シモン・ヴァルコイネンはシャイな男だ。
戦場で数多の敵兵を撃ち抜き、祖国を守った英雄/死神。
称えられ、恐れられる彼だが、本来は素朴で恥ずかしがりなのだ。
なにせ好きで仕方ない幼馴染と夫婦になるのに20年以上かかった男だ、シャイな性根は筋金入りだった。
本人もその事はかなり気にしているらしく、普段はしょうもない下ネタを言うことでカモフラージュしていた。まあ、年齢がおっさんになったのもあるが。
そんなシモンは今少し悩み事があった。
一緒に暮らすソフィーという少女のことだ。
彼女とは荘園で出会った。
詳細は省くが、荘園で行われる危険なゲームに参加するため足を踏み入れたそこで、同じく参加者としてやってきたソフィーと会った。
初めの印象は特別なものは何もなかった。
ただなんとなく、こんな幼気な少女が危険なゲームに参加しなければならないなんて、さぞ辛い境遇なのだろうと勝手に胸を痛めたくらいだった。
だけどその、なんとなくからシモンはソフィーに度々声をかけるようになった。
初めは戸惑い、警戒するそぶりをみせていたソフィーだが、シモンに敵意がないとわかると───もしくは諦めたのか───少しずつだか笑う様になっていた。
親しくなるにつれてお互いの身の上話をするようになっていき、ある日シモンはソフィーが荘園にきた理由を聞いた。
少女の幸せが崩れた話を聞いたその夜、シモンはなかなか眠れなかった。
それから、色々あったがなんとか二人で荘園から出れた。
行く宛がないソフィーに
「俺と一緒に……こないか?」
考えるより先に口に出た。
すごく驚いたのか目を大きく見開いていた。
そしてすぐに首を縦に降るソフィーの顔は今でも忘れられない。
頬を赤らめて年相応の可愛らしさがあった。
そして今はシモンは娘のアンナ、ソフィーと共に田舎町で慎ましく暮らしている。
アンナはソフィーを一目で気に入り、今では「ソフィーおねえちゃん」と雛鳥の様についてまわっている。
裕福ではないが平穏で幸せな毎日だ。
さて、では何故、幸せな毎日で何故ソフィーがシモンの悩みとなっているかだ。
ソフィーは年頃の娘だ、しかも可愛くて真面目、家事全般は完璧。
ここは田舎町だが、ソフィーと年の近い異性はそれなりにおり、そのそれなりにいる異性の中にはソフィーに好感を持っている人間が少なからずいる。
それに初めて気づいた時、シモンは「お、ソフィーにいい人ができるかな」とか嬉しいような寂しいような父親の気分に早々に浸っていた。
しかし、いつまでたってもソフィーの「私、結婚します!!」宣言も何もなく、ソフィーはいつも通りのソフィーだった。
ソフィーに声をかける者、さりげなく花やお菓子を贈る者を見かけたり噂に聞いたりしたがソフィーは誰とも何も進展していない様だった。
夕食時にさりげなくソフィーに好意を抱いている青年を話題に出したが、ソフィーは特に気にする様子もなくさらりと流していた。
ソフィーは恋愛に興味がないのかもしれない、そう結論づけてシモンは自己完結させた……のだが。
ある日、仕事が遅くなって家に帰った時の事だ。
前もって遅くなることは言っておいたから二人はもう寝てるだろうとそっと家に入るとソフィーが起きて待っていたのだ。
少し眠そうに、だけどシモンに気づくとそれはとても嬉しそうに笑って
「お帰りなさい……!」
その笑顔を見た瞬間、何故だか気付いた。
(ソフィーは自分のことが好きなんじゃないか……?)
端から見れば中年親父の自惚れた思考だと嗤われるだろう、けどシモンの直感がそう告げたのだ。
そこからシモンの苦悩の始まりだった。
ソフィーの事は好きだ。だがそれは親愛の情だ、そのはずだ。少なくとも荘園にいたころはソフィーに対して恋愛感情も邪な劣情も抱いたことはない。
一緒に暮らす様になってからはどうだろうか?
解らない、アンナと同じ様に家族として慈しみ、愛していたとは思う。
今の自分のソフィーへの気持ちはどうだろうか、やはり親愛、家族への愛だ……多分。
しかしあの夜、気付いたその日から親愛の情に新たな何かが芽吹いている気がする。
その何かはもしかしたらあの夜の前からシモンの心にそっと染み込んでいっていたのかもしれない。
ソフィーとの日々を送ることによって小さなそれは積もり積もってあの夜形となったのだろう。
それでも、未だにシモンの中のソフィーへの気持ちは親愛で、恋と呼べるまでの形にはなっていない。
だけどシモンは思う。
もし、直感通り、本当にソフィーが自分を好きだったならば。
それに自分が気づいてしまったならば、知らないふりを続けるのも卑怯な気がした。
ここにつれてきた責任もある。
年の差もある事も悩んだが、妻のことを思い出す。
辛抱強く待っていた幼馴染。
夫婦になれた僅かな年月。
老いるまで一緒だと楽観視していた自分の浅はかさ。
もっと早くプロポーズすれば良かったと嘆いた過去。
それら全てがシモンの心に一つの決意をさせた。
「ソフィー、話があるんだ」
アンナを寝かしつけ、二人だけの部屋でソフィーに話しかけるシモン。
なんでしょう?と椅子に座るシモンの側に寄るソフィー。
「あのな……」
目の前のソフィーに生来のシャイが出てきて少し口ごもる。
だけど、言おう、言わなくては。
この気持ちは恋ではない────否、“まだ”恋ではない。
だけど、シモンには解る。この先自分はきっとソフィーに恋をする。この少女がとても愛おしい存在になると。
そっとソフィーの手を取って、告げた。
「俺を……ソフィーの旦那さんにしてくれないかな……?」
驚くソフィー、しかしみるみる赤くなっていく顔。
シモンも自分の顔が熱い。
暫くの静寂の後、ソフィーの短い返事にシモンはソフィーの手を優しく握り締めた。
自分よりも小さな手だ。白くてすべらかなほっそりとした綺麗な手。
もうすぐクリスマスだ、彼女の手に暖かい手袋と指輪を贈ろう。