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    8888_hari

    @8888_hari

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    8888_hari

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    返歌という名の、私の解釈。

    沈んで、眠るまで カザグルマとハインの関係は、知り合いの知り合いといったところだ。
     リアの妹がマリア、マリアの同居人がハイン。他人ではないが、友人というほど仲が深いわけでもなく。この間柄にわざわざ名前をつけるなら、やはり「知り合い」となる。
     いつだったか、『心が抜け落ちたような顔』とリアの兄弟は形容した。その表現は、あながち間違いではないと感じる。心が無いとまでは思わないけれど、静かでどこか冷めた雰囲気は、若い女性にしては異質だった。
     異世界から来た軍人、と彼女は言う。非現実的だが、彼女が嘘をつく理由は見当たらず、それに『蛾の目の腰布』という不思議な代物が、そうじゃないと説明がつかない。
     話が逸れてしまったが、何が言いたいかというと、ハインとカザグルマではあまりにも生きてきた道が違う。その事実をカザグルマは早くに察したから、踏み入った話はしなかった。ハインも身の上話を好むタイプではないだろうし、両者ともその気がないから、機会が起こりえなかったのだ。そもそも、大事な話なら、まずマリアやもっと身近な人に喋ると思う。
     そう思っていたのだが、案外、全く無関係で共通点のない相手への方が、話せることもあるのかもしれない。
     
     ぽつぽつと、注意せねば聞き逃すだろう小さな声を零すハインに、カザグルマは耳を傾けていた。彼女は、早いペースでウィスキーを飲み下した。その様はどちらかというとやけ酒のようだったが、喚くわけでも怒るわけでもなく、彼女はぼんやりと暖炉を見つめる。橙色の火が、瑠璃の瞳の中で揺れていた。
    「この…… 覚えがあります」
    「うん?」 
     昔、こうやって誰かと飲んだのだと。悩みはないかと聞かれたのだと彼女は言った。平生より空気のやわらかい彼女は、ふわりとした笑みを浮かべている。流れているBGMに溶け込む、ハインの上機嫌な鼻歌。離れたところに座っているマリアも、その様子にニコニコしていた。この子も歌ったりするんだなぁ、とカザグルマは認識を改めながら、ロックグラスを口に運んだ。強いアルコールの匂いが鼻を抜け、チョコレートに似た甘みが舌に残る。初めてウィスキーを飲んだときは、その強い風味に顔を顰めたが、今は美味しいと感じられる。酒に慣れることが立派なことなのかは微妙だが……。
     思うに、酒は味を堪能するとかより、どうにもならない負の感情を、理性トばして吐き出すための燃料として飲むのだと思う。格好悪いかもしれないが、そうしないと生きていけない瞬間は、誰にでもある。だから悪いことではない。
    「……多少は、鈍る気がします」
    「それだけ飲めば当たり前さ」
     というか、そこまで酔っていないように見える。軍人には、でかいジョッキで豪快に飲むというイメージがあるが、ハインはそうではないらしい。いや、後衛だったんだっけ。情報を扱っていたとか……。じゃあむしろ、飲んで羽目を外すなんてできなかったのかもしれない。見やると、持て余したようにハインはグラスをいじっていた。水滴が、黒い手袋に小さな染みをつくった。
     知り合いや友人に、今まで酒関連でかけられた迷惑をカザグルマは想起する。酔って感情をぶちまけ、面倒な絡み方をしてくる奴らの相手は、物凄く疲れる。が、そういう夜のおかげで、彼、彼女がまた明日を迎えていけるのなら、まあ甘んじて許してやろうと思うのだ。
     ハインに、そういう夜はあったのだろうか。その“誰かさん”は、彼女の悩みを聞けたのだろうか。
    (……聞けなかったんだろうな)
    だから、今日の彼女がいる。
    「泣いたことはありません」
     いつもよりぼんやりとしているが、それでも淡々とした声で彼女は紡いでいる。
     涙となりえる感情を、彼女はこらえた、無視した。だがそれは、意識から外したというだけで、存在はしている。消えることなくドロドロと体内に蓄積していってしまうから、もう動かぬように硬化させた。それは、彼女の一種の強さなのかもしれない。
     それでも、あるものはある。悲しいものは悲しい。
     酒でゆくりと溶けだした、もはや名前のつけられないそれが、彼女の透明な声に滲んでいた。
     吐き出し方を知らないのかもしれない。吐き出すことにすら理由を求めているのかもしれない、とカザグルマは思った。
     
     いつの間にか音楽は止み、暖炉の炎がはぜるパチパチという音がよく聞こえた。
    「飲んだのは……冬だったと思います」
     灰髪の元軍人は、口を開いた。分かってはいたが、彼女の昔話は、カザグルマにとっては非日常的で、本や映画の話のようだった。でも、張り詰めたこんな非日常が、確かに彼女の日常だったのだろう。
    「メリットでしょ?」
     世界を背負わなくてはいけない、軍人の顔と、
    「……メリットなんですよ……」
     1人の、人間の顔と。
    「どこが悪かったのですかね」
    「……」
     ハインは、無意識にグラスをきゅっと握っていた。答えることはできない、彼女もカザグルマに答えを求めているわけではない。逃げのようになってしまうが、そもそもこれは悩み相談ではないのだ。カザグルマは単なる聞き役。
     でも、だから聞き役なら聞き役らしくと、彼は遮ることもなく、ただ彼女の言葉を拾っていた。
    「手の内を見せましょうか」
     とけたような瞳でハインは目を細め、変わらぬ微笑を浮かべた。芝居がかった右手が動き、シルバーの指輪が反射する。
     彼女は、誰に話しかけているのだろう。仲間の軍人へ、助けられなかった人たちへ、その誰かさんへ?
    「こっちの首をあっちの首に、ね。挿げ替えればいいだけ」
     簡単でしょ? と、ハインは首を傾ける。悲しみ、怒り、それらを全て覆い尽くす、深い諦念のグレー。
    「現実なんて、割とそんなものですよ」
    「……」
      カザグルマは、黙りこくった。文字通り、返す言葉が無かったからだ。軽い背中と、吹き抜ける風のような自由。そういう生き方をしてきた彼は、己すら道具にして、何かのためにひたすら進むということをしたことがない。 
     でも、旅をしていれば様々な街で様々なものを見聞きする。だから、ハインの言う『現実』を否定することはできなかった。
     世の中、誰が悪いと明確に決められる問題ばかりではない。でかい問題であればなおさら。突き詰めれば突き詰めるほど、そこにはたくさんの糸が絡まっていると気がつく。
    「説明をしろ」と人々は真実を求めるが、そういう複雑に入り組んだ真実を見せたとて、彼らは納得しないし、理解しにくい、だから怒りは止まない。人々が知りたいのは「責任者」で、つまりはその怒りの矛先だ。
     なぜ当人がそんなことをしたのか、はそこまで重要ではない。それは「悪人だから」で事足りる。その悪人が消えれば、それで解決したように見えて……とりあえず、追求の声はなくなり、世間話の種になって、やがては風化する。
     こんなことを考える時、ふと母のことがよぎる。
     母は、どういう思いを持っていたのだろう。
     そもそも、何故カザグルマのような事情ある生まれの人間が、今日まで平穏に暮らせているのか。いや、昔、何度か見知らぬ人間が家に来たことはあり━━祖父がそのたび「どっかで遊んでこい」と言ってきたので、彼らが誰かは知らなかったが━━今思うと、その人たちが母の家の人間だったのだろう。まあだから、祖父が上手く事を運んだとも考えられるが、それでも不思議であった。
     手持ち無沙汰さに、カザグルマはウィスキーを飲んだ。氷がかなり解けてしまったそれは、薄い味がした。

     母の故郷に行ったことがある。田舎といえば、田舎。けれどもそこそこに賑わいがあり、でもどこか閉鎖的で、皆同じような顔をした、平凡な街。立ち寄った店の店主に、それとなく母の家のことを聞いた。お喋りな店主は、よく話してくれた。その家のことはよく知られているらしく、途中で常連客たちも交ざって、まあ十分すぎるほどに情報を得た。どこまで信憑性があるかはわからないが。
     母の母、つまりカザグルマの祖母にあたる人物は、早くに亡くなっていて。
     亡き妻の忘れ形見であった母は可愛がられていて。
     でも、途中で父は再婚して。
     男の子が産まれて。
    「まー、反りが合わなかったんだべさ、娘さんと奥さん」
    「年頃の娘さ、仕方ねえよ」
    「優しそうな人じゃったけどなぁ。お前、同級生じゃなかったっけか」
    「いんや、一個上です。でも、変わりモンだったからなぁ、あの人」
     カザグルマは相槌をしつつ、耳を傾けていた。話題は、やはり駆け落ちの話に移る。相手は、少なくとも地元の人ではないらしい。だから店主らも、彼についてはほとんど知らないようだった。よそ者がたぶらかした、だとか。若者の、ちょっとした出来心だったんだろう、だとか。街の人々の認識が、何となく伺えた。こんなものだろう、と思った。そん時飲んでたのも、ウィスキーだったっけ。
    「んで、その娘さん居なくなった後、どうなったんです?」
    「さあねぇ、捜索はしたんだろうけども、行方不明のまんまよ。今は、息子さん……、二人目との間のね、その人があとついでやっとるよ」
     店を出たあと、カザグルマはぼんやりと考えていた。その継母は、自分の子に家督を継がせたいと思ったのではなかろうか。いや、順当にいけばその息子が家長になるのか? でも、それ以前に、夫には自分たちのことだけを見て欲しいと思うのではないだろうか。反抗的な、血の繋がりの無い娘を、その人はどう思った……?
     少しふわふわした足取りで、カザグルマは歩く。一瞬、通りすがりの人とぶつかりそうになった。あぶね、と歩くのを止め、酔いがさめるまで、近くにあった喫煙所で煙草を吸うことにした。
     母が居なくなることは、都合が良かった。もしかしたら、駆け落ちもただの駆け落ちじゃなかったのかもしれない。
     しかし、それは憶測の域を出ない。確かなことは、ただ横たわっている事実だけだ。
     ふーっと、カザグルマは息を吐いた。酒の浮遊感は落ち着いて、少しづつ脳が冴えてくる。少なくともこの街では、母はよそ者とどこかへ消えた、変わったところのあった女として解決している。それを引っ掻き回そうとは思わない、旅人の分際でそんなことをするつもりもない。
     次の日の早朝、カザグルマは街を出た。どんよりとした空模様で、分厚い雲がのしかかるようだった。息苦しい街だったな、と呟いたら、そんな日常で呼吸できる居場所を探す、一人の少女が思い浮かんだ。

     
    「そろそろ止めた方がいいんじゃない?」
     マリアの声にはっとして、意識が現在に戻る。隣を見ると、ハインは、また注がれたグラスに口をつけていた。笑顔でつらつらと並べる言葉は、彼女なりの叫びに感じた。でも、彼女は泣いてはいない。
    「大丈夫」
     大丈夫じゃないから何杯も酒を飲んでいるのだと思うが。大丈夫と言いながら、ハインは微睡んでいく。
    「……笑ってください。守るべき人々の背中で、篭城するしかできなかった我々を」
    「…」
     誰かのせいにできたなら、楽だったのかもしれない。でも、全てを見通すような碧眼は、きっとそれを許さない。盲目的になれない。
     異世界に来ようが、どれだけ時間が経とうが。
     彼女の中では、まだ戦争は続いていて。それは他人が、少なくともカザグルマが終わらせられるものではない。

     ハインが眠りに落ちたのを見届けながら、彼女の胸中に思いを馳せた。
    「……嬢ちゃんのさぁ」
    「はい」
    「気持ちが分かった気がするわ」
     そう言うと、マリアは少しだけ困ったように微笑んだ。
    「ほっとけないんですよ」
     マリアは、ハインの髪をさらさらと撫ぜる。その様は、どことなく姉妹のようでもあった。
    「さっき、何を喋ってたんですか?」
     視線をハインに注いだまま、マリアは問うた。そもそも彼女は離れた席にいたし、会話の内容はあまり掴めなかったのだろう。
    「あー……内緒」
     えー、とマリアは苦笑する。が、「……私、信用されてないんですかね」と、少しだけ心配そうな顔をした。
    「いや、信用されてると思うけど」 
     仲良いからこそ、知られたくないこともあるんじゃねぇのと返すと、マリアは納得したような、してないような顔をした。
     村を潰した。国を潰した。民衆を潰した。現在を潰した。
     冷酷で、無慈悲な、人を殺すことを何とも思わない軍人。
     世界は、ハインをそう思ったのだろうか。
     でも、それに憤ることはできない。なぜなら、カザグルマは当事者ではないから。もし自分が当事者だったら、大切なものを失ったら、その民衆と同じように、ハインを責めていたかもしれない。
    そして、やはり事実は事実として、揺るがすそこにある。
     
     救うことはできないし、一緒に背負うことも不可能、そもそもその覚悟もない。それでも知ってしまった以上、どうか幸せを、と願うのは自分勝手だろうか。
    「ここに居ればいいさ」 
     ぼそりと、カザグルマは呟く。
     この世界にいればいい。新しい世界で、失ったものがあるなら取り戻せばいいし、取り戻せないなら、新しい何かを手に入れれば良い。
     過去はきっとついて回るけれど、 本当に聞くだけだが、話を聞くくらいはできる。
     小さな元軍人は、静かに寝息をたてていた。
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