――目を覚まし、地面に横たわっていた身体を起こすなり響くような頭痛と気分の悪さに襲われた。
痛みを抑えるように額に手を当てながら辺りを見渡す。
近くに水路でもあるのか、湿った空気で満たされた石造りでできた壁に覆われた空間。
目の前には中に入った者を捕えているかのように壁に埋め込まれた檻がある。
どうやらその『捕らわれている者』というものが自分だということをギルガメッシュは理解した。
「目を覚ましたな」
「………」
地下牢らしく短い言葉でも反響する男の声。
その反響が頭にも鐘のように響く不快感に眉間に皺を寄せながら、面を上げる。
檻の外側に立つ、武装した人型生命体の兵士が一人こちらを見下ろしていた。
この男の顔には見覚えがある。
「…貴様、我らがこの街に足を踏み入れた時から付け回っていた輩の一人だな」
「……気づいていたか。なるほど、あの一瞥は確かに我らを見ていたな」
「生憎、そういうものには敏いように出来ているのでな」
「フッ。薬が含まれた酒に口をつけた間抜けが何を言う」
「…………なるほど。そういうことか」
意識が覚醒してきた事で、ようやく記憶が蘇ってきた。
目の前の男を含めた複数の男達からの視線を浴びながらも見つけた宿屋で、ルームサービスとして提供されたドリンク。
まだ子供と見られたのであろう契約者と自分でそれぞれ違うものが渡された。彼女が果実水、自分は酒だった。
人類未踏の地であるこの星で作られた未知の味わいに互いに気が緩み、気づけば飲み干していた。
それからの記憶が途切れ、目覚めたら今に至っているというわけだ。
「それで、貴様らはあの雑種に何をするつもりだ。何処にいる?」
「『雑種』…?ああ、連れの娘のことか。…彼女ならば我らが王――アストラ様の元に送り届けた」
「…ほう?あの女にそのアストラ王とやらの眼鏡に適う価値があるようには見えんが」
「彼女は人間だろう。この星で人型ならばともかく人類という存在は非常に稀なのだ。幻の存在と言っても過言ではない。王は大層彼女をお気に召した」
「……奴自身ではなく、人間としての奴に興味があると?」
「王は多様な嗜好の持ち主である。幻の存在である人類を前にして、冷静であられる方が無理であろう。
…仮にあの娘が使い物にならなくなった場合のことを考え、同じ人間であるお前も共に確保した」
「…そうか」
…視線には最初から気づいていた。だから視線に視線で返して牽制はした。
それをこの者共は気づいていた。気づいていながら、実行した。
つまりはそう、
「――――それが、貴様らの『答え』というわけだな」
…その瞬間、英雄王の赤い双眸から、あらゆる感情が消えた。
ギルガメッシュはぬるりと立ち上がり、檻越しで兵士と向かい合う形で檻の前に立つ。
右手を開く、握るを繰り返し、身体が思い通りに動くことを確認して、腰を捻りながら握りこぶしを後ろに下げた。
兵士は完全に油断している。何せ相手は檻の中。そのうえ武器と思われる持ち物など一つも持っていなかった。
そんな男に何ができる。この檻を殴った程度では己の拳を傷つけるだけだと。
…しかし、兵士は知らなかった。
目の前にいる男が、同じ人間でも、人間ではあらず、彼らの理解の外側にいる存在であることを――
ギルガメッシュの拳が檻に向かって撃ち抜かれる。
その瞬間、
「な――」
檻が埋め込まれた石造りの壁ごと砕かれ、重い檻は兵士の方へと倒れてくる。
兵士は檻から逃れるために地面に転がり避け、同時に檻が地面に倒れた。大きな音と揺れが地下牢に響き渡る。
記録にある人類にここまでの力があるなんて聞いてない。
恐怖に完全に腰が抜けて立ち上がれない兵士に追い打ちをかけるように、倒れた檻を踏みつけながらギルガメッシュは自分が居た牢屋から足を踏み出した。
「ひ…ひぃ…!」
兵士は震える足になんとか鞭打って立ち上がり、生まれたての小鹿のごとき足取りでその場から逃げようとギルガメッシュに背を向ける。
それが唯一にして最大の誤算だった。その瞬間、兵士の身体を無数の武器が全身にかけて貫いた。
何が起こったのか理解する前に、自分の身体を貫いた武器の群れは金色の砂塵と消え、至る所に穴が開いた血だらけの自分の身体だけが残る。
「あ…が……がぼ…」
「…ほう。こうして知る機会が来ることはないだろうと思っていたが…地球から遠く離れたかような星でも、人の形をしているものの体内に流れる血はやはり赤いのだな」
血の泡を口から出しながら、痙攣を始める兵士。
その頭を鷲塚むようにしてギルガメッシュは持ち上げて、その身体を勢いよく壁に押し付けた。
「ぎ―――――」
壁に大きな凹みを作るほどのヒビの中心で、潰れた身体から更に血が噴き出す。
もはや兵士は虫の息だった。
「ようやく薬の効力が切れて諸々の不快感が収まってきた。……おい、まだ死ぬのは早いぞ雑兵。あえて生かしたのだ。その責務を全うせよ」
「ぁ……が…」
「答えろ。その王とやらは何処に居る。元よりここは何処だ。同じ場所か?まあ同じ場所であろうな。代用として我まで連れて来られたのだからな」
ぐりぐりと、兵士の頭を掴む手は左右に動き、動くたびに壁に押し付けられる力は増していく。
「無駄死にするのが嫌ならば大人しく口を割った方がよいのではないのか?」
「お…の…ばしょ……しろ……さいじょ…か…」
「……城の最上階か。ふむ、我がジグラットと同じ構造というわけだな。王たるものは総じて高みにいてこそ本懐よな。…まあ構造は大いに違うだろうが」
「……た………たす…け…」
「貴様から出せる情報はこれくらいか。……用済みだ。疾く死ね」
ギルガメッシュは兵士の頭を掴む手に力を込めて、そのまま兵士の頭を握り潰した。
兵士だったものの頭から飛び散った赤は、彼の綺麗な顔に容赦なく降り注ぐ。
それに不快感も示さず、ゴミを払うように兵士だった者の身体を横に捨てた。
「…さて。ここが王がいる城ならば、今の音で他の兵士共が駆け込んでくるところだが――」
案の定、上の方からドタバタと大量の足音が聞こえる。
…よくある物語であれば、慌てるところだが生憎ギルガメッシュはそれと最も無縁の世界にいる。
――すぐ物言わぬ肉塊になるもの達に、怯える必要など、一つもありはしないのだから。