ベリー「あまねくん!」
身を乗り出してあまねくんに詰め寄る。
「…ヤシロさん、どうしたの?そんなに息巻いて…」
そう指摘されたなら乙女としては落ち着くしかないわよね。
一呼吸分だけおいて話し直す。
「あのね…天体観測しない?」
「え…天体観測?」
「そう!あまねくん、星に詳しいでしょ?だから教えてくれないかなーって」
私が言い出したのにも意味がある。それはテストが赤点になりそうだからとか全教科赤点補習大根になるのが嫌だからじゃない。…それは確かに嫌だけど。そんなのじゃなくて。
好きな人の好きを共有したい。あるのは、そんな乙女心だけ。
「いいけど……。ヤシロさんが帰るのが遅くならないように八時までね」
とうとうあまねくんがお母さんみたいなことを言い出しちゃった…。そんなに迷惑かけてるかな?私…。
「う…わかったわよ…。ねえ、あまねくんってこの日空いてる?」
「空いてるよ。ヤシロさんはこの日大丈夫?」
肯定の意味を込めて頷く。これ以上何か言ったら貴方への想いを取り零してしまいそうだから。
さっき、私が指した日付は特別な日。
【ストロベリームーン】
恋愛成就の願いが叶うという月。好きな人と見たら両思いになれるとかいうジンクス。そんな月が見える日なのだ。
バレてないかな、という確認も兼ねてあまねくんに視線を寄越す。
「…確かその日ストロベリームーンだよね、ヤシロさん、この話好きそう…」
前からこうだった。決して想いの矛先が自分に向いてるだなんて思わない。それが"柚木普"という男の子。私がずーっと好きでたまらない…大好きな人。
「じゃあ、当日よろしくね!」
自分の思考を取り除くためにわざと明るく吐いたその言葉は、未だ耳を染めたまま思考の海に沈むあまねくんに届いたか分からないけど。
*
当日。また、親友である葵に服装のチェックを何回もしてもらって精一杯着飾った。気合入ってるって思われないかな…?そんな心配よりも今は心臓の音しか聞こえない。
約束したかもめ学園の校門の前。私よりも先にあまねくんはいた。
「ごめんね、待った?」
「………!あっごめっ…待ってないよ」
耳まで紅く染めた彼につられて私も熱くなる。恥ずかしさもあるけれど、一番は彼は記憶がなくても変わらないということを確認できたから。
「ヤシロさん?」
「わぁぁぁ!ごめんね!行こ!」
誤魔化すようにしてあまねくんの手を引き、歩き出した。
…なんだかんだ私も変わらない。夢見がちなところが全くと言っていいほど。
「ヤシロさん、こっち」
「え、?」
今度はあまねくんが私の手を引いた。そして、あまねくんの自転車の荷台にぽすん、と座らせられる。
「んじゃ、行こっか。掴まっててね?」
意識せざるを得ないじゃない。これは、私の負け。今度こそ本当に高鳴る胸を抑えつけ、あまねくんのお腹付近に手を回した。こんなに好きなのバレてないといいなぁ…って考えながら。
「ヤシロさん、着いたよ」
そうあまねくんに言われて顔を上げると空には満天の星空。お目当ての月は雲に隠れてしまっていたけれど。
「すごいね!あまねくん!」
少し興奮気味に言ってあまねくんに笑いかける。あまねくんは、う…と声にならない声を漏らしながら視線を逸らした。
「…そうだね。ヤシロさん、冷えるからこれ羽織ってて。」
つい先程まであまねくんが来ていた上着をかけられる。ふわりと漂った男の人の匂いに、残る体温にあてられる。少し…クラクラする。…昔の貴方にはどちらもなかったから。
「いいの?これ…あまねくんが寒かったら、意味ない…」
「いーの!それに俺はちょっと動いたから体温も高くなってるしね」
にぱっと音がなるんじゃないかなってくらい明るい笑顔を向けられる。その笑顔に幼い貴方の面影を感じて、妙に気恥ずかしくなった。ふい、と顔を逸らしたらあまねくんはえ、と漏らしていたけど。…貴方が悪いんだからね。と少しだけ内心、悪態をついた。
「…遅くなってもあれだし、そろそろ始めよっか」
と仕切る。ちょうどいい。これ以上あの空気だったらもれなく私の心臓は止まってしまっただろうから。
あまねくんがこっちと手招きしたベンチの隣に座る。
「この時期はね、夏の星座が見やすいんだけど、ヤシロさんはどんな星座を知ってる?」
「星座?私は夏の大三角形とかしか知らないなぁ…」
「それでいいんだよ。他にも、蠍座が見やすいんだ」
あまねくんには申し訳ないけれど、私はずっと彼を見ていた。自分で誘ったくせに見るのは星じゃない。そんなの、怒られちゃうかなぁ…。
そんな頃、雲に隠れていた月が出てきた。
「…ね、あまねくんはストロベリームーンって知ってる?」
「うん、どうしたの?」
「調べた情報でしかないんだけど…」
と口籠る。言い辛い。これを言えば、告白したのと相違ないから。
「…ストロベリームーンにはジンクスがあるの。それは…」
「"好きな人と見れば結ばれる"でしょ?」
あまねくんの声だけが響く。正直、言われるなんて思ってなかった。いたたまれなくなって俯いてしまったから今彼がどんな顔をしているかが分からない。意を決して覗き見たら私に負けないくらい真っ赤だった。
暫くの沈黙。それを先に破ったのはあまねくんだった。
「ヤシロさんこっち見て。…知ってて誘ってくれたんだよね…?俺、期待してもいいの?」
ほんとに変わらない。ズルいのも、その癖も…全部。
「………うん」
今度は貴方が紅くなってくれればいい。私ばっかりなんて不公平だもの。
そんな時、あまねくんは私の手を握った。ビクッと反応してしまう。
「…俺さ、ずーっと"ヤシロ"のこと、」
聞き逃すはずない。待ち望んでいた…ずっと願っていた呼び方で貴方が呼んでくれたから。
「好きだったよ」
あの頃とあまり変わらないけれど逆になってしまった身長差。懐かしい呼び方。ずーっと貴方が隠して来た本心。それら全てがもどかしい。
月光に照らされた貴方はいつになく幸せそうな顔をしていて。
「私も…花子くんのこと…」
――好き。
そのたった二文字がずっと言えずに平行線だったなんて信じられないでしょ?それは当事者である私達もなんだと思う。
あまねくんは小さく目を見開くと私を抱きしめた。響く心音も全部が愛おしい。
「いつから…いつから思い出してたの?」
花子くんは不安そうに言う。これだけは言ってやらなきゃね。
「最初からよ!花子くんったら全く思い出す気配がないんだから!」
「う…ごめんってば。でもね…」
花子くんはこう言葉を続ける。
「やっぱり俺もずーっと好きだったんだよ?」
…ほんとにずるい。私とは違ってあまねくんとして好きでいてくれたなんて。私も、なんて返してあげられないから。
「うん…。ね、ちょっと屈んで?」
「いいけど…急にどうしたの?」
「いいから!」
無理やりあまねくんと離れて屈んでもらう。
彼の前髪をかき上げる。屈んでできた身長差を埋めるように私が少しだけ膝を曲げて言う。
「おまじない…。あまねくんが幸せでいられるように」
ひゅっと息をのむ音が聞こえる。これはちょっとした仕返し。あの頃と全く変わらないまま額を押さえる彼に笑みが溢れる。
「…それは、ヤシロも一緒に、だよね?」
心配そうに見上げられる。これ以上何か言うと余計なことまで言ってしまいそうだったから。ひとつだけこくん、と頷いた。
彼はそれを見ると満足そうに笑う。私は目を逸らさずにはいられなかったけれど。
ああ、でも。これだけは言わ。
「これからは…恋人としてよろしくね花子くん!」
どこからか小さく俺の方こそ…なんて聞こえた気がした。