VTSの捜索報告書ヴァッシュザスタンピードが行方をくらまして20年、黒髪、左目下のほくろ、義手の20代男性などの特徴を頼りに捜査を行っているが難航している。原因は近年ノーマンズエレクトリック社から発売された家電ロボットにある。高性能家事代行汎用機H3R0_typeVは「オクトヴァーンの英雄があなたを見守ります」といったうたい文句で一般販売された。この機体は外見をカスタムすることができるため対象が130~150歳であった頃の容姿を基準として髪色などを変えることができる。つまり現在捜索している対象と全く同じ見た目のロボットがNL中に闊歩しているのである。ノーマンズエレクトリック社には上記ロボットの販売中止と全機体回収命令をしたためこれ以上増えることはないが、今のところ本物の手がかりはない。引き続き調査を進める。
今やNLで一番の大都市となったオクトヴァーンの高層オフィス。その一室で男女は向き合っていた。
クロニカは調査書から目を離し目の前の調査員を見つめた。
「事は一刻を争います。わかっていますね?」
調査員はぎくりと身を強張らせ返事をする。
「重々承知しております!しかし、ノーマンズエレクトリック社の回収作業が終わらないことには…」
「彼はいつ消滅してもおかしくない状況です。ラストランが始まる前に延命治療を受けさせなくては…。万単位で販売された機体の回収を待っている暇はありません」
「…もちろん全力を尽くします。彼にはまだ恩を返していませんから」
調査員の言葉を受けてクロニカは数秒思案した。
「…自立種同士なら気配を察知することもできるかもしれません、彼ら双子には及ばないでしょうが効果はあるはず。自立種の人員を増やします」
「お力添え感謝いたします。早速調査に戻ります。失礼いたしました」
調査員が退出した後、クロニカは自身が座っていた革張りのソファに身を預け天井を見つめた。600年にも及ぶ長い人生の中でヴァッシュザスタンピードがこれほど長い期間、騒ぎを起こさずに隠れているのは初めてだ。これが本当に最後なのかもしれないといなくなった老猫を探す気持ちを想像して、彼女は唇を噛みしめた。
NLの空はクロニカの暗い心をあざ笑うかのように、馬鹿みたいに青かった。
「おはよ!ウルフウッド」
ふわふわと下した黒髪が視界をかすめる。香ばしい小麦の匂いと甘ったるいイチゴジャムの匂いがする。いい夢が見れそうだったので二度寝をしようと再び目を閉じる。
「こらっ」
ごつんと割と強めに頭を叩かれた。
「ッだー!何すんねん!!」
「だって、学校遅れるだろ!」
「こんのじゃじゃ馬ロボットが…」
ぶつくさ文句を言いながら支度をする。トンガリはふんふんとよくわからない鼻歌を歌って朝食を机に運んでいた。
「ジャム作ってみたんだ!」
「ジャム作るほどの量買ったんか…?」
「ううん、お隣さんがお休みの日にいちご狩りしたんだって、お土産でいっぱいもらったの、ちゃんとジャムじゃないほうも残してあるから夜食べてね」
この自称家事ロボットはかれこれ半年はここに居ついている。大学の課題(幼児の教育体験レポート)の為に送られてきた教材、という建前のもと生活を共にしているが、とっくの昔にロボットではないことは分かっていた。おそらくストーカーかなんかだろうが、献身的に家事をこなし、こちらに危害を加えることもなく、男の割にはかわいらしかったので知らないふりをしてこうして暮らしているわけである。というかぶっちゃけ多分好きや。
「どうしたの?歯ブラシ咥えてぼーっとしちゃって」
気が付くとトンガリは近くに来てわいの顔を覗き込んでいた。きらきらと碧い瞳がこちらを射抜いて心拍数が上がる。今日は一段と暑いからか白い肌がうっすら桃色に染まっていて、その上唇をつんと尖らせた表情をしているものだからなんかもうめちゃくちゃかわいかった(ここ最近毎日思ってる)。
「お、おぉ」
狼狽えながら口をゆすぎひげを剃る。トンガリはせっせとベッドシーツを剥いで洗濯機に放り込んでいた。一瞬だけ布団を抱きしめ顔をうずめて、すぅっと小さく息をしているのが分かる。顔を上げたトンガリはとてつもなく幸せそうな顔をしていた。
今ニュースで何が報道されているかなんて全く耳に入ってないんだろう。
朝食を食べて家を出る。大学近くの露店街は既に賑わっていた。ちらほらtypeVの姿も目にする。どれも明るい金髪で義手をつけていた。ふとスーツの男がこちらに向かっていることに気づいた。
「今お時間よろしいですか?」
「いや、授業あるもんで急いでますねん」
「一つだけ、黒髪のtypeVをお持ちですか」
「お、おう」
意味も分からず返事をした。
「シリアルナンバーの表記場所は分かりますか?」
分かるわけがない、そんなものトンガリにはないのだから
「一つ言うたやろ、答える義理ないわ」
強引に歩を進める。意外にもスーツの男はそれ以上何も聞くこともなく、その場にたたずんでいた。
黒髪のtypeVのシリアルナンバーの場所を知っているかなどと何の意図があって聞くのだろう。もし、もし彼の目的がロボットに扮した人間を探しているのだとしたら?事実、自分は本物のtypeVのシリアルナンバーの場所を知らない。自分はもしかしてあぶりだされたのではないか?ロボットに扮した、黒髪の青年を匿う男として。
「きみ、ウルフウッド君?」
一コマ目の授業を終えて講堂を出ると白髪交じりのいかにも教授といった風体の男に話しかけられた。
「はぁ、そうですけど」
「対面で会うのは初めてだね。幼児教育実習担当教諭のケインズだ」
「え?あぁ!お世話になっております!」
幼児教育実習の担当教諭といえば、ロボットを送ってきた人物だ。出席する必要がない授業でメールのやり取りしかしていないためほぼ初対面であった。
「次の授業あるかい?」
「や、空いてますけど」
「じゃ、ちょっとウチの研究室ついてきてくれる?」
「え?はい」
わざわざ研究室に行くような用事なんだろうか。今朝の出来事が頭をよぎる。彼もまた、トンガリの行方を探る人物なのだとしたら…。しばらく歩いてケインズの研究室に着いた。自分たち以外に人はいない。
「君が今朝、スーツの男に話しかけられたところを見たんだ」
「はぁ」
「typeVについて聞かれたね?」
「まぁ、はい」
「話変わるけど、君に送ったロボット、実はロボットじゃないんだけど。知ってた?」
「は?」
知ってた。知ってたがなぜそれをケインズが知っているのか?
「人間やって分かってて送ったんですか?」
「あぁ、彼はいろいろ事情があってね。君の家を隠れ家にするからと協力を頼まれたんだ」
「教授は、あいつとどういう関係なんです?」
「まぁ、恩人とでも言っておこう」
ケインズはどこか遠くを眺めるような顔をした。
「」