無題ソニックは、みんなに愛されている。
ソニックは、みんなのヒーローである。
ソニックは、弱さを見せない。
ソニックは。
...言葉が出てこなかった。
「ソニック」とは、誰?
「君、最近眠れてないだろう。」
声をかけられて、現実に引き戻される。思考回路は鈍く、聞こえて来た声を処理するのに時間がかかる。
最近、寝たのはいつだろう。思い出そうとしたが、言葉のほうが先についてでた。
「Umm.いつだったかな...お前が毎晩寝かせてくれないから―」
「茶化すな。」
「ハイハイ、俺が悪かったよ。」
両手を上げて反省しているかのように、ポーズを取る。舌打ちしているのが聞こえるが、いつものことだ。
この部屋の空気にも飽きた。旅にでるのもいいかもしれない。
「とりあえず、ここ最近じゃないか?なんだかんだ忙しかったし。」
確か...どこかに出かけて、トラブルに巻き込まれたことは、二度や三度あった気がする。
が、不眠に関係あるかと言われると頭に疑問符が浮かぶ。
「...…。」
「聞いといてだんまりは、ずるだろ。」
無言で席を立ち、出かける準備を始めたシャドウが、背中越しに話しかけてくる。
「...ここ最近なら、一過性のものだろう。チリドッグでも食ってさっさと寝るんだな。」
「まったく、お前って...そういうとこ不器用だよな。」
「少しでも理解したなら、その目の下のクマをなくす努力をしろ。」
カオスコントロールと声が聞こえた瞬間、シャドウは消えた。
任務があるとは聞いていたので、当分この家には戻ってこないだろう。
「まぁ、可愛いダーリンの言う事だし、メシでも食べるか...。」
肩をすくめながら、チリドッグのストックがあるか確認する。確か、昨日か一昨日に買ってきた分がこの辺に...。
足がよろめいて、世界が回る。
ぎりぎりのところでテーブルに手をつき、倒れるのを防いだ。
「Oops! 完全にヤバイな...これ…。」
座り込んで、深呼吸をする。
心臓の音が聞こえる、少し速い。頭もまだクラクラする。
落ち着くまで、動かないことにした。することがないと、鈍い頭の中でも、思考が駆け巡る。
いつからだろう、この家の居心地がいいと思ったのは。
いつからだろう、ヒーローの仮面を被り始めたのは。
いつのまにか…仮面が外せなくなった。
耳鳴りがする。そのうち何も聞こえなくなって…。
―...い!...しっかり...!―
―目を覚ませ!ソニック!―
弾かれるように体を起こし、また視界が揺れる。
「っ!無理をするな、君は倒れてたんだぞ。」
よろけた体を、シャドウに支えられた。その表情と声色は本気で焦って心配しているようで、すこしこそばゆい。
床に座り込んだところまでは覚えているが、目が覚めた場所はベッドになっている。
倒れていた、とシャドウが言うのだからここまで運んでもらったのだろう。
「...Thanks Shadow.」
「...らしくないな。」
そう言ったシャドウの顔は、少しだけ安堵の表情を見せていた。
俺は、内心ほっとする。
「Ha. 言うじゃないか。」
それ以上は何も言わなかった。もしかしたら、言えなかったのかもしれない。
言えばまた、いつもと変わらないのに言えなかった。
二人とも何も言わずに時が流れる。お互い俯いて、目を合わせることもしなかった。
しばらくして、ふわりと両手が重ねられる。
指先に伝わる温もりは、ほんの少しだけ震えていて―それでも、シャドウはその手を離さなかった。
ふぅ…。と息を吐き、シャドウが言葉を紡ぐ。
「...君は、ソニックだ。ただ、走ることが好きなだけの、ソニック・ザ・ヘッジホッグだ。」
「ヒーローでもなんでもない、ただのソニックなんだ。」
ただ、走ることが好きなだけ。自分が何者か、思い出すには充分過ぎた。
思い出させてくれたのは、シャドウだった。
「何も言わなくていい。君は、僕の肩を借りているだけでいいんだ。」
「昔、君が同じようにしてくれただろう?」
外せなくなっていた仮面は―もう、ない。