その少年は物言わぬ人形を愛す僕の母はとても美しい人だった。腰まで届く薔薇色の髪にサファイアを閉じ込めたような煌めく瞳、白陶器のような透き通った綺麗な肌。数多くの男が母を奪い合ったと言う。僕はそんな母が大好きだった。
けれど母は僕のことが嫌いだった。僕の顔は母親には全く似ておらず、受け継いだものといえばこの美しい薔薇色の髪のみだ。
「貴方の醜い顔を見てるとあいつを思い出す」
が母の口癖であった。
どうやら僕は父にそっくりな顔をしているらしい。
その父というのは昔母を無理矢理孕ませた暴漢なのだが。
この天界では、生命を尊重するという理由で妊娠したならば必ず産まなければならないという決まりがある。そのせいで望んでいなかった生命を産み落してしまったのだ。
けれど僕は、どれだけ虐げられようと、母が大好きだった。母に愛されたかった。
だから僕は、自分で自分の顔を焼いた。
この醜い顔が憎かった。せめて美醜の判別がつかないほどに焼け爛れて仕舞えばいい、そう思った。自分自身を呪ったその火傷跡は、何をしても消えなかった。そんな僕を、母は一瞥すると
「気持ち悪い」
そう吐き捨てた。
僕が学園に通うようになると、母が仮面をプレゼントしてくれた。
「私の子がこんなに醜いなんて、知られたくないのよ」
と言っていたが、僕からしたら母から初めてのプレゼント。とても嬉しかった。
仮面をつけた僕は学園で人気者になった。元々勉強はできる方だったし、運動神経だって悪くなかった。そして何よりも、炎属性の力の扱いがとても得意だった。教師をも凌ぐ実力を僕は持っていた。しかし皆口を揃えて「仮面を外して見せて」と強請るのだ。
僕はそのたびに何かと理由をつけては断っていた。絶対に知られてはいけない、と幼いながら必死であった。
勉強だって運動だって神力だって、いつでもトップに立てるように努力してきた。それしか僕には価値がないと思っていた。家に帰って母に報告しても、母は何も言ってくれなかった。もっともっと頑張って、頂点に立ち続ければいつかは褒めてくれると信じていた。
けれど、それは叶わぬ願いとなった。
途中から入学してきたギレスというやつが全て掻っ攫っていったのだ。
彼は正に天才と呼ぶに相応しかった。授業には全く出ていないのにいつだってテストでは満点、一度走れば周りを大きく引き離してゴールに到着。天使には習得不可能と言われてきた技術を最も容易く扱う。
そして何より、美しかった。薄緑のサラサラした髪に、切れ長の瞳。彫刻のように寸分違わず整えられたその顔は、もはや芸術作品であった。
トップの座は彼に全て奪われた。
悔しさももちろんあった。しかし先に来たのは純粋な羨望、尊敬、そんな感情であった。なんとかして仲良くなりたいと思った。
嫉妬に駆られた同級生から嫌がらせを受けているところを助けに入ったりもした。しかし彼は僕を一瞥もせず、読んでいた本に再び視線を落とすだけだった。そんな彼に次第に腹が立ったけれど、美しい顔を見たら何も言えなくなってしまうのだった。
そんな僕にも、好きな子ができた。同じクラスのワストちゃん。金青の髪がふわふわしていて、笑顔が可愛い。エメラルドのような瞳はどこか深く濁っていて、不思議な魅力を放っていた。
僕は彼女に告白することに決めた。見た目なんかよりも、中身の方が大切だと、信じて疑っていなかったから。
放課後、僕は告白を決行した。
「仮面を外して、顔を見せてよ。そしたら考えてあげる」
「大切なのは顔よりも中身だよ。僕は将来性がある、君を幸せにできる」
「それでもやっぱり顔は見たいわ。貴方はキスをする時も仮面越しなのかしら?」
僕は震える手で仮面を外した。大丈夫、大切なのは顔ではないから…
彼女は僕の顔を一瞥するなり
「気持ち悪」
まるでゴミを見るような目で…
「お前みたいな不細工と誰が付き合うんだよ。てか面白いから黙ってたけど、俺男だし。俺に告白するなら一回生まれ直してきてね〜」
嘲笑いながらそう言った。
今まで築いてきた、全てが無駄なものになったとその時感じた。
呆然としながら家に帰った僕が目にしたのもは
真っ赤な美しい血が舞い散った部屋だった。
母の白い肌に赤色の花弁が咲く。
胸に突き立てられたナイフ。
そんな光景は、僕にとって…
今まで見た何よりも美しかった
母のそばに駆け寄る。母は何も言わない。
僕を見て、初めて、悪態をつかなかった。
とても嬉しかった。初めて認められた気がした。
すでに息のない母の体を自分の部屋まで運ぶ。
なんて美しいんだろう。僕を否定しない、母の姿は。
図書館で借りてきた、剥製の本を片手に、必死で作業した。
そして、母の体をそのまま剥製にすることに成功した。
あぁ、これでずっと一緒だ。美しく、物言わぬ人形となった母を僕は抱きしめた。
それからというもの、僕は美しいものを見つけると手に入れたいと思うようになった。美しいものに囲まれていると、自分まで美しくなったような錯覚に陥ることができる。
その対象は、次第に生物すらも含むようになった。
剥製にしてしまえば、誰も何も言わない。僕を否定せずに受け入れてくれる。ただ美しいだけの存在。なんて素晴らしいのだろうか。
しかし、いくら錯覚に陥ったとしても、僕が醜いことは変わらなかった。
そんな人生を変えるため、僕は一つの大きな決断をした。それは、四神への挑戦だ。
四神といえば、全住民の憧れの的。天界の法が適用されず、様々な特権が与えられる特別な存在。めでたく四神になれたのならば、服従を引き換えに、なんでも願いを一つ叶えてもらうことができる。
なんとしてでも、この願い、叶えてみせる
そう思い、死ぬ気で戦った。
僕は他の奴らとは覚悟が違った。
この望みが叶わないのならば、命を絶とうと思っていた。
その覚悟が、僕の魔法を、炎を、より強く、華やかに、そして美しくした。
最後、その場で立っていたのは僕だけだった
その後、僕が願ったのはたった一つ。ずっと心に決めていた。
「僕を、母と同じ顔にしてください」