熱出しギな金女主(ちょっとメソポタもある)「おーい、ギルー?」
私が朝食を作って、それを二人で食べて、一日が始まるはずの、いつもの朝になるはずだったその日。
いつものように朝ごはんを作る音に目が覚めて起きてくるはずのギルガメッシュがいつまで経っても起きてこないというイレギュラーが発生した。
まあ昨日は降り立ったばかりであるこの星の散策をずっとしていたから、サーヴァントといえども疲れていたのかもしれない。
もう一度様子を見に行って、まだ起きる気配がないようなら先に一人で食べてしまおう。
そう思って、ギルが居る寝室に足を踏み入れて今に至っている。
「朝ごはんできたんだけど」
声をかけても返事はない。
ギルガメッシュはこちらに背を向ける形で寝ている。
ベッドに近寄ってみて、その姿を見下ろす。…見下ろして、そこでようやく違和感に気づいた。
前髪で表情は隠れて見えないが、頬は赤く、汗が伝っている。
よく耳をすませば、寝息だと思っていた呼吸も少し荒いように見える。
「…まさか」
そんなはずがない。だって、あまりにも結びつかない。それにサーヴァントなんだぞ?などと、現実を受け入れたがらない頭の中の考えを振りきって、前髪をかき上げるようにその額に手を当てた。
「あっ、つ…!」
想像以上に熱い。間違いなく発熱している。
私が髪をかき分けて額に手を当てたことで顕になった彼の顔は眉根を寄せて苦しそうにしていた。
サーヴァントが病気になるなんてことはない。だとしたら、それは何かダメージを負ったか魔力供給のトラブルの二つしか原因なんて──
「ごめん、ギル。起きてる?意識はある?」
「────────」
話しかけると、ギルガメッシュは返事こそしないもののゆっくりと熱で潤んだ赤い瞳をこちらに向けた。
良かった。意思疎通はできそうだ。
台所から急いで水を浸したタオルを持って、寝る体勢を仰向けに直してくれた彼の額に乗せる。
冷たいのが心地良いらしく、表情を和らげて深い息を吐いた。
「……どうやら…昨日の散策で毒性のウイルスを貰ったらしいな…」
「え…ウイルス…?いつ?」
「昨日、不遜にも我の腕を切りつけたエネミーが居ただろう。…彼奴だ」
確かに昨日の散策で、後ろから飛びかかってきたエネミーが一体だけ居た。
あの時は、咄嗟に腕を出して私を庇ってくれたギルが軽い傷を負っただけで終わったはずだった。(勿論その後めちゃくちゃ怒られたが)
その傷から毒が入って今に至るのだとしたら、それは…私のせいになるのではないのか。
「…言っておくが、この旅に限らず我らがサーヴァントとマスターである以上、お前が死ねばそれで我諸共終わりだが、SE.RA.PHではない此処は我のみが消えてもお前は残る。
我が傷を負う分には貴様が回復に徹すればいいだけでなんの支障もない。昨日のアレはそれを天秤にかけただけのこと。…そのような不細工な顔をするものではないぞ」
「…………でも、私は隣にギルが居ないまま旅をするなんて嫌だ」
「ならば、今回のことをマスターとして今後の教訓とするしかあるまいよ。起こったことはもう変えられぬ。そう思うのならば、これからはどのような場面であれ気を抜くな」
「……………………」
ふう、と疲れたように大きく息を吐くギルガメッシュ。彼の言い分は、反論の余地を挟む隙がない最もな内容だった。
……そうだ、悔やんだところで彼の毒が無くなるわけではない。
マスターの不手際でサーヴァントが傷ついて床に伏せているなら、マスターがやることは一つしかない。
「それ、解毒とかそういうのいるの?」
「……そこまで重いものでもない。大人しく寝ていれば自然に消える程度のものだ」
「本当に?強がってない?」
「嘘をついてどうする」
ジト目で返してくるギルガメッシュの姿を見て少し安堵する。
苦しそうな彼の顔を見た時は色んな悪い想像が頭の中を駆け巡ってしまったけれど、会話もできているし、発熱だけで済むのなら安心だ。
「じゃあ看病するためのもの、色々買って来ないと」
「……ならば、同行する」
「え」
重々しく身体を起こして、フラフラとした動作でベッドから下りようとしているギルガメッシュ。
そんな彼の肩を掴む形で、私は慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと!何してるの!寝てなきゃダメじゃないか!」
「外に出るのであろう。貴様一人で外に向かわせるわけにはいくものか」
「い、いくものかって……」
肩を掴む手に伝わるギルの体温は、服越しだというのにとても熱い。
それに、身体を起こしただけだというのに肩で息をしている。そんな身体で外に出かけようなんて無茶にも程がある。
「連れて行けるわけないでしょ!?ギルは寝てて!」
「たわけが、何が起こるか分からぬ場所に、お前は己が身を守る武器すら持たず一人で乗り込むつもりか」
「それは…」
「貴様の記憶喪失癖は今しがた聞いたことすらすぐ忘れる鳥並なのか」
「──────」
ようやく彼の言いたいことを理解する。
確かに今私が一人で買い物に出て、何も起こらないとは限らない。
そうなった時に──いや、そもそも普段外を歩く時はいつも隣にギルガメッシュが居たのだ。
だから、何かが起こっても真っ先に彼が察してなんとかしてくれていた。
私一人で外に行ってはそれができなくなる。それに今さっき私が死んではギルも一緒に消えてしまうと言われたばかりだ。
だから彼は、私を一人で外に向かわせるわけにないかないと、弱った身体に鞭打とうとしているのだ。
「…ごめん、言われたそばから考えなしだった」
ギルガメッシュの身体を押し戻す。
いつもは私が全体重を掛けて押しても微動だにしない上に馬鹿にしたように高笑いまでするくせに、あっさりとベッドに身体が倒れた。
「必要なものは通販で買うよ。ギルが元気になるまで外には行かない。だから、お願いだから無理しないでゆっくり休んで」
「……………………」
ギルガメッシュは疲れたように目を瞑って、また深く息を吐いた。
もしかしたら安堵してくれたのかもしれない。
「…分かったのならば、いい」
「今から頼めば昼頃には着くかな。何か欲しいものある?」
「任せる」
「うん、分かった」
とりあえず無難に即日スピード配達を売りにしている通販サイトを開いて、熱冷ましのシートと食材をいくつか買って注文。
予想通り到着予定時刻は昼になるようだった。
〇 〇
それから数時間後に頼んでいたものが届いた。すぐに箱から熱冷ましのシートを取り出して、ギルの額に貼る。
濡れたタオルよりは冷たさが強くて持続するものなので心地よさそうだ。
ついでにと買っておいた体温計を使って測ってみると、やはり39度を超えていた。こんなに高熱を出しては流石のギルガメッシュもさぞ辛いだろう。
こうなってしまったのも私の責任なのだから、しっかりと看病しなくては。
「…おい」
と、色々考えていると気だるげに据わった赤い双眸がこちらをじっと見ていた。
呼吸も荒いし、あまり喋る体力もないだろうが、何かを伝えたそうな視線だ。
時間が時間だし、もしやと思ったことを聞いてみる。
「もしかして、お腹減った?」
ゆっくりとした動作でこくりと頷く。どうやら予想は当たっていたようだ。
熱のせいで頭が働かないからか、いつもの偉そうな態度が一切見られないギルは心なしか素直に見える。
「一応食材もいくつか買っておいたから作れるよ。お粥でいい?」
「いい。早く作れ」
「分かった。ちょっと待っててね」
ギルに一声かけて部屋を出て台所へと向かう。
地球から遠く離れたこの星で、地球ではお馴染みの米を煮込んで作るお粥という料理と全く同じものは作れず、全てそれっぽい食材を掛け合わせて作らなければならない。
と言っても、っぽい食材は地球のあらゆる食材とほぼ見た目も味も同じなので、自宅で作る分にはよくあるSFチックな見た目の料理とはあまり縁がない。
野菜に似た野菜と同格の栄養がある食材を細かく切って、米に似た米と同格の何かを一緒に鍋に入れて煮込んで、あっという間に完成。
食べやすいように少しだけ放置して冷ましながら、深く息を吐いた。
「………………」
…情けないな、と思った。
私はいつもギルガメッシュに助けられてばかりだ。さっきもあんな体調でありながら、私を気遣ってくれた。
なのに、逆に私はギルが苦しんでるのにすぐに助けてあげることができない。
私は彼のマスターなのに。…相棒なのに。
と、頭を振って情けない考えを無くす。こんなことを考えてはそれこそ彼に怒られてしまう。
私は私にできることをしよう。
お粥もそれなりに冷めてきたので、お盆に乗せて寝室に戻る。
「…遅いぞ」
「あんまり熱くても食べれないでしょ。冷ましてたんだよ」
「ふん…あまり我を病人扱いするなよ貴様」
言いながら、重い動作で身体を起こす。
相変わらず起きるだけで息を切らしてるくせに、何を言っているんだか。
ベッドの隣に置いた椅子に座って、ギルの顔を見る。そしてギルもまた、赤く火照った顔で私を見ている。
しばらくの沈黙。互いに互いの動向を伺うも、互いに動かない。
それを見兼ねたギルガメッシュは口をへの字にする。
「おい、何している。早く食わせぬか」
「え、いや、なら早く受け取ってくれなきゃ」
「阿呆なのか貴様は。食卓がない寝台でどう食べろというのだ」
「…ええ…?」
彼が言いたいことを察する。
私が察したことを察したギルはいつものように見えて、いつもより覇気がない顔でニヤリと笑ってみせた。
「我が食べるのではなく貴様が食わせるのだ。それこそ看病シチュエーションの醍醐味よ」
「シチュエーションって…」
辛そうだと思って心配したけど、この人案外元気なのかもしれない。
しかし、確かに置く場所がないベッドの上で自分で食べろと言うのは酷かもしれない。
「…分かったよ。はい、あ──────」
観念してレンゲにお粥をよそって、彼の口先に差し出したところで固まる。
無意識に、「はい、あーん」というテンプレのような掛け声を口にしかけてしまった…。
「(何言ってるんだ私は…)」
少し赤くなった顔を隠すように俯いていた顔を上げると、それと同時にギルガメッシュはぱくりとそのレンゲを口に入れた。
再び固まる私を他所に、ギルガメッシュはもぐもぐとゆっくりと食べたお粥を咀嚼する。
「……まあ、悪くはないな」
「……………………」
「おい、何を固まっている。早く残りを寄越せ」
「………………はぁ」
なんだか色々と考えてるこっちが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
そうだ。そもそもギルは病人なのだ。そんな人の前で変に意識してるのがそもそもの間違いなのだ。
掛け声程度で照れている場合ではない。
考えを切り替えて、再びレンゲにお粥をよそって差し出すと、ギルはまたぱくりとそれを口に入れた。
「熱くない?」
「調度良い」
「ほら、冷ましてよかったじゃないか」
「ふん」
そうして淡々とレンゲを差し出し口に入れるを繰り返して、いつもより少し時間はかかったけれどギルガメッシュはお粥を完食してくれた。
○ ○
もう何度目になるか分からないギルガメッシュの額や頬に浮かんだ汗を拭う動作を再び行う。
熱が上がってきたのか、荒い呼吸の合間に時折苦しそうな声を漏らす事が増えてきた。
ここまで弱ったギルガメッシュの姿を見るのは初めてだ。苦しむ彼に何も出来ない無力さと、自分の不注意で彼をここまで苦しめてしまっている罪悪感に胸が締め付けられる。
すると、ずっと目を瞑って安静にしていたギルが、ゆっくりと目を開けて熱に浮かれた覇気のない視線をこちらに向けて、じっと見据えた。
「どうしたの?水でも欲しい?」
「……………………いや」
視線を外しながら、うわ言のように口を開く。
「非常に癪な話だが……生前もこうして床に伏せることがよくあった」
「えっ…」
突然とんでもない発言がぶっ込まれてきた。
それは、つまり…要するに、
「ギルって結構病弱だったの…?」
「いや…そうではない。……だが、業腹だが我も半分は人の身体だったのだ、完全無欠とはいくまい。身体を壊しやすいなどではなく、王の仕事というものは絶え間なく押し寄せてくる。
瞬く間に報告内容が掘られた粘土板が人の背丈並に積み重なるくらいにはな」
「凄く忙しかったってこと?」
「そうだ。故に、まあ……根を詰めすぎて、見兼ねた祭祀長にいい加減休めと怒鳴られる日が多々あった」
今のような高熱が出ながらも王として玉座に座る日もあった、とギルガメッシュは語った。
その話を聞いて、熱に魘された身体に無理を強いて買い物に同行しようとしていた先程のギルが頭に過ぎる。
高熱があろうと関係ないという意識が彼にとっての生前からの常識で、病人は大人しく寝ているべきという本来の意識がギルガメッシュには微塵もない。
まあ王としての威厳を保つのために、プライドが高い彼の性格を考えれば仕方ないとは思うが、これでは身体を壊すまで仕事を続けるというのも納得だ。
月の裏側から彼の生前の話を聞かせてもらった時から薄々思っていたが、この人は意外にも傍若無人な暴君でありながら、そのじつ自分に与えられた仕事には真摯に取り組む真面目な人なのだ。
どうやら生前は重度なワーカーホリックと化していたらしい。死因が過労死ではなかった事が奇跡かもしれない。
こんな様子ではその祭祀長という人が怒るのも無理はない。
「そのたびに…こうして貴様のように飼い主を待つ犬の如く寝台の傍らに座って離れなかった奴が居たなと思ったのだ」
そう、懐かしむように薄く笑って目を瞑る。誰のことかは言わないし聞かなかった。
ただ私の姿に友の姿を重ねたのだろうな、というのはなんとなく察せた。
「お見舞い、来てくれてたんだね」
「全身を返り血で染めたまま仕留めた魔獣の死体を抱えながら来た日は悪夢でも見ているかと思ったがな」
「病人にお肉は厳しいな」
「それに…よく、歌を聞かされた」
「歌?」
「音程はバラバラで曲調も思いつきで不安定。歌と捉えるには酷すぎるものだ。正直新手の拷問かと思ったが…それを聞くと不思議とよく眠れた」
微笑ましい話に、つい口元が緩んでしまう。
話は終わったらしくギルは口を閉ざす。しかし視線はずっとこちらを向いている。まるで何かを待つように。
その視線の意味に一つの予想が浮上して、綻んでいた顔が冷めていく。
「…………もしかして、私に歌えって言いたいの?」
「理解が早いではないか」
にやりと笑われる。
「そ、そんなほっこりエピソードという名の高すぎるハードルを見せつけられて、私がそれを超せると思ってるの?!」
「たわけが。貴様ごとき雑種には一億年早いわ。身の程を知れ」
「じゃ、じゃあ…」
「しかしお前は声が良く通り耳に心地良いのが唯一の取り柄だ。同じ歌もどきでも多少はマシであろうよ」
「ううー…」
歌は嫌いではないが、私はエリザベートのように堂々と人前で歌うような趣味はない。
まして聞かせる相手が相手だ。まともに歌ったことが無いからわからないけど、凄く音痴な可能性だってある。
正直、とても嫌だが…今回に限って私に反抗できる権利はない。…嫌だけど。恥ずかしいけど。
「多分そんなに上手には歌えないよ。でも下手とか言わないでよね。そっちが言い出したんだからな」
「駄竜並でなければよいわ」
「それはそれで酷い言い分だ…」
しかし、歌えと言われてもこれと言った曲がなければ歌えない。
どうしたものか────と、考えたところでふと頭に『その』メロディーが流れて、自然とそれと同じものを口ずさんだ。
この歌をどこで聞いたかは覚えてないけれど、どこか私の覚えてない遠い記憶。
疲れた身体を休めながら子守歌のように誰かが歌ってくれていたそれを、ずっと聞いていたような。そんな気がしたから。
〇 〇
…ふと、随分と長い間歌い込んでしまったことに気付く。
ずっとギルガメッシュに視線を合わせないようにしていたので、どんな顔をしているものかと怖いもの見たさで窺がってみると、ギルは目を閉じて寝息を立てていた。
「…ギル?」
呼んでみても返事はない。
浅いが穏やかな呼吸の声が聞こえるだけ。寝たふりをしている様子もない。
「…良かった」
どうやら、私の歌でも彼は眠ってくれたらしい。
さっきまでに比べたら表情も安らかになっている。熱が下がってきているのかもしれない。
起こさないように乱れた布団をかけ直して、また椅子に座って窓から見える空を見る。
明日になったら熱も引いて元気になったギルガメッシュに振り回される毎日が戻って来る。
それもそれで大変だし疲れるんだけど、やっぱりそれが一番良い。
かつて、同じようにこうして眠る友をそばで見守り続けた『あの人』も、再び一緒に広い大地を駆け回る日を心待ちにしながら、空を見上げていたに違いないだろうから。
─────ちなみに
「元より期待など微塵もしていなかったが、駄竜並ではないとはいえ真に世辞でも決して上手とは言えぬ有様とは恐れ入ったぞ」
「聞きながらあんなにぐっすり寝ておいて偉そうだな本当に!!」
熱も引いてすっかり元気になった彼の開口一番の発言がこれだった。