断したため2人で依頼に出た。敵を一掃するだけの単純な依頼だが今回は数がいつもよりも多かった。そのため俺が先行するから、と言ったがすでに遅く、既にヴァシリが敵の中に単身で突っ込んでいた。遅れて後方支援するような形で自分自身も加わったことによりスムーズに依頼が終了した。だがヴァシリは単身で突っ込んだことにより左脚が攻撃をくらってしまったようで、スーツに赤黒い染みができていた。傷がそこそこに痛いようで、何故か俺を巻き込んで医療課の治療を受けているのが現在だ。
「あ、そういえば今日ってサマーくんいる?」
「サマー?いるけど、どうした?」
「いるの?じゃあご飯はサマーくんと食べよ〜っと」
「は!?サマーは俺と飯食うし!!!!」
「え〜?やだ〜、最近忙しくてご飯食べれてないし久しぶりにサマーくんと食べるの。ダメ?」
どっちがサマーと飯を食べるかで言い争いが始まった。また周りの人達の視線がヴァシリとリノ(と俺)に集中する。帰りたすぎる。もう3人で飯食べればいいんじゃないのか?
「ダメ!!サマーはオレの恋人なの!!抜け駆け禁止!!!!!絶対ダメ!!」
「ヴァシリくんの意地悪、友達とご飯食べちゃダメなの?あっ、ていうかそんなに急に立ち上がったら…」
ガタリ、と座っていた椅子から急にヴァシリが立ち上がる。怪我の場所は脚だったはずだ。そんな急に立ち上がったら負荷がかかるんじゃ…
「いっっっっだい!!!!」
案の定、脚に負荷がかかって痛みを感じたらしく、うめき声をあげながらヴァシリが床に蹲った。リノがヴァシリを立ち上がらせ、もう一度椅子に座らせる。うちの課の後輩のヴァシリが迷惑をかけてすみません、今度から口にガムテープでも貼ってから診察室に向かわせます、と心の中で思う。それとも今から俺はガムテープを持ってきて口に貼るべきですか?ともかくすみません。迷惑をかけてしまって。
「ヴァシリくん、ケガしてる場所脚なんだからさ〜、脚に負荷かけちゃダメでしょ?」
「いだだだだ…ごめんなさい…いてえ」
「傷が少し深いので、1週間安静にしててね〜、もちろん仕事は座ってできるもののみ!戦闘とかしたらチームの足を引っ張るだけだから絶対に出たらダメ」
「え、1週間!?!?無理、無理無理!!」
「僕はヴァシリくんの脚が千切れても知らないし手術しないからね?」
「怖!!!千切れんの!?」
「あは、冗談」
「ほんとに冗談だよな?そうだよなリノ?」
「冗談だよ〜あと走るのも禁止ね。走ったら脚ダメになるからね」
「分かった……」
怪我によって様々なことリノによって制限されてシュン…となって少しだけ意気消沈した感じのヴァシリ。俺も焦るから今度から単身で敵に突っ込むのはやめてくれ。俺が先行するしなんなら敵一掃だってするから。
「ヴァシリくん、歩くことしか出来ないしこのままだとサマーくんがご飯1人で食べることになって可哀想。だから僕がサマーくんとご飯を食べま〜す」
「…は!?何言ってんだリノ、ちょっと待て…!」
「みんな〜、僕お腹空いたから休憩行ってきます〜」
軽い足取りでリノは診察室から出て行った。リノは健康体そのものだし今からヴァシリが追いかけても絶対に追いつけないしサマーもリノと飯を食べるだろう。怪我した挙句飯の相手を取られて気の毒だな、と思ってヴァシリを見ると開いたままの診察室のドアを見つめて唖然としている。これは結構ダメージをくらってるな…
「…」
「…ヴァシリ」
「何だよぉ、カティア…見せもんじゃないんだからな…うぅ」
「…その、俺で良ければ飯、一緒に食べに行くが」
「それ、ほんと?」
「あぁ」
「じゃあ可哀想な後輩のために、カティアが飯代奢ってくださーい」
「…仕方ないな、ちゃんと歩けよ」
「やったー!!何食おうかな〜」
さっきまであんなに落ち込んでたはずなのに飯代を俺が奢るのが確定した瞬間に元気になったな。ヴァシリ、とんでもなくチョロい。奢った飯代全部会社の経費に落としてやろうか。別に俺は困らないだろうし豪遊するか…いや、バレそうだな…やっぱ自分の財布から出すしかないか。
ヴァシリが中華を食べたいというので仕方ないので中華料理店に連れて行き、奢った。あいつには配慮というものがなく、食べたい料理を片っ端から頼んで全部食べていた。こんなことになるとは思っていなかったため高級な店を選んでしまったのが仇となり、なかなかの金額を請求された。
休憩時間が終わった後に今日の仕事が追加でそこそこの数来ていたため、残業をしなければならないことが確定した。飯代を奢らされたヴァシリには自分の仕事を少し押し付けた。