1:其の者殺傷を好まず1プロローグ
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蠱毒と初めて言葉を交わしたのは数百、いやもう数千年以上も前に遡るだろうか。
まだ、我が魔神に意識を囚われる前のことだと記憶している。
さて、本題に入ろう。
我ら夜叉は其々に縄張りがあり、その中で群れて暮らすものもあれば、単独で生きるものも存在する種だ。
その頭数は決して多くはない。
元々が山に住む獣であるが故に、荒事や殺傷を好み己の欲を隠すことなどない生き様だったと思う。
我はその内の幾つかの縄張りを転々としており、気が向けば顔を出していた。その行いに特に意味は無かったように思う。ただ何となく。時間を持て余していたとも言うだろう。
その中でも殺傷をあまり好まず、荒事もなるべくなら避けて通りたいと願う、温和な性格の者たちが集まり作った小さな集落のようなものもあった。
後から聞いたが、蠱毒はこの集落で生まれ育ったようだった。
其の者殺傷を好まず
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ある日、夜叉の縄張りに流れてきた噂話はこうだった。
小さいのに力試しを挑んでくる毒蛇が居る、と。我の耳に届いたのは、美麗に脚色されたかのような一部分だったが。
──夜叉達の群れのど真ん中に仙人が現れた。その小さな体躯で横暴な素振り、小賢しくも腕っぷしの強い奴らを呼びつけ、片っ端から力でねじ伏せていくようだ。─
その者は1つのところに滞在せず、勝敗が着けば次の群れを探しに居なくなってしまう。──
確かその様な言い回しだったように思う。
自分も若く、常に己の技量を試す機会を望んでいた。故に、その面白そうな噂を頼りに、我は毒蛇を探しに出ることにした。
しかし、探せども後の祭りのように終わった後であったり、絵空事を並べ立てる弱者の戯言であったりと、一向に掴めぬ尻尾のように、噂だけが出回って空回りする日々が続いていた。その道中、手練れだという者たちと手合わせする事が出来た。長旅の中で、幸いにも胸踊る出来事でもあった。
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毒蛇の噂を追ってはや数カ月。毎度、そやつが現れるわけではなく、数週間から数カ月に一度だけ、北から南までの何処かの夜叉の群れに現れる。
その都度、その群れの中で1番力のある者、または複数と一度に手合わせするのだというのだから、アレも気まぐれにも程がある。
噂を頼りに、律儀にも探していた己にも呆れてしまうが⋯。当時の我は、それだけ自分の力に自惚れていたとも言えよう。
奴を探し、あちこちへいくのも飽きてきて2年ほど経った頃、温和な夜叉や魔人達が住まう小さな集落にたどり着いた。そこでは、皆が知恵を出し合い、助け合ってその日を暮らしていた。
我がその土地に脚を踏み入れても、住まうものが穏やかに出迎えてくれたのを覚えている。
夜の帷が落ちた集落の外で、大きな地鳴りが起こった。しかし、集落のものは誰一人として気にした様子もなく過ごしていることから、気になった我は音のした森林へ出向いた。
そして我は、蠱毒に出会った。
小柄な体躯で己の身の丈よりも数倍はある妖魔を、大剣で薙ぎ払うその姿は、今でも記憶に残るほど驚嘆したものだ。
「なんだ?見慣れねぇ顔だが…」
「我は…、金鳳大将と言う。お前何者だ?」
「俺ぁ、蠱毒って名がある。そうか、金鳳…と言うのか。東の夜叉の噂は聞いてる。しかし、噂より随分と若造だったとは意外だな」
若造と言われたことに関しては、その時の我は気に止めはしなかった。
背丈も己より随分と華奢で、とろりとした眠そうな顔も随分と若く見える。
その様な軟弱な見てくれの奴が、あの妖魔を事もなげに屠っていた事に夢中になっていた。ようやく毒蛇に出会え、力比べが出来る事への歓喜の気持ちが大きかったと言えよう。
「お前が、夜叉の群れを荒らす毒蛇という奴だな?」
「んん?ってえと、敵討ちにでも来た夜叉か?悪ぃが、帰れ帰れ。俺ぁ、今この集落の周辺を掃除するのが役目なんだ。お前の様なヒヨッコに構ってられん」
「なッ!我を愚弄するか!!」
「ガキは寝てろ」
「⋯!!!!」
そう言ってその場から姿を消した毒蛇に、呆気に取られたのは言うまでもない。
生まれて始めて屈辱的な言葉を向けられた我は、口惜しい気持ちが先走り、なんとしてでも奴をねじ伏せる為に蠱毒を探し初めた。
己が本気を出せば、勝てぬ訳が無い。当時の我は見てくれで相手を判断する愚か者であったし、己の力を過信してやまなかった。
─若かりし我は、本当に無知だった。己の力に自惚れた阿呆であったと認めよう。─