あ、抱きつきたいなと思った。目の前の男の広い背中を見て、そう思ってしまった。
「千早、今日バッセン行こうぜ」
振り返って声をかけてきた目の前の男、藤堂葵は千早瞬平のやましい思いなど気づきもしない。気づかれたくはないけれど。
「いいですね、藤堂君にパスタ奢らせてあげますよ」
「お前が俺にラーメン奢んだよ」
いつも通りの軽口を叩いて、千早は藤堂の隣に並ぶ。背中を見ないようにすれば、さっきの血迷いごとは忘れられると信じて。
結論から言うと二日経っても忘れられなかった。昨日は学校も部活もない完全なオフだったのに、藤堂に会うこともなければメッセージをやり取りすることもなかったのに、益々想いは募っていった。
どうしたものかと千早は考える。いっそ本当に、一度だけでも抱きしめることができたら満たされるのに。
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