初めての…(5歳児大和)「お父ちゃん、俺1人で駄菓子屋行きたい」
「え…」
それは、ある日の日曜日。
竜也が昼ごはんに焼きそばを作っている時、突然大和が言ってきた。
1人で駄菓子屋…。
5歳の大和が?
こんな可愛い大和が?
「あかん。車も多いし、危ない」
「なんで?幼稚園のゆうちゃんは行ったて言うてた」
「ゆうちゃんちは、駄菓子屋目の前やねぇか。ウチからは距離あるから止めとき…ご飯食べたら一緒に行ったるから」
「ぷぅ…ほな、行かん」
「大和」
多香子を亡くしてから2人きり。
過保護かもしれないが大和に何かあったらと思うと、普段は比較的好きにさせていた竜也も"うん"とは言えなかった。
何かあったら…大和は、竜也の宝物。
正直、怖かった。
しかし、それから大和はあまり竜也と話をしなかった。焼きそばを食べてからTVを観たり、本を読んだり…その間、竜也はいつもは出来ない掃除や幼稚園の準備がスムーズに出来た訳だが、どんなに寂しくても我儘を言わなかった大和を想うと、さすがに胸が痛かった。
『そんなん、俺がこっそりついて行ったるからやらせてみたらええやろ』
『京…』
『我儘言わへん大和がそう言うんや…あいつなりの想いもあるんやで』
竜也は京之介に電話した。
自分がいない時、毎回大和を見てくれてる京之介の言葉は竜也の胸を突いた。
度胸で負けた事はなかったが、いざ我が子の事になるとこうも弱気になる。親とは難儀な生き物だ。
「わかった、大和。駄菓子屋行ってき」
「!?…お父ちゃん、ええの!?」
「ああ、ええよ。ただし、お小遣いは300円な」
「うん…!!」
一瞬で目がキラキラ。
さっきまで落ち込んでいた顔が、みるみる輝きを増していく。
クソ…可愛い。
竜也は大和を抱き寄せ、無事に帰って来る事を切に願った。
結局、それから高橋へも声をかけ、京之介と2人で大和をこっそり護衛してくれる話となった。
「ええか、大和…誰にでもお礼と挨拶は忘れんな。あと車や自転車には気をつけて…それと…」
「大丈夫や、お父ちゃん。いつも聞いてる」
「せやな笑…ほな、行って来い!お父ちゃん、ずっとここで待っとるから」
「うん!行って来る!!」
小さなリュックを背負い、歩き出す背中がどんなに愛しいか。満面の笑顔で手を振る大和を見つめ、竜也はグッと唇を噛みしめる。
感極まるな…感動するのはまだ早い。
「京、高橋…頼むわ」
「任せとけ。絶対に守ったる」
「お任せ下さい」
そうして3人を送り出した後、竜也は約束通りアパートの前で大和の帰りを待っていた。
まだ何も見えない道路の先、それをひたすら眺める気持ちは本当に苦しかった。
早く会いたい…早く無事を確認したい。
1分1秒が何十時間かのように思えた。
そんな時だった…。
「あ…」
ほんのわずか…送り出して1時間程した頃、道の先の先に小さな頭が見え始めた。
「大和っ!!」
「お父ちゃん!!」
泣きそうだった。
嬉しそうに手を挙げる大和の可愛いこと。駆け出したくなる気持ちを抑え、竜也は大和が自分の方へ走って来るのを手を広げ待った。
「お父ちゃんっ、ただいま!」
「大和…お帰り。ちゃんと買えたか?」
「うん!バッチリや」
竜也の胸へ飛び込み、大和は元気に答える。
言葉にならない感動が竜也を包み込む。
本当に、無事で良かった…。
「見て…お父ちゃんの好きなお菓子買うて来たよ。お父ちゃん、いつもありがとう」
「は…」
「お父ちゃん、大好き」
「大和…」
多香子が亡くなった時、二度と大和の前では…人の前では泣かないと決めた。でも、目頭が熱くなった。愛しい…大和が世界一愛しい。
「ありがとうな、大和」
「お父ちゃん!」
この後京之介達も合流し、その夜は皆でご飯を食べた。話題は大和の武勇伝。
楽しそうに沢山の話を大和は一生懸命喋った。
長い長い1日が終わった。