あっちの機能とkokoroの容量とるぅまの好奇心のはなし「セクサロイド機能?」
今日はあの公園へ散歩に行かないかい?
そんな気軽さで、正面に立つアンドロイドが口にした言葉に思わず鸚鵡返しをする。
「そう、ハイスペックモデルのアンドロイドの中には、この機能を持つ子もいるでしょう?」
わたしたちのようにね。
変わらない柔らかな表情で、手元のホログラムを操作する隻眼のアンドロイド───ルゥマはゆったりとそう嘯いた。
人間が作り出したアンドロイドは、人々の生活を支えるため、様々な機能を搭載するようになってきた。
ハウスキーパー、製造、警備関連、災害救助に至るまで。
人々の要求に答えるべくして、ありとあらゆるアンドロイドが世間には存在している。
人の中にはアンドロイドに自身の性欲を果たさせるような好事家も中にはいるのだ。
人間の欲というものは、本当に底が知れない。
所謂セクサロイド機能と言うものは、人の欲求を解消するために生まれた機能のうちの最たるものだ。
私達を作製した開発者もまた、拘り抜いて私達を作製したもので、たしかにその機能を私達も持っている。
人の手から独立した私達が、その機能を果たすことも無かったが。
「この子はここに置くつもりだから、その機能は必要ないと思うな。」
私とルゥマの間に横たわる作成途中のアンドロイド。
外殻は完成、あとはkokoroと呼ばれるAIや様々な機能をアップロードするだけだ。
これまでに何体ものアンドロイドを
作成してきた私達が、自身の持つ技術を集結したハイエンド、まさに最高傑作としようとしている子だ。
他の誰かに譲渡するつもりなんて更々無い。
「アンドロイドである私達のそばにいるのに、その機能を持ったところでなんの意味もないだろう?」
単なるジョークにしか聞こえない(というかジョークにしかならない)提案に、少しだけ笑いながら視線をやると、ルゥマは少しだけ肩を竦めておや、それは残念ですねぇ。とあまり残念そうには見えない体で言ってみせた。
これでこのお話はおしまい、と手元のホログラムに集中する。
必要の無い機能を持たせるくらいなら、もっと他の機能を搭載したい。
あれもこれもと考えてしまうのは、人の欲求に似ている気がした。
完成したアンドロイド───ES-0406RN アインザッツと名付けたその子は、正しく最高傑作と言えるアンドロイドだ。
当初はぎこちなかったものの、半年も経てば指示されたことはてきぱきと完璧にこなし、私達の身の回りの世話も無駄なく行えるようになった。
近いうちにも、私達が心を砕く、とある事の調査にも単独で務められるようになるだろう。
気になることが有るとすればひとつ。
「kokoroの発達が他の子に比べると少し遅いようだね。」
アンドロイドの感情と言うべきkokoroプログラムは、他の者とや様々な外的要因と接する中で半自動的にアップグレード、つまり成長していく。
半年も稼働していれば、ある程度感情と言えるものが備わっていく。
アインも私とルゥマ、外出をすれば様々な人やアンドロイドと接することもあり、インプットされるものも多いはずだが、人からすればまだかなり機械的な印象をあたえるだろう。
アンドロイドに機械的にと言うのも変な話なのだが。
つい先日も街中でスリープ状態で待機していて、通行人がぎょっとした顔をしていたな。
「色々と機能を詰め込みすぎましたかねぇ?」
並べられた焼き菓子と温かい紅茶。
香りの良い紅茶を楽しむアフタヌーンティーのひとときは、私とルゥマのお気に入りの時間だ。
ルゥマはよくお気に入りの茶菓子を見つけてくる。
教えれば最初から当たり前のように美味しい紅茶を入れられるようになったアインザッツの顔を覗き込み、ルゥマが首を傾げる。
はて、なんの話を?と不思議そうにしてもいい所を、アインは何の疑問を持たず、何か他にご用命でしょうかと返す。
なんだかちぐはぐなやり取りで少し笑ってしまったが、なんでもないよ、と返せば、アインは姿勢良くテーブルの側に佇んだ。
「あとでメモリーを見てみましょうかねぇ?不具合なんてことはないでしょうけれど、改善できるかもしれませんし。」
「そう?私はこのあと用があるから頼めるかい?」
ともにこの子、アインザッツを開発したルゥマだ。信頼のおける彼に任せるのはなんの問題もない。
「マスター・ノーベル。外出されるのでしたら私もお供いたします。」
「そんな大した用事ではないから私一人で大丈夫だよ。ルゥマにちゃんと診てもらっておいで。夕食までには帰るから、家のことも頼んだよ。」
「承知いたしました。」
アインは会話が終わればふっと伏し目となり次の指示を待つ。
必要最低限の会話となってしまうのも、kokoroが未発達が故なのだろうか。
この子と長い会話を行えることは非常に稀だ。
アインは私と一緒にお留守番ですよ、と笑うルゥマに彼を任せ、用向きの時間となった私は家を後にした。
「マスター・ノーベル、お帰りなさいませ。」
「ただいま、アイン。」
陽を終えて帰宅した時にはすっかり日が傾いていた。
アインはいつも通り、私を出迎えて愛用の帽子を預かってくれる。
「やあ、お帰りなさい、ノーベル。」
「ただいま、ルゥマ。メモリーはどうだった?」
ソファーで寛ぐ様子のルゥマを見ると、既にメンテナンスは済んだのだろう。
彼のことだから、さほど時間も掛からずに終わったと見えて、アインも問題なく稼働しているようだ。
「少しだけね、いじってみましたよ。あとはアイン次第ですねぇ。」
「そう。アイン、何か変わったような感じはあるかい?」
「いえ、通常と変わりありません。」
アイン。そういうところ。
アインの言うとおり、普段と変わらないいつものアイんだ。
メモリーを少し改修したところで一足飛びにkokoroが発達することもないが、家に帰ってきたら別人のように感情豊かになったアインがいたら、かなり戸惑いそうだ。
「私の顔に何か付いているかい?」
ふと見遣ればアインが珍しく私より少し高い位置からじっと見つめている。
アインが何かに注視するのは何かを教えている時や観察を頼んだときは以外はあまり無い。
「いえ、特には…ありません。失礼いたしました。」
これもまた珍しく、歯切れの悪い返事だ。
やはり本人が気付いていないだけで、何かしら変わったところもあるのだろう。
「構わないよ。すっかり遅くなってしまって悪かったね、夕食にしようか。」
これからきっと変わってくるのだろうと、楽しみな気もする反面、少しさびしい様な気がするのは親心と言うものだろうか。
みずからの手で作り上げたアインは、正しく私にとって自分の子のようなものだ。
今日もその見事な腕前を奮ったアインの手料理を味わうべく、私達は食卓に付いた。
ふわり
ちくり
何かが触れるような、刺さるような感覚。
首や背中、私から見えない部分に見えない何かが触れている、ような気がする。
街中を歩く人型のもののうち、半分がアンドロイドを占めるようになった現代では、アンドロイドにも人に近い皮膚感覚の様な機能が備わっている場合が多い。
外部からの接触はアンドロイドにとっても、人と変わらず重要な情報であることに変わりは無いからだ。
何かが触れたような気がして振り向いても、そこには何もない。
こんな事はこれまでに無かった。
外皮センサーに何か異常があったのかもしれないが、家にいる分には問題は無さそうだ。
ルゥマはもうスリープすると言っていたから、明日にでも診てもらおうと考えていると、ふとアインに目が留まる。
毎週金曜日には夕食の後片付けの後、シンクを綺麗に磨くのが、彼の習慣なのだ。
「アイン、今日はそこまでにしてもう休もうか。いつもキレイにしてくれているから、もう大丈夫だよ。」
すっかり彼の領域となっているキッチンへ寄れば、汚れ一つなくぴかぴかになっている。
必ず綺麗にしておきなさいと教えたわけでは無いのにしっかり手入れをしているところを考えると、このこだわりは彼の感情の一つかもしれない。
感心しながらキッチンを見回していると、また何かがちくりと触れる感覚。
ほぼ反射的にその感覚のする方へ視線をやれば、そこにあったのはアインの瞳だった。
「マスター・ノーベル」
「アイン?どうかしたのかい?」
アインの呼びかけに応じれば、彼の目元が小さく動く。
何か彼自身に異常が起こったのかと肩に手を置こうとしたら、ぱちりと小さな音を立てて、彼の大きな手のひらに捉えられてしまった。
「アイン?」
きゅう、とアインの手のひらに力が籠もる。
いつもと同じように静かな表情のままなのに、どこか苦しそうに見えるのは何故なのだろう。
今日の彼がそうしていたように、アインの顔をじっと注視していると、唇に柔らかなものが触れた。
「…え」
気付けばゼロ距離にある彼の整った顔。
頬に触れる片眼鏡の装飾。
そういえば、私のピアスと揃いのデザインにしていたな、などと思考が明後日の方へ飛ぶ。
キスをされた?と思考が元ある場所へ戻った途端、アインの申し訳ありません、という謝罪とともに腕を強く引かれた。
「アイン!?アインザッツ!どうしたんだい!?」
返答はなく、強く引く腕に導かれるようにアインの後を辿る。
彼がこんなふうに強引に動く事などこれまで一度もなかった。それこそ腕を掴まれることすらも。
一際強く腕を引かれた途端、バランスを崩し、視界が反転する。
ぼすりと音を立てて、背中には柔らかいソファーの感触と、後頭部には大きな彼の手のひら。
かちゃりと床を叩く金属の音。
視界を埋め尽くす、艶やかな黒。
「今日、あなたが帰ってきたときから、マスター・ノーベル、あなたの姿を目にしてから、あなたに触れたいと…」
いつもは理路整然と話すのに、一言一言、言葉を探すように辿々しく言葉を紡ぐアイン。
ふと、半年より少し前のルゥマとの会話が蘇った。
『この子にセクサロイド機能をつけてみません?』
一般的に、セクサロイド機能は表立って装備されているものではなく、パスコードの入力によってその機能が制限解除される。
あの時は結局無意味だと搭載しなかったはずとばかり考えていたが、もしそうではなかったとしたら?
アインザッツのkokoroの発達が遅いのは、ないと思っていたこの機能のせいで、メモリー容量がが認識していた以上に埋まっていたからだとしたら?
もし、ルゥマがそのパスコードを入力していたのだとしたら?
ロックの掛かった領域が開かれた途端、彼のkokoroに影響を及ぼすのもなんとなく頷ける。
それでも、この状況に驚くことは変わらないが。
待ちなさい、と声に出す前にアインの瞳の奥で小さな光がちかちかと光るのが見えた。
アンドロイドへパスコードを入力する箇所は、人で言う中枢神経のある頭部、首、背の中心。
そしてメインで外部情報を取り入れる瞳。
「お慕いしております。マスター・ノーベル。」