4.変わらぬ間柄地脈異常
───────
何時もと変わらず二手に分かれて、街に災いをもたらさんとする妖魔達を屠っていく。
その日、魈は萩花洲を、蠱毒は奥蔵山を中心として己の持ち場としていた。何時もならすんなりと終わるものだったが、この日は地脈の異常が妖魔たちの動きを活発にしており、難攻を極めていた。
時は夕餉の時間を過ぎ、赤から紺色の帷が降りてくるころ。不穏な気配を感じて、魈はその発生源の近くへ到着した。
望舒旅館の屋根上から、気配を探る。そう離れていない場所で、闘う音と複数の人影を見つけた。
相手は獣域ハウンド数体。その姿はアビスの毒を彷彿とさせる禍々しいオーラを纏っており、巨大な犬に酷似しいている魔獣だ。
その場所には、7人程の千岩軍が見えた。個々に闘う3人が其々に獣域ハウンドに対応しているが、歴然とした力の差で押されていた。残り数名は怪我をしているのか、血溜まりにうずくまり動けないでいる。
その中心。怪我をした凡人を後ろに庇いながら、自分の身の丈より何倍も大きな獲物に向かっていく、その小柄な人物の顔が魈の目に留まる。
────────
「そんな爪で俺ぁ、殺れやしねぇぞ。駄犬どもが!!」
「仙人様!」
「俺ぁいいから、誰かさっさと死にかけてる仲間ぁ、連れて引け!!これ以上は時間稼ぎ出来ねぇ!!!」
魔獣達を一人で撹乱しながら、鉄扇で爪を弾く。複数体で統制の取れた狩りをする魔獣達を相手に、蠱毒の身体は見て判る程に傷だらけでボロボロだった。
恐らく、降魔が終わった脚でそのまま魔獣に襲われる凡人達を見つけ、交戦状態に入ったのだろうと推測できる。
その証拠に、何体かの小型の魔獣の残骸がその脚もとに散らばっていた。
雷を纏った爪が、蠱毒の横を掠めて振り落ろされる。
黒いドロリとした泥が、千岩軍の足元に伸びるが、寸前で蠱毒の鉄扇が素早く地面ごとえぐり取った。
「あの大バカもの…なぜ我を呼ぼうとしないのか…」
たった一人で凡人達を庇いながら応戦する蠱毒と、その後ろで千岩軍の兵士が互いに肩を貸し、距離を取るのを確かめた直後、魈は高く飛翔した。
──ッグルルルル!!!
ガキンッ!!ッバコン!!
─
ギギッ!!
後ろ左斜めから向けられた牙を鉄扇で受け止め、力任せに地面に叩きつける。
反動を活かして、くるりと上に飛び上がると、正面から襲ってきた大型の魔獣の横っ面を右足で蹴り飛ばした。
衝撃に、ギギッと義足の軋んだ音がなる。
それでも牙を剥き出して向かってくる大きな魔獣の爪を、2つの鉄扇で弾き返そうと構える。しかし、真後ろから倒しきれていない小型の2体が蠱毒めがけて襲いかかってきた。
─ガァアアアッ!!!
「…くそが!!」
3対の鋭い牙と爪が細い身体を砕かんとする刹那、蠱毒の身体がきえた。何も無い空間に食らいついた魔獣の牙と、禍々しい爪が地面を深く抉った雑音が、耳障りな音をたてた次の瞬間─
「靖妖儺舞!!」
黒を纏った翡翠色が、叫びながら切り刻む風と共に降ってくる。幾重にも重なる槍と、風の元素が混じり合い、鋭い刃物となって獣域ハウンドに降り注いだ。
切り裂く槍が大地を削り、妖魔達の体力を削りとる。
一瞬の後に、素早く動く魔獣達の動きが縫い止められその身が削られていく。しかしまだ終わってはいない。
再び赤黒い牙をむき出しにして、新たに登場した獲物に襲いかかろうと体をひねり、無数の槍から抜け出そうともがく。
「蠱毒!彼奴らが動かぬうちに刻め!!」
「俺の奥義は痛ぇから覚悟しろよ!!」
魔獣を撒き、軽い体重を活かして空中へと逃れていた蠱毒が着地する。そのまま自重に鉄扇の重さを合わせて、魔獣めがけて弾丸の様に飛び出した。
敵を食い止める槍の近くまで来ると、扇を広げ力技で回転してそのまま上に飛翔する。
ギャギャギャギャ!!と切り刻む音が止み、バラバラと黒い何かが落ちてくる。
少し離れた場所に音もなく降り立った蠱毒に魈が声をかけた。
「終わったな」
「終わった」
「…!!仙人様、申し訳ありません!ご無事でしょうか!!?」
「あー、無事っちゃ無事だな。んでよぉ、怪我人は、お前ら凡人に頼みてえが構わねぇよな?」
「は、はい!!我ら千岩軍にお任せください!」
そう言い残して、兵士たちが其々感謝の言葉を蠱毒と魈に述べて、引き上げていく。地脈の異常から湧き出た魔獣も片付き、兵士たちも無事に逃げ切れたのを目視で確認すると、2人は顔を見合わせた。
周りに誰もいないことを確認してから、蠱毒は帯から退魔の札を取り出し、指で小さく印を組む。
獣域ハウンドが散らばって、ざわざわと蠢く地脈に螺旋をえがきながら複数枚の退魔の札が地べたに張り付いていく。
鋭い風がその一角だけ吹き荒れたあと、地脈のざわめきと木々の不幸和音が静止した。
うんうん。と納得して、蠱毒は出血でふらつく足を何とか地面に踏み留め、手を貸してくれた相棒に礼を言おうと振り向く。
「はあ疲れた〜!……魈、助かっ…、た?」
「蠱毒!!」
「⋯。」
ふらりと足の力が抜けて、尻もちを付いてしまった。そんな己に情けなくて、溜息がでる。五体満足であればこの様な事は無かったが、今の蠱毒には従来の1/3の体力も怪しい。
「はは、情けねぇ。血ぃ、流し過ぎちまったかな。」
いつもは、白から毛先にかけてグレーに染まる綺麗な髪の毛も、今は妖魔と自分の血で黒く染まりドロドロになっている。何とも照れくさそうに笑う顔は、遠い昔に蠱毒と初めて出逢った頃を魈に思い起こさせた。
過去は過去だがその時から
──────
望舒旅館の一室。
薄暗い室内に煎じ薬のツンとした香りと、消毒液の匂いが立ち込める。蠱毒の背中の大きな傷口に、サラシを巻き終えると、ベットの傍らにあるテーブルの上の煎じ薬をカップに注ぎ、魈は蠱毒に手渡した。
傷の手当がてら2人は昔話をしていた。
ここ最近は、妖魔を屠る役目の合間に、お互いに話す事が増えた。
それは取り留めのない話でもあれば、今は懐かしい昔の話でもあり、遠い未来の話もあった。だいたいは蠱毒から話を振って、魈が相槌を打つというものだ。
ぽつりぽつりとではあるが、2人にとって気を許せる時間のコミュニケーションと言える。
この日は魈が思い出話を振り、珍しく饒舌だった。
「昔の我は、無知で阿呆だった。己の力に溺れ油断したあげくお前に敗北した。故に、お前を深く知ったいま、己の稚拙さに消沈している。」
「…そんな痛み入るみたいな沈痛な表情されてもなー。要約して、こんな脳筋に負けたのが残念でならん。って顔に書いてあんの丸わかりすぎるだろ…」
「蠱毒のくせに良くわかったな。褒めてやろう」
「ッチ!いけ好かねえのは顔だけにしろ…」
出逢った頃と何一つ変わらぬ魈の顔に文句を言うと、苦々しい緑色の仙薬を一気に飲み干した。
と言っても、味覚がほぼ無いので味の賛否は解らない。
舌先が2つに分かれた舌がぺろりと口元の残りをなめ取るのをぼんやり見ていた魈は、
「相変わらず短いな」
と溢してしまった。
珍しく、カッ!と眼をつり上げて、蠱毒が早口でまくし立ててくる。逆に、その事を楽しむように魈はのんびり返答していった。
「……は???おま、人様のベロに文句つけんのか??この身体になってから気付いたし、人間の身体のはそう簡単に変えようがねえの判るか???」
「ああ、すまぬ。お前は全て短いのであったか」
「ーーー!おまっ!!!!」
怪我の事も忘れてベッドから起き上がると、蠱毒は魈に掴みかかった。昔から変わらぬこの無遠慮なやり取りが心地よく、己の相方が動ける程度に無事なことに魈は安堵した。