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    さいじょう

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    さいじょう

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    ng×krsです。
    「可愛いと言い続けると、人は可愛くなるのか」実験を、ひょんなことからngがkrsに行う話。

    #ngkr

    「検証名:かわいい実験」.

     U-20日本代表と、青の監獄。
     奇妙な試合が発表されたのは、つい先日のことだった。

     すでに国を背負っているチームと、反逆者であるフォワード集団。勝利した方が日本サッカーを担うという、下剋上もありえる大胆な試合にも関わらず、世間は監獄には注目しなかった。

     結果は火を見るより明らかで、愚かな挑戦者に対して日本代表がどれだけ点数差をつけられるか、それだけで持ち切りだった。




     
     凪誠士郎は少しばかり困っていた。

     U-20日本代表と戦うにあたり、監獄内では対策が立てられた。
     上位6人を決め、それを中心に適性試験を行う。

     輝かしく6人に選ばれた凪は、人より多くの試合をこなさなければならなかった。

     その事実がすでに、億劫だった。
     なるべく楽をして生きていきたい凪にとって、ため息が出るほど嘆かわしい状況だ。
     加えて、上位6人には凪のわがままを聞き入れるような人物はいなかった。

     同室になった雪宮剣優に「朝、起きれないから起こして」と頼んだところ、「もう高校生なんだから自分で起きなよ」と呆れられた。
    優しそうなのに、母親のようなことを言う男だと思った。

     今まで、他人におんぶに抱っこで生きてきた凪にとって、試練とも思える状況だ。
     メンバーがコロコロと入れ替わる適性試験は刺激的だったが、それ以外の時間は面倒だった。



    「あ。」
     試合終了後、凪は水の入ったボトルを忘れたことに気付いた。
    きょろりと周囲を見渡すが、余っているボトルはなさそうだ。カラカラの喉で、凪は前を歩く紫色の頭に話しかける。

    特別になにかを思ったわけではない。ただそこに、人がいたという理由だった。

    「ねえ、烏ー。それちょうだい」

     名を呼ばれた烏旅人はちらりと振り返り、ハッと鼻で笑った。

    「はぁ? 誰が誰にもの頼んでんねん」
    「いいじゃん、別に。忘れちゃってさ」

     凪がねだるように烏の手元に腕を伸ばす。
     相手が断るなど、夢にも思っていないのだ。
     恵まれることに何の疑いも持っていない凪の態度は、烏をイラつかせた。

    「いっつも人任せにしてるからや、面倒臭王子」

     そう言って凪に背を向け、烏がボトルを一気に飲み干した。
     凪は拗ねるように僅かに眉を寄せ、烏に抗議する。

    「なにそれ。可愛くないね、お前」
    「男が可愛いわけないやん。アホか」

     馬鹿にしたような烏の口調に、凪が言い返す。

    「主語でかー。そんなふうに話してると、頭悪く見えるよ」

     それには反応せず、烏はスタスタと出口へと向かった。
     去っていく後ろ姿に口を曲げた凪は、夕食をたらふく食べ、ゆっくりと湯舟に浸かると、そんなことも忘れてしまった。



     
     翌日の朝。
    食堂に見知らぬ人物がいて、凪は首をかしげた。
     ここまでの生き残りで、あのような風貌の男はいただろうか。
     元々、人の顔を覚えるのは苦手だ。凪にとって他人の見た目など、どうでもいいことだった。

     飽きたように目を逸らそうとしたその顔の目元に、見知ったホクロを発見して凪が呟く。

    「え、烏?」

     驚いた顔で人差し指を向けられた烏は、どうやら寝坊して髪をセットしていないようだった。

    「こっち見んな、あと人に指さすな」

     苦い顔でそう言った烏は、いつもより明らかに歯切れが悪かった。普段、整髪料で固めきっている髪が下りている烏はどこか幼く見える。
     凪はふと昨日の会話を思い出して、口を開いた。

    「おもしろー。可愛いとこあるじゃん」
    「うっさいわ」

     感情の読めない平坦な凪の口調に、烏はシッシッと追い払うように手を振った。
     おとなしくその場から離れる姿に、ようやく静かに食事ができると箸を持った瞬間だった。食事の乗ったトレーを持った凪が再び現れ、烏の横の椅子を当然のように引く。

     烏は不愉快そうに歪む顔を隠しもせずに、となりに座った凪をジトっと睨んだ。

    「なんや、お前。喧嘩売ってるんか」

     凪は烏の視線を気にせず、肉にフォークを突き立てた。

    「女の子に可愛いって言ってたら、ほんとに可愛くなるって聞くけどさ」

     発言を流された烏が片眉を吊り上げるが、凪は構わずに言葉を重ねる。咀嚼するのも疲れると、気だるげな仕草で何度か顎を動かした。
     きちんと噛めたのか疑わしい回数ですぐに飲み込み、凪が口を開く。

    「あれって、男にも効くのかな」

     支離滅裂な凪の言葉を聞いて、烏は対話を諦めたように深いため息を吐いた。

    「どうでもいいわ、アホ」
    「なんか習ったんだよね、ヒグマ効果? みたいなやつ」
    「……ピグマリオン効果やろ」
    「あ、それそれ」

     話をしながら、凪が烏をジッと見る。
     己を真っ向から否定されたのは、凪の人生においてこれが2回目だった。

     断言をする人間というのは、凪には理解しがたい。
    自分にどれほど自信があって、どれだけ視野が広いつもりなのだろうか。
     監獄に入って、今まで出会ったことのない人種と接する機会が増えた。
    こうやって個人に興味が湧いている事実が、凪が変わったという証拠だった。




     
    「関西弁ってさ、可愛いよね」

     試合前。烏と顔を合わせるなり、凪がそう言った。
     烏は鼻を鳴らすと、「思てへんやろ」と取り合わなかった。

    「えー、分かんないじゃん。変わってるなーって思ってるよ」
    「なんやそれ! お前、ほんまええ加減にせえよ」

     烏が母猫のように凪の首根っこを掴み、凪はされるがままになっている。
     ここ数日、似たようなやり取りを何度か交わしていた。
     先日、凪と妙な心理学の話をしてからこの調子だ。
     心にもない誉め言葉を、烏は毎日のように浴びていた。嫌がらせにしては悪意がないし、実験にしては手抜きすぎる。

     凪の行動は理解しがたいが、烏は天才の突飛な気まぐれだと思い込むことにした。



     

     烏に「男が可愛いわけがない」と言われて、凪はささやかな反抗を試していた。
     内容はなんでもよかった。ただ、自信たっぷりに紡がれる烏の言葉を曲げてやりたいと、そう思った。

     今まで人に何を言われようが関心がなかったのに、監獄に入ってから凪は新しい感情を覚えるのに忙しかった。
     それを面倒だと思うときと、楽しいと思うときがあった。
     今回は、後者の感情だった。
     

     烏の姿を見つけると自然に近寄るようになり、あいさつ代わりに適当に褒める。
     だんだんと凪のあしらい方を習得したのか、烏は以前ほど邪見な態度を取らなくなった。
     諦めたとも言えるが、凪がその細かな違いに気付くことはなかった。

     そして烏と過ごす時間が少しずつ増えると、凪にとって喜ばしい状況に変化した。




    「あー、もう米粒! 頬ついとる! ガキか」

     大声を出して、烏が凪にティッシュを差し出した。
     夕食の生姜焼きを切るのを面倒くさがり、凪は白米ばかりを口に運んでいた。
     とぼけた仕草で、凪が目を閉じる。

    「分かんないから、烏とってー」
    「コイツ……。園児でももう少し自立しとるわ」

     そう言いながらも、烏は汚れたままの凪の頬を耐えきれずにゴシゴシと拭いた。
     凪が礼を伝えると、烏はぶっきらぼうに「……おん」と答えた。

     世話焼きとまではいかないが、だらしのない行動をとる凪が目に余るようで、烏はこうやって文句を言いながらも面倒を見るときがある。

     隠れていたその性分に、凪はゲームで大当たりを引いたような気分で、僥倖にあやかった。
     


     

     U-20戦に出場する選手が選ばれた。
     上位6名も実績によっては除外される可能性があったが、凪と烏は難なく選出された。

     凪に与えられたポジションはオフェンスミッドフィルダー、烏がその後ろに位置するボランチを務める。
     凪と同じく、肩を並べてミッドフィルダーに選ばれた潔世一から声がかかったのは発表後、すぐだった。
     烏と3名、三角を描くように先陣を固めるメンバーで話し合いを設けたいと言う。

     集合した三者を見て、凪が「凛は?」と潔に尋ねると、烏が「来るわけないやろ」と答えた。
     潔はそれに同意するようにコクコクと頷く。

     唯我独尊のエースには、どうやら最初から声をかけていないようだった。



     
     モニタールームでは烏が映像を眺め、潔はブツブツと呟いてはペンを走らせていた。

    「あの切り込み隊長……いや、切り込み狂人がどう動くかやな」

     ときどき言葉が交わされる2人の背中を眺めながら、凪はあくびをかみ殺していた。
     昼間でも薄暗いモニタールームは眠くなってしまう。

     作戦会議は任せて横になってしまおうかと、そう思っていたら烏のペンが目に入った。潔と同じく根が真面目なのか、文房具を持参していたようだ。

     ペンの頭部にいるのは真っ黒な鳥。カラスのようにも見える黒鳥に、思わず凪が呟く。

    「え、なにそのペン。可愛いね」

     そう言って、烏に近寄る。となりに腰を下ろし、ペンを覗き込むように話しかける。

    「てか、これ使ってる烏が可愛い」

     烏は慣れた様子で「はいはい」やら「知っとる」と、目も向けずに凪をあしらっていた。
     驚いたのはポカンと口を開けた潔だ。

    「え……なに……?」

     様子の変わった凪に眉を寄せ、困惑するようにこちらを見つめる潔に、烏はため息を吐いた。

    「きっしょいねん、コイツ。無視してええぞ」
    「ひどー。傷付いたから、ふて寝する」

     そう言って口実を得たように寝転んだ凪に、潔が閉口する。努力をしないために尽力する姿勢は、もはや尊敬に値すると思った。

     烏は凪が最初から存在しなかったように、試合への見解を淡々と述べ始めた。



     
     
     練習を重ねるごとに、凪の奔放さは目立った。

     試合中に常識外れの技を繰り出し、思いついたまま身体を動かす。固定概念が無いからこその、自由なプレーだった。

     そんな凪の舵を取るのは容易ではない。
     攻撃を組み立てるのも、パス回しも、烏は頭をフル回転させながら適応していった。

     パターン化しない凪とのサッカーは新鮮で、どこまで調整しても天井知らずだった。

     もっとできる、もっと寄こせと挑発するような凪を見て、烏は悔しくも笑みをこぼしていた。

     凪誠士郎を魅力的な男だと、認めざるを得なかった。
     


     
     練習試合が終わると、凪は糸が切れた人形のように脱力する。
     それも加減を知らないこその結果だと思うと、烏は腹を立てる気にはならなかった。
    だからといって、全面的に甘ったれる凪の願いを無条件に聞き入れるつもりはない。

     ただ、ボトルを二つ用意してやるくらいには、この自由さを眩しく思っていた。

    「え、いいの? ありがとー」

     烏から水の入ったボトルを受け取り、凪が喉を鳴らした。
     先ほどのプレーについて深掘りをしようと、烏が口を開く。しかし、凪の感性は言語化できるようなものではない。

     そう思って、烏はタオルで首を拭きながら「さっきの良かったで、非凡やな」と告げた。

     すると凪は目を丸くして、しばらく黙って烏を見つめていた。
     大きな瞳を子供のように揺らし、凪が言葉を漏らす。

    「烏に褒められるの、はじめて」
    「……さよか」

     軽い気持ちで伝えたが、素直に喜ぶ凪にいたたまれなくなり、烏はサッと目を逸らした。

    「……烏、照れてる? 可愛い」
    「うっさいわボケ」

     楽しげに聞こえてきた凪の声に、烏が背を向ける。
     せいぜい遊びがいのある玩具を見つけた程度の感情だろう。
     本気で褒めてしまったのを後悔しながらその場を離れようとした烏に、長身の影が差し込む。

     面倒な相手に面倒なことを言ったツケだ。
     烏がゆっくりと顔を上げると、わずかに表情を緩ませた凪が立っていた。

    「今のはホントにちょっと思ったよ」

     言葉に詰まった烏は目を見張ると、唾を呑み込んで凪の横を通りすぎた。

    「……言うとけや」

     悔しまぎれに烏の喉から出た声は、珍しく蚊の鳴くほど小さなものだった。
     

     ◇
     

     本番まで、あと3日。
     日々の練習は激しさを増す。選手たちは肉体的な疲労と、精神的な重責に耐えながら、生涯を左右する試合へと挑んでいた。

     1日のメニューが終わり、烏はコートから離れた場所にいた。壁にもたれて腕を組み、一点をジッと見ている。考え事をしているときの烏の癖だった。

     フィールド上では、選手たちがクールダウンにジョギングを行っていた。
     潔世一を中心に、和やかな雰囲気に包まれている。かと思えば、敵を討ちに行くように険しい顔をしている者、早々に場を離れて一人で追加のトレーニングに向かう者もいた。

     百人百様なチームメイトを見て、烏の脳内では機械のように最善の策が練られていた。

     能力だけでなく、個々の性格はプレーに大きく反映される。チームの司令塔でもある烏のポジションは、日々更新される全員の情報を頭に入れる必要があった。

     練習を振り返りながら、ベストな配置図を頭に叩き込んでいる烏へ、凪がふらっと足を運ぶ。

     烏の足元にあるボトル2本のうち、ひとつに手を伸ばす。
     そして気の抜けるような声を出しながら、凪は立ちっぱなしの烏のとなりに座り込んだ。

     烏がちらりと一瞥すると、凪は眠たげな目で水を流し込んでいた。それからボトルを口から離し、ぼうっとしたままフィールドを眺めている。

     
     しばらく2人は無言のまま並んで、他の選手たちを見ていた。その空間だけ、時間が止まったように静かだった。

     こういうときに限って、凪は余計な口を開かない。
     名前の通り、基本的には落ち着いた男なのだ。

     烏は、あまり人に干渉しない凪の性格が嫌いではなかった。
     表面的に突っかかる面倒なところがあるし、喋り方から日常生活まで締まりがないとは思う。

     ただこうやって、黙ったままとなりにいる凪を、追い払おうという気持ちにはならなかった。
     むしろ凪がそばにいることが自然なことだと、そう受け入れている自分に気付いていた。
     
     烏はある程度まとまった思考を固めると、頭を切り替えるように息を吐いた。
     残り少なくなったボトルを拾いながら、凪を見る。
     灰色の瞳は、すぐにでも眠れそうなほどトロンと半分閉じていた。

    「お前が一番、読めんわ」

     独り言のように烏が呟く。
     実際、返事は期待していなかった。
     しかし凪は不思議そうな目を向けて、烏に言い放つ。

    「そりゃあ、烏は玲王じゃないもん。当たり前だよ」

     首をかしげながら目をこする凪に、烏は笑い声をあげた。
     
     
     ◇
     
     
     U-20日本代表との試合が終わった。
     息を呑むようなラスト1分、大激戦の末に挑戦者が勝利した。
     青い監獄にいる選手たちは、首の皮一枚繋がったのだ。
     
     一生分とも思えるような歓声と祝福を受け、夕食には豪華な食事が出た。
     選手たちの興奮は冷めることなく、その日ばかりは浮かれた10代たちを咎める者はいなかった。
     
     烏は数人に組まれた肩をほどき、騒がしい祝賀会の中心を抜けた。
     目当ては、室内の端っこでスイーツを食べている凪だ。

    「お前、もう甘いもん食べてんのか」

     始まって30分も経っていないのに、凪は宝石のようなゼリーが入ったガラス容器を持っていた。

    「うん。これ、噛まなくていいからラク」

     相変わらず食に興味を示さない凪に、烏は片眉を上げてため息を吐いた。

     説教をしに来たわけではないのに、凪と話をしていると突っ込みどころが滝のように溢れてくる。
     飲み込むようにゼリーを食べる凪の目の前で、烏が手に持ったボトルを頭上に掲げた。

     数名、ふざけて野球選手のようにそうしていたのを真似て、烏が水分補給用のドリンクを頭からかぶった。
     三分の一ほど残っていた液体は、烏の紫色の髪を、色濃く濡らした。

     あっけに取られる凪の瞳に、びしょ濡れになって髪が下りた烏が映る。

    「ははっ、どうや。かわええやろ?」

     烏はそう言ってニヤッと口角を上げると、凪の正面に立った。
    「スーパーゴール決めたからな、褒美に可愛いもん見せたるわ」とケラケラ笑う姿を見て、凪はいつか髪をセットしていない烏に、可愛いと伝えたことを思い出していた。

     あのときも、決して嘘というわけではなかったのだ。
     正確には髪型よりも、見栄えを気にしている烏の表情を見ていた。

    「…………」

     黙ったままの凪に、烏は白けたような声を出す。

    「なんや。言い出しっぺのくせに恥かかすなや」

     近くにあったタオルで頭を拭きながら、烏が口を尖らせる。
     凪の反応が想像以上に薄かったため、せっかく身体を張ったのにつまらない、と言いたげだった。

    「……烏」
    「おん」

     風呂上りのように乱れた髪で、烏が凪を見る。
     椅子に座っていた凪はすくっと立ち上がり、凪より少し身長の低い烏が見上げる形になった。

    凪はじっと烏を見ると、前触れなく口を開いた。

    「俺、お前が欲しいんだけど」
    「は? なんの話や、お前いつも脈絡ない……」

     眉を寄せた烏に、凪の視線が刺さる。
     凪は獲物を狩る獣のような、貪欲な目を向けていた。
     徐々に距離を詰める凪に、烏の口は開きっぱなしだった。
     驚いたような、困惑するような目で、何も言葉を発せずにただ凪を見つめている。

    「あー、……間違えた。いま付き合ってる人いる?」

     首をかしげてそう尋ねる凪に、烏は浅く呼吸をしながら「いない」と答えた。
     なぜ馬鹿正直に返事をしたのか、烏は自身を理解できずに凪を見上げ続ける。
     烏の返答に、凪が「ふぅん」と満足そうに呟く。その瞳に揺らぎはなく、烏に向かってほんのわずかに目を細めた。
     穏やかな凪の表情を見て、この顔を引きずり出したかったのだと、烏はどこか冷静に考えていた。
     俯瞰しないと、熱を増している頬に意識が向いてしまいそうだったのだ。
     
     
     ◇
     

    大きな試合を終え、選手達にはしばらくの休暇が与えられていた。

    「ねぇ烏ー。手つなぎたい」
    「お前……何回言うたら分かんねん、そんなん口に出すなや!」

     街中で、烏が凪の背中を叩く。

    「いった……。だって、いきなり触るなって言ってたじゃん」

     たいした力は込められていなかったが、凪は拗ねるように口を曲げて、烏へ異を唱える。

     烏は言葉を詰まらせると、「あれは場所と部分が違うから……」と顔を逸らした。

     そんな様子を横目で眺めながら、凪が柔らかく烏の手を取る。
     並んで歩く烏の手は冷たく、凪は包み込むようにぎゅっと指を絡めた。

    「………!」

     烏はいきなりの出来事にビクッと小さく肩を揺らし、ごまかすように視線をさまよわせた。そして、あえて手元を見ようとせずに、そっと凪の手を握り返す。

     なんとか繕おうとしているが、遠慮がちな弱々しい力加減が伝わり、凪は烏に身を寄せた。


     
     あの実験は、永遠に結果を知ることはない。
     可愛くなっているかなんて、凪には判断できないからだ。
     目に入る、烏の全てが愛しく映る凪にとって、もう実験など取るに足らないことだった。


     
     握り合った手に、凪はさらに力を込める。
     烏を離したくないと考えて、思わず意思が反映されてしまった。

     烏は力比べでもするように楽しげにニヤリと笑い、負けじと凪の手を握った。
     さんざん、人をガキだなんだと揶揄しておいて、烏もときおり子供のような一面を見せるときがある。

     そんな無邪気な姿を可愛いと思っても、凪は烏に直接伝えることを控えていた。

     烏は、自身の魅力を自覚していないところが、最も可愛いのだ。
     そう思いながら、凪は静かに目を細めた。




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