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    haruta108

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    創作BL/大和と高橋

    親愛なる…①~⑤「大和さん、また喧嘩ですか」

    大和が勝手に背中へ彫り物を入れ、竜也へヤクザになると啖呵を切った日から数ヶ月。この頃の大和は相変わらず顔に生傷が絶えず、竜童会の若手組員達と度々喧嘩をしていた。
    理由は、わかっている。下から必死にやって来た連中にしてみたら、大和の後先考えないやり方が気に食わなかった。どうせ、何かあれば竜也に泣きつくのだと思われていた。
    だから、いつも大和一人の時を狙われた。皆、高橋は怖かったから。

    「今日は親父が不在です。リビングへ来て下さい…手当します」
    「ええわ、こんくらい」
    「あきません。ヤクザが顔にいつまでも傷残しとったら、弱い奴やと思われます。そないな傷で箔が付くやなんて思わんといて下さい」

    それでも、大和は一度たりとも泣いて帰った事はない。厳しい姿勢で大和を律する高橋も、それはよく理解していた。
    若手とは言え、相手は大人。しかも、ヤクザだ…そんな連中にまだ十代の少年が絡まれる。普通なら怯えて仕方がない筈が、大和にはそれが無かった。その上、勝てるまで逃げない。

    「ホンマ…困ったお人や…」
    「え?」

    手当の準備をしながら、高橋は苦笑い。
    こんな子供見たことがない。さすが、竜也の子だと言わざる得なかった。

    「親父、何処行ったん?」
    「気になりますか」
    「え///…いや…」

    でも、父親恋しさは変わらずか。
    竜也の事を話す大和は、いつも愛しい目をする。それがたまらなく可愛くもあり、たまらなく妬けもした。
    敵わへんな…。
    子供を前にして、自分は何拗らせているのだ。我ながら呆れてしまうが、無防備に肌へ触れさせる大和を見ていたら、高橋の心はギュッと締めつけられた。

    「綺麗な顔が台無しです」
    「そんなん言うてくれるの高橋だけや」
    「大丈夫です、親父もそう思うてます」
    「高橋…///」

    ああ、その目に映るのが自分であったらどんなにいいか…。
    尽くしても尽くしても、尽くし足りない愛しい主。高橋の毎日は、日に日に大和で埋まっていった。

    「大和さん、近いうちに若頭交代があります」
    「え…藤原は?」
    「本部、支部をまとめる総本部長と言うポストが作られる事になりました…そこへ。親父が藤原にしか出来ないと、藤原の為に用意した席です」
    「さすがやな、藤原…」
    「はい。だから、狙いに行きましょう」
    「狙う?」
    「若頭です。必ず、大和さんへ捧げます」
    「高…」

    驚く大和へ、高橋は力強く頷いてみせた。
    自分がして許されるのは、大和の為に動く事だけ。それだけでいい、この方の傍にいる事が許されるのなら…自分の想いなど、いくらでも押し殺せれる。

    「私にお任せ下さい」

    そうして、ここから高橋の怒涛の追い上げが組内外に知れ渡る事になる。
    たった一人で大和を若頭に据える。誰もが考えもしなかった事を、僅か数ヶ月でして見せるのだ。


    「親父、聞きました?高橋の事」
    「成果か」
    「はい、圧倒してます…今月だけで、シマ二つ狩り取って来ました。それも上手く日黒組と話つけて」

    一ヶ月後の総本部、組長室。
    竜也は、錦戸から珍しく高橋の話を振られた。

    「日黒は、昔高橋が半グレ達と揉めている時に力貸してやったからな…その礼で出してくれたんやろ。高橋は、前から周りとの仲を上手うやって来た…それが今活きとんや」
    「なるほど…」
    「クス…なんや、悔しいか」
    「べっ…別に、私も同じ立場なら負けませんから」

    高橋の事になると意識が高まる錦戸。負けず嫌いの錦戸の様子に、思わず竜也の口元も緩む。

    「ま、まだまだこんなモンやねぇ…頭の席欲しい奴は、高橋を甘う見ん事やの」
    「…親父」

    数年前、極道の世界を震撼させた、竜童会の組長交代劇。竜也の恐ろしさを世に知らしめた出来事だったが、その時最後まで竜也について行ったのは高橋だけだった。
    『甘う見ん事やの』
    竜也にはわかってた。藤原が若頭を退く時、高橋が本気で動く事を。

    「問題は、ウチのガキが持つかや」

    No.2を狙う戦いが始まった。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    竜也に次ぐNo.2。
    それはこの社会に置いて大きな意味を成し、計り知れない羨望と権力を手に入れると言う麻薬の様な地位に世界は変わる。
    そして、それは組外へも広がり多大な注目を集めていた。

    「おぅ、高橋。お前、嵩原のガキの為によう気張っとるらしいの」
    「上地組長…」

    滅多に他の話題には触れない白洲会・上地もまた、街で見かけた高橋へ珍しく声をかけるほど。

    「どうや、いけそうか」
    「いけそうやのうて、いかすんです。大和さん以外、その器はおりません」

    五、六人の側近を後ろに従えた上地を前に、全く怯むことない高橋の強気な姿勢。当然、側近達はざわつき高橋へ鋭い眼差しを向ける。
    しかし、竜也の下で長く鍛えられた高橋にとって、そんな視線など取るに足らないものでしかなかった。それよりも、上地から目を逸らす方が足元をすくわれる事を知っていた。
    上地は、裏社会でも群を抜いて厳しい男だ。これから大和を支えていく高橋にとって、上地に見切られるわけにはいかなかった。いつ何時、若頭・大和が上地と対峙することになるかわからないからだ。

    「ほぅ…そら楽しみや。あのガキがどれほどやれるか、見させてもらうわ」
    「ありがとうございます」

    そうして、もし本当に対峙することが現実になった時は、必ず大和を勝たせてみせる。高橋は目の前の上地を見ながら、既に先の事まで考えていた。
    多分、自分の腹は上地に読まれている…たった数分の会話の中に隠された、欲深い思惑。顔には出さないが、上地がそれに気づかないわけがない。でも、それでいいと思った。
    その方が、自分がどれだけ本気か伝わる。

    「どないな相手でも、勝つんは大和さんや」

    まだ日の高い繁華街。
    自分達には似つかわしくない爽やかな青空を見上げ、高橋の決意は更に強さを増していく。



    「高橋!」
    「大和さん…」

    上地が去ってから数分後。
    高橋は自分へ駆け寄って来る大和の姿に、笑みを浮かべる。

    「なんや、こないな所まで迎えに来てもろうて悪いな…校外研修が駅で解散て、雑すぎるわ」
    「クス…電車通学の方が多いからですかね。繁華街は危のうございますから、私は迎えに来れた方が安心致します」
    「高橋…///ありがとう」
    「はい」

    さっきまでの殺気立った姿は何処へいったのか。
    大和が現れた瞬間に、高橋の目は優しいものへと変化した。
    同世代の中では、なかなか荒れた世界で生きて来た大和。喧嘩もするし、授業だってサボる。何度も竜也の代わりに高橋が学校へ出向く事もあったが、大和は自分の環境を竜也のせいにした事はない。
    いつも素直に礼を言い、明るく前を向く。必死に育ててきた竜也や京之介の影響が大きいと思うが、高橋は大和自身の性格もあるのだと思ってる。

    「大和さん、今夜の夕食は大和さんの好きな物沢山作りますね」
    「え!?ええの…やった♪高橋のご飯大好きや」

    大好きや。
    世の中には、恵まれた環境にいようともっと手に負えない子供達も多い。全てを人のせいにしない大和が愛しくてたまらない。

    「あ?竜童のお荷物やねぇか」
    「は…」

    ただ、愛しさを噛みしめるには住む世界が険しすぎる。
    昼間でも落ちる金の多い、繁華街。他所の組が牛耳っていようと、その後釜欲しさに狙いをつけ隙あらばと彷徨く連中も少なくはないし、半グレなどのヤクザとは違う勢力で幅を利かせる輩も近年増加している。
    だから、たまに勘違いする馬鹿が出てくる。

    「おたく、裏じゃ有名やで。親父が組長だからと、てめぇも頭になれる思うとるアホなガキやて…ぷぷ」
    「おい、誰にモノ言うとんな。今すぐ謝らんかい」
    「高橋…」

    大和を後ろへ控えさせ、立ちはだかる高橋の睨む先。この辺りで最近力を付けて来た半グレグループが、大和を見つけてからかいに近づいて来たのだ。

    「はぁ?極道がなんぼのもんじゃ。二人だけで、俺らに勝てる思うとんか」

    あぁ、こんな馬鹿ほど要らぬ鼻が天を向く。
    時にヤクザ相手にでも揉め事を起こし、勝てば勢いづいてこうしてイキがる。
    相手は、ザッと十二、三人か。

    「二人?ナメとんは、どっちや。お前らみたいなんは、俺一人で十分やで」


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    「高橋、俺も加勢する」
    「ご心配要りません。大和さんは、そこを動かんといて下さい」
    「せやけど…」

    突然現れた、半グレ達。
    喧嘩慣れもしているだろう…いくら高橋でも、無傷とはいかないのでは?
    まだこの頃の大和は、高橋の事を竜也の右腕として優秀だったと言う以外、本当の実力までは知らなかった。だから、自分を庇う高橋に心なしか不安が募っていた。
    しかし、それは数分も経たぬうちに要らぬ心配だと教えられる。

    「大和さん、あいつらはまだ謝っておりません」
    「え…」
    「大和さんを侮辱した事は、許す気ありませんから」
    「高橋…」

    ゾクッとするような眼差しが、大和の視界へ飛び込む。
    高橋は、こんな目をするのか。半グレ達へ向けられた右腕の姿に、大和は言葉すら出なかった。勢いで飛び込んだこの世界、ずっと見てきたつもりでも大和の知らないものは山のように存在した。

    「何をごちゃごちゃ抜かしとんねん。天下の竜童が尻ごみか」

    それでも何かとヤクザを敵視して来た連中は、そんな高橋の苛立ちなど暴れるに好都合としか思ってなかった。
    相手が先に手を出せば、喧嘩の名目が出来る。竜童会ほどの組が半グレに本気を出したと、嘲笑ってやればいい。
    だが、そう甘いものではないのが極道の世界。

    「お前ら、何か勘違いしてへんか」
    「あ?」
    「そこでウチの名前出した事、後悔させたるわ」

    ヤクザとして生きている者なら、軽はずみに竜童会の名は口にしない。それは影響力があまりにも大きく、ヘタに竜童の名を使い傷をつけたとわかった日には、どこからともなく組員が現れしっかりと粛清されるのを知っている。
    これは、組を守る竜也が竜童会の名を悪用させない為の見せしめで始めた事だが、今では組員達が進んで動いている。こんな世界で生きていても幹部達以下には、竜也のいる竜童会へ誇りがあるからだ。

    「何が後悔や…一人でイキがるんじゃねぇぞっ」

    だが、ヤクザへ対して敵意むき出しの連中にそんなものを立ててやる義理はない。全く動じもしない高橋の姿が気に食わないだけでしかなかった。

    「高橋っ」

    叫びながら、拳を振りかざす男達。
    飛びかかるように高橋へ向かっていく様に、大和は思わず声を上げた。が、その景色は一瞬で変わる。

    「ぐわ…っ」

    真っ先に飛び込んで来た男の顔面にメリ込んだ拳。多分鼻の骨くらいは折れたんじゃなかろうか…派手に血を飛ばし、半グレ集団の中へ消えていった。そして、次に現れた男の首を片腕で絞め上げながら、何処から持って来たのかパイプで殴りかかろうとして来た別の男へ回し蹴りを食らわし、絞め上げていた男ごとアスファルトへ叩きつけた。
    それから蹴り倒した男の鳩尾に一発をお見舞いし、もう一人の腕を踏みつけたまま血が滲むほどに首へ指を立てていく。

    「おい、どないする。この首、ヘシ折ったてかまへんで」
    「ひっ…ぁが…」

    顔は赤黒さを増し、額には脂汗をかきながら涙目で高橋を見上げる男。息も出来ない…何を聞かれても、声など出るわけもなかった。
    この間数秒、あまりの速さに半グレ達も愕然と立ち尽くす。だが、高橋の手は緩まない。棒立ちの男達を睨みつけ、近くにいた一人の髪を掴むと勢いよく引っ張り、膝蹴りを顔面へぶち込む。

    「ぎゃ…ァ」

    鈍い音がし男が倒れていくのを見ないまま、高橋は次々とターゲットを目にした瞬間にのしていく。
    ビルの壁まで蹴りで飛ばされる者、肘鉄を思いきり横顔に食らい鼓膜ごとやられる者。
    ヤクザ・高橋の喧嘩は、とにかく容赦なかった。

    「すげ…」

    喧嘩には慣れていた大和も、言葉を失った。と言うより学んだ…高橋は、一人に対して何度も手は出していない。上手く急所を狙い、ほぼ一、二発で仕留めてる。
    だから、相手は息を荒くして必死だが、高橋の顔は涼しい表情で敵を転がしている。竜童会でも、高橋が恐れられているのがやっとわかった。こんな喧嘩見せられたら、ヘタに手を出そうなんて思わない。

    「さて、お前がこの中ではトップか」
    「は…」
    「デコ(警察)が来る前に、片付けさせてもらうで」

    繁華街の一角。騒ぎを起こせば、近くの交番から警官が来る事も承知済み。その為に、高橋は早く決着をつけに入った。
    でも、それを気にする必要も無いほどに、野次馬達も高橋のあまりの強さに通報するのも忘れ見とれていた。動画を撮っている者がいたが、そこは大和が「上げてる奴見つけたら、ただじゃ済まさへんぞ」と睨みをきかせ、脅しをかけた。

    「ま、待てや…」

    仲間がヤられていくのを一番後ろで見ていたリーダー格の男は、歩み寄る高橋にたまらず後退り。

    「さっきまでのデカい口はどないした…ヤクザ、ナメてたんちゃうんかい。頭地につけて、謝らんかァ!」
    「ひっ…は、はい…すみませんでした!!」

    ガ…ッ!!!
    土下座する男の頭を靴裏で押し付け、力を込めて踏みつける高橋の凄みは場の空気をより凍らせた。

    「二度とツラ見せな。次はねぇから、よう肝に銘じとれよ」
    「ふわ…はぃ…いっ!?」

    そうして、土下座する男の脇腹に重い一撃をぶち込み、蹲る様を冷たい目で見下ろす高橋の喧嘩は終わった。

    「大和さん、お待たせ致しました。帰りましょか」
    「あ…う、うん」

    振り返った時は、もういつもの高橋。
    さっきの、脇腹イッたな…大和は高橋の笑顔にドキドキしながら、近くに停まっていた車へ乗り込んだ。


    その夜、大和は竜也から声をかけられる。

    「今日、珍しゅう高橋が暴れたんやて?」
    「え…」
    「強かったろ?」
    「つ、強かった…」
    「お前、それだけの男手に入れたんや。忘れんなよ」
    「親父…」

    それだけの男。
    父親にそう言わせる高橋の存在。今更ながら武者震いするような緊張が全身を駆け巡っていくのを、大和は感じた。
    自分を若頭にする…高橋が言ったのは、本気なんだ。

    「高橋…」

    ようやく、大和の中にそれが現実味を帯びていった。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    高橋が半グレグループの一部をあっという間にのした事は、瞬く間に組内にも広がった。
    昔から高橋をよく知っている藤原などは「さすが高橋や」と組員達との話題に出し、その活躍を大いに盛り上げていたが、若頭の座を狙い合う連中からしてみたら目立ち方が面白くない。

    「チッ…アレは、高橋が仕込んだんやろ」
    「てめぇの名上げたいだけや」

    ありもしない話を持ち出して、悪態をついた。ここまで来ると、もはや足の引っ張り合いでもして引きずり下ろそうかと考える輩も少なくはない。ただでさえ他を圧倒し成果を上げ続けている大和達に差をつけられていく幹部達は、じわじわと本領を発揮し始めた高橋の存在に焦りを感じ始めてた。
    竜也が唯一認めていた右腕の実力は、伊達ではなかった。

    「親父!聞きました?高橋の事…さすが親父が育てただけありますわ」
    「あ?」
    「ご子息守る為に、十数人一気に片付けるとはやりよります」
    「ああ、らしいな」

    だからか、ライバルとなる幹部の中には、時に竜也へ直接"悪意"をぶつけて来る者もいた。

    「でも、あれ…高橋のヤラセやねぇかて言う奴もおるんすよ」
    「おい、モノの言い方気ィつけよ。その話は親父にいる内容か」

    総本部に顔を出した竜也を捕まえ、不確かでもない情勢をあえて小耳に入れる。それが例え嘘でもいい、竜也の意識の中に高橋が周りからどう見られているのか、少しでも印象付けられれば御の字だと思った。
    ただ、竜也へ向けられた"悪意"があるなら、そこは錦戸が黙っていない。尽かさず割って入り、幹部を睨みつける。

    「フン…熱いの、錦戸。勘違いすな…ワシは、単なる噂をお伝えしただけや。高橋がイメージ悪いと、ご子息まで印象が悪くなるやろが」

    しかし、幹部もそう簡単には引き下がらない。普段大和すら貶していた連中が、この時ばかりはさぞ心配しているかのように調子良い。聞きもしない話をしながらニタニタと竜也の顔色を伺う。

    「悪くなるよう、要らん噂まで立てる輩がおるからや。心配せんでも、ごく一部のアホな噂ごときに流される親父やねぇ…わざわざ下らん報告など言うてくな」
    「何やと…」
    「お忙しい親父の足止めてまで話す事やねぇ言うとんじゃ。気張るとこ間違えな」
    「はぁ?錦戸…お前こそ高橋が抜けてなれた右腕のくせに、調子乗っとんやねぇぞ」

    竜童会の若頭ともなれば、争い方も半端ない。えげつないやり方で成果をもぎ取るのも、有りもしない話でかき乱すのも当たり前に行われた。
    その度に錦戸が前に出る事で、幹部達と険悪な空気になる状況もよく見られた。

    「話は、それだけか」
    「は…」
    「済んだんなら行くで」

    だが、結局竜也がまともに耳を貸すことはなかった。
    大和をどう貶そうが高橋をどう卑下しようがそこへ口を挟む事もしなければ、わざわざ伝えに来る者の相手もしない。皆、竜也の真意だけは誰も読む事は出来ずにいた。
    その代わり…。

    「ああ…これだけは言うとくが、錦戸を右腕に決めたんは俺や。錦戸に対する悪態は、俺へ対する意見やとしっかり受け止めとくわ」
    「へ…ぁ…親父…っ」

    竜也の為に動いた錦戸への言動には、ハッキリと態度を示した。
    幹部が焦った時には、既に遅い。竜也は弁解をしようとする幹部を尻目に、足早に去っていく。

    「親父…」
    「錦戸、お前は俺の右腕や。周りにとやかく言われる筋合いはねぇ」
    「…はい」

    何事にも左右されない竜也の言葉。
    一歩下がって歩く錦戸の心にそれは、何よりも刺さった。
    そうして、組内で若頭争奪戦が加熱するさ中、竜也が周囲に流される事もなく自らの考えを決定するまで口にしなかった姿勢は、組員達へも「親父にはヘタな策は通じない」と言う事をしっかりと根付かせた。
    実力あるのみ…それしかない。


    「高橋ィ、えらい派手に暴れたらしいやねぇか」

    それでも、争う当人同士は相変わらず険悪ムードは変わらない。本部で高橋を見かければ、嫌みの一つも言いたくなる。

    「これは、三嶋組長。ご無沙汰してます」

    傘下の中でも比較的規模の大きな三嶋もまた、一人で成果を上げて来る高橋が気に入らない。
    若頭も、順当に行けば三嶋が候補筆頭でもおかしくなかった。まさか、大和が名乗りを上げるとは…要らん邪魔が入った事に、内心穏やかではないのだ。

    「お前、本気で子息を頭に据える気か」
    「何か」
    「ガキに何が出来る。ワシらはついて行かへんぞ」
    「ほな、組抜けますか?」
    「は?」
    「親父が誰を任命するかわかりませんが、親父の選んだ者が気に入らんならそういう事でしょ。竜童へ入りたい組織は山ほどいますし、別に三嶋組長の所が抜けたかて痛うないかと」
    「貴様ァ…」

    それでも、高橋が揺らぐ訳もなく…数人の側近を引き連れた大御所の三嶋に対しても、その憮然とした姿は同じだった。
    だから、絡んで来た者達の気は収まらない。
    平然と煽り返す高橋へ、本部であろうとも手が出そうになる。高橋に向かって、胸ぐらを掴みに行く側近。でもそれは、意外な手によって直ぐに止められる。

    パシッ……!

    「…!?」
    「今日、親父おんで。あんたら、親父の足下で騒ぎ起こすんか」

    ザワつく本部の一角。

    「大和さん…!」

    高橋に手を出して来た三嶋の側近を、いつからいたのか大和が止めに入ったのだ。

    「笑うな…三嶋さん、あんた俺に頭取られるていで話するんや」

    奇しくも竜也が錦戸を庇った日、大和も高橋の為に動き始めた。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





    「まぁ、そうやな…負けるつもりで話するわな。だって、ウチの高橋はそちらの組員じゃ相手にならへんから」
    「なんやと…」

    この時、大和はまだ高校に入ってそう経ってない年齢。そんな子供が、厳つい男達がウロウロしている竜童会総本部の片隅で、大御所相手に渡り歩こうとしているのだから皆興味は湧く。
    いつの間にか一定の距離を置いて、多くの組員や幹部達が集まり始めていた。

    「子息、親父の手前抑えたっとるが、ナマ抜かすのも大概にしとけよ」

    歳で言えば竜也よりも上。
    関西ではそれなりに名の通った三嶋にとって、これだけの人が集まった中での侮辱は耐え難いものがあった。低いドスの効いた声で発せられた言葉は、なかなかの重みを見せた。

    「ガキやから生意気か?この世界は、勝ったモンが強いん違うんか…俺は、親父を見てそう学んで来たで」
    「大和さん」
    「俺が目指しとんは、親父や。それ以外の人間に引く気はねぇよ」

    それでも、大和がその迫力に押される事はない。竜也や京之介にしっかりと厳しくも育てられた大和に、一幹部の凄みは脅威にはならなかったからだ。
    大体、それを言うなら最近の高橋の方がよっぽど怖い。大和を育てると決めた高橋は、竜也や京之介に負けないくらい手厳しいし怖かった。

    「はっ…ほな、負けたらどないすんねん。それだけの事吠えて、後で泣いても知らへんぞ」
    「せやから、負けへん言うとるやろ。高橋は、竜童の幹部らでもそう勝てるもんやねぇ…親父は藤原を若頭に据えとったけど、それは高橋が頭になるのを蹴ったからや。高橋の実力は間違いなくNo.2やし、これだけの男を手に入れた俺が勝つに決もうてる」

    幼い時からヤクザが傍にいた生活。
    竜也が先代との激しい下克上を勝ち抜いた時は、さすがに安全を考慮し京之介へ預けられていたが、ずっとその背中を見てきたのは嘘じゃない。
    今、大和の脳裏に浮かぶ光景。忘れもしない…竜也が高橋に若頭をして欲しいと頼んでいた日のこと。

    『お前が一番適任やと思うてる』
    夜、京之介の家で寝ていた時に隣の部屋から聞こえて来た声。お父ちゃんが帰って来た!と飛び起きた大和は、隙間から見えた景色に駆け寄るのを躊躇った。
    『頭、私には出来ません』
    『何か、不満なんか』
    いつになく神妙な二人の姿。喧嘩でもしてるのかと思ったが違った。
    『不満なんて…頭と共に出来て幸せです!幸せ過ぎて怖いくらいで…覚めて欲しゅうないて思うてます』
    『覚めるわけねぇやろ。お前は、俺にとって必要な男や』
    『…でしたら…まだ傍に置いて下さい。若頭になったら離れてしまいます…私は、まだお傍に仕えとうございます』
    竜也を前にして土下座する高橋…それは、大和が初めて知った二人の主従と言う関係。子供ながらに、高橋は本当に竜也が好きなのだと感じた。
    そんな高橋が自分につくと言ってくれた…絶対に、負けさせる訳にはいかないと思った。

    「大和さん…あの日のこと…」

    高橋にも、大和の話している内容がいつの事かすぐに理解出来た。先代を打ち破った夜、竜也は大和の顔が見たいと京之介の家へ向かった。その際に言われた話…京之介は気を使い席を外してくれ、二人だけの隠された話になっていると思ってた。

    「俺は、泣かへん…高橋と戦うて決めたんや」

    まだ十代のクソガキが、貫禄あるヤクザの組長に向かって立ちはだかる。
    最初はすぐに泣きを見ると思って集まっていた組員達も、じわじわと形勢が変わっていくのを感じ取った。

    「面白れぇ話しとるやねぇか」

    そうして、この展開は丁度本部へ来ていた竜也の耳に入る。

    ザワ…ッ…

    「親父…!!」

    ホールの上から聞こえて来た声。
    一斉に緊張が走り、皆が2階のフロアを見上げると、何時からいたのか竜也が大和達を見下ろすように立っていた。しかも、隣には藤原や錦戸達錚々たる顔ぶれ。

    「来月、答え出したるわ。成果詰めて来い…気に入らんなら、いつでも抜けてくれてかまへんで。去る奴を俺は追う気も止める気もねぇ…せいぜい気張れや」

    大和だからと特別扱いはしない。
    高橋と大和が見つめるさ中、竜也は一度も目を合わす事なく言い放つと、再び幹部を引き連れ去って行った。

    「冷た…」
    「親父なりの優しさです。子供扱いをせず、一端のヤクザとして見てくれた証ですよ」
    「高橋…」

    それを望んでいた。
    自分から飛び込んだ世界。ちゃんと若頭候補として見てくれていた父親…高橋の一言に、大和は喜びを与えられる。

    「あと半月…気張りましょう、大和さん」
    「うん…必ず勝ってやろうや、高橋」

    あと半月。

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