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    PannaCake17133

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    PannaCake17133

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    あらすじ:ワイナさんとエッチしたいPTSD持ちのキィニチくんの話、2話冒頭。(1話はまだないよ)

     胸の音を聴こうと、いつものように聴診器を当てていたときだった。

    「……男同士の性行為の仕方を教えてほしい」

    「……っ、え〜と? 悪い。聴診器使ってたから聴き取れなかった」

     聴き取れなかったなんて、嘘だ。
    むしろ、聴診器をつけてたおかげで、よく聞こえた。

     胸の奥の響きと合わせて、一言一句、全部。
    よりによって、性の話、それも“男同士”のやり方なんて。
    こいつの口から出てくるのが妙に可笑しくて、思わず笑っちまいそうになる。

     片耳だけでも聴診はできる。
    だから、俺は左耳のイヤーチップを外し、器具をそのまま胸に当てたまま、視線だけをキィニチに向けた。

    「……で、なんだって? もう一度言ってくれ。今度はちゃんと聞いてっから」

     少し間があって、キィニチはため息を吐き、言い直した。

    「……男同士のセックスの仕方を教えてくれ」

     ああ、今度は完全にダイレクトに言いやがった。
    喉の奥から笑いがこみ上げるのを、必死で堪える。

     しかし、目の前のキィニチは真剣だ。
    けど、俺の頭の中では「お前がそんなこと言う日が来るなんてなぁ」っていう意地の悪い感慨がぐるぐるしてた。

    「……ちなみに、答えたくなかったら答えなくて良いんだが……相手は……?」

    「うちの、族長だ」

    「……」

     うーわ。マジかよ、きょうだい。
    俺だって、自分とこの族長と付き合ってるってのに。
    まさかそっちも族長相手とは思ってなかった。

     思わず、彼の胸の中央に置いていたチェストピースを握る手が止まった。

    「……あのなぁ、キィニチ。お前ってさ、PTSDって病気なの。……分かってる?」

    「理解している」

    「対象は二十代後半程度の見目年齢の男性……時折、発作もあるよな」

    「……そうだ」

    「ワイナ族長って、今年で確か……」

    「二十七、くらいだ」

    「……だよなぁ」

     ど真ん中じゃねぇか。

    「でも、克服したいとも考えてる」

    「そりゃあ、知ってるよ」

    「す、好きになりたい気持ちもある……」

     ……? ってことは、まだ完全に惚れ切ってるわけじゃないのか?
    じゃあ、こいつは今、好きと苦手の間をふらふらしてる感じか。

     背中を押せば、もしかすると症状が悪化するかもしれない。
    でも、族長の協力があれば、根治は無理でも発作の改善に繋がる可能性がある。

     医者としてどうあるべきか。
    友人として、どう応えるべきか。
    俺は、その二つの思考をぐるぐると巡らせた。

    [コイツ、恋煩いしてんだよ!]

    「うわうるさっ!」

     聴診器越しに電子音と甲高い声を出しながら、アハウの声がした。
    最初に出会ったときに苦手意識を植え付けてしまったらしく、未だに俺の前だと腕輪から出てこようとしないが。

    「……恋煩い、かぁ。じゃあ尚更、急に性行為がしたいなんて思ったらダメだ」

     俺は聴診器を外して首にかけ、キィニチの両肩を優しく掴んだ。

    「その、俺もムトタと付き合ってるから……やり方は全然教えられるんだが……」

     頭にムトタとの行為中の記憶がよみがえってきて、顔が自然と熱くなる。
    こんなとこ、アイツに見られたら、笑われちまうよ。

    「……何事にも段階ってものがあるんだ。竜狩人のお前ならよく分かってるはずだ」

    「んん……、まぁ」

     ふい、と目を逸らしたキィニチの頬が、薄くピンクに染まる。
    だから俺は、キィニチがどれくらいワイナのことが好きか、医学的に推し量ってみることにした。

    「キィニチ、手袋外して少しの間、腕のここを握っててくれ」

    「……? わかった」

     こてん、と首を傾げ、キィニチは手袋から指を抜く。
    俺が指をさした左腕の肌が露出している部分を、そのまま握った。

    「そうそう……そのまま」

    俺は再度、聴診器のイヤーチップを両耳につけ、チェストピースをキィニチの胸にぴたりとあてた。

    ——とっ、とっ……とっ、とっ……
    (76 から77くらい。ほぼ安静時。やや早いが、若い男性らしいテンポだ)

    「……じゃあ、ワイナ族長のこと、考えてみろ」

    「え?……ああ……」

    ——とくん、とくん……とくん、とくん……とくんとくん
    (84 、……90近くまで上昇……)

     握らせた腕が、手汗でじっとりと湿ってきた。
    顔もさっきより赤みが増している。

    「……なぁ、イファ……? これ、何の意味が」

    「……うん? 恋煩いの診断」

    「なっ……!?」

     驚いたキィニチは、チェストピースを持った俺の手を引き剥がし、車輪つきの椅子ごと後退りした。

    「……ど、どうだった……?」

    「気に入らないだろうが、アハウの言うとおりだ」

    「……恋、か……」

     捲りあげていた服を正し、キィニチは心臓のあたりをぎゅうっと掴んだ。

    「ああ。よっぽど相手のこと好きじゃないと、そうはならない」

     俺はキィニチがまだ未成年の頃、まだ「廻焔」の古名を継いでいない頃から、定期的に体調の経過観察をしてきた。
    それは、彼が心的外傷後ストレス障害――通称PTSDを抱えているからだ。

     原因は分かりきっている。
    既に亡くなっている、彼の父親だ。
    未成年だった彼に対して飲酒幇助、虐待、それに加えて、母親が失踪した後は性的行為の強要まで行っていたという。
    ……これは俺が少しずつ時間をかけ、彼の口から聞き出せた情報だ。

     そんな彼が――恋。
    しかも相手は、当時の父親と年齢が近いワイナ族長と来た。

     医者としては正直、嫌な予感しかしない。
    だが、PTSDを抱えていてもなお、彼が惹かれる相手なのであれば……。
    友人として、応援してやるべきなのかもしれない。

    だから、俺は少し考え込んだあと、口を開いた。

    「……じゃあ、お前に宿題を出す」

    「……宿題?」

     眉をひそめるキィニチに、俺は指を立てて言う。

    「ワイナ族長と、手をつないでみるんだ」

    「……は?」

    「できればハグも。まぁ、この際、順序はどっちでもいい」

     キィニチは明らかに戸惑っている。

    「どうして、そんなことを」

    「理由は簡単だ。ワイナ族長とお前のPTSDは、正直相性がすこぶる悪い」

    俺は真剣な声に切り替える。

    「年齢も、雰囲気も、虐待をしていた頃のお前の父親を思い出させる条件が揃ってる。
    もし急に距離を詰めたら、発作が出たらお前が傷つくことになる。
    それに、拒絶された側のワイナの気持ちはどうなる?」

     キィニチは黙ったまま視線を落とす。
    俺は続けた。

    「だから、まずは安全な範囲で慣れていく必要がある。
    俺が言う“宿題”は、その練習だ」

    「……、ワイナの前に、まずイファと練習したい」

     そう言われたとき、力になってやりたかったから、俺は即答で承諾した。
    ……したはずなんだが、胸の奥で変な引っかかりが残る。

    (これって……浮気にならないよな? 
    いや、そもそもキィニチって、どっち側なんだ……)

     そんなことを考えながら、俺はいつもの癖で手袋から指を抜き、ポンプを押してアルコール消毒をする。
    指の隙間までしっかり擦り込みながら、頭の片隅では彼の顔色をうかがっていた。

     ふと視線を感じて顔を上げると、キィニチが黙ってこちらを見つめている。
    目が真剣で、妙にこちらの動作を追っている。
    つい、軽い気持ちで口にした。

    「……お前も、やっとくか?」

     一瞬の間を置いて、こくりと頷くキィニチ。
    俺の真似をして手袋を外し、両手にアルコールを落として擦り込む。

     その動作が、年相応の男というよりも、妙に素直な少年みたいに見えて。
    ――思わず「……かわいい」なんて感想が、心の奥で小さく弾けた。

    「じゃあ、まずは握手の形からいこうか」

     俺は握りやすい角度で手を差し出す。
    キィニチは視線を落とし、ゆっくりと指先から俺の手を包み込んだ。

     皮膚が触れ合った瞬間、ひやりとした感触。
    アルコールがまだ完全に揮発していないのだろう。
    指の節や掌の谷間に、微かな清涼感が残っている。

     それと同時に、彼の手の温もりがじわじわと混じってきて、皮膚の感触が次第に熱を帯びていく。

    「……なんともないか?」

     掌越しに脈を探るようなつもりで尋ねると、キィニチは目を逸らしながらも小さく頷いた。

    「まだ、平気だ」

    「じゃあ……次は、恋人繋ぎ、試してみるか」

     俺は手を一度離し、指と指を絡める形を作ってみせる。

    「握手は正面からだけど、こっちは指同士が絡むから……もしかしたら、難しいかもな」

     軽く笑ってみせるが、内心ではキィニチの反応を慎重に観察していた。
    彼の過去を考えれば、この形はより密着度が高く、相手の存在を強く意識させる。

     キィニチは少しだけ迷った様子を見せた後、意を決したように俺の差し出した手に指先を近づけてきた。
    一本ずつ、ゆっくりと俺の指の間へ滑り込ませる。
    手袋を外した生の指と指が触れ合う感覚は、さっきの握手よりもはるかに生々しい。

    「……どうだ?」

     問いかけると、キィニチは小さく息を呑み、視線を落としたまま指を絡め直す。
    掌と掌の密着、絡んだ指の節が互いに押し合う熱――。
    その温度は確かに、さっきよりも強く、俺の方まで伝わってきていた。

    「イファとなら、できる。……族長とは、どう、だろう……」

     自信なさげにキィニチの長いまつ毛が震えた。

     指先から、ほんのわずかに彼の脈が伝わってくる。強くも弱くもない。
    けれど、今の言葉がそのまま心臓の奥の不安を表しているようだった。

     俺は余計な慰めや励ましはせず、「……そうか」とだけ返した。

    「……次は、ハグだ。これは前からでも後ろからでも良い。
    今のお前にとって、楽な方にするんだ」

     俺はそう言って、椅子から立ち上がった。

     キィニチは一瞬、迷うように視線を宙へ漂わせた。
    月のような淡い色の虹彩が、俺の方を見上げる。
    その光景に、ほんの少しだけ息を呑む。

    「さ、どこからでも来い」

     両腕を広げると、彼はゆっくりと立ち上がり、慎重な足取りで距離を詰めてきた。
    獲物を狩るときと同じような、無駄のない静かな動きだ。

     キィニチは前から抱くことを選んだ。
    躊躇いがちに両腕を俺の背中へ回す感触と、服越しに伝わる体温。
    まだ緊張の残るその抱擁に、俺はそっと腕を回して応えた。

    「……できそうか?」

     腕の中で問いかけると、キィニチは小さく首を横に振った。

    「わからない……」

     その声はかすかに震えていて、感じる呼気も速い。
    服越しに伝わる心拍は、さっきの手を繋いだ時よりもずっと早く、落ち着かないリズムを刻んでいた。

     俺はそのまま片手を彼の背に添え、ゆっくりと上下に撫でる。

    「……大丈夫だ。深呼吸してみろ」

     そう促すと、キィニチの肩が少しだけ上下し、俺の胸元に伝わる鼓動もほんのわずかに和らいでいった。

     これが、今のキィニチの限界。
    抱きしめた腕の中で、彼の肩はまだ緊張を宿している。
    けれど離れようとはしない。

     俺は静かに、安堵していた。
    キィニチが誰かと、「そういった関係」を持ちたいと自分から口にした。
    その事実だけで、医者として、友人として、胸の奥に溜まっていた心配が少し軽くなるのを感じたから。

    「……イファは、なんか女の人みたいで、少し安心する」

     胸元に顔をうずめたまま、キィニチがぽつりと呟いた。

    「っ……!?」

     反射的に声が裏返った。
    思わず腕の力が緩みそうになるのをこらえる。

     俺が今の体型になったのには理由があった。
    言い訳じゃないぞ、本当に。

     ムトタと付き合い始めて一ヵ月が過ぎようとしていた頃、一波乱が起きた。
    ムトタが、娼婦を利用したんだ。恋人の俺という者がありながら。
    若かった頃の俺は、そりゃあ荒れたさ。散々なほどに。

     でも、いざ蓋を開けて話を聞いてみたら、俺の皮肉めいた言い回し、それからムトタの盛大な勘違い。全てが二人のすれ違いから始まったことで、他人から言わせれば大したことのない、恋人の痴話喧嘩のようなものだった。

     それでムトタは仲直りした次の日に、俺を謎煙の主に連れて行って、目の前で左手の薬指にリング状の二重線の刺青を入れた。
    店主に言われるがままに、俺はそれに燃素を注ぎこんで……“呪い”が完成してしまった。

    『ムトタが俺以外とセックスするとき、命を落とす“呪い”』

     ……効果を聞いたときはゾッとしたよ。重いなぁ、とも。だって効果は一生だぞ。
    でも、同じくらい、嬉しかった。

     それまでのムトタは毎晩違う女を抱くような不誠実な生活をしていたから、目の前でそんな誓約を交わされたら、ときめかない方が……無理あるだろ?

     そこで話が終われば良かったのだが、店主が要らぬお節介で『おまけ』だなんて言って、俺の方にも刺青を入れてやると言った。
    『入れてもらったら?』とムトタに後押しされて、若気の至りってやつかな。俺も刺青を入れてもらったんだ。

     てっきり、ムトタと同じ刺青を入れると思っていたのだが、俺の指に入った刺青は一本線。店主曰くそれは本当に『おまけ』程度の効果しか無い、とのことだった。

     今度はムトタの持った燃素がそこに流れて、『おまじない』が完成した。
    その内容は『ムトタとのセックスがもっと気持ち良くなる“おまじない”』
    ……馬鹿馬鹿しいって思ったろ? 俺も思った。

     でも、ムトタが入れた刺青よりも、実質こっちの方がヤバかった。
    刺青を入れて初めてのセックスで、子どもみたいに泣くほど感じて、中イキが止まらなくて、ムトタが一回射精するまでに五〜六回はイって、それはもう、困らせた。

     加えてムトタは絶倫だ。
    これが“おまじない”の効果と合わさると、どうなると思う?
    A.気持ち良すぎてセックスで死にかける。

     原因は、最初にムトタの燃素通しをしたときに、燃素を入れすぎたからだった。
    燃料方式で中身の燃素が減ってきたら、効果も落ち着いてくるのだが。
     俺は“おまじない”を指に入れてからというもの、休みが取れるたびにムトタとセックスしていた。

     普段生活する分には支障はない。
    結婚指輪みたいな刺青でも、手袋で隠してしまえば、誰にもバレない。

     だが、いざ休日となれば、時間の許す限りに致してしまうのはどうなんだ、と自分でも思っていたところだ。

     通常の恋愛なら抱く側であるはずの男が、抱かれる側になる。
    それは生体的にはおそらく異常寄りで。

     しかし回数を重ねれば身体は順応し、胸と尻と腰周りに自然と肉がつく。
    話がかなり逸れてしまったが、キィニチの言葉は、つまり——そういうことなのだ。

    ……痩せなければ。

    「……俺、そんな……ふ、太いかなぁ……っ?」

     口に出した瞬間、自分でも情けないくらい声が震えてしまった。
    恥ずかしさで顔から火が出そうだ。いや、もう煙くらいは出てるかも。

     ムトタは『そのままでいい』って、いつも優しく褒めてくれるけど……。
    でも、こうして他人……しかも年下の男に言われると、やっぱり気になる。

    「……気にしてたのか、ごめん」

     その真剣な声色に、余計にこっちが居たたまれなくなる。
    謝られてしまっては、それ以上は何も言えなかった。

     華奢な手首、細い肩。成長期に必要な栄養が満足に摂れてこなかったせいで、キィニチの身体は軽すぎるくらいだ。

     それに比べて俺は……。
    いや、余計なことは考えるな。

    「いいって、いいって。……さて、診察も今日はここまでだな」

    「……ああ」

     キィニチは短く返事をして、診療所を後にした。
    扉が閉まる音を背に受けながら、俺は小さく息をつく。

     ……やっぱり、痩せないと。
    キィニチの“宿題”について、ワイナに知らせに行かなければならない。
    カクークは寝床で丸くなって眠っている。
    でも今日はこいつを起こすのはやめておこう。

    「確か、フォンテーヌで風元素をこんなふうに使っていた女の子がいたな……」

     脚に風元素を流し込むと、重力がふっと軽くなる。

    「お、こいつはいいな。……じゃあ、カクークには悪いが……」

     足裏を地面に押しつけ、一気に蹴り出す。
    風が背を押し、身体が浮くように前へと進む。

     こうして俺は、懸木の民までの道のりを、風をまとって走った。
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