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    haruta108

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    haruta108

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    創作BL/竜也勢と成宮勢①~⑦

    一線「お頭…峯岸、白洲会傘下に決まったらしいです」
    「そうか」
    「最近、白洲会の勢い落ちませんね」
    「あそこは片山ってどえらいのがいるからな…そいつが関東来てから、随分シマ食われた連中多いだろ」
    「竜童会の関東支部にも手を焼いてるのに…」
    「…まぁ、ヘタな真似しなければ何もして来ない。出るとこ間違えなければいいだけだ」
    「はい」

    関東鷹山組事務所の一室。
    久しぶりに事務所でゆっくりとした時間を過ごす成宮は、右腕・眞木と近頃の勢力図について話を広げていた。
    この十年、関東の裏社会は随分と変わっていった。
    一番は、今や最大組織として名高い関西竜童会が支部を作り、そこの支部長として若頭・大和を送り込んで来た事だ。若頭自体はまだ若かったが、その周りについた幹部達が強者揃いで一気に勢力は増した。
    その上、竜童の後を追うように乗り込んで来たのが、No.2組織・白洲会だ。冷酷と言われる同組上地組長が認める男・若手実力者の片山が入ってからは、時に竜童さえ押さえつけシマを手中に収めていた。

    「私は、ずっとお頭について行きます」
    「フッ…戦争が始まるみたいに言うな。心配しなくてもヘマはしない」

    成宮のいる鷹山組とて、迂闊にはしていられない。
    関東の中でも規模が大きい方である鷹山組もいつぶつかる事になるかわからない状況で、眞木は改めて自らの意志を成宮へ伝えた。

    「そう言えば、榎本の動きはどうだ」
    「はい。今のところ大人しく…監視は常に付けてますが、相変わらずです。若い組織の荒さと言うか、無茶なやり方で資金集めに余念がないようで」

    ただ、成宮の関心は少し違う所にあった。
    竜童会や白洲会は脅威だが、上がしっかりしている彼らは力があっても手荒な事はしないと承知していたからだ。
    それよりも、この頃は浅い組織ほど早く大きくなりたくて無謀な行為に陥る。時に他所の領界を平気で侵害するそれらを注視していく方が、成宮には重要だった。

    「眞木、少しでも妙な動きしてきたら直ぐに言って来い。ああいう連中は、若いうちに叩いとかなければ図に乗るからな」
    「了解しました」

    成宮の指示に頭を下げ、眞木は持って来た豆でコーヒーを淹れる準備を始めた。

    「何だ、いい匂いだな」
    「わかりました?これ、相川さんに渡された豆なんですよ」
    「相川に?」
    「お頭がこのコーヒー好きだから、たまには淹れてあげてもらえませんかとお願いされました。あまり休みを取られないの、わかってらっしゃるのだと思います」
    「アイツらしい…」
    「はい」

    ピリついた部屋に流れるコーヒーの香り。
    組を守る為に毎日気を張る成宮にとって相川の存在がどれほど救いになっているか、それを思うと用意している眞木も自然と笑みが溢れた。

    「お頭、今夜どうされますか?華恵ママのクラブへ顔を出される予定でしたが、あれでしたら上手く言ってお断りでも。ここ数日お帰り遅いので、早く帰られても…」
    「いや、ママもよく働いてくれている。たまには金も落としてやらないとな…それに顔を出すだけでも安心させられるし、約束は守るよ」
    「わかりました。予約入れときます」

    成宮がその地位を落とさないのは実力が他を圧倒しているのもあるが、こうした自らのシマをきちんと回る事も大きな理由の一つだ。
    他所の組からの圧もある夜の街で、成宮が顔を出すだけで心強く感じる者達もいる。若手に全てを任せない成宮だからこそ、皆シノギを上げている。

    それから夜までの間幾つかの店に顔を出し、成宮と眞木は華恵ママの経営する高級クラブへ足を向けた。

    「あれ…なんですか、あいつら」
    「あ?」

    ここいらでも有数の繁華街。
    その一角にある華恵ママのクラブは普段から金回りの良い連中から人気が高かったが、店の近くに来た時にわかに眞木の表情が強ばった。

    「何処の連中でしょう…。お頭、少しお待ち下さい…他の奴らも呼びます」

    成宮達の視線が捉えたモノ。
    華恵ママのクラブの前に集まる、黒い塊…慌てて近くに待機させていた組員へ電話をかけ始めた眞木の後ろから、成宮はソレをじっくりと睨みつけた。
    見るからに高そうなスーツを着込み、一寸の隙もなく辺りを見渡す数人の男達。考えなくてもわかる、彼らは同業だ…それも、かなり手練た者ばかり。
    そして、気付く。

    「待て、眞木」
    「は…」

    男達の先にいる、数人の顔ぶれ。皆、この世界では有名な極道者だ。しかも、あんな顔ぶれを集められる人は、一人しかいない。

    「ヘタに動くな。嵩原組長だ…竜童会の嵩原組長がいる」
    「…え」
    「見てないようで、俺達は既に射程範囲だ」


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    成宮達が竜也率いる強者集団を目にする、数時間前。
    最近では関東支部と関西本部を定期的に行き来していた大和が、久々に訪れた支部で一本の電話を受けていた。

    「ぇえ!?なんやて…っ」

    広い玄関ホールに響き渡る声。
    周りには、久しぶりに来た大和を出迎える支部幹部達と支部にいた組員達が揃う。一見すればまだ若い顔ぶればかりだが、皆実力はなかなかのもの。そんな彼らが、大和の驚く姿に一斉に意識を向ける。

    「大和、どうかしたのか?」

    若頭を呼び捨てにし、真っ先に声をかけるのは大和不在の支部を任されている桜井湊。
    元は関東徳新会若頭でかなりのやり手だったが、マフィアと組んだ親父に大和を殺るよう言われ、刃向かったが為に消されかけ竜也に救われた。昔の竜也を彷彿とさせる美形の自由人だ。
    数年間は竜也の指示で錦戸につき、今や高橋に並ぶ大和の右腕となっている。

    「やべぇ…湊、親父が来る…それも、本部の幹部ら数人引き連れて」
    「は…」

    一気にザワつく支部のホール。
    竜也が来るだけでも空気は張りつめるが、それ以上に厳しい目を持つ本部の幹部が同行とは…。
    ヤバい、何かやらかしてないよな?
    皆宙を眺め、自らの行動を振り返った。

    「まぁ、気が引き締まって宜しいんやないですか」
    「高橋…っ」

    ただ、高橋を除いては。

    「それとも、お前らは普段親父らに見せられへん行いでもしとんか。それなら、俺がシメたるわ」

    高橋の睨みが、組員達の動揺を一蹴する。
    今では竜童会の看板を背負うに相応しい拠点にはなって来たが、設立当初は酷かった。まだ若かった大和をナメた者も多かったし、一丸となっているとはとてもじゃないが言えなかった。
    そんな状況をまとめたのは、やはり高橋だった。高橋の成果で見せてくれるやり方は、瞬く間に若い組員達の気持ちを変えていった。

    「いえ、問題ありません。見ていただきましょう」

    そして、高橋の言葉に同調するように出て来た傘下・山代組組長の山代のような実直な部下の存在。大和は、仲間に恵まれた。関西勢の中で一人関東勢として踏ん張ってくれた山代の姿は、皆の心へ尊敬の念を抱かせた。

    「山代」
    「若頭、我々で出来るお接待しませんか?」
    「せやな…あまり遠くに呼ぶわけには行かへんよな…」
    「なら、あそこは?安道さんが最近改装を手がけた人気のクラブがある。名前は、確か『華』…酒も接客も評判がいい」
    「京之介が…」

    山代の提案に耳を傾けている時、湊が話に割って入る。
    大和も後からわかったのだが、京之介と湊は以前から知り合いだった。なので、たまに大和の知らない京之介情報が湊から落ちて来る。

    「あ、でもアレだ。ただ、あそこは…」
    「ただ、何や」
    「安道さんなら話は通せるかもしれないけど、そこ鷹山組のシマなんだ」
    「鷹山…鷹山組て、この辺りじゃなかなかのデカさやなかったか」
    「はい」

    まだまだ関東は広い。こうして当たり前のように出される自分達と交わらない同業の名。
    それが出た途端、大和の目に鋭い眼差しの高橋が映った。

    「鷹山組は、上手い具合にウチや片山率いる白洲会の関東と交えないよう動いてます。そこの若頭・成宮がかなりのやり手やと聞いてますんで、舵取りはその成宮やないかと」
    「成宮…」
    「私も一度くらいしか直接顔を見た事はないですが、腹の据わったいいヤクザ者です。親もなかなか力はありますが、近頃は成宮で持ってるんじゃないでしょうか」

    高橋の言葉に続くように会話を始める山代。
    関東に網を張り巡らし情報を得ている高橋と、地元組の山代からの話は信ぴょう性が高かった。

    「やっぱり違う所がいいな。ヘタして相手が気に障ってもな…接待する為に無駄なゴタ起こす必要はねぇだろ、大和」
    「しゃーねぇな…京之介の仕事見たかったけど」

    二人の話へ耳を傾けていた湊は、スマホ片手に諦めることを促した。
    親父達の接待の為に会ったこともないヤクザと険悪になったなんて聞いたら、竜也からどんな目で見られるか。
    大和も頷きながら、湊達に他の場所を探させた。が、それから間もなくしてその竜也から電話が入る。

    『大和か。今な、京が仕事したクラブの近くまで来とんねん…お前らも出て来れるか』
    「え…」

    京之介が仕事した、クラブ!?

    『なんでもそこな…奥にデカいVIPルーム作って、他の客に迷惑かからんようにした言うてたん思い出したんや』

    いや、待て親父…。
    それって、もしかして…大和は竜也の話を聞きながら、ついさっき高橋達と話した事を思い出した。

    『名前、何やったけ…錦戸。ああ、そうや"華"』

    "華"。

    「マジ…」


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    「親父が言うてた店は、この辺りか?」

    丁度、竜也が大和とクラブ『華』の話をしていた頃、繁華街のパーキングに停められた高級車から一人の男が降りてくる。

    「はい、確かここから歩いて10分位やないかと」
    「ほな急ごか…俺だけ本部出るの遅れたからな、親父待たせるわけにいかへん」

    彼の名は、関西竜童会総本部長・藤原。現在、全国規模の竜童会において大和に次ぐNo.3となっているが、竜也が竜童会へ入った頃からの付き合いであり、自分に何かあった時は彼に組を任せようと思っている程の実力者。
    普段竜也が本部を空ける時は必ず残って拠点を守るのだが、今回は珍しく藤原も竜也と同行することにした。
    ただ、藤原は出る直前に少し地元でのトラブルを耳にし、後始末に回っていたので関東へ着くのが遅れてしまった。

    「本部長、こちらです」

    スマホの地図を片手に道を進む藤原と側近3名、京之介が改装を手がけた店を目指し足を進める。
    関東で組のトップ3人が揃うなんて異例の事。
    竜也がわざわざ良い席を設けてやりたいと動いたのは、藤原が久しぶりに一緒と言うのもあった。常日頃縁の下の力持ちの如く馬鹿デカくなった組織をまとめてくれる藤原を、竜也はとても頼りにし感謝していたからだ。

    「ん?何や、アレ…」
    「どないした」

    ところが、数メートル歩いた時側近の1人が前を見たまま立ち止まる。
    不思議そうに藤原がその見る方向へ顔を上げると、そう広くもない路地を10人程の男達が幅を取り歩いていた。そして、その周りには行きたくとも通れず困惑している一般の人達。

    「あそこの道が近いみたいなんですけど、迷惑な奴らですね。声かけて来ます」
    「いや、揉め事になっても面倒や。俺が行くわ」

    如何にもガラの悪い雰囲気。
    藤原は血の気の多い若手に行かせるよりはと、自ら注意をしに向かった。

    「おい、兄ちゃんら…悪いけど、もう少し端寄ってくれるか。他の人らが通られへんて困っとんで」
    「…はぁ?」

    当然だが、男達に臆することもない藤原の登場。
    意気揚々と歩いていた連中は、どこの野郎かと睨みを効かせ振り返る。

    「端、頼むわ」

    それでも、藤原の態度は変わらない。
    彼らの為にわざわざ遠回りを余儀なくされてる人達を目にしたら、動いてもらうのが最善だと思った。

    「何だ、オヤジ…」
    「よせ、人が多い」

    今にも突っかかりそうな男もいたが、近くに交番が見えたところで連中は道を開けてくれた。

    「すまんな」

    悪態をついていたが、藤原は気にせず礼を言うと男達の前を通り過ぎた。

    「チッ」

    すれ違いざま、聞こえるようにわざと大きな舌打ちが耳をかすめる。

    「あ?」

    藤原の側近は眉間にシワを寄せ、自分達を睨みつける男達へ目をやった。

    「止め…親父がおるんや。ゴタ起こすな」

    だが、藤原の言葉が一瞬で側近を黙らせる。
    どんな態度に出られようと、藤原は全く相手にしなかった。この程度の若いのをもう何百人と見て来た。今更腹すら立ちもしない。

    「何だ、あいつ…他所モンが」
    「ナメやがって」
    「後、つけるぞ。人集めろ」

    またそれが威勢の良い男達には気に入らない。
    去って行く後ろ姿を目で追いながら、どうにか一泡吹かせたいと企み始める。

    「ああ、親父ですか…すみません、今着きました。ええ、もうすぐ合流出来るかと…」

    そうとは知らない藤原は、クラブに近づいた所で竜也へ電話を入れた。
    少し人がまばらとなった路地裏。その先に繁華街のネオンが見えていたので、大体の場所は把握出来た。

    「若も?では、久々に支部の幹部らにも会えますね」

    電話越しに大和達の名前を聞き、藤原の顔にも笑みが溢れる。

    ガッ…!!!!

    そんな時だった。
    大きな音が背後から聞こえ、側近の1人が頭を押さえ蹲った。

    「くぁ…っ」
    「おい!どないした…っ」

    突然の事に声を荒らげる他の側近。

    「お前ら…」
    『藤原?何か、あったんか』

    "お前ら…"。
    一気に変わった藤原の声色に、電話口の竜也も異様な空気を察知した。

    「親父、すみません。ちょっとばかり遅れますわ」
    『おい、今何処や…藤原』

    プツ…ツーツー……。

    竜也へ返事をすることなく切られた会話。
    藤原の後ろにいたのは、ついさっき道を開けてもらった連中だった。それも、近くに立てかけてあった看板で藤原の側近をいきなり殴りつけ、滴り落ちる血痕をこれ見よがしに前に投げて来た。

    「こないな真似して、ただで済む思うてへんやろな」
    「それはこっちの台詞じゃ、おっさん」

    10人程いた男達は30人まで膨れ上がり、勝ったと言わんばかりにニヤつく顔が藤原の視界を塞ぐ。
    ただ、彼らは知らない。
    そこにいる男は最大組織竜童会のNo.3であり、すぐ傍には組長竜也率いる幹部と支部幹部率いる大和が向かっている事を。
    そうして、事を大きくしているこの場所は、成宮が牛耳っている鷹山組のシマである事を。


    「親父、藤原さんに何か…」

    電話の様子がおかしい事に気づいた錦戸が、一番に竜也へ話しかける。

    「藤原が、襲われたかもしれん」
    「は…!?」
    「すぐ捜せ、近くにおる筈や。大和らにも連絡して支部動かせ…襲った連中一匹残らず捕まえろ言うてな」

    竜也の言葉に顔色を変える錦戸や他の幹部達。
    まさかの自体に、和やかだった空気は一気に凍りついていった。

    「しかし、ここいらは鷹山組のシマやと聞いてますが、まさかそこが?」
    「どうでもええ。相手が何処やろうと、藤原に何かあったらただじゃ済まさへん」
    「親父…」

    組の為に尽力してくれた藤原の危機。
    それは、錦戸も軽はずみに声をかけられないほどに、竜也の表情を変えさせた。
    でも、事態は当然竜也達竜童会だけの問題に終わるはずもなく…。


    「お頭、大変です。榎本の若手が、うちのシマで乱闘騒ぎ起こしてるみたいです」
    「何…」

    丁度、竜也達を目にしたばかりの成宮。
    気づかれているのに無視も良くないかと、竜也達へ挨拶位はしようと思っていた矢先、眞木のスマホが鳴った。
    成宮に言われ榎本組を監視していた組員が、若手が藤原達を襲う所を目にしたのだ。

    「場所、何処だ。すぐ行く」
    「は、はいっ」

    そう、藤原が絡んだのは今若い組として威勢の良い榎本組の連中だった。
    そして、たまたま隣り合わせのシマだった榎本の組員達は、藤原達の態度が癪に障るあまり鷹山のシマへ入ったことに気づいてなかった。
    それぞれに動いていたものが、今近づこうとしていた。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





    「一体、今日はどうなってるんですかね。竜童会の嵩原組長が現れたと思ったら、榎本まで…榎本の連中、ウチとやり合う気でしょうか」
    「どうだろうな。あそこは、元は羽山組にいた大崎が組の解散を機に立ち上げた所だ…人集めに当時使っていた半グレも引き入れたから、随分生意気だとは聞いてる。今回の事も大崎が知ってるか怪しいものだがな…」

    一報を受けてから数分後。
    連絡のあった現場へ向かいながら、成宮と眞木は既にこれからの事について頭を悩ませていた。
    関東ではなかなかの規模を誇る鷹山組だが、榎本のような後先考えないような連中と事を交えるとなっては、普段以上に労力を使う。負わなくてもいい傷を組員達に負わせるのは、成宮自身も本意ではなかった。
    自分だけが動いて収まるものなら収めたい。
    状況を見ていないから何とも言えないが、親父へは報告程度に済ませる策はないかと考えを巡らせた。

    「お頭、私はいつでも使って下さい」
    「眞木…ありがとうな」

    そんな成宮を見上げ、眞木は自らを売っていく。
    普段厳しい成宮を見ている者達は知らないが、怖いと言われる裏で成宮はとても組員達の事を考えてくれている。
    下の者の身を案じ、常に先手を打とうとしてくれる成宮を傍で見ていると、眞木もなんとか力になりたいと思っていた。
    しかし、事は成宮達の思うよりも更に上を行く程、輪をかけてややこしくなっていく。



    「田川、加藤を病院へ連れて行ってやれ」
    「ですが、本部長っ…この人数…」
    「私は…大丈夫ですっ」
    「アホ言え。そないに血ィ垂らして何が出来んねん…親父に血まみれのツラ晒す気か」

    相手が榎本組の若手とは知らない藤原と、その側近達。看板でいきなり背後から殴られた加藤と言う側近を囲み交わされた話は、先ずは加藤の手当て。
    30人あまりを前にし、4人しかいない中で2人抜けるのは楽ではないが、竜也に鍛えられた藤原にとっては微動だにするものでもなかった。

    「それに、親父と通って来た修羅場の事を思うたら、この程度ガキの喧嘩にもならへんわ」
    「なんだと…!」

    それよりも、常日頃自分の為に働いてくれる側近の傷を早く治療してやる方が大事だった。
    だが、それを臆することなく言われた榎本の男達は面白くない。各々に持っていたパイプやバットを振り上げ藤原へ飛びかかって行く。

    「チッ…雑魚ほどよく群れる。早く行け!そのツラ綺麗にして来んかい」
    「はいっ!すみません、本部長…っ」

    田川と加藤は、後ろ髪引かれる思いで足早に路地を抜けて行く。

    「待てやァ!!」

    またそれを追いかけようとする男。

    ドカ…ッ!!

    「ぅがっ」
    「おい、相手間違えんな。お前らの相手は俺じゃ」
    「…っ」

    田川達を止めようとした男の背中へ蹴りを食らわし、藤原の凄みが榎本の若手達を睨む。
    それの迫力に一瞬怯む男達。只者では無い空気が場を包んでいく。

    「水瀬、悪いな。ちぃと無茶してくれるか」
    「お任せ下さい。ついて行きます」

    それから1人残った側近へ声をかけ、藤原は黒山の中へ飛び込んだ。
    この時には、数少なかった通行人達も見るからに堅気ではない集団の喧嘩に、逃げるように離れていた。

    「ったく、支部の奴らと会う為に新調したスーツが台無しやで」

    最近では竜也同様表舞台から離れていた藤原も、拳を振り抜く度に昔の勘を取り戻していった。竜也や高橋とのし上がった、先代とのいまだに語られる交代劇。過去にも先にもあれ程激しい戦争はなかった。高橋もだが、あそこで竜也についていけた人間は、以後何が起きても動じない程には鍛えられた。
    そんな中、向かって来た男と藤原が対峙しようとした時、背後からパイプを持った別の者が襲いかかって来た。

    「本部長!」
    「このガキが…あ?」

    叫ぶ側近・水瀬の声に藤原が反応しかけた瞬間、予想外の光景を目にする。

    ガッ…!!!

    「男のくせに拳で勝負も出来ひんのかっ」
    「ぐふ…ぁっ」

    長い足から繰り出された、強烈な一撃。
    パイプを振り回してもいた男は、突然脇腹へ蹴りを食らい近くのゴミ山までぶっ飛ばされた。

    「お久しぶりです、藤原さん。お邪魔かもしれませんが、少し加勢させていただきます」
    「片山…!?」
    「お前ら、遠慮のう暴れたれ」
    「はいっ」

    とてつもない蹴りを見せつけた姿とは相反し、丁寧に藤原への挨拶を欠かさないヤクザな色男。
    高身長に端正な顔立ち。喧嘩姿も絵になる数少ない極道者…竜童会のライバル・白洲会幹部片山だった。
    片山の一言で白洲会の組員数人が喧嘩に加わり、一気に情勢は変わっていった。

    「どういう事や…お前が何で…」
    「悪いの、藤原。ウチもコイツらに用があんねん」
    「は…」

    だが、驚きは片山登場だけでは終わらなかった。
    ビルの影、薄暗くなったそこから聞こえた低く渋みの増した声色。
    この世界にいれば、竜也と同じ位覚えるべき顔。

    「か…」

    上地…!!!
    そう、冷酷と名高い白洲会組長・上地まで現れたのだ。
    これには、さすがの藤原も顔には出さないが動揺はした。近くには竜也もいる、まさか上地まで関東に来ていたとは…。

    「何が起きとんですか。上地さんまでご登場とはえらい物々しい…」
    「すみません。これ、榎本組言う最近出来た若い組の連中なんですけど、先日ウチの若いのにも手ぇ出して来ましてね。偶然親父が来て間なしに、いきなり病院送りですわ」
    「な…とことんアホやの」
    「ええ、どアホです」

    眉をひそめる藤原へ、上地の代わりに事の流れを説明し始めた片山。顔は嫌味なほど綺麗な笑顔だが、その腹はかなり苛立っているのだけは察しがついた。

    「ま、この世界の流儀も知らんみたいやしの…教えたるのに、丁度ええ思うてな。たまたま呑みに出たら、お前まで相手しとったのには驚いたが」

    それはこっちの台詞。
    こりゃ、ウチが動く前に榎本終わったな…。
    相変わらず鉄仮面の様に無表情で語る上地を見つめ、藤原は竜童会より手厳しい白洲会の怒りに触れた榎本へ心の中で手を合わせた。
    そして、片山率いる精鋭は藤原と上地が話している間に、30人いた連中を完全にのしてしまった。

    「ほな、後はお任せしますわ。私は用がありま…」
    「あれ、上地?」

    自分の出る幕はないと踏んだ藤原が、後を白洲会へ任せようとした時、それぞれにここを目指していた者達が集まり始める。

    「若…!!」
    「藤原、無事やったか!…てか、片山もおるやねぇか。何しとんねん、お前ら」

    お前ら。
    第一陣…もはや上地を近所のオヤジの如く扱う異端児、大和率いる支部幹部到着。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    「嵩原、お前も来てたんか」
    「親父に呼ばれてな。たまたま呑む予定で近くまで来とったんやけど、途中で藤原が絡まれとるて聞いて捜してたんや」

    繁華街の少し奥まった一角。
    偶然にもそこへ全国で1、2を争う組織の幹部が集まった。

    「ほな、嵩原組長も近くに?」
    「多分、もうすぐ来る筈や」

    緊張が高まる中、真っ先に話を始めたのは大和と片山。ライバルと言えど気の知れた二人は、慣れた様子で会話を進めた。
    しかも、大和の言うことには更にここへ竜也まで来ると言う。上地と竜也、両組長まで揃うなんて滅多にあるもんじゃない。この無法者達は運が悪いのか、バカなのか…いやバカなのだが、この道の厳しさを軽んじた顛末をこれから見るのだと思うと、どちらの組員達も身が引き締まる気がした。
    ヤサグレた連中が威勢の良さだけで生きていけるほど、甘い世界ではない。デカい力に手を出せば、消されるのもこうも容易い。

    「ご機嫌は大丈夫か」
    「いや…本部の幹部も何人か連れて来ての、いきなりコレやろ?久しぶり位には、気ィ悪うしとるみたいやで」

    大和は周りで伸びてる男達を見下ろし、来る途中に錦戸から聞いた竜也の様子を口にする。

    「アホな事してくれたわ。病院へ向かった下の話やと、ウチには非がねぇのに一方的に恨み抱えて襲うて来たらしいし…怪我人まで出して、親父の地雷踏んだわ」
    「ウチと一緒やな」
    「お前ンとこも?」
    「組員病院送りよ。ずっと捜しとったんやけど、今日たまたま藤原さんに絡んどんの見つけてな、逃がすわけには行かへん思うて加勢させてもろうたんや」
    「救いようねぇな…」

    教える者がいないとは、なんとも不幸な事だ。背負った看板の活かし方を間違えた方向に使った事すら気づいていない。
    どうしたものか…。
    連絡を受けた時点ではまだどう処理するか悩んでいた大和だったが、白洲会にまで乗り出していたと知った今、話は変わってくる。要は、どちらがケジメをつけるのか。

    「問題は、親父がどこまでご立腹かや…」

    白洲会へこの一件を譲る気はあるのだろうか。白洲会は一組員、しかしながらこちらは総本部長・藤原が被害を被った。
    メンツの問題だ。大和は片山の話を聞きながら、どちらがこの件を担ぐかの算段を始める。

    「なぁ、上地…コイツらどないする気ィや。親父、藤原に手ぇ出されて結構お怒りみたいでな…こっちもケジメだけはつけたい思うてるんや」

    一番の難関は、やはり上地。
    組同士の話し合いでは、まず竜也以外相手にはしない事は承知している。他愛ない会話ならともかく、こう言った場では自分はまだ同じ席に着かせてもらえない事を、大和もわかってた。

    「若頭…挨拶もなしで、いきなり交渉か。いつの間に俺と肩並べられるようになったんや」
    「いつからやろ。今からでええんちゃう?」

    思った通り、上地はその冷めた表情をピクリとも動かさず大和の言葉を突っぱねた。でも、そこは読んでいた大和も引かずに食いついてみる。

    「話にならんわ、親父呼べ」

    だが、上地はそう簡単には乗って来ない。

    「ちっ…頑固オヤジ」
    「嵩原…っ」

    片山が渋い顔をする前で、つい悪態もつきたくなる。いや、上地へ向かってのそれが出来てる時点で、本当は認められているのだ、大和は。

    「何言うても無駄やぞ。お前じゃ役不足や」
    「心外ですね、上地組長。若は、十分張れますよ」

    その様子を見て、今度は高橋が動いた。

    「だから親父よりも先にここへ来たんです、藤原を助けた後コイツら全ての後始末をする為に。役は、足りてます」
    「高橋、それはお前らから見た"頭"やろ。俺の目を一緒にすな」
    「では、若へ一任したウチの親父の目も甘いと?親父も軽う見られたもんです…もう20年近く、極道のトップに君臨しておられますが」
    「あ?それは、俺が嵩原より目が劣る言いたいんか」
    「先にソレを言われたのは、上地組長では」

    凍りつく空気。
    高橋の言葉に、上地の目が一瞬ギロッと光った。
    この世界において、竜也は頂点。上地とて勝てた事は一度もない。つまり、高橋は勝てた事がないのに竜也の判断を貶すのかと言ったのだ。
    一若頭補佐が、上地ほどの男に生意気を口にする。本来ならとんでもない怒りを買うだろうが、高橋の成し遂げて来た事と大和への確固たる忠誠心からの怯まぬ姿勢は、誰の目にも上地と見劣りはしてなかった。

    「止めませんか。こないな雑魚の処理で、ツートップが揉める必要あります?それこそ笑いモンでしょ」

    そして、その流れを見兼ねた藤原が両者の間に割って入った。

    「若、申し訳ありません。事をでこうしてもと思い、私が先に場を離れようとしました。片山へ投げてしもうて、親父の気持ち汲んでへんかった私の落ち度です」
    「藤原…」
    「親父を待ちましょう」

    大和の前で潔く頭を下げる藤原が、皆の視線を奪う。
    こんな時、昔から藤原は穏便に収めようと働いてくれる。何事も完璧な高橋や常にそつなく動ける錦戸とはまた違う、力だけでない仕事をする藤原のこの良さこそが、竜也が彼を総本部長へ任命した理由だった。

    「藤原さんらしい…上地組長の前に立てる高橋さんも相変わらずすげぇけど、藤原さんの良さが出たな」
    「そうだな…これ、俺達は入らない方が賢明だ」

    上地に負けない高橋を見ながら、山代は湊の言葉に相槌を打つ。
    藤原もさすがだが、やはり高橋の大和を守る姿勢にはつい目がいってしまう。大和の為に常に一歩も二歩も前を行く、高橋…自分だって上地を前にしても怯む気はない。だけど、自分ではダメだったろう。
    何が違うのか…大和への気持ちは何一つ負けてはないのに。

    「はぁ…自分に腹が立つ」
    「真面目だな、山代さんは。大和は、ちゃんと見てますよ」
    「え…」
    「と言うか、片山て大和と距離近くないっすか?それが気になって、そっちばかり見てましたよ。いつも馴れ馴れしいんだよな、片山」

    自由人、湊。
    誰もが上地や高橋達のやり取りに気を取られているさなか、彼は大和と片山の距離感にヤキモキしていた。実力も見た目も申し分ないのに、欲がない。いや、あるとすればただただ大和といたい。

    「ぷっ…お前、ホント大成するよ」
    「は…笑って言うとこですか、それ」

    生真面目に大和の事を想う自分とは大違いな姿に、山代は思わず口元を緩めた。
    支部の人間は基本的若い。まだまだ未熟さも目につくが、皆が大和を立て頑張っている。この湊も山代も、後に竜童の中枢で活躍するのは間違いなかった。

    「っ…こ、こんなとこにいたら殺される…っ」

    そんな中、片山達に倒されていた榎本の一人が目を覚まし、事の恐ろしさに血相変えて走り出した。

    「後を…っ!」
    「大丈夫や。路地に見張り付けとるから、逃げきれへ…」

    急いで部下へ指示を出しかけた片山を静止し、大和が男の逃げた路地に目を向けた時、それは起きた。

    ドカ…ッ!!ガシャーン…!!!

    「ぅぐ…っ」
    「あ…」

    暗がりから突然ぶっ飛んで来た男の身体。
    血飛沫を散らし、数メートル転がりながら向かいのビルへ身体を打ち付け落ちていく様に、皆言葉をなくした。

    「来たわ…親父」

    あんな破壊力、他にいない。
    大和は倒れた男を見ながら、ついに竜也が来た事を悟る。

    「高橋…あいつ、生きとる?」
    「さぁ、内蔵は確実にイきましたね」

    一瞬でさっきまでの張り詰めた空気が、別の緊張感を漂わす。
    それから、ネオンの影から聞こえてきた数人の歩く足音と、風に流され届いた煙草の匂い。

    「で?話はついたんか」

    綺麗な顔とは裏腹に、鋭い眼差しが辺りを一蹴した。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    いつくらいからだろうか。
    竜也が滅多には表に出なくなったのは。それだけ、近年竜童会の若手の成長が著しい。バカでかい組織でありながら、組員の質が良いとはよく言われる。
    そんな竜也の目と鼻の先で突然起きた、今回の藤原襲撃事件…本部の幹部も数人引き連れてのこれは、榎本がヘタしたとしか言いようがなかった。

    「嵩原、ウチも譲る気はねぇぞ」

    まず口を開いたのは、上地だった。
    登場からして明らかに気分を害していると見えた竜也へ平然と話しかけられるのは、さすがと言える。
    そして…。

    「すみません、親父。白洲会もコイツらに組員ヤラれてたらしゅうて、交渉拗れてました」

    大和くらいかもしれない。
    自分が上地を動かせなかった事も踏まえ、現れた竜也へ向かって潔く頭を下げた。二人きりの時はどんなに愛し合い気を許した関係であろうと、組長と若頭になれば話は変わる。息子と言えど、タメ口は許されない。
    大和は叱責される覚悟で割って入った。

    「誰や、コイツら」
    「最近、組を立ち上げたばかりの榎本組の若手だそうです」

    いまだ気を失っている者もいれば、徐々に目を覚ます者もいる。白洲会の組員によって集められた男達を見て尋ねる竜也へ、今度は高橋が答えた。
    普段、錦戸達にキツく突っ込まれようと笑ってやり過ごす竜也も、組長の顔をした時は口数も少なく笑顔一つない…上地や大和の言葉にも明確には返さないその様子に、誰もがピリッと一挙手一投足へ神経を使う。

    「さすが嵩原組長だな…あの上地組長が、嵩原組長の出方を待ってる」
    「口にはしないですけど、上地組長は嵩原組長を上だと認めてますよね」

    離れた所から竜也達を見ている山代と湊は、滅多に揃わない両組長の力の差を僅かながら感じ取っていた。
    さっきまで竜童側をまともに見もしなかった上地が、竜也の顔が見えた途端視線を離さなくなった。それは、上地にとっての"竜也"が大いに関係する。
    上地が竜也と出会ったのは、十代の時。当時、既に名が売れていた竜也を上地はずっと意識していた。酷い虐待から耐えきれず実父を殺し、暗闇を歩いていた上地の少年時代…生きる希望など当然なかったし毎日息をするのさえ苦しく、喧嘩で憂さ晴らしをしていただけの日々。そんな荒んだ上地の心へ変化をもたらしたのが竜也だった。
    綺麗で強く、いつも京之介と楽しそうに笑っている竜也が、上地には眩しかった。しかも、どんなに喧嘩で名が知れようが竜也の評判にだけは勝てず、追い越したくとも越せない存在として刻まれてゆく…悔しいのに見てしまう、いつしかそれは上地の淡い感情として胸に光を灯していた。
    ただ残酷なもので、竜也はこの世界に入るまで、まともに上地の名すら知らなかった。だから今、上地は充実しているのかもしれない…ようやく、竜也に近付けたこの極道という道を。

    「どないする気や、嵩原」

    痺れを切らしたように、上地は言う。
    組長同士の話になれば、もう誰も口を挟みはしない。
    いつもなら竜也へ憎まれ口を叩く錦戸も、こういう時は竜也の邪魔をさせまいと同じ組内の人間にでさえ目を光らせる。

    「ほな、どちらにケジメつけてもらいたいか…コイツらに聞いたらええやねぇか」
    「あ?」

    微動だにしない表情から放たれた言葉。
    眉をひそめる上地の前で、竜也はそこに伸びている榎本の組員を捕まえた。

    「ひ…」

    怯える男の首元を片手で掴み、ズルズルと近くのビルの壁へと押し当てる竜也。

    「っぐ…ぁ…あ」

    苦しそうに呻く声もお構いなし。
    竜也は男を掴んだ腕に力を入れると、そのまま大の男の身体を締め上げていった。

    「お前らの親呼べ。竜童の嵩原が用やと伝えろ」
    「りゅ…は…はっ…は…ぃ」

    なんとかつま先だけ着く位に持ち上げられた男は、竜也の睨みに嫌な汗をダラダラと垂らし始める。
    男達は、今頃気付いた…自分達が、竜童会にまで手を挙げた事を。

    「久々やな、こんな親父…」

    自分でさえ近寄り難い雰囲気に、大和は思わず緊張が口をついた。
    ここには、藤原も高橋もいる。いつもなら、下にこの程度の処理は任せてくれる。だが今回、組の為に日に当たらなくとも長く尽力して来てくれた藤原へ手を出した事が、特に竜也には気に入らなかったようだ。
    なぜなら、聞かなくともわかるからだ…藤原が自ら手を出す事は余程でない限り有り得ない。そういう人間相手に無茶をしてくる奴らが、竜也は本当に嫌いだった。年々生きづらくなるヤクザ社会の中でなんとか組員を生かしてやろうと気を配っているものを、こんな輩が台無しにするのだ。

    「チンピラ風情が、たかが看板背負った位で勘違いすな」

    決して威張れた世界じゃないが、懸命にしがみついている者達の道をバカに邪魔される程腹が立つものはない。
    竜也の低い声が、一段と場を凍らせた。
    ドサッと音がして、竜也に捕まっていた男がアスファルトへ転げ落ちる。それから、男は血相を変え何処かへ慌てて電話をしていた。
    この間、繁華街の一角がザワついてはいたが、大和が置いた見張りが路地の先で慣れたように人払いをし、大ごとにはならずに終わってた。いや、中には警察に電話しそうな者もいたが、スーツの黒山と漂う空気が野次馬を遠ざけてた。



    「え…どういう事でしょうか…何ですか、これ」

    そうして、その騒ぎをやっと目にした第三陣。

    「すみません、お頭…どうやら榎本のバカ共、白洲会や竜童会の組員へ手ぇ出したみたいですっ」

    人の流れを避けながら到着した成宮と眞木。二人を見つけ、駆け寄る見張り役はざっと読み取った状況を青ざめた顔で説明する。

    「な…っ」

    息を飲み唖然とする眞木が、尽かさず成宮の方へ振り返る。

    「どうしますか、お頭」

    普通に考えたら、その面子に入れる力は自分達にはない。組の事を考えたら、波風立てぬよう引いてもいいんじゃないか?

    「眞木、俺から離れるなよ」
    「え…」
    「俺が、話をする」
    「お頭…」

    竜也達のいる方を真っ直ぐ見つめ決意する成宮に、眞木は顔色を変えた。
    でも、成宮に迷いはない。
    ここは、鷹山組のシマ…成宮にも意地がある。自分達のシマで他所の組同士に幅を利かせてもらっては、メンツも何もないからだ。

    「行くぞ」

    躊躇うことなく、成宮の足は竜也達の所へと向かって行った。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    繁華街の片隅に裏の世界でトップを誇る竜童会と白洲会が揃う。偶然とは言え、この顔ぶれはその一角を異様なものとした。
    しかも、警察からも常に監視対象となっている竜也と上地がいるのだから余計だろう。いや、もう既に現状を見ているかもしれない…ただ、広く顔が利き、影響力のある二人へ軽はずみに手を出すほど警察も馬鹿ではない。ヘタ打ってミスを犯し、裏社会のバランスが崩れる方が怖いからだ。だからなのか、なかなかの注目を浴びても彼らを止める者はいなかった。
    こちらへ向かっている、成宮を除いては。


    「お待ち下さい」

    双方の幹部達が顔を並べる、緊迫した状況。
    張り詰めた空気の中へ、成宮は臆することもなく割って入った。

    「…誰や、お前」

    まず口を開いたのは、大和だった。
    仕立ての良いスーツを纏い、落ち着いた様子で自分達の前に現れた男へ興味を示す。考えなくとも誰もが察する、コイツは同業(ヤクザ)。

    「鷹山組の成宮ですね…来る前に話した」
    「成宮…ああ、若頭やったけ」
    「なかなかのやり手やとも言うてましたね」

    周りの空気を読み山代が説明を始めると、成宮自身が名乗るまでもなくその正体はすぐに伝わった。
    と同時に、大和の隣で高橋が相槌を打ちながら成宮へ目を光らせた。高橋‎だけではない、錦戸や片山…それぞれの幹部達は皆、成宮が敵か味方か…どういう男かと判断する為に見定めを始める。もしこれで一瞬でも妙な真似をしようものなら、一斉に彼らが動くのだ。

    「凄い緊迫感だ…」

    成宮の後ろに立ち、その様子を伺っていた眞木は今までにない重い圧に押し潰されそうだった。それでも成宮は表情一つ変えない。
    今自分が気持ちで負けては、竜也や上地が相手にしない事をわかってた。そんな甘い人達ではない…怯んだら終わる。

    「鷹山組の成宮…よう耳にはしとったけど、顔を見るのは初めてやな。確かに、仕事がデキるて評判や」

    そして、多勢の前に堂々と立つ成宮に対し、片山が好意的な様子で話しかけた。
    片山も関東を拠点にしてから長い…絡みは無かったが、度々耳にしていた成宮の事は気にはなっていた。

    「評判なんてモノは、どうにでもなる。相手を知らなくても一人歩きするからな」
    「ぷ…オモロいこと言うわ。ええな、あんた」

    年齢的には差ほど変わりない片山と成宮。
    自分を褒める片山に、成宮は表情緩めることなく毅然とした態度を示した。それを目の当たりにし、ニヤリと微笑む片山。
    極道一厳しいとされる上地の下で鍛えられた片山は、見る目も肥えている。そんな片山が興味を見せた事は、その場の空気を多少なり変えていった。
    ただ、さすがに竜也や上地は成宮の登場にも微動だにせず、まともに目も合わせてはくれなかった。
    まぁ、そう簡単ではないよな…。
    成宮もその辺は想定内だったが、特に竜也の周りのガードの固さには感服した。錦戸や藤原達幹部の隙のない鋭い眼差し、少しでも竜也へ目を向けようものなら噛みつかれるんじゃないかと言う位の視線が成宮に注がれた。

    「で?その鷹山組の成宮が、俺達に何の用や。この状況、わからん訳やねぇよな」

    それから、黙って成宮と片山の様子を観察していた大和が声をかける。
    まず、竜也が動かない事はわかってる。竜也へ近づくのはそう簡単ではないからだ。だから、代わりに若頭として大和が前に出た。勿論、こちらでも傍では錦戸達に負けない高橋の厳しい目が成宮を捉えている。悪い男に見えなくとも、大和に対する動きに隙を与えない為だ。

    「ええ、わかってます…わかった上で来ました。失礼ですが、ここはウチのシマ…榎本が馬鹿をしたのは承知してますが、ここで問題を起こされるとウチも黙っては置けなくなるんで」
    「…なるほどな。そら一理ある…他所の組に荒らされちゃ気分悪うて当たり前や。ほな、どないしよか…俺らもウチの幹部に手ぇ出されて、見逃す訳にはいかへん」

    互いに引けない意地。
    まともにやり合えば、力の差は歴然としている。竜童会と白洲会…こんな化け物組織と喧嘩になったと言えば、親父は怒り狂うだろう。それでも、自ら守って来たシマの事を考えれば、成宮には引けなかった。だからなのか、その漢気を感じてか…大和も成宮の言い分へ素直に耳を傾けていた。

    「待てや、嵩原。それは、ウチもや…簡単にコイツら(榎本)を手放したら親父に叱られるわ」

    でも、片山もそこは譲れない。この中で一番の被害を被ったのは、組員を病院送りにされた白洲会であるのは違いなかったのだから。

    「せやけど、それ…親父が納得するか?説得出来るんやったら、身ィ引いてもかまへんで。なぁ、上地」
    「……」

    そこで、大和は上地へ話を振った。
    半グレ上がりの雑魚を囲み、竜童会・白洲会・鷹山組成宮と言う厄介な構図が出来る中、ここまで来れば話を決めるのは上の人間しかない。上地は何も言わないままだが、チラッとだけ大和の方に目を向けた。
    問題は、嵩原組長か…。
    成宮は、上地が何も言わない所を見てそう感じた。この世界でも上地は冷酷だと聞いていたが、やはり嵩原組長の存在には踏み込めない…自分を見向きもしない竜也に、成宮はどう歩み寄れるかと考えた。
    やったらやり返す。
    極道の筋とは、なんとも面倒な感情論だ。

    「でも、俺でも譲るのは御免だ…」
    「あ?」
    「私も大事な組員が手を出されて、そのケジメを譲るのは嫌だと言うことです。双方のお気持ちはよく理解出来る…榎本は、好きにして下さい。その代わり、ウチのシマからは早々に出て行って頂きたい。ここで問題を起こされては、本当に私達も動かないくてはならない。正直、今竜童会や白洲会と揉めるのは痛いですから」

    情けないが、まだ竜也や上地相手に勝てる力は鷹山にはない。成宮も無駄に組員を犠牲にするよりも、出来るならば避けて解決したいと考える。
    下手に飾った事を言った所で竜也達を動かせないと思った成宮は、素直に自らの気持ちを口にした。これまでの様子からも、話のわからない連中ではないと踏んだのだ。

    「親父、どうされますか?そら、ウチらみたいなんが…しかも親を引き連れ現れたら、鷹山組も困りますわ。親父は、関係ないモン巻き込むんが一番気に入らん事やないですか」

    そんな成宮の思いが通じたのか、若い者のやり取りをずっと黙って聞いていた藤原がおもむろに声を上げた。

    「私は、親父がそうやって怒ってくれただけで十分です。白洲会のとこみたいに病院送りにもなってません…私を助けに入ってくれた事ですし、今日の所は片山らへ譲っても」
    「ええんか、藤原」
    「若、私の為に若まで来てもろうて何の不満がありますか。私は嬉しいです」

    藤原らしいシメ方だった。
    裏社会で竜童会総本部長・藤原と言えば、かなりのやり手だと耳にした事がある。なのに実際会えば、こんなにも穏やかに話が出来る男なのか…成宮は、竜童会がとても幅のあるバランスの取れた組なんだと改めて知る。
    これで竜也さえ首を縦に振れば上手く話がまとまったかと思った時、意外な人物が顔を出した。

    「そうやぞ、その辺にしとけ…竜也」
    「え…」

    ザワつく男達と、咄嗟に振り返り唖然とする大和の表情。

    「こないな雑魚、警察に引き渡してまえ。組ごと潰すよう話つけたるわ」
    「きょ…京之介!!何で…」

    そうだ、京之介。
    一際目立つ背の高さと、これだけのメンツを前にして全く引けを取らない存在感。人集りを避け歩み寄る姿に、ヤクザ達の顔色が一気に変わった。ただ二人、成宮と眞木を除いては。

    「誰…」

    本当に、誰…である。
    まさか、京之介が現れるなんて誰が想像したか。成宮達は、皆の顔が緊張で張り詰めていく様に驚いた。

    「なんかヤバい人でしょうか…」

    恐る恐る成宮へ訊ねる眞木。
    成宮も京之介が誰かわからなかったが、周りの様子に"ヤバい男"だと言うのは察しがついた。
    だが、さすがにこの登場には竜也も反応を示す。

    「何しとんねん、京」
    「それは、俺の台詞や。仕事の打ち合わせで本庁行ってたら、幹部らが言うて来よったんや…街で竜童と白洲がトラブっとるて。あまりに収まらんと自分らが出て行かなあかんけど大丈夫か、てな。大丈夫もクソもあるか、わっぱかけられる気か…お前ら」
    「お前には関係ねぇやろ」
    「関係ねぇなら、さっさとカタつけんかい。ったく、藤原ら幹部もおって何グダグダしとんじゃ…お前らがたむろってたら邪魔やろが。それでも竜童の幹部か、情けねぇ」
    「す、すみません」

    その上、藤原達に至っては一刀両断。弁明の余地も与えない。

    「謝るくらいなら、俺が出張る前に終わらせよ。しかも、上地…お前もおってこのザマとは、大した事ねぇの」
    「なに…」

    しかもとばっちりが上地まで飛んでった。

    「あかん…デコ(警察)にごちゃごちゃ言われたせいで機嫌悪いわ。早よ、帰ろ…帰るで、お前ら」

    何処かの組長でしょうか…。
    目が点になる成宮や眞木を尻目に、大和が周りへ撤収を命じる。大和の中でも、藤原が声を上げた時点で話はついていた。

    「竜也、まだ何か不満か」
    「はぁ…お前のツラ見たら冷めたわ。藤原がええ言うならかまへん…上地、白洲会で好きにせえ」
    「わかった…後は任せとけ。とりあえず目障りなそいつをサッと連れて行ってくれ」
    「それはこっちの台詞や」

    成宮は後になって、その男が各界にも裏社会にも名の知られた実業家・安道京之介だと知る。あれが…そう思うと、上地にさえ容赦ない態度に納得がいった。

    「鷹山組成宮か…」
    「はい…」
    「よう覚えとくわ。悪かったな、シマを荒らして」

    それから、帰り際成宮は竜也に呼び止められる。僅かに動いた瞳、一瞬だけだが視線が合ったそれはゾクッと身震いを覚えた。

    「お頭…」
    「まぁ、いい経験をした」

    滅多にないだろう、こんな事。
    成宮は胸を撫で下ろしながら、眞木の軽く肩を叩いた。




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