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    vasucoNo1

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    vasucoNo1

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    同盟🦁🦖の出会い捏造
    🦖んちも捏造 パパ神も捏造 ぜーんぶ捏造
    公式で語られる前に書いておこうと思いました。

    霽れ間に月月のない夜だった。明け方から降り続いた雨が止んでもなお立ち込める暗雲。アスファルトの窪みに溜まった汚水が容赦なく革靴に染みていく。知らなかった。濡れた靴下がこれほどまでの不快感を催すとは。それでも、走り続ける他にすべはなかった。目的地などない。ただ、遠くへ。この街から離れられるなら、辿り着く先は何処だって良かった。お仕着せの胸ポケットに入れたふたつの指輪がかちゃかちゃと音を立てる。擦れて傷がついてしまうだろうか。落ち着いたら、誠心誠意磨きますから。どうか今だけはお許し下さい。
    「てが…っ、そ、様…!」
    喘鳴混じりの声で唱えた御名。それだけが、足を鞭打ち走らせる、ただひとつの理由だった。

    ***

    頬を打つ拳を、竜儀は甘んじて受けた。軌道も、威力も、記憶にあるそれとなんら変わらない。だから初撃は耐えたのだ。奥歯を軽く噛み締め、首を動かして衝撃をいなすことで被弾を最小限にした。
    しかし、それが良くなかった。
    手応えの薄さに気づき逆上した相手は、竜儀の襟首へと手を伸ばした。詰まる呼吸。糸の切れる音。転がった白蝶貝の釦が、視界の端できらりと光る。
    去来したのは深い諦観だった。実の息子を襤褸切れ同然に扱う人間に、使用人が心を込めて仕立てたシャツの価値など分かるはずもない、と。
    そして訪れる、烈しい痛み。脳が揺れる。よろめき、強かに打ち付けた腰。裂けた粘膜から滴る血を拭った竜儀は、それでも十数秒前と一字一句変わらぬ台詞を口にした。
    「跡継ぎにはならない。私はもう、貴方達の人形ではない…!」
    お世辞にも明瞭な発声とは言えなかった。震える唇に、がちがちと鳴る歯の音のせいだ。意図した通りの言葉が紡げていたのかすら怪しい。しかし、少なくとも意思を伝えることには成功したようだった。
    「――!」
    張り上げられた罵声。窓が割れるかと思うほどの声量だったのに、なぜだか聞き取ることはできなかった。どうやら脳が認識することを拒否しているらしい。へたりこんだ竜儀に迫り来る、父の影。
    「おやめ下さい、旦那様!」
    再び振り上げられた拳に、縋り付く細腕があった。歳の近い家政婦だ。ここ数年は滅多に見せなくなった涙を浮かべ、怒り狂った大の男を果敢にも抑えようとしている。
    「使用人如きが、指図をするな!」
    今度は、はっきりと聞きとることができた。聴覚だけでなく、五感のすべてが冴え渡っている。増幅した怒気、矛先を変える拳、恐怖に凍りつく家政婦の瞳。
    「やめろ…!」
    立ち上がり手を伸ばした。今にも彼女に振り下ろされんとする腕を、押し留めようとした。
    誓ってそれだけだったのに。
    「――!?」
    吹き飛んだ。竜儀とよく似た長身痩躯が、まるで綿埃のように。波打つ漆喰の壁に叩きつけられる父。漣のように広がる悲鳴。
    竜儀は信じ難いエネルギーを放出した己の掌を、まじまじと見詰めた。幼少期から護身程度の体術は習わされていた。しかし、ぽんと押しただけでひと一人を吹き飛ばすなどいかな使い手であっても不可能だ。物理法則すら無視した破天荒な力。この感覚を、確かに竜儀は知っていた。鮮やかな黄の装束と暴竜を模した仮面が齎す、圧倒的なまでの破壊力。だが今の竜儀は素面のままだ。神から賜った力、その象徴たる指輪は依然、胸ポケットの中。なのに、なぜ。
    「う…」
    呻き声に、はっと顔を上げた。見回すと、竜儀以外のすべてがぴたりと静止していた。騒動を聞き付けて集まった数多の使用人はみな沈黙し、傍らの家政婦すら怯えた目で竜儀を見上げている。理屈はどうあれ、竜儀は父に手を上げたのだ。命を救うための技術を叩き込まれたこの手で人を――よりにもよって、生みの親を傷付けた。ちかちかと明滅する視界。ゆらりと動いた白髪混じりの頭髪。父が顔を上げる二瞬前、竜儀の足は地を蹴っていた。
    「坊っちゃま!」
    呼び止めるため、というよりは、どうしてと問いかけるような。それが最後に聞いたヒトの声だった。あとの全ては、けたたましい警報音に呑み込まれてしまった。
    がたがた震える体を引き摺って、しかし足だけは正確に外界への最短ルートを辿っていた。入念に、十数年かけて繰り返したシミュレートの通りに。警備の手薄な経路や隠し通路はもちろん、引き倒すことで足止めに使えそうな調度品の場所も把握していた。使えるものは全て使い、とうとう辿り着いた境界塀。煉瓦造りの塀の上部に連なる鉄柵の先端は槍めいて尖っている。侵入者を拒むと同時に、外へ出ることも許さないという威圧の意が込められた檻。多少の怪我は覚悟の上、乗り越えていくしかないと腹を括っていたのに、すべらかな金属は軽く力を込めただけでぐにゃりと形を変えた。
    ――遠い昔、父の目を盗んで使用人が寄越したチョコレート菓子みたいだ。
    竜儀は、自らの肉体に化物じみた怪力が宿っていることを漸く理解した。
    「これも、貴方様の御力なのですか…?」
    ぽつりと零した疑問に、返答はない。当然だ。五十個集めねばならない指輪。そのうちたった二つしか持ち得ぬ未熟者に、偉大な巨神が応えてくださる道理はない。
    竜儀はひとつ息を吐き、市街の方向へ踏み出した。

    ***
    どれほど走っただろうか。
    街灯りは未だ遠く、蜃気楼のように揺らめいて見える。竜儀はついに足を止めた。
    ずたずたの革靴。湿気をふくんで重くなったツーピース。
    全身に滲んだ汗が、初春の空気に冷やされていく。じとりと濡れた爪先から凍りついていく心地がした。こんなにも寒いのに、喉だけが灼けるように熱い。
    「はぁ、は――っ」
    懐にカードケースを入れていたのは幸いだった。しかし、逆にいえばそれ以外は何も無い。最低限纏めておいた荷物を持ち出す余裕すらなかったのだ。走り始めて早々に取り落としたスマートフォンは、きっと側溝にでも沈んでいるのだろう。位置情報機能が付いている以上、いつかは手放さなければならなかったものだ。そう自分を納得させてみても、足元すら覚束ぬ常闇の中、文明の利器から遮断された恐怖はいとも簡単に心身の自由を奪った。
    情けない。これでは、幼い頃と何も変わらない。――否、変われないのだろうか。肉体を引き剥がしても、精神はあの家に縛り付けられたままなのか。
    「…っ」
    唇を噛み、拳を握る。戻る気なんてあるはずもないのに、進むこともできそうになかった。せめて夜でなければ。煌々と射す陽のもとなら、なにも考えず走ることが出来たのに。
    ――最低の夜だ。
    声には出さずに呟く。答えるものは当然、ない。
    そのはずだった。
    「僕はいい夜だと思うけど」
    ふと声がした。鬱屈の滲む夜気を容易く薙ぎ払う、一陣の風のような。
    「誰だ!」
    過ぎた道を素早く振り返る。邸の周辺より治安は劣るだろうが、閑静な住宅街。子猫一匹なかったはずの夜道にいつの間にか、男がひとり立っていた。すらりとした長身に、小さな頭。身に纏ったサテンジャケットは、街灯を反射して銀色の光を放っていた。物盗りのたぐいだろうか。それにしてはずいぶんと派手な身形だが。
    「…」
    竜儀は突如現れた曲者を怪訝な顔で見詰めた。全力の警戒と不快で構成された不躾な視線を浴びても怯む様子すらない。男は飄々と竜儀に笑いかけ、口を開いてこう言った。
    「お洒落なシャツを着ているね。ワイルドなヘアメイクとよく合ってる」
    ――いけ好かない男だ。
    脳に閃いた言葉はもはや思考ではなく、直感だった。釦の飛んだシャツに腫れ上がった頬。どう見ても荒事に向かない風貌の竜儀が暴力の痕跡を纏っていることを揶揄っているのだ。
    「何が言いたい。貴様、何者だ…!」
    男は竜儀の再三の問い掛けにも応じず、ゆったりと腕を持ち上げた。
    「その素敵な指輪は嵌めないの?せっかく二つも持っているのに」
    ――警戒が、敵意へと変わる。
    竜儀の胸元を真っ直ぐに示す右人差し指、そこに灯った青い煌きは、間違いなく巨神の力の片鱗だった。
    「指輪の戦士か――!」
    胸ポケットに手を差し込む。ふたつある指輪のうち、テガソードから直々に賜った暴竜の指輪。構えると、男は竜儀を指した手をぱっと広げた。
    「戦うつもりはないよ。僕はただ、同じ指輪の戦士が困っているみたいだったから手助けできることはないかと思ってね」
    「…なぜ、指輪を持っているとわかった」
    「音が聞こえたから」
    こともなげに言い放つ男に、竜儀は眉を顰めた。音だと?確かに走っている間は派手な金属音を立てていたが、音の発生源まではわかるまい。それに、ここまですれ違う者はなかった。離れた場所から音の出処を正確に聞きつけて近付いてきたということだ。そんなことが可能なのだろうか。あまりに人間離れした聴力だ。
    「僕は人より少しだけ耳が良くてね。顔は抜群に良いけれど」
    ぱちりと片目を閉じて宣う男を、竜儀は腕を組んで睨み付けた。
    「そんな馬鹿げた話、信じられるわけがない」
    「そう言う君にも馬鹿げた力があるだろう?指輪の副作用だよ」
    「…副作用?」
    職業柄、いやというほど聞いた言葉だ。しかし男の口ぶりからすると、本来の意味で使われているわけではないのだろう。
    「あれ、知らない?指輪の契約者には副作用として超常的な力が宿るって。テガソードに聞かなかった?」
    ――聞いていない。
    今まで読んだどの文献にも、そのような記述はなかった。
    しかし、脳はあっさりと事実を受け止めていた。目前にフラッシュバックする映像。壁に叩きつけられた父、容易く曲がった鉄柵。
    「やはりあれは、テガソード様の…」
    たちの悪い夢のような光景が、現実となってすとんと胸に落ちる。だが次に湧いたのは怒りだった。自分は未だ神託を賜っていないというのに、この男は既に巨神と対話を果たしたというのか。
    竜儀の剣呑な表情を見留めた男はにこりと微笑んだ。その上なにを思ったか、つかつかと歩み寄ってくる。大袈裟な身振りで広げられた手は、まるで知己の仲であるかのように竜儀の肩を抱き込んだ。
    ――先ほどから思っていたが、馴れ馴れしい男だ。きっとこの図々しさでテガソード様の寛大な御心につけ込んだのだ。
    ぎろりと至近距離で浴びせた眼光にも、まるで効果はみられない。男は軽薄な笑みを浮かべたまま口を開いた。
    「今度は僕から質問してもいいかな。その怪我、指輪の争奪戦でやられたの?」
    その目には、警戒とも興味ともとれる光が滲んでいた。竜儀がどれほどの相手であるか品定めしているようだ。
    「――」
    竜儀は言い淀んだ。あまり吹聴したい事情ではない。しかし、指輪を巡って死闘を演じたばかりの男と勘違いされるのも、それはそれで厄介だ。今の竜儀は誰から見ても消耗している。男が漁夫の利を狙っているならば、格好の鴨だ。
    「…違う、父だ」
    さんざん悩んで絞り出した言葉に、男は目を見張った。
    賭けだった。懐柔するための甘言であろうが、確かに男は「手助けできる」と口にした。暴力的な手段で指輪を奪うつもりはないのだろう。少なくとも今の時点では。ならば、嘘を吐いて徒に波風を立てるべきではないと判断した。
    「…へえ」
    ぱっと肩から離れる手。体が離れてもなお近くにある男の顔。切れ長の目からは警戒が消え失せ、露骨な好奇に満ちていた。どうして殴られたのか、親とは折り合いが悪いのか、どんな家に生まれたのか。弧を描いた唇が紡ぐはずの疑問はいくらでも予想がつく。しかし、竜儀はそのどれにも答えないと決めていた。これ以上の優位を与えてやる義理はない。憮然と反応を待つ竜儀に、男はただ静かに問うた。
    「…逃げているの?」
    「――!」
    はっと目を見開く。
    男の問いは、竜儀が自分自身に投げかけるべきものだった。
    ――逃げているのか。
    確かに、傍目にはそう映るのかもしれない。
    産まれる前から舗装された軌条。竜儀の忌み嫌うこの運命もきっと、見る者によっては虫唾が走るほど恵まれた立場に違いない。自分はただ、持てる者が当然担うべき重圧を背負いきれず、荒唐無稽な神話に逃避しているだけなのだろうか。
    「…違う」
    今夜に至るまで竜儀が選んだ行動はすべて、決してただの奔逸ではなかった。
    あの日、古びた倉庫でみつけた願いのために生きてきた。竜儀と同じ苦しみを抱えた者も、そうでない者も、皆が在りたい姿で生きられるように。
    身に余る願いであることは重々承知していた。だからこそ二十余年の歳月を費やしたのだ。従順に振る舞いながら不条理に耐え、初めて他者から指輪を奪った今日という日に、竜儀は檻を破ることを決めた。
    想定通りにことが運んだとは言い難い。証拠に、今でも父に触れた指先の震えが止まらない。
    けれど、心にはひとかけらの後悔もなかった。地位も、名誉も、財産も――家族すら、人形として生きた末に得られるものなど、これからの人生にはなにひとつ要らなかった。
    だから。
    「俺が、棄てたんだ」
    それは、暴神竜儀が初めて“人間”として発した言葉。己の腹を開き、臓腑を零して取り上げた、血反吐に塗れた産声だった。
    「…そう」
    男はそのとき、初めて笑った。
    貼り付いた仮面じみた笑みではなく、心底から愉快そうに、目を輝かせて笑ったのだ。
    「それじゃあ、お祝いをしないとね」
    再び響いた風のような声。その音は、夜空すら震わせた。重く垂れ込めた雨雲がゆっくりとほどけていく。雲間から生まれ落ちた青白い月。零れた光が、濡れたアスファルトに反射し一条の道を作った。
    「僕は百夜陸王。君の門出を飾るに相応しい、一番星さ」
    芝居がかった仕草で腕を広げ、男――百夜陸王は笑みを深めた。赤い唇の奥、鋭い犬歯をきらりと閃かせ、竜儀の返事を待たずに歩き出す。ジャケットの裾が翻るたび、淀んだ空気が霧散していく。
    夜はすべて、陸王のためにあるようだった。
    月光をスポットライトに、きらめく雨粒を花道に変えて進む男。
    「――」
    竜儀はぽかんとその背を見詰めた。
    話は終わったのだろうか。ひっそりと胸を撫で下ろす。交戦を免れたのは僥倖だが、随分と無駄口に付き合わされたものだ。
    徒労感に立ち尽くす竜儀に、前を行く男はくるりと振り返った。
    「早くおいでよ」
    「…なぜ貴様と」
    「言っただろう?お祝いをしないと」
    「必要ない」
    「当面の寝床はプレゼントするよ。――それとも、新しいシャツが先かな?」
    まるで話を聞いていない。それに、竜儀がともに来ることを信じて疑わないこの表情。なんと傲慢なのだろうか。竜儀は鼻を鳴らした。やはり、いけ好かない男だ。
    「…どちらも結構だ」
    ――だがきっと、こいつとは長い付き合いになる。
    奇妙で、不本意な確信だった。第六感など信じてはいない。竜儀が信じるものは、救世の巨神、ただひとつ。
    なのにどういうわけか。百の夜を名乗る男とともにやってきた霽月は、竜儀の往く道を眩く照らしているようだった。
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