よもやま話───────
不機嫌を表情に乗せて魈が腕を組む。その横では、蠱毒が少し寂しそうな顔をしたまま俯いていた。
ことの始まりは、3人で秘境に向かう途中の雑談である。鍾離の話題だったのだが、道中またも蠱毒が魈の地雷を踏み抜いたのだった。
「全くお前というやつは…。」
「俺ぁ、帝君に報告に行くのが仕事だからよぉ。邪魔するな云々言われてもどーしようもねぇじゃんな〜」
「あはは。2人とも喧嘩するほど仲が良いんだね」
「我と蠱毒が?」
魈が驚いて目をパチパチさせた。
「そうそう。仲良しってこと」
空はにやりと笑った。
少し手前を歩いていた蠱毒が、頭の後ろで手を組む。先程のふくれっ面など無かったように話始める。
「そういや一昨日、報告に向かったらよ。帝君が甘味と一緒に茶を馳走してくれたんだ。俺ぁ、味覚が殆どねぇから茶葉の味が解らねぇって断ったんだが、──俺がお前と話したいんだ。だから一杯付き合え─ってんで、馳走になったんだが…」
「…はぁ?お前、また!」
魈の引きつった声に、何かを思い出した顔で蠱毒が立ち止まる。ゴソゴソと自分の袖を探ると、そこから出てきたのは稲妻から発行されている、一冊の薄い本だった。
「え、それって…。」
「本?」
蠱毒が取り出した本は、梅の花が描かれた紙で包まれていた。その本をペラペラとめくりながら、
「んで、魈の業障の話をしてる最中に急に堂主がやってきてな。魈仙人と親睦を深めるなら、この本がオススメってんで無理やり押し付けられた。帝君も真面目な顔で、役に立つこともあるだろうから読んでみるといい。って言うもんだから…」
どうやら、茶屋で鍾離と魈に飲ませる仙丹の話をしていたら、仕事の話で居合わせた胡堂主に偶然にも出会い、娯楽本を押し付けられてしまったようだ。
タイトルには「イケメンの親友が最近やたら輝いて見えるんだがどうしたらいい?」と書いてある。
蠱毒には珍しく真剣な面持ちで話すものだから、魈と空も真面目に聞いてしまい、本のタイトルを見てから3人揃って眉間にシワを寄せてしまう。
稲妻で流行っている娯楽小説の中には同性同士の恋愛ものも多く存在していた。
空は思い出す。そのタイトルは八重神子の本殿で、影を待っている時に「暇なら最新刊を読んで感想が欲しい」と、お願いされた時に読んだものであったコトを。
内容は男性同士のかなり生々しい描写がある異世界ものだった。一部の若い婦女子達に人気のシリーズなのだと、八重神子と影に強く教えてもらった記憶がある。
「蠱毒、それ読んじゃったの?」
「うむ、帝君が読んでみろと言うなら、俺らは何にしろ逆らえねぇ…」
「はあ…。」
疲れた溜息は、魈のものである。心底げんなりしてる顔だった。
「その、個人的に聞きてぇんだけど。これが娯楽小説ってのは判るんだが、凡人の雄同士でもこういう本を見て頼んしむもんなのか?実際に、交尾の時はこういう本を参考にしてんのか??」
こてりと、首を傾げて蠱毒が疑問を口にする。空は眉間にシワを寄せてどう説明すべきか考えてしまう。
──胡桃、なんてことしてくれたんだ!!──
覚悟を決め、空は姿勢を正すと蠱毒に向き合った。その表情は真剣である。一呼吸すると、ぐっ。と、両手の拳を握りしめた。
「蠱毒。コレは娯楽本の中の一つのジャンルだから参考にはならないんだ…。いくら鍾離先生が止めなかったとしても…ダメ。胡桃から貰ったやつは、特に特殊過ぎるから、…存在しないフィクションだと思って!」
「え、あ、ぉ、おう?いや。やっぱそうだよな?
特殊っていうか、俺ぁ…、てっきり凡人の秘め事みたいな、公共の場に出せねぇ、そう言う専門的分野の本も娯楽本として、出回ってんのかと思っちまったよ」
彼等が君主とまで崇める絶対的な神、岩王帝君。そんな彼に、「これは役に立つから読んでみなさい。」なんて言われて信じない者が何処にいるだろうか。
多分、蠱毒が先じゃなければ魈が混乱しながら同じ間違いを信じていたかも知れない。そう思うと空は、凡人になった先生は、自分の部下への冗談も楽しみ過ぎなんじゃないかな??と疑問を抱かざるおえなかった。
「そういえば、魈はこの本見ちゃった?」
先程から黙っていたが魈が、蠱毒が袖から取り出した薄い本を、さっ。と、奪う。完全に無の表情でパラパラと文字を目で追っていくのを、隣で居た空は真剣な面持ちで観ていた。
時折、魈の鋭いひし形の瞳孔がキューっと細くなる。
その隣で、自分が読んだ本なので内容について黙っていることが我慢できなくなった蠱毒が、ここの単語が気になった─。─そのページの◯◯◯って表現が知りたい。などと、暫し真面目な感想と疑問を魈と2人で話していた。
この本の作者が、こんな絶世の美少年に自分の書いたいかがわしい本を見られてるって知ったら恥ずか死ぬんじゃないだろうか。作者も読者も想像もしてないだろうな。とは、口に出さなかった自分を空は心の中で褒めてあげた。
最後まで読み終え、ごほん!と咳いをすると、薄い本を静かに空に手渡した。
表情は変わらないが、顔色が悪い所をみると魈には大分いただけなかったようである。
「凡人と言うのはよく分からんな」
ため息混じりに吐き出された魈の言葉を、考え深い顔で蠱毒が黙って聞いていた。
「凡人が全て同じ本を読んでる見たいな解釈された気がする……」
────
おまけ
「はっ!はっ!はっ!!!」
盛大な声で笑い、腹を抱えて笑う岩王帝君を目の当たりにして魈は人生で初めて豆鉄砲をくらった鳩のような顔になっていた。
「ちょっと先生!笑いすぎだよ!!」
冒険者協会に依頼を報告した足で往生堂へ来た3人を出迎えたのは、堂主の代わりに留守番を頼まれた鍾離であった。
立ち話もなんだからと応接室へ通され鍾離のオススメの茶葉でもてなされている。
何気ない会話から今日の話になった。故有って胡桃から押し付けられた本を3人で返却しに来たと話したことで、笑いを我慢できなくなってしまった鍾離であった。
「いや、すまない。ふっ、⋯凡人の生活に詳しい、蠱毒、⋯くくく、で、あれば気づくと、思ったのだが⋯まさかこのような結果になるとは⋯っ⋯くく⋯」
「はぁ、鍾離殿も人が悪い。当然のように勧めるものですから、コレがそういう凡人の趣向なのかと考えちまったじゃないですか…」
「俺がどれだけ説明するのに勇気を振り絞ったのか考えて欲しいよ…」
一応、元雇い主の岩王帝君の前では敬語を頑張っている蠱毒とは裏腹に、いまだこの話の何処が笑うトコロなのか理解が追いつかず真剣に考える魈であった。