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    かいこう

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    かいこう

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    夜の密会/花流

    ##花流

    夜の密会 目を覚ましてカーテンの隙間から漏れている朝の仄明るい光を見ながら、背中におぶさるように寝ている人を、そっと肩から下ろすようにしてからだを起こす。一枚の敷布団を共有している恋人は深い寝息を立て続けていた。視線を横にずらすと、布団の脇に空のマグカップが二つ目に止まる。こちらはそれぞれの分がある掛け布団にくるまって黒髪の上の方しか見えない流川の向こうに置いている目覚まし時計で時刻を確認した。今日は学校は休みで部活は昼から、午前中は公園でバスケをする約束をしているが、起きるにはまだ早い。それでも桜木は流川の肩に手をかけた。がしがしと揺する。
    「おい、起きろ、朝だぞ、流川、起きろって」
     揺すっても声をかけても流川は起きなかった。本当に起こす気なら声量も力強さも足りない。それでも、真夜中の呻き声よりは大きいはずだ。山王戦で負傷した背中の治療はとっくに終わったがごくたまに痛む。寒かったり雨が降ったりする時は…昨日は、初めての夜だった。桜木から告白してつき合うようになってそろそろ二ヶ月、流川がうちに泊まりにきて初めて、背中の痛みに目を覚ました夜。起こすつもりはなかったし、起きるとも思っていなかった。暗い寝室を出て襖を閉め隣の部屋で傷みを逃がす。そうするつもりだったのに、いて…と呻いて今のように布団に座り込んだところで流川もむく、と頭を起こす気配がした。寝惚けているのかとしばらく見つめていても寝直す様子がない。先に口を開いたのは流川だった。

    「いてぇのか、背中」
    「あ、ああ…」
     桜木が返事をすると流川は立ち上がりぱっと部屋が明るくなる。眩しさに桜木は顔をしかめた。ぎゅっと寄せた眉に流川に甘えたくないという意地が滲む。
    「何すりゃいい」
    「あっちの部屋行くからおめーは寝てろよ」
    「俺もついてく」
    「いーっての」
     立ったまま自分を見下ろす流川のセリフに桜木は呆気に取られた。何でだよ。よく分からないまま驚いて、その驚きが意地を押し流した。己の中の甘えられる相手と甘えられない相手の違いはなんだろう。これが水戸だったら、素直に何をしてほしいか言っていた。普段の寝起きはぼーっとした顔のくせに、今はやけにしゃきっとした目つきを寄越してくる流川を桜木は見返す。寝るのが趣味だという男の睡眠を邪魔したくないのも本能だった。まだ、弱ったところを見せられる仲ではないのか。例え桜木が嫌がっても、強引に踏み込んでくることが容易に想像できる流川の視線に、桜木は負けた、と思うことにした。
    「変な遠慮すんな」
    「遠慮っつーか…じゃああったかいの飲みたいからホットミルク…砂糖入れてからチンしろよ」
    「ん」
    「コップは取っ手がついてるやつだぞ」
    「知ってる」
     素直に頷いたというよりはいちいち知っていることを言わなくていいと反発する心が滲み出ているような返事に桜木は照れる。そうか…知ってるぐらいうちに来てるもんな…それはそれとして流川の態度にはむっとした。それから背中に気をつけつつ四つん這いで窓へと近づく。カーテンをめくった先は、暗い冬の夜が広がっていた。閉め切った窓の近くは空気が冷えている。雨音は聞こえないからからだが冷えたか…天才なので対処できる。
    「どあほう」
     マグカップを二つ持った流川の声に振り返った。隣の部屋に行くか迷って、結局布団に戻る。流川からマグカップを受け取った。ホットミルクのにおい、湯気を静かに吸い込む。流川が隣に腰を下ろした。
    「どういう時にいてぇの」
    「あー…雨が降った時とか寒ぃ時?ま、でもあんまねーよ、たまにだたまに」
     桜木がそう答えると、掛け布団の下から毛布を引きずり出し、背中にかけてくれる。
    「おめーもかぶれば」
    「寒くねぇ」
    「夏でも部活ん時に重ね着してた奴が何言ってやがる」
    「あれはオシャレ」
    「そーかよ」
     これまでなら部屋にひとつ小さな暖房器具があれば平気だった。おまけに今は流川が同衾している。それなのに寒さに痛んだショックを、桜木は流川が作ってくれたホットミルクとともにちびちびと飲み込んだ。甘くてあったかい。いっそめちゃくちゃ甘かったり電子レンジの中で拭き溢したりすればいいのに、流川のそつのなさを悔しく感じるぐらい桜木はときめいた。その方が大きくて本当はそんなにショックを感じていない…そもそも俺は天才だから、これぐらいどうってことはない…はず。眺めていれば砂糖のように背中の痛みも不安も、以前とは違うことに対する苛立ちや焦りも、牛乳の中に融けていくとでも言うように、マグカップへと桜木は視線を落とし続けた。
    「まだいてぇのか」
    「もう痛くねー」
     まっすぐに自分を見る流川の視線に探るように動きはなかった。ただ己が隠していられない、勝手に心が開いてしまう。流川に対する自らの簡単さが恥ずかしかった。
    「ふーん」
    「あんだよっ」
    「どあほうは嘘が下手」
    「嘘なんかついてねぇっ」
    「別に今ついてるとは言ってない」
    「屁理屈キツネめ…」
    「サル」
    「おめーな、悪口言うならもっと根性入れやがれ」
    「隠しごとすんな、どあほう、無駄」
     傲慢な言い方が腹立たしい。桜木は流川が作ってくれたホットミルクを煽った。マグは空っぽになる。こっちは背中を治療中だと言うのに全日本のシャツを見せつけてきた男に聞くことではないのかもしれない…そういえばあの時も上下着込んでいた。布団の脇、畳の上にマグカップを置く。
    「そーかそーか、そんなに俺様のことが気になるか」
    「どあほう」
     近い方の腕を伸ばしてからだをぶつけるようにして肩を抱いた。
    「つき合ってんだから、当たり前」
     間近で睨まれる。凄みのあるまなざし、星が光る夜に似た目、ホットミルクで温まり血色のいい唇、口の端についている牛乳の滓、頬の産毛が見えそうな距離…自分から近づいたくせに、桜木は咄嗟に流川から離れたくなった。止める前に顔が赤くなる。
    「…っあ、あのよー…、もし、俺が、俺の、選手生命が終わっちまったら、それでもおめーは俺のこと…」
    「終わらねー」
    「最後まで聞けっ」
    「どあほうの選手生命は終わんねぇ、そんなタマかよ」
     バスケができなくなっても俺のことを好きでいてくれるのかと聞きたかったので桜木が求める答えはそうなっても好き、なのだが、最後まで言えず、欲した返事でもないのに、桜木はずいぶんと浮かれてしまった。背中を治療してくれた先生に同じことを言われた時はこんなふうに心臓が空気が入った風船みたいに膨らんだような感覚はなかった…バスケットを続けられると、同い年のライバルに言い切られて喜ぶのは、バスケットマンだから…桜木は流川に見えないように目元を拭う。流川が小さく笑う気配がした。
    「泣き虫」
    「うるせーっ」
    「隠してもバレバレ」
    「わっ、おめー、牛乳飲んだ後のべろで何すんだっ」
     目尻の拭い切れなかった涙の滲みを流川に舐められる。
    「どあほうも舐めりゃあいい」
    「ば、ど、どこを…っ」
     顎を固定されたので桜木が向かい合っている流川の顔を舐められる範囲は限定されていた。背中を考慮してか、優しい手つきの拘束がまた泣ける。桜木はどぎまぎするのにむ、と唇を尖らせた後で、自ら流川に口づけた。

     そんなふうにいちゃいちゃしている内に眠くなってきたことは覚えている。横になった記憶はないから、今朝起きた時にきちんとかぶっていた布団は流川がしてくれたのか…桜木はすうすうと寝入っている横顔を見下ろした。声をかけても揺すっても起きない恋人は、こうしていると夜中とは別人のように見える。
    「…ん…」
     流川がごろりと寝返りを打った。口の端に牛乳滓がある。バスケットをしている時とは真反対の気の抜けた寝顔とその白い跡に桜木は笑っていた。夜中くっついてくれていた背中はぽかぽかと温かく、流川に目元を舐められた頃から消えた痛みが目覚める様子はない。朝食の時間にもまだ早いから…桜木は肩から離した手で流川の頭をしばらく撫でていた。
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    かいこう

    DONEタオル/花流
    花流の日まで後6日~
    タオル 自分の洗濯物を片づけるついでに、流川のシャツや下着類もしまってやろうと棚の引き出しを開けようとすればがたがたと引っかかる。ふぬっと強引に開けてやった。中の衣服は雑然としていて、これが開けにくかった原因かと、桜木は呆れる。
    「あいつはよぉ…」
     バスケ以外はずぼらなところがある男の引き出しの中身を、仕方がないなと整理してやることにした。ここのところ、遠征や取材で忙しかったのを知っている。甘やかしているな、と思いながら、それでも普段の生活で、不得手ながら家事に勤しむ姿に接しているので、まあいいか、と畳み直し、きれいに詰め始めた。
    「ぬ…?」
     引き出しの奥に古びたタオルが入れられている。見覚えのある薄れた色合いや洗濯を重ねて薄くなってしまった生地の具合に、目を瞬かせた。それは、桜木の親が桜木が生まれる前に赤ん坊の肌かけにと桜木のために買ったもので、赤ん坊の時分から、幼稚園、小学校、中学校と育つ中、ずっと桜木の手元にあったタオルである。おしゃぶりの代わりにタオルの角をよく吸っていたと言われたり、そのタオルがなければ、昼でも夜でも寝られないと泣き喚いたり…自身の記憶に残っているもの、いないもの、合わせても思い出がたくさん刻まれている桜木の大事なタオルだった。小学校を卒業する頃にはもう肌かけにはしておらず、代わりに枕カバーとして使っていたものの、高校入学を翌日に控えた夜、中学校での最後の失恋から立ち直れなくて、可愛い恋人なんてこの先現れないんじゃないか、もしいるなら顔が見てみたい、好きになった相手とつき合いたい…と、布団に入って枕を、大事なタオルを、べそべそと涙で濡らしていれば、視界の端で模様がひとつ、すっかり消えて元々のタオル地の色が露わになっていることに気づき、束の間失恋の辛さも忘れて、桜木は起き上がると慌ててタオルを確認する。白いタオルに淵をぼやかせた青空と、元気よく飛び跳ねているキツネたちが描かれているはずだった。これまでの洗濯で全体的に色が薄くなってきたとは言え、一匹のキツネが、まるまる消えてしまったなんてことはない。初めての事態に、これ以上使って残っているキツネたちも褪せて見えなくなってしまうのは嫌だと、桜木はその夜から、タオルを使わなくなった。畳んで大事に取っておく。しばらくは長年使っていたタオルが手元にないことが寂しかったが、高校生活が始まれば、バスケに出会
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