払暁に燃ゆ 赤熱した空間にアラートが響き渡る。酸素が尽きるか、人間の生存限界温度を越えるか、或いはコックピットが押し潰されるか――いずれにせよ確実に、この命は数刻と保たず終わりを迎えるのだ。
寒い、と不意にそんな感慨を抱く。
オーバーロードする機体の熱に身を灼かれ、人の心が見せた光は確かに温かかったのに。ここはただ暗くて、ひとりきり世界から取り残されたのだと、冷え切った指先が物語る。
「……て」
何もできなかった、無力なキャスバルのように。
「たすけて、くれ……アムロ」
気づけばシャアは、宿敵だった男の名を口にしていた。今更のように愛憐を乞う愚かさを、どこか冷ややかに俯瞰しながら。
すべて自分で決めたことだ。求められた役割を演じたのも、人類に見切りを付け虐殺者と成り果てたことさえも。
――止めてほしかった。こうなる前に助けてほしかった。ほんとうは、もういちど。肩を並べて戦いたかった。叶わなぬのならば引導を渡して切り捨てて、どこか手の届かない場所で幸いとともに生きていてほしかった。遠く煌めく願いの星に、届かぬ郷愁ばかりを押し付けた。
その結果が、これだ。
なにひとつ上手に叶えられやしなくて、すべてこの手で、壊してしまった。
「……まったく。どうして、今なんだ」
ひどくおだやかな声が、耳朶を打った。
サイコフレームの極光の向こう側から、ダカールのあの夜と同じくらいに凪いだ声が。
「もう、あなたを抱きしめることも……涙を拭ってやることも……できないって、いうのに」
「っ……!」
悲鳴じみて言葉になりそこねた音を、シャアはきつく喉奥へと呑み込んだ。
サザビーの脱出ポッドを守るようにその腕に抱く、白い巨人の内部が視える。熱により変形したコックピットのなか、操縦桿と計器類に圧迫されたアムロの左腕が、潰れている。
「きみ、こそ。どうして――……どうして、今さらッ!」
もう彼は翔べないのだと、どうしようもなく思い知る。胃の腑を灼く慟哭が迸る。
「寝覚めが悪いだろう。好きなやつが泣いているのを、放ったまま死ぬなんて」
「す……き、だと。きみが、わたしを」
「俺は一度だってあなたを嫌いになったことはないよ、シャア」
こんなことになっても――こんなところまで、来てしまっても。
残った右のゆびさきが頬へと伸びて、伝い落ちる雫を掬った。できないなんて口にしておいて、いとも簡単に彼は奇蹟を起こしてしまう。気づけばふたりを隔てるものは何もかもすべて、曖昧になっていた。
おそるおそる、シャアはアムロの指を握る。握り返す。これ以上彼がとけてなくなってしまわないようにと。きっとそれだけが今、たしかで、唯一残ったほんとうの望みと呼べるものなのだろう。
「アム、ロ……」
「ああ。傍にいる――……ずっと」
そうして、轟音と共に機体が揺れる。さいごにみたのはしろいほのおだった。