「なぁ、それどうにかならねぇのか」
彼が唐突にそんなことを言ったのはデートの帰り道のふとした瞬間だった。
「それって?」
隣を歩く彼を見上げる。何か気に食わないことを言っただろうか、思い返すが心当たりがまるでない。
「だから、そのジローっての」
一瞬咀嚼しきれず頭がフリーズする、何を話していたっけ。確か昨日みすいとジローが遊んだんだってーとかそんなことを話していた気がする。ジローっての……この話題そんなに跡部くんの気に食わなかったかな。
「え、跡部くん、だってジローと仲良」
「そうじゃねぇ」
珍しく跡部くんが私に被せるように言葉を連ねる。
「なんで俺は跡部くんなんだよ」
彼氏だろ?と私の手を握る恋人繋ぎの指が少し強まる。親指で手の甲を撫でられ顔が熱くなる。
「だって、ジローはみすいのが移って…」
跡部くんは跡部くんだし…という言い訳にもならない言葉が零れる。
「跡部くんだしってなんだよ」
彼の目が少し細まる、これは彼なりに不満に思うことがあった時の癖だ。こういう時に彼が後輩なんだと気付かされ、可愛いなと思う。普段は全く可愛くないけれど。思わず笑みが零れ彼の不満気な空気が更に濃くなる。
「なに笑ってんだ」
「跡部くんは可愛いね」
「お前のが可愛いだろ」
間髪入れずに返され、今度は私が口篭る。
それに少し満足したのか彼は言葉を重ねる。
「なんで友達の彼氏は呼び捨てで、肝心の俺はいつまで経っても跡部くんなんだよ。そもそも俺の方が年下だろ」
なぁ先輩?とこちらを向き首を傾げる。
「だって」
「だってじゃねぇ」
ただ恥ずかしくて呼べないだけだ。跡部くんと呼ぶのでさえ心臓が苦しいのに、名前だなんて、無理だ。
「最近可愛くなったって聞くんだよ」
唐突に彼が言う。話の脈絡がなく理解出来ずにいると私をチラリと見て続ける。
「この前全校集会で表彰されてたろ。それから俺の周りで偶に聞くんだよ、あの高校生可愛かったってな」
確かにこの間部活動の大会での結果を表彰された。でも私が可愛くなったのなんてそんなの
「それは跡部くんと付き合ってるからだよ」
跡部くんが可愛い、大切だと毎日当たり前のように教えてくれるから、私も前より自分に自信を持てるようになった。自信は見た目にも繋がるとよく聞く。
「お前が可愛いのなんて当たり前だ。今更可愛いだのほざいてるやつは昔それに気が付けなかった自分を恨めって話だ。」
だがなと彼は続ける。
「お前が他のやつにチヤホヤされてるのは、なんか嫌なんだよ。」
彼は照れ隠しのように前髪をかきあげる。
「挙句の果てに他の男は呼び捨てときた、そろそろいいだろ」
俺のだって証が欲しいんだよ、そう囁かれてしまうと何も返せない。
「無理だよ、恥ずかしい、から」
気が付けば私の家の前。おのずと足が止まる。
「じゃあいつになったら呼べんだよ」
私の顎を掬い目を合わせ問いかけてくる。
「いまは、むり、ほんとに、すきだから」
目を逸らし何とか絞り出す。
「じゃあ俺のだって証は?」
彼の影が私の影に重なる。
「…なんでも、すきなことして、いいよ」
私が思いつく精一杯の言葉はこれしか無かった。
静寂が流れ、彼の足音が響く。1歩また1歩、彼と私の距離が縮まる。
「…言ったことには責任持てよ」
先輩なんだからと笑うと彼の顔が私の首筋に埋まる。チクッとした痛みのあと彼が離れる。
「今はこれで我慢してやるよ」
首元を抑え顔を真っ赤にする私を傍目に彼は背を向け手を振る。
「じゃあな、いい夢見ろよ」
こんなの、寝れるわけない。