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    シオクマ

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    シオクマ

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    2025/8/17のインテックス大阪合わせの小説新刊のサンプルです。
    ※サンプルのため実際の構成と異なります。13人の書き方の目安にどうぞ。

    あたたかくなる×東京タワーRED。コラボの設定をこねくりまわしまくった、300%妄想の二次創作です。
    四宮さん、自由さん周辺のうんぬんかんぬんを、全員で解決するためにわちゃわちゃする話です。CP要素無し。
    P.238/文庫サイズカバー付き

    【新刊サンプル】親愛なる25時のサンドリヨンへ、さようなら。【第一章:澄空(すみぞら)に咲く、明日の太陽とともに。】(※全文)

     他人に手紙を出したのなど、何年ぶりだろう。
    正直受け取ってくれているかも、まともに読まれるかもわからない。捨てられている可能性だってある。しかし、今夜中は待つと決めた。
    僕から一方的に押し付けた、この待ち合わせ場所で。
     次第に初夏の気配を孕み始めた昼間の陽気も、太陽が沈んでしまえば途端になりを潜める。地上二百五十メートルにある東京タワーのトップデッキは寒いくらいだ。
     涼しい夜風に、僕のアイボリーの外套が揺れる。
     熱帯夜は、未だ遠い。
    「──怪盗リコリス」
     滑舌の良い、爽やかな声が僕の背を軽く叩いた。今の彼の声には、これまで幾度となく追われてきた際に投げつけられたような棘はない。この穏やかな声音が生来のものなのだろう。
     驚くことはない。選択を委ねたのは紛う方無き僕だ。仰ぎ見ていた月から視線を外し、背後を振り返る。
    「まいどー。こないなトコまでよう登ってきやったなぁ。タンテー先生、ジョシュくん」
     トップデッキの入口に立っていたのは、探偵のしぐれなおと、その助手の水凪自由であった。
     来たのか、この日が。ある程度の物悲しさを覚えはするが、待ち侘びていた瞬間でもある。
    「そりゃあね。君からの予告状──いや、内容を鑑みると『招待状』という言葉の方が相応しいかな」
     探偵の声は変わらない。変わらぬ優しさが東京タワーの朱い電飾に溶けて、僕の全身を包みこむ。
    「【しぐれなおと水凪自由が、あの日の真実を知りたいというのならば、ヒントを与えよう。この謎の答えがわかったら、指定の日時に東京タワーのトップデッキまで来て欲しい】。でもね、設けた選択肢に端から意味などないよ。来なかったら君の『盗み』を止められないから。ねぇ、リコリス? ──四宮伊織くん」
     探偵が怪盗名に続けて呼んだのは、僕の本当の名前だった。
     そうか。彼はその道を選んだのか。
     意味深な予告状にはなってしまったが、選択肢を与えているつもりだったのは本当だ。別に必ず会いたかった訳でも無い。なんならちょっと避けていたまである。
     『探偵』の時のこの人は苦手だ。
     『正義』とはまた異なる理で悪を暴き、他者を助けようと奮闘している心ある青年の瞳は、濁った灰色の自分からすれば澄みすぎている。
    「抹消された記録を追うのには苦労したよ。当事者からのヒントがなければ無理だった」
    「し、しぐれ探偵……」
     探偵がこちらに歩いてくる。探偵助手が心配げに小さく呼んだが、探偵は後ろ手に軽く手を振るだけで歩みをやめない。
     助手もそれ以上は止めなかった。いつもは勝ち気な眼尻も不安げに下がり、僕と探偵を交互に見ている。探偵助手は入口の奥から離れないため、二人の距離は広がる一方だ。だから此処を選んだ。
     『探偵』と『探偵助手』を待っていた、のではない。
    僕は『なおちゃん』と『自由くん』を待っていたのだから。
    「自由の両親が亡くなったあの日、君は傍にいた。すぐ近くにいたんだ。なぜならあれは『怪盗が起こした事件』──では、無いからだ」
     ここは、なおちゃんと自由くんが強制的に離れる場所なのだ。
     水凪自由は、高所恐怖症だから。
     僕は、四宮伊織は、それを知っている。
    「『怪盗が起こした事件』を、警察がもみ消す必要がそもそもないんだ。ましてや、単なる『怪盗による殺人事件』が未解決なんてことがあるかい? 逆に矜持を保たんと躍起になって、解決しようとするはずだろう」
     夜風が運ぶ。
     悪意が隠した、闇が屠った、誰かの残響。
     光に届かなかった、あの日の血混じりの号哭。
    「君がくれたヒント資料を見て、キーワードは最初から僕の中にあったと知った。自由の両親の事件が起こる数年前から、警察内部にはとある噂が流れていた。現役時代の僕の耳にも入っていたよ。だけど僕だけじゃ消された過去の復元が出来なくて、情報屋のりゅーじくんとりゅーこちゃんが手伝ってくれた。れおんくんも、本来は手を貸してはならない立場のはずの二代目くんやカズくんも。皆が助けてくれた」
    「、ははっ」
     列挙された名前に、笑いが堪えきれなかった。我慢しろという方が無茶だろう。
     データメガネ以外は怪盗を追う正義の立場のはずだ。錚々たるメンバーが、怪盗リコリスのヒントを見て真剣に調べたというのだ。
     嗚呼、矢張眩しい。正義が必ずしも持っているとは限らない光を、六人はちゃんと持っている。
    「噂を洗い直したところ、公安警察直下に欧米諸国のサイバー技術に匹敵する情報特化の科学捜査機関を作らんがため、秘密裏に国が動いていたとされる時期があった。……訳が分からないよ。保安を目的とした組織のはずなのに、普通の義務教育では教育が追いつかないからって、一定の水準に達した優秀な子どもを早くから親元から離して、特別教育を日夜詰め込む。躓いた子には時に非人道的な──暴力という恐怖の刷り込みを。優秀な子には、さらなる重圧を」
     淀みなく語るなおちゃんは、強風の吹く不安定な足場を歩もうとも瞳の力を失わない。僕を真っ直ぐに見据えたままだ。正義という建前をもってして、弱い誰かを殴りつけ甚振るような糞どもとは全く異なる存在。
     真実のために正義を捨てた、君は。
    「カリキュラム情報と、被教育対象観察記録データのほんの一部分だけつかめた。その内容だけでも、施設がまるで監獄のような場所だったと知ることが出来たよ。文面上だけで吐き気がしたんだ、実際そこに居た君はそれどころじゃなかったろうな、四宮くん」
     これが、僕が目指したかった光。
     いつかなれると信じていた、光。
    「だーいせーいかーいっ!」
     綺羅びやかな東京の夜景を背にし、僕は両腕を広げて高らかに宣言した。
     上出来だ。
     謎解き成功は喜ばしいもの、拍手喝采ものである。お上が隠した闇の一端を掘り起こしたのだから尚の事。
    「さすが、なおちゃんや! 仰る通り、ヒーローを目指した少年少女はピーターパンの手を取り『ネヴァー・ネヴァー・ランド』に旅立って、みーんな仲良く心を壊されましたとさ……当時の僕もよぅやったよなぁ、って今でも思うよぉ?」
     虚像のピーターパン。ティンカーベルなんていない。
     あの日、あの場に揃った十数人の子どもたちには様々な事情があったと思う。
     良心、家庭への支援金、正義への憧れ。少なくとも志はあった。故に親から離されても、未来を見ようとしたのだ。
     だが結局僕らが手にしたのは、歪に捻じ曲げられた思考回路と著しく偏った知識、痣と自分の吐瀉物くらいであった。留置所みたいな無機質な白い個室で、輪唱する泣き声と怒声。鈍い打音で止む其れは、数分後の自分の姿かもしれない恐怖。 
     外部からの干渉を一切排除できる場所に幽閉したのだ。義務教育を終えていないクソガキを傀儡にするのは、さぞ簡単だったろう。
    「……四宮くんたちを救おうとしたのが、とある夫婦だった」
     なおちゃんは笑うことなく、愚直に話を続ける。
    「妻がジャーナリスト、夫がスクールソーシャルワーカーであった二人は、『太陽のようにあたたかく、横暴を許せない正義に満ちた人たちだった』とかつてのジャーナリスト仲間は話していたよ。『水凪』はいいやつだった、って」
     他者の口から紡がれた名前に、鼓膜が震えた。喉が知れず引きつる。
     あの日。
     無機質な白い世界を裂いた数年ぶりの青は、晴れ渡り澄んだ空のように僕を照らした。
     『自由』。
     彼らが愛息子に付けた名前は、二人の行動指針そのものだった。
     『好きなことをしたっていい! 食べ物も、趣味も、寝て起きる場所もっ! 何をしてもどこにいても、伊織くんは伊織くんなんだからっ』
     『空だって飛ぼうと思えば飛べる時代なんだよ。まあ、俺らの息子は高いところ苦手なんだけど…』
     「私たちの息子と伊織くん、年が変わらないんだよねぇ」と笑い、頭を撫でてくれた二人のあたたかな手が忘れられない。よく勉強を頑張っているねと、施設に入ってから初めて褒めてくれた人たちだった。0と1で埋め尽くされた情報まみれの頭の中に刻まれた、初めて親以外の大人の優しさに触れた記憶だ。
     教育が始まって五年弱。莫大な資金を投下して進めた特別教育機関は、収容している子どもたちの相次ぐ精神崩壊により、泥船となっていた。
     完全なる失敗は国の恥だ。
    事態を打開すべく、メンタルケア担当として呼ばれたのが、海外の有名大学にて博士号を取り、帰国後は日本ではまだ肩身の狭いスクールソーシャルワーカーの立場を確立するために奮闘していた自由くんの父親だった。彼は当時の最新児童心理学の専門家でもあったのだ。
     だが僕らに会った自由くんの父親は、国の意向とは全く異なる動きをした。
     自身の妻──ジャーナリストをしている自由くんの母親に協力を仰ぎ、機関の行ってきた所業を明るみに出して子どもたちを解放するよう、国に直訴しようとしたのだ。
     立場上は国から依頼された身。対等なはずだったんだ。実際国側の担当者であった施設長は、余裕のあるふりすら見せていた。
    「せやけど、消された。自分たちの口封じるか、なーんも知らん最愛の息子を一生涯永遠に国側の人質にするか選ばされたんや。二人は迷わず選択し、僕らの前で──見せしめに、殺された」
     それだけ奴等は必死だったんだ。
     今でも瞼の裏に情景が焼き付いて、離れない。
     施設長の持つ、黒光りするリヴォルバー。
    赤い花のように、壁に散る二人だった何か。
    紅い飛沫が、僕らと彼らを隔てるガラスを飾る。
     ただただ、悲しかった。
    「──っ、僕が」
    「えっ…?」
     喉が震える。鼓膜が痛い。頭が割れそうだ。
     胸ポケットの彼岸花が夜風に踊る。
     それでも手放したいとは思わない。例え悲しい思い出でも、これは僕が持ちうる限りの精一杯の二人との思い出だ。
    「ぼくがいうたんや、自由になりたいって…! こっから出たいってっ!」
     放心状態の子たちの中で、僕は比較的会話ができる部類だった。
     二人の話に希望を見て、願ってしまったのだ。
     のんびり、時間をかけてコツコツ遊べるシュミレーションゲーム。
     オムライスに、甘いもの。焼きたてのパン。
     人工の天使の檻の中で聞いた外の世界は、知らない物であふれていて。
     言ってしまった。食べてみたいって。
     はしゃいでしまった。
    夢を描いてしまった。
     二人なら連れ出してくれるかもしれない、って。
     だからぼくが、二人を殺した。
     だからわたしが、水凪自由の両親を殺した。
     優しかった。温かかった。
     終わるその間際まで、子どもらには笑顔で居続けてくれた、太陽の二人。
     夢を叶えようとしてくれた二人のことが、ぼくは本当に大好きだった。

     ──もうええよね、盗んで。
     飽きたんやもん。

    「っ、え…⁉ 四宮っ、どこに行くんだ?」
     後方へ足を動かすと、声がした。
     より近くにいるのは、なおちゃんのはずなのに、僕の耳が留めたのは自由くんの声だった。
     父親に似た声質に、母親に似た真っ直ぐな言葉。
    「はよう、ねたい」
     これであの日の真実を知る人物が増えた。
     あの後、司法の権力をもってしても人殺しを有耶無耶にはできず、組織は真実を隠すのと引き換えに呆気なく瓦解した。
     放り出された僕らに帰る場所など無い。共に学んだ子たちの多くは自殺したり、行方不明になったりしている。生き残ってサイバーテロ犯になった奴も一人いるが、奴は捕まったと風の噂で聞いたっけ。
     僕は何かになるのも煩わしく、何にもなれない怪盗になった。
     モノに興味がない、残虐非道な心ない怪盗。
    僕が奪うのは命だ。
    あらゆるモノに飽きても、これだけは追い求めた。
     盗みたくて仕方がなかった。
     二人を殺めた、この──僕の命を。
     僕は踵を返して走りだした。
     向かうのはトップデッキの端、足場と空の境界線。
     そして。
    「ほなね」
     最後、視界の端に泣きそうな顔で、此方へ手を伸ばすなおちゃんが見えた。
     それでも僕は躊躇無く、混沌輝く東京の夜景の中に身を投げた。
     全身を打つ風が冷たい。モノクルが外れ、空の彼方へ飛び退った。
    外套が身体に絡まるのが煩わしくて、なんとか身を翻して顔を地面側に向けた。
     落ちていく。
     途方もない重力に対し、自分はあまりにもちっぽけで、呆気なくて。
     誰かの心臓に興味なんて無い。
    飽きたから奪わない、なんて嘘だ。だって、他人の命なんて、端から欲しく無いのだから。もう奪いたくなんかない。
     僕は、僕の心臓を奪ってほしかった。
     辛かった。苦しかった。
     だけど、自由くんの両親が死んだ真実を信用できる誰かに託すまでは、自分自身で盗むことはできない。
    なんならいっそ知らないところで憎まれて、殺されるんでもよかった。
     でもなんでか、それは叶わなくて。
     悪虐非道な怪盗リコリスまで、作ったのに、
     孤独な怪盗になったはず、なのに。

    「しのみやぁぁぁっっっ‼‼」

     どうして。
     外界から離れ、闇夜を切る風の音しか聞こえなかった耳に、今この場所にそぐわない声が聞こえた。
     顔面を叩く風に首をもがれそうになりながら、自分よりも高い場所を見る。
     落ち着いた赭色が夜空を背景に、僕へ手を伸ばしていた。
    「は、えっ⁉ じ、じぇーにいや、んっ、なんじぇえっ⁉⁉」 
     なんでこんなところにおんねやっ、と叫びたかったが、強風で舌が回らなくてごちゃごちゃになった。
     神辰J威弦Ⅲ世とかいう、本名隠す気皆無の怪盗だ。なぜかたまに巻き込まれる怪盗七人の寄り合いで一緒になる同業者であり、同じく関西弁なのと本人の雰囲気も相まって、僕個人としては近所のお兄ちゃんみたいに感じている。
     怪盗の奴らには、今日のことを伝えていない。なおちゃんと自由くんに託す邪魔をされたくなかったからだ。
    「もー、お兄やんをこんなとこまで来させて、お尻ペンペンやからなぁっ! ほらっ、おとなしく手ぇ貸しなさーいっ!」
    「イヤイヤッ‼ 来んくてええよっ! 僕が落ちたらそれで終幕やねんからっ」
    「あららん、反抗期ぃ? ほなしゃあないかぁ」
     この人と話していると、自分の立場がいつも曖昧になるのだ。
     まるで、潰された夢など無く、普通の義務教育を受け、高校も大学も通ってきたような。皆が持つ当たり前の日常を生きてきたような気さえする。
     地上百何メートルの場所を落下している時の会話ではない。
    「お兄やんの心臓もついでに盗みたいんやったら、僕の手ぇ取らんでええよ」
     ──ずるい。
     ずるい、ずるいずるいずるい。
     コイツ、絶対わかってる。
     怪盗たちの寄り合いは、大人の距離感を保って、不用意に踏み込まないのが暗黙のルール。だが、軽口は叩きあえるような居心地の良い関係だった。
    僕は知らないけど多分、中学高校の昼休みや放課後はこんな感じなんだろうって思えるくらいの、生産性はないどうしようもない時間。
    「ぁ──っ、ぅ……ッ」
     どうしようもないけど、だからこそ欲しくて堪らず願った、檻の外の自由な時間。
     巻き込みたくないから、わざわざなおちゃんたちに託したのに。
     個々のゆるい怪盗団の空気のまま、皆には自由に生きてほしかったから。
     だから、なのに。
    「じょにーさっ、たすけてぇ……たすけてぇっ‼」
     僕の気遣い無駄にしやがって、馬鹿野郎が。
     神辰さんが差し出してくれている手へ向けて、投げ出していた己の腕を伸ばす。
    「おう! それでええんやっ」
     兄やんはニカリと歯を見せて笑うと、姿勢を正して落下の速度を僕に合わせた。彼は手が届く位置まで器用に追い付くと、僕の腕をしっかり掴む。力強く引き寄せられ、腕の中に収まった。
     そして僕を固定している方とは逆、フリーの腕を振ると、袖から銀色の拳銃が出てきた。いや銃じゃない、ワイヤーガンだ。
    「マージック〜!」
    「鳩のノリで⁉」
    「しっかり捕まっとくんよぉっ」
     相変わらず緊張感皆無の軽口を叩きながら、神辰さんは東京タワー側にワイヤーガンを放った。
    四つのフックが着いた先が、タワーの鉄筋に巻き付き固定される。
    本人は簡単にこなしてみせているが、並の人間にできることでは無い。
     ワイヤーガンを支点に、落ちる方向が一気に変わる。
    「いっ、ッ…」
    「じょにーさん……っ」
     二人分の全体重とかかる重力を支えている神辰さんが小さく唸った。腕が痛まないわけがない。
    だけど兄やんは絶対に腕を離さなかった。
     振り子の要領でワイヤーがしなり、急速に東京タワーの側面が近づいてくる。
    鉄塔にはメンテナンス用の足場があるが、非常に狭い。飛び移っても、着地は絶望的だ。だが近づいてやっと、光と光の間に生まれてた影の中で、白い何かが走っているのが見えた。
    「リコリスっ!」
    「神辰さんっそのまま!」
     純白の怪盗、スノーマン。
     仮面の怪盗、ブルームーン。
     二人の怪盗は僕らと位置を合わせると、両手を広げて受け止め体勢に入った。
     って、ことはですよ。
     まさかー、あのぉ…兄やん……? 
    「あぁ〜ああーっ!」
    「あぶがばじゅああぁぁぁぁぁっっっ⁉⁉⁉」
     でぇーーすよねーーーーっ‼
     嫌な予感通り、兄やんはすっぽりとワイヤーガンから手を離したのである。ターザンばりの呑気な掛け声と、エイリアンワードの悲鳴が東京上空を駆ける。
     振り子の慣性に導かれるまま空間を飛び越えて、足場で待ってくれている二人に飛び込む。肩に当たった逞しい胸板は、ブルームーンだろう。
    「よっとっと。キャッチっ」
    「あぎゃあ!」
     頼りがいのあるブルームーンの掛け声に隠れて、潰れたスノーマンの小さな鳴き声もした。
     四人で団子になったものの、危なげなく足場に倒れ込む。
    「ぜぇはぁ…ぜぇはぁ……」
     空中に身を投げたあの時は、再度地に足をつける時が来るとは思わなかった。
     緊張から、気づかぬうちに息を止めていたらしい。酸欠で頭がクラクラし、肩で息をする。
     心臓がバクバクだ。血が巡りすぎて、身体が破裂しそうである。数秒前まで生涯を終える気満々だったのに、生きた心地がしないとはこれ如何に。 
     まだ夢の中のようだ。
    「あーあっ、可愛い占い師くんの占い通りの位置で本当によかった! でも明日、絶対筋肉痛だってー! いやもうすでに痛い気がするっ! いたーいっ!」
     不安定な五感の中、一番最初に日常を噛み締めたのは聴覚だった。
     自他ともに認める器の小ささで大袈裟な表現をしているスノーマンの言葉は、あまりにも日常のそれで。たまに妙にギャルっぽいのだ。
    「ふふっ。おふたりさん、走ってきてくれてありがとーねぇ」
     変わらないスノーマンの様子に安心したのは神辰さんも一緒のようで、朗らかに笑って二人を見た。
     兄やんの言葉に、ブルームーンが会釈する。鼠径部と雄っぱいの谷間を見せてはいるが、基本は礼儀正しい奴なのだ。エロいお兄さんだけど。
    「うっす。けど、いって一番危ない役回りしたの、じょにーさんなんで」
    「せ、せや! 兄やん、肩大丈夫なん?」
    「ダイジョブダイジョブ、お兄やんは強い子やから。四宮はケガない?」
    「……ないっす」
    「なら無問題や」
     だがその首の脂汗、問題ない訳ないだろ。脱臼まではしていないようだが、筋は確実に痛めている筈だ。
     とはいえ当の本人に微笑まれ、頭をぽむぽむと撫でられては何も言えない。口をへの字に曲げて黙る。
    「ふう……作戦第二段階の地上近く確保組は、もう退避させて大丈夫そうだな。なあリコリス? 下にはドラスティック・フィーバーとイエローセラフ、更にはストレイキャットも今回は遅刻せずにしっかりポジションにいたんだせ? ビックリだろ」
    「……外堀を罪悪感で埋めんでくれますかぁ?」
    「埋めとかないとリコリス、まーた勝手にしょもしょもするじゃん」
    「……」
    「ほな、もうちょい安心できるトコ行きましょかね〜」
     自分より体格のいい三人に着々と包囲網を狭められ、僕は何も言えないまま渋々頷いた。

    - - -


     自白しよう。
     自分に必死で、カーンペキに忘れていました。
    「もおぉぉぉぉぉっっっ‼ 四宮くんっ、なぁぁぁにやってるんですかぁぁぁ‼‼」
    「痛い痛いなおちゃんっ! なんでそんなぽかぽか殴りなのに痛いんよっあだだだだ」
    「そりゃあ怒るべや」
     耳の穴掃除しながら言ってんじゃないかってくらい適当なスノーマンの声を背中越しに聞きながら、しぐれなおの至極真っ当なお叱りを真っ向から受け止める。僕だってこうなるのは分かるけどさ。
     騒ぎを聞きつけた人たちに捕まらないよう逃げた僕ら四人待っていたのは、先にタワーから降りていた、顔を真っ赤にさせて怒っているしぐれ探偵と、宥めようとしている水凪助手だった。
     しかし自由くんの努力虚しく、僕を見つけたなおちゃんは、ラリアットと紙一重の速度と気迫で走り込んできた。そこから始まる拳の嵐。元警察としての癖なのか、一応ぽかぽか殴りで手加減はしてくれているのだけど、普通に痛い。
    「バカバカバカ‼ 目の前で飛び降りちゃったあなたを見て、頭爆発するかと思いましたっ‼」
    「あ、あはははぁ…ラ、ライヘンバッハの滝のホームズとモリアーティみたいやったろ、いぃったぁい‼ 痛い痛い痛いっっっ‼」
    「ばっきゃろーっ‼」
     リアクションだけで『あっ、この人素直で真面目で、ごっつええ奴なんやなぁ』とわかるってすごいと思う。かなり面白い。
     今は乾いているが、くりんとした大きな目と眼尻が真っ赤だ。泣いてくれたんだと思うと胸が締め付けられた。
    「ほーらしぐれ探偵、落ち着いて。四宮くん折れちゃうから。白夜ぁ、宥めるの手ぇ貸せ」
     自分がジュウゼロで悪いので振り払うことも憚られ、甘んじて受けていると、自由くんが回収してくれた。
    「はいはーい」
    「えぐえぐ……」
     協力を仰がれたのは、真逆のスノーマンだった。しかも公にしていない本名である、白夜零兎の方で呼ばれている。スノーマン本人もビビっていないから、承知の上なのだ。ぷうぷう怒っているなおちゃんを両サイドから確保して宥める二人を見て、僕と兄やんは顔を見合わせる。
    「そことそこって友達なんやね〜。お兄ちゃんビックリや」
    「ほんまやねー」
    「なんだよ。おまえ、あんだけ『怪盗バレしちまうかも…どうすっかぁ』って悩んでたのにあっさりバレたのかぁ、まっちろけ」
    「うるさいなー、ブルームーン。ドラスティックみたいなこと言わないでよ……」
     昔からスノーマンと知らない仲ではないブルームーンはそれなりに事情を知っていたようだが、スノーマンが自由くんに話しているところまでは知らなかったらしい。痛いところを突かれたらしいスノーマンは、居心地が悪そうにブルームーンを睨む。
    「僕だって今回のことがなかったら、バラす気まだなかったんですー。それより……ねぇ、今じゃないかい自由?」
    「あー……おう。なあ、四宮」
     しぐれなおあやし隊に任命されたスノーマンが、自由くんの肩をつつく。
     不意に自由くんに名前を呼ばれて背筋が伸びる。
     そういえば、自由くんは比較的ずっと冷静だった。両親の死の原因を知り、直接的な犯人ではないが起因ではある僕を見ても、思案にくれている様子だ。
     深夜薄暗い東京タワーの麓で、晴れ割った夏空の瞳が僕を見据える。その澄んだ瞳は、カウンセラーとして僕の話を聞いてくれた、彼の父親によく似ていた。
    「俺、本当のこと知った後に、めちゃくちゃ考えたんだ。あんたが設けた約束の日に、俺はどうしたらいいんだろうって。何言やぁいいんだよって、俺マジでやばい顔してたと思う。事情を知らない人には相談できないよな、ってクソほど悩んでたら『僕スノーマンだから、実は色々知ってるんだよね。話聞くぜ?』ってぜろつーくんがゲロるくらい」
    「あららん、スノーマンさん。めっちゃやさしーやんかぁ」
    「成程なぁ。見てられなかった訳か」
    「ふふん! 僕、器大きいんで」
     兄やんとブルームーンに対し、スノーマンは軽く茶化しているが、様子を見兼ねて自分の秘密をバラすくらいだったのだから、自由くんの悩み方は相当だったはずだ。
     自由くんの悩みは当たり前である。犯人は怪盗ではなく、自分が置かれている側──法という正義だったのだから。
     自由くんは右手で自分のシャツをキツく握ると、苦しげに続ける。
    「しぐれ探偵は真実探すって拳掲げてくれたけど、正直父さんと母さんのこと若干諦めてたんだ。皆が不自然なくらい口噤んで、警察も全く動かなくて……本当のこと知ってからは、寧ろ合点がいったよ。口封じみたいな多額の支援金はなんなんだろうって思ってたけど、その金があったから今大学通えてて。そんなん俺どうしたら良いんだよ──でも、四宮に言いたいことは決まったぜ」
     意を決した様子で、自由くんは俯いていた視線をあげた。
    「自分を諦めんな。今日で人生終わらせる勇気が振り絞れんなら、明日も生きる方にリソース割いてくれよ」
     未だ自分のこれからに悩んでいながらも、僕へ向けたい言葉ははっきりと言う。
    「生きていい。何をしたって良いし、何を願ったっていい。だって、四宮の人生は四宮のものなんだから!」
     だから、父さんと母さんとの思い出を、今日まで大切にしてくれてありがとう、と。
     自由くんが僕に向けた笑みは、最期の最期までガラス越しに微笑んでくれていた二人の笑顔にそっくりだった。しかもその表情のまま、両親と同じ言葉をくれる。
     伊織くんは伊織くん、と。
     面と向かってお礼を言うこともできない、失った時間。
     本当は、光を語ってくれた二人ともっとずっと、生きていきたかった。叶うなら二人と一緒に施設を出て、息子の自由くんに出会えていたらって。
     過去には戻れない。二人が死んだ事実はどう足掻いても変わらない。
     でもあの人たちは、ちゃんと遺してくれていたのだ。
     二人が大事に育んだ『水凪自由』という存在が、鳥籠の外に出されて明日を見失っていた僕の道標。そして今日君は新たに、手を差し伸べてくれた怪盗の皆が、僕の傍にはいてくれていることを教えてくれた。
     ありがとう。今日まで僕を生かしてくれた、優しい思い出。
     漸く、明日の太陽を怖がらずに迎えられそうだ。


    - - -


    「神辰さん。警察やめたの、四宮くんのことを見守るためだったんですね」
     白夜さんと水凪くんが四宮をつつき、それを見て笑いながらもやんわり四宮を庇っているすりっぷくん。
     そんな微笑ましい四人の姿を見ていたら、横からぴょこんとなおちゃんが現れた。遠いいつかの日の仲間は、ちょっと意地悪な笑みを浮かべている。
    「僕が被害者遺族の自由を助けたくて探偵になったように、施設の被害者でありながら怪盗の道を選んだ四宮くんが心配で、自身も怪盗になった、と」
    「ふふっ、さすが探偵さんや。証人保護プログラムを拒否して、自分で踏ん張ろうとする姿見たら、なんやほっとけんことない?」
    「ほぼ一緒の理由で警察辞めてる人に疑問形はいりませんよ」
     当時、国の闇から無責任に放り出され、突然一人にされた四宮を、秘密裏に保護しようとする動きはあった。だが、白にも黒にもなれない灰色のアイツは、隔離される生活に戻ることを望まなかった。何者でもない怪盗は、言い換えれば、何にもなれる自由な存在でもある。
     米国からの証人保護プログラムの申し出を拒否し、今際の際の猫のように死に場所を探す小さな背中を見失いたくなくて、僕は警察を辞めたのだ。
     警察を辞めて怪盗になった僕。
     片や、同じように辞めて探偵になったなおちゃん。
     対極にあるようで、目指す方向は同じである。ただ僕らは、本人は何も悪くないのに、周りに振り回されて傷いてきた子たちの笑顔を取り戻したいだけなのだから。
    「なにはともあれ、次会ったときは容赦しませんからね? カズくんももう吹っ切れてますから、安心して怪盗として捕まってください!」
    「お手柔らかにしていただきたいもんやわぁ」
     とはいったものの、少なくとも今回は見逃してくれるのだから、それだけで甘々の甘ちゃん探偵である。ほっとけない同盟ができてご満悦ななおちゃんは、有限実行とばかりに、それ以上余計なことは言わなかった。
    「くーっ! はーあっ」
     優しくて、時に非情にならざるを得ない正義にはなりきれなかった光属性のあまちゃん名探偵は、夜空に向かって両手を伸ばして伸びをする。
     その表情は、謎が解けて晴れ晴れとしている。
    「いやー、いっぱい階段上がったらお腹すきましたね! みなさーん、よかったら何か食べに行きませんかー? リコリスくんはなにか食べたいものありますか?」
    「えーっと……オ、オムライスとか、どない?」
    「「「かわいいかよっ」」」
    「たまご、たまご、たまごオムレツ」
     明日からはもう手を取り合う関係に戻るのだろうが、今日くらいは食卓を共にすることを許されるはずだ。
     こんな、めでたしめでたしハッピーエンドの日も、存外悪くない。


    【第二章:捨てるは剣、携えるは盾。】(※前半部抜粋)
     あの日協力関係を結んだ怪盗たちとは、次会う時は『捕まえる者』と『捕まる者』の関係に戻るものだと思っていた。向こうも同じ心積もりだったと思う。
     明日が来れば、僕たちは敵同士。
     例え活動内容は義賊でも、窃盗は窃盗である。しかも凄腕の、だ。
     今も尚警察は、ブルームーン以外捕まえたことがないのが現実である。
     そのブルームーンもポンコツが目立って、毎回公正わいせつ罪より軽い罪状『鼠径部晒し病』くらいしかつけられず、補導して叱る程度だ。肝心の窃盗罪で手錠をかけられたことはない。彼も彼で、何回お巡りさんに叱られようとも、中本でお腹を下していようとも、あのブランド不明の変態シャツを改めないのはどうかと思うが。
     僕が追っている自由の両親の事件も、足がかりを得ただけでまだ解決には至っていない。曖昧な噂と僅かな資料、被害者である四宮伊織くんからの証言しかまだ手元にないのだ。
     探偵しぐれなお、やることが山積みである。
     探偵の日常に戻った僕がすべきことは、今までどおり警察による怪盗の逮捕の協力をしながら、自由の両親と四宮くんが被害にあった事件の確実な証拠を集めること。ただし、怪盗である以上、逮捕の対象には四宮くん──怪盗リコリスだって含まれる。
     なのに、どうしてこうなった。
     東京タワーのお膝元で、神辰さんに啖呵を切った自分が恥ずかしい。
     真逆、たった三日間で『敵対している』が『敵対していた』という過去形になるなんて。
    「イヤ、ホンマきしょいって〜〜〜‼」
    「ふっははっ! なおちゃん容赦ないねぇ」
    「おぉん……」
     地元三重の血がもう、騒ぐこと騒ぐこと。
     ド直球な悪態が出た僕に、二代目さんは声を出して笑った。本当にこの人はおおらかだ。一方のカズくんはみなまで言えず、相槌なのか鳴き声なのか分からない声を出しただけだった。
     僕がいるのは、最早いつもの場所となっている警察庁内の一会議室である。
     会議の出席者は招集した側の二代目さんとカズくん、それに応じた僕と自由、情報屋のりゅーじくん、占い師のれおんくんの計六人だ。こちらもイツメンである。
     今日ここに来るのが、どれだけ憂鬱だったか。
     会議室前方のホワイトボードに並べた何十枚もの捜査資料写真を見るたびに嫌悪感を覚え、比例して怒りがわき上がってくる。
     もしかしたら四宮くんは今、頼れる味方もいなくて、たった一人でこの状況に立ち向かっているかもしれない。そんなの辛すぎる。
    「ここは抑えようよ、なおちゃん。ね?」
    「ぐぬぬぬぅ……」
    「素でぐぬぬってる人初めて見た〜」
     りゅーじくんに諭されて奥歯を噛み締めていたら、れおんくんに面白半分で言われた。僕だってこんな、口から「ぐぬぬ」しか出ないレベルの歯痒い気持ちは初めてである。
    「ひひひっ…! はぁーあっ、ほんじゃあ一旦状況は纏めたし、今後の動き決めますか」
     頭に血がのぼっている僕を見て、ひとしきり笑った二代目くんが大げさに溜息をついた。場の主導権を自分が取るための、切り替えの深呼吸に近い。実際、他五人皆が二代目さんへ直ぐに意識を向けた。
     息遣い、声の切り替えだけで場を制す。やはり現役のキャリアは違う。
    「そもそも俺らは、怪盗側が今動いてるのかも分からないからな。りゅーじくん、向こうと連絡取れる?」
    「うーん。連絡通すのはいいけど、そうだなぁ……俺通すんなら紹介料いただくよー」
    「えっ、急な料金設定⁉ 東京タワーん時は何も言わんかったじゃん!」
    「初月無料のサブスクだった?」
     二代目さんの声掛けに対するりゅーじくんの返答は、今までに無いものだった。
    カズくんが目を丸める。ホワイトボードをまじまじと見ていたれおんくんも、意外そうに振り返った。
     怪訝そうな視線が集まっても、りゅーじくんはメガネの向こうの笑顔を崩さない。彼はそのまま、僕の隣に座る人物を見た。
    「自由が連絡したらいいんじゃん?」
    「はへ?」
     りゅーじくんが話を振ったのは自由だった。
     ここまで言葉少なに、物憂たげな瞳で資料を読んでいた自由は、まさか自分が名指しされると思ってなかったのだろう。間の抜けた声で返事をした。
     話を理解できていない自由に、りゅーじくんは変わらず続ける。
    「この前の件の後、なんだかんだちょっと白夜さんとの距離感測りかねて、大学では絶賛達人の間合い中なんだろう? 連絡とるチャンスじゃん」
    「いやそうだけど、ッ……あー、えぇー…」
     白夜零兎くん。
    自由の大学の友達で、先日実は怪盗スノーマンであることがわかった青年だ。ただわかった理由も、思い悩む友達を心配して「自分は状況を把握している怪盗だよ」と白夜さん自らが名乗り出たからだったりする。
     彼の優しさは、自由も充分わかっている。だが真面目な性分故、怪盗と知ってから以前と変わらぬ会話をするのが難しくなってしまったのだという。
     りゅーじくんの提案は、自由のために作られた優しいチャンスだった。彼らしい配慮である。
    「じーゆーう」
     それでも暗い顔で俯いている悩める少年に、次は二代目さんが口を開いた。
    「どーせ、警察の俺とカズ兄に悪いなぁって思ってんだろ。だがなぁ、少なくとも俺とりゅーじは、そんなことお前に思って欲しくないぞ」
    「ちょ、ちょっと二代目さんっ、俺ハブんなって! 自由くん、俺もだからなっ! 俺も仲良くしたらいいじゃんって思ってっから‼」
    「カズ兄追加」
    「僕もだよー」
     カズくん、次にゆるふわな口調でれおんくんと、この場のメンバーが続々と手を挙げる。
     まずい、事件の犯人にぷりぷり怒ってたらタイミングを逃してしまう。
    僕だって自由の味方だ。それこそ警察を辞めても、微塵の後悔もないくらいに。
    「勿論僕もですよっ」
     椅子から立ち上がり、れおんくんに続いて挙手する。
     澄んだ空の瞳は、曇り空のように不安で揺れている。
    僕はお腹に力を込めて、今自分に出来る最上級の笑顔を、僕の優秀な助手へ送った。
    「話さなきゃ始まらないだろう? 自由の悩みを聞くために腹を括って秘密を話した白夜さんと、ギクシャクしたままお別れなんて勿体無いんじゃないかなぁって僕は思うよ」
    「っ…しぐれ探偵……」
    「怖くない怖くないっ」
     顔の横で両拳を作り、ポンポンを振る感じで手を振る。僕渾身の『全身で自由の背中を押したい!』の構えだ。
     ご両親が突然亡くなってから、自由は本当に辛くて苦しい日々を送ってきた。
    何故亡くなったかの詳細も伝えられぬまま、葬儀は家族葬で速やかに、かつ簡素に行われた。僕ら大人は、自由が満足に泣ける時間もあげられなかったのだ。
     うちのできる助手くんの憂いが少しでも晴れるなら、所長として──自由の一友達として、できうる限りのことをしたい。
    「なおちゃんいいねーっ! 俺もやるっ」
    「おおっ、応援団増えましたね!」
     快活に笑いながらカズくんも合流してくれた。強い味方だ。即興にしてはナイスなコンビネーションで二人、ふりふり動く。
     場にそぐわない仕草だとはわかっているけど、二代目くんとりゅーじくんは止めずに微笑んでいる。
     自由の表情に少しだけ前向きな色が戻った。それでもまだ踏み切るにはいたれず、眉をハの字にして僕らを順に見る。
    「……で、でも…こういうのって慎重にならないと、なんじゃ…? 特に、今回は……」
    「『特に』なんてない」
     つのる不安を、時には突き放すようにも聞こえる高めの涼やかな声が断ち切る。
    迷える子羊を導くは、麗しの占い師の仕事と言わんばかりに。
    「今日何もしなかったら、明日は誰かの死か、皆の涙の上に成り立つ未来にしかならない。それだけさ」
     淡桃の髪をふわりと揺らしながら、れおんくんが艷麗に笑む。
    桜を彷彿させる儚げな髪色も、れおんくんが持つと印象がガラリと変わる。あるいは、坂口安吾の『桜の森の満開の下』の如き、妖しさと畏怖が覗くのだ。
    「僕らはねぇ、自由くん。四宮くんとのことで悩んでる君を心配し、諸々の事情かなぐり捨てて『悩み聞こかおじさん』になってくれたスノーマンに感謝こそすれ、逮捕逮捕ぉとは思ってないんだよ」
    「……ぶー」
     柔らかな言葉遣いだが、頷いてしまう説得力があった。干したての蒲団のような包容力だ。
     煮え切らなかった自由が、ついに口を窄めて肩を竦めた。頬を膨らませたあと、静かに溜め息を吐いた。
    「わーったよ。わーかーりーまーしーたっ‼ なんでいっちゃん下っ端の俺が気ぃつかって、周りの警察さんや探偵さんから『怪盗と仲良くしたら~』って宥められんだよ! 可笑しすぎるわ!」
    「あっははははっ」
    「マジそれだわっ、俺らおもろすぎじゃんっ!」
     俺ガキみたいじゃん、と拗ねグレる自由に、二代目くんとカズくん──カズくん曰く、バディ名『サンセットカラーズ』通称サンカラが真っ先に笑う。
     一番立場が複雑なはずの刑事組が憂いなく爆笑してくれるので、僕らも迷わず自由の気持ちに寄り添える。
    「いい友達持ったねぇ。スノーマンとはどうやって出会ったの? 講義が一緒だったとか?」
     一気に軟化した空気を保ちつつ、りゅーじくんが会話を広げる。
    「いや、偶然サークルの新歓コンパで会ってさ。サークル自体は活動内容がもろ飲みサー過ぎて入んなかったんだけど、趣味は一緒だったから普通に二人で行くようになったんだ」
    「えーっ、超いいじゃん! 何サークルの新歓?」
     りゅーじくんとカズくんが明るい話題を引き出し、二代目くんとれおんくんは程よい相槌で聞きに徹している。
     自由の後ろめたさを払拭しようとするお兄さんたちに感謝を。
     そして。
    「サウナ部」
    「うせやん」
    「イヤイヤ。なんでアイツ、サウナ好きでスノーマン名乗ったし。溶けんぞ」
    「超わかります。僕も初めて聞いた時、りゅーじくんと同じリアクションしましたわぁ」
    「ぶっ、ひひひっひひひ…っ!」
    「アハッハッハッハッ‼」
     あまりにも面白すぎるサウナ部に対する、れおんくんの最速真顔ツッコミ『うせやん』からの、りゅーじくんの的確なコメントの畳み掛け具合が完璧だった。
     再びサンカラ刑事の爆笑をそえて、自由の技あり一本金メダルである。


    - - -


     最初から、ヤバいヤマに手を出している自覚はあった。ここまで芋蔓式に胸糞な闇を披露されるとは思わなかったけれど。
     だが、怪盗リコリスを助けたことを後悔はしていない。人命よりも勝る名誉なんてクソ喰れぇだ。
     俺を優しい男という奴もいるが、同意はしかねた。基本他人に興味がなく、身内以外は見返りがなければどうでもいい。そんな男が優しいものか。
    嘗て、藍月すりっぷではない時の俺──怪盗ブルームーンの命を救ってくれた、顔も名前も知らない探偵さんのようには一生なれない。
     俺は他人を傷つけないだけで、優しくはない。無関心なだけ。
     『この小さな両手で抱えられる範囲しか護れない』という『当たり前』を見るのが、恐ろしいから。
    「よいしょっと……」
     東京から出て、横浜の埠頭。
     人気のない道を選びながら、俺は私服姿で錆の浮いた倉庫群の間を進んでいた。肩から掛けたボストンバッグの紐を握る手に力が籠もる。
     尾行を警戒し、念の為複雑な迂回を挟むのも慣れてきた。FPSゲームやサバゲーの索敵に近いものを感じる。クリアリングもかかさず行い、追尾がないことを確信できてから目的地に近づく。
     俺が足を止めたのは、とある廃倉庫の前だ。以前は、内陸部に本社を持つとある中小企業が海路を使う際に使用していたらしいが、同社の倒産により長らく放置されている。
     最後にもう一度辺りを探ってから、鉄の扉をノックする。
     コン、コンコンコン、コココン。
    不規則なノックは、その実皆で決めた合図でもある。
     暫くして中からコンコン、コンと小さな返答があった。合言葉を聞き取る役の仲間が内側にいる合図だ。
     よーしいくぞ。
    「はろっぷー」
     ──いや。いやいやいや‼ 
     やっぱり合言葉の違和感ヤバいてっ! 
    「すりっぷさん! お疲れ様ですっ」
     内心で手を横に振ってツッコミを入れているうちに、カチャリと鍵が開く。内側から扉が横スライドして、隙間からよく通る元気な声が俺を呼んだ。
     ラベンダー色の髪が、吹き込んだ潮風に揺れる。開けてくれたのは芳月廻、渾名をヨシヅキ参謀という青年である。
     参謀に招かれ、最後にダメ押しで辺りをもうひと確認してから倉庫内に入った。
     薄暗いが埃っぽさはあまり無い。ここを秘密基地にし始めてから、皆でちょっとずつ掃除している成果だ。
    「二日間やっててあれだけど、やっぱ合言葉のチョイス間違ってねぇ……?」
    「いやいや! 各々のイケボと独自の挨拶を組み合わせた、画期的な証明方法ですって!」
     確かに分かりやすいけども。更に言えば、最初に参謀が提案した厨二病力増々な超長文高速詠唱より二百倍マシでもあるけど。
     あの激ヤバ長文でも、和泉さんだったら言えただろう。ぜろつーと四宮も練習すればサラッと言えると思う。だが、俺と参謀とたかちゃん、話し方がおっとりしてるじょにーさんは、まず間違いなく倉庫を出たが最後、一生入れなくなる。立案者も入れないとか笑えない。
    だがだからといって、この非常事態にゆるさの塊みたいな合言葉っていうのも、果たしてどうなんだ。
     俺は『はろっぷ』、ぜろつーは『はろつー』だし、和泉さんは『オハイオ〜』。その他も其々各自で考えた挨拶を合言葉にしてみたが、圧倒的にゆるい。ゆるすぎる。ギャップで風邪を引きそうだ。
    なんとも言えず後頭部に手を回し、ガリガリと搔く。
    「あー、今ここに居るのは?」
    「倉庫内は俺と高生くんです。和泉さんと兄やんはプクイチ、白夜さんは講義出席がてら日用品の買い出しに行ってくれてます」
    「そっか。惣菜とか買ってきたから食おうぜ」
    「わー、そうですよねっ! いや〜、さすがすりっぷさん! 超いい匂いすると思ったんだぁ!」
     ボストンバッグの中は自分の最低限の日用品以外、できる限りの非常食と飯を詰め込んできた。例え束の間だとしても、癒やしは必要だ。美味しいものを食べることで、少しでも皆の疲れが取れるなら上々だ。
     参謀は「お昼ご飯、皆まだだったんですよ!」とスキップする勢いで喜んでくれている。飯と聞いてルンルンはしゃいでいる参謀の無邪気さに、知れず緊張していた体から余計な力が抜けた。
     今は私服だが、コイツも俺同様怪盗だ。普段は黒と紫を基調とした服に、端正な顔の右半分側を黒い仮面で隠しているため、俺等七人の中では一番毒々しい見た目をしている。
     見た目、は。
     参謀は、予告状を警察に出しておきながら、当の本人は寝坊で遅刻するというキングオブマイペースな怪盗『ストレイキャット』なのである。警察を待たせていくスタイル故にヘイトが溜まりやすく、遅刻して一人しんがりで捕まりそうになっては、俺らが必死で救出することが常だ。
     そういう時、なんだかんだぶつくさ言いながら、すかさず助けに入るのが──
    「あれれぇ参ちゃん、嬉しそう。良いことあったの〜?」
    「あっ、和泉さん。煙草終わったんですね」
     鉄板の簡素な階上から、穏やかな甘い声が参謀を呼んだ。
     噂をすればなんとやら。手を振りながら軽やかに鉄を鳴らし、二階へ続く階段を降りてきたのは紺野和泉さんだった。
     彼の怪盗名は『ドラスティック・フィーバー』。
    濡烏の艶髪に長身を持ち、身内からはやれヤニカスだのパチンカスだのスケベオヤジだのと称され、度々クズ男と形容される男である。
    のらりくらりとしていて掴めない人だけど、根が優しいので、捕まりそうになっている俺と参謀を助けに来てくれる率は神辰さんの次に高い。
     和泉さんの後ろから続くのは、同じく私服姿の神辰さんだ。マジなんも変わらねぇな、この兄ちゃん。そのまんま神辰だ。
    「神辰さん、和泉さん、お疲れ様です」
    「やあやあお疲れさぁん」
    「ちゃおー。藍月さんも心配症だね〜、今日の夜来る予定だったのに」
    「家いても気が休まらなかったんすよ……」
    「めちゃくちゃわかるー」
     私服姿の怪盗四人が埠頭の廃倉庫に集い、倉庫の奥を目指す。神辰さんがツテで見つけたこの倉庫は、ライフラインこそ通っていないものの、すぐ脇に自治体管轄の水道がある。さらに徒歩圏内に銭湯もあるので風呂にも入れる、即興にしてはなかなか優秀な隠れ家だ。
    「う〜ん、なあなあ参ちゃん。お兄やん、煙草の臭いしとらんかなぁ? さっき吸った時、四宮くん無言で十分くらい近寄ってくれんくて、今回はファブリーズしたんやけど……」
    「えっとぉ……はいっ、これなら大丈夫だと思いますよ!」
    「えぇ〜? くんくんって匂い嗅がせるなんて、興奮しちゃ~う♡」
    「ゴラァエロ男爵、うちの参謀巻き込むのやめてもろてええか」
    「パ、パパっぷさんだ……!」
     荒れた倉庫に似合わないゆるい会話を繰り広げているが、要所要所に設けているバリケードの確認は怠らない。俺が出ている間に、天井近くの窓隠しも完璧に終わっていた。
     俺らが今から立ち入るのは、生命を守るための場所。
     勝つための情報を掴むまでは死守せねばならない、絶対防衛ライン。俺達の敵として立ちはだかっているのは、それだけヤバい奴らなのだ。
     守らなければ、友人を奪われる。
    捕まれば最後、彼を待つのは明けない夜闇の檻か、死か、そのどちらかしか無い。
     だから。

    「四宮くん四宮くんっ、次なんのシステムやるー? COC以外にもエモクロアとかシノビガミ、インセインもあるよ〜」
    「せやねぇ。せっかく時間あるし、ダブルクロスのエフェクトコンボ練まくるんもええかも。白夜さん帰ってきたらシナリオあるか聞かへん?」
    「おぉ~! ダブクロいいねぇ、超久しぶり! ぜろつーくん早く帰ってこないかな〜」

     スウゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜ッ……
     奥の引き手扉を開けた瞬間聞こえた声に、俺は肺いっぱいに息を吸い込んだ。
    「テッメェーらッアカピンズぅぅぅっ‼‼ この状況わかってんのかワレェッッッイ‼‼」
    「ぎょへえぇぇぇっ⁉⁉」
    「あぶろっへぁっっっ⁉⁉ このビブラートはすりっぷさんっ⁉⁉」
     防音室大貫通とご好評の自慢の声量を全力で披露した。
    布を敷いて誤魔化しているインダストリアルな古ソファに腰掛け、キャラクターシートらしきものを見ていた小ぶりな二人が、ぴょんこと跳び上がった。
     これを見たら絶対俺が怒るってわかっていたはずの背後の三人が爆笑している。てか四宮、人をビブラートで識別するなし。
    「わっわ…! お、お帰りぃすりっぷさんっ!」
    「今丁度、まさにナウで策考えようと思とったんよ~⁉ あーあーっ、すりっぷさんに言われてやる気無くしたわぁ〜」
    「゛あぁ?」
    「……ほんまスンマセン」
     これじゃあ、テスト勉強期間中に隠れてゲームをしている息子たちと、見越して部屋に突撃した母親じゃねぇか。
     イエローセラフこと高生紳士と、リコリスこと四宮伊織の二人は、廃倉庫の一番奥まった安全な場所で、次の暇つぶし用オフラインセッションの打ち合わせをしていたのである。ちなみに『アカピンズ』と呼んだのは、たかぽも四宮も髪飾りで赤いピン留めをしているからだ。
     無事なのは何よりなのだが、俺がどんな思いでここまで歩いてきたか、コイツらは分かっているのか。
    「デパ地下で『四宮、神経すり減らして疲れてるだろうなぁ。美味しそうな卵料理とフィナンシェ買ってみようかなぁ?』ってウロウロした藍月すりっぷさんの気持ちも考えろっ‼」
    「フィナンシェ⁉ えっ、フィナンシェあるん? やったー!」
    「わーいわーいっ、よかったね〜四宮くん!」
    「っ〜〜〜……ぐっ、チクショウ…!」
    「ぐうの音はしぼりだしたものの、やけど。オカン、息子たちのリアクションの可愛さに速攻負けとるやないか」
     神辰さんの冷静なツッコミにも何も返せない。喜んでくれたら嬉しいなぁ、という気持ちで買ってきた手前、こう素直に喜んで貰えると正味めちゃくちゃ嬉しいわけで。
     ぱたぱた両手を振って喜ぶ四宮と、それを見て万歳しているニコニコたかちゃんに、何も言えなくなる。
     すると、次は背後から肩をポンポンと叩かれた。振り返ると、申し訳なさそうに眉を下げて微笑んでいる和泉さんだった。
    「ごめんねぇ。昼前にたかちゃんが来るまで、四宮くんずっとソファで三角座りしてるだけだったから、僕ら何も言えなくてさ」
    「……あんた、結構アカピンズに弱いっすよね」
    「あははっ。緊張の中、ご飯買ってきてくれてありがと〜」
     そりゃあ元気な方が断然いいけども、なんか癪だ。和泉さんに諭されるのもちょっとムッてなる。
     参謀の面倒もつい見ちゃうあたり、クズムーブしながらも結構お兄ちゃん気質が出てくるんだよなぁ、この人。
    「よっしゃー! すりっぷさんがせっかく買ってきてくれたんだから、ご飯食べようぜ!」
     会話が落ち着いたところで、空腹に耐えきれなかった参謀くんの掛け声が入り、各々食事の準備に動き出した。


    ----------

    サンプル部分終了。
    リコリスが巻き込まれた事件とは?
    探偵側と怪盗側の共闘の様子は?
    続きは本編で!
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    😍
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    シオクマ

    INFO2025/8/17のインテックス大阪合わせの小説新刊のサンプルです。
    ※サンプルのため実際の構成と異なります。13人の書き方の目安にどうぞ。

    あたたかくなる×東京タワーRED。コラボの設定をこねくりまわしまくった、300%妄想の二次創作です。
    四宮さん、自由さん周辺のうんぬんかんぬんを、全員で解決するためにわちゃわちゃする話です。CP要素無し。
    P.238/文庫サイズカバー付き
    【新刊サンプル】親愛なる25時のサンドリヨンへ、さようなら。【第一章:澄空(すみぞら)に咲く、明日の太陽とともに。】(※全文)

     他人に手紙を出したのなど、何年ぶりだろう。
    正直受け取ってくれているかも、まともに読まれるかもわからない。捨てられている可能性だってある。しかし、今夜中は待つと決めた。
    僕から一方的に押し付けた、この待ち合わせ場所で。
     次第に初夏の気配を孕み始めた昼間の陽気も、太陽が沈んでしまえば途端になりを潜める。地上二百五十メートルにある東京タワーのトップデッキは寒いくらいだ。
     涼しい夜風に、僕のアイボリーの外套が揺れる。
     熱帯夜は、未だ遠い。
    「──怪盗リコリス」
     滑舌の良い、爽やかな声が僕の背を軽く叩いた。今の彼の声には、これまで幾度となく追われてきた際に投げつけられたような棘はない。この穏やかな声音が生来のものなのだろう。
    20603

    シオクマ

    MEMO※あたなる🗼コラボの二次創作メモです。CP要素無し。リコリスメインで、カオマ+自由くん
    ※口調、一人称、名前の呼び方、性格がご本人様とは異なる可能性が300%ございます。

    ※オリジナル設定詰め込みまくっています。完全無欠のハピエン厨によるハッピーエンドですが、何でも許せる人向け。
    ※ジャッジアイズとロスジャとコナン映画が好きです。警察と公安をなんだと思ってるんだ…?状態です。
    【澄空に咲く、明日の太陽とともに】(それは)

    (わたしの人生で、一番初めに優しくしてくれたあなたたちとの)


    (『はじめまして』と『さよなら』の夜噺)




     次第に初夏の気配を孕み始めた昼間の太陽の空気も、沈んでしまえば途端になりを潜める。地上250mにある東京タワーのトップデッキは寒いくらいだ。
     涼しい夜風に、僕のアイボリーの外套が揺れる。
     熱帯夜は、未だ遠い。


    「怪盗リコリス」


     滑舌の良い、凛と張った爽やかな声が僕の背を軽く叩いた。
     今の彼の声には、これまで幾度となく追われてきた際に投げつけられたような棘はない。この穏やかな声音が、生来のものなのだろう。
     驚くことはない。選択を委ねたのは紛う方無き僕だ。仰ぎ見ていた月から視線を外し、背後を振り返る。
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