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    みらとり3p3話目、もといあなたの孤独の話

    🍣♀視点 / 仲のいい南♀ / これは120分の映画の90分のところです

    爛漫レイニー「ブラッドさん、よかったらこれ」
    「ウィル……」

     和菓子を差し出してきたのは元メンティーだった。出会ったときから変わらない、柔らかな雰囲気とともに。

    「あたたかいお茶も用意したので、一息つきませんか? もちろん、無理にとは言わないんですが」

     穏やかな笑顔を浮かべているものの、有無を言わせない雰囲気もある。今まで担当したメンティーの中でも、ともすれば一番かたくなな部分を持っている奴だと、知らないわけもない付き合い。

    「……いただこう」

     ペンを置いた。少し、手首が痺れていることに、そのとき初めて気づいた。……いけないな。戦えなくなる。メガネを外して、瞼を軽く抑えた。

    「店に並ぶ、品物の色が、秋から冬、冬から春……グラデーションみたいに変わっていくのが好きなんです。歩いてるだけでも楽しいですよね」

     今回は、でも、秋の最後のお味です。
     宝物でも見せるかのように、そっと手のひらで指し示された、茶巾絞りの練り切り。形自体は単純なものの、何層かに分かれて練り込まれた秋色が美しい。独特な風合いを持つマーブル模様に目が奪われた。単純な感想を呟く。

    「綺麗だな」
    「そうなんです……! ふふ、やっぱりブラッドさんにお渡しできてよかった。アキラなんか、放っておくと一口で食べちゃうんですよ」

     頬を膨らますウィルを眺めながら、その場面の想像をして、少しだけ口角が緩む。添えられた漆器で、ひとかけら切り取り、口に運ぶ。ほのか、どころではない甘みが脳に沁みて、……あぁ、そういえば糖分補給を疎かにしていた。

    「お茶もどうぞ。ブラッドさんが前、お好きだって言ってた銘柄です。淹れ方はマリ…あ。えっと、ふふ、上手なひとに、教えてもらって」

     あたたかな湯気が鼻腔をくすぐり、喉を温める。一口飲むと、渋みのない純粋な滋味が舌を潤し、心のどこかがストンと落ち着く。今日も知らぬ間に急いていたらしい、と、そのときやっと気づいた。
     きっとそんなこと、ウィルの方が先に気づいていたのだろう。

    「……あんまり、背負い込みすぎないでくださいね」

     心配そうな顔で、覗き込まれる。何も言わずに……何も言えずに、下がった眉と、細まった瞳を見ていた。

    「って、偉そうにすみません。ただ、雑務とか、ある程度なら、いつでもお手伝いするので、させてください。今日とかも、午後からオフですし、何かあったら…」
    「その気持ちはありがたいが……オフなら休息を優先しろ」
    「ふふ。ブラッドさんが言いますか、それ。でも、そのくらい、ブラッドさんの力になりたくて、あの…….いくらでも、頼ってほしいと、思ってるってことです。多分、それは、みんな」
    「みんな?」
    「ブラッドさんが思っているよりずっと、ずっと、みんなです」

     なんとも不確定な言葉なのに、やけに力強い断言。和菓子の甘さと、お茶の温もりと、ウィルの雰囲気で、かたまりかけていた心臓が、少しずつほぐれる。脳内のTODOリストを、なんとはなしに眺めていた。……ん。そういえばあの仕事は、ウィルが得意そうかもしれない。

    「…………また、連絡する」
    「絶対ですよ?」
    「あぁ」

     そんな返事をしたら、嬉しそうに微笑まれて、不思議な気持ちになる。嬉しそうな理由も、微笑む理由も、よくわからなかった。けれど、可愛いな、と、純粋に思う。一般的に可愛いとされる顔立ちだからか、メンティーだからか、はたまた。
     誰かの笑顔を、ひさびさに見た気がした。
     なんでだか、よく、妹も、大切にしたい奴らも、泣かせてしまう。そのことが、時折かなしい。






    「おお! ブラッドじゃねぇか!」
    「アキラ?」

     今日はなんだか、見知った顔によく会う日だ。下降中のエレベーターが止まった途中階には、燃えるような赤い髪がいた。乗り込んできたのを確認し、扉を閉める。ボタンを押そうと手をかざしながら、問う。

    「どこに向かうんだ」
    「1階! って、ブラッドもか。じゃあ一緒だな、へへ」

     扉が閉まる。
     変わらない、制汗剤の匂いがした。溌剌とした、柑橘系。よく似合う。横を向き、目が合うと……なぜか、こちらを見て笑っていた。先刻の、ウィルの笑顔に少し似ていた。

    「……お前も、嬉しそうにしているな」
    「え?」
    「なにかあるのか?」
    「なにか、って……わかんねーのかよ」
    「あぁ」

     ウィルとの約束でもあるのかもしれない。それか、トレーニングの調子でも良かったのだろうか。直近に任務の予定はなく、達成感、もしくは期待からのものではないと推測される。では。
     では?

    「ひさびさに会えて嬉しいからだろ、ブラッドに」

     拗ねたようにそんなことを言った後、「なーんてな!」と、また、笑われる。
     あまりに、驚いて。
     一瞬、息が止まる。

    「おいおい……考えもしてなかったー! って顔だな」
    「考えもしていなかった」
    「お前は? ブラッドも、嬉しいだろ、オレに会えて」

     それは……まぁ、そうだな。そうかもしれない、と思った。たしかに。言われてみれば。乗り込んでくるのがアキラだとわかった瞬間の、あの、なんとなく弾むような心地は、嬉しさだったのかもしれない。

    「エリオスに入って、まあまあ年月経って、知り合いも増えたし、後輩もできたけど……やっぱ違うよな、研修チームの時のメンバーって、なんか」
    「そういうものなのか?」
    「そうだろ。お前だって特に、10期のあの、」

     チン、と。
     軽い音を立て、エレベーターは目的階に到着した。扉はいとも簡単に開く。手とつま先で扉をおさえ、「おさきにどーぞ」と促してくる、アキラ。話の続きは、行方不明になったようだ。
     軽く礼をいい、メインフロアに足を踏み出すと、そこには。いや、そこにも。

    「ブラッドさま!」

     いた。
     抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきたのは、見知った…なんて表現さえも拙いほどの、時を共に過ごした相手。……あぁ。その笑顔を見るのは、今日で三回目だ。
     名前を先に呼んだのは、私の後ろから顔を覗かせた、私たちのメンティーだった。

    「オスカー! 帰ってきてたのか」
    「あぁ。アキラも、久しぶりだな。ブラッドさまと一緒だったのか」
    「おう! っつっても、エレベーターで会っただけだけどな」

     倒錯的なほど、見慣れたトーンのやりとりに、時間感覚を見失いそうになる。しかし脳裏で思い返していたあの頃に比べると、アキラは随分と大人びて、オスカーは、随分と。
     遠くなった。
     それは、悪くない、ことではあった。わざと、でも、あった。
     まっすぐな、海色に、まっすぐに、己が映る。その光景は、ほんの少し前までずっと、当たり前のものだったのに。

    「ブラッドさま、お忙しい中お時間をありがとうございます……! 執務室まで訪ねてもよかったのですが、」
    「構わない。昼食のついでだ」
    「昼食?」

     …‥失言だっだ。かもしれない。喜色満面、といったような顔から一転。不安そうに聞き返してきたオスカーから、目を逸らす。

    「げ。おい、今何時だ? 昼休憩まで仕事してたのか」
    「……問題ない。午前中に、ウィルが甘味を持ってきてくれた」
    「それ言い訳にしたら、ウィル気にしちまうぞ……」

     ………………たしかに、それもそうだ。呆れたような視線と、気遣わしげな視線と、少しだけ目を合わせて、そっと逸らした。
     隣から、ため息が聞こえる。

    「なーんか、おかしくねぇか、お前」

     手首をきゅっと掴まれる。
     能力柄か、常に高めの体温が伝わる。

    「ワーカホリック? なのはずーっとだけど、でも、自分の健康を疎かにするようなやつじゃなかっただろ。ヒーローのシホンがなにか、オレたちに教えたのは誰だ?」

     詰るような声だったら、まだ聞き流せた。のに。切な感情が、120%乗せられた声色を、アキラはよく、巧みに使う。

    「最近はなんか、オスカーを言いくるめて、長期の出張任務に行かせたりしてさ、」
    「アキラ、それは…」
    「オスカーもわかってんだろ、ほんとは」

     遮って、止めようとしたオスカーが、また遮られる。……酷なことをしている自覚は、ある。ないわけがない。それでもアキラの発言を止めようとしてくれるような、そんな、オスカーにだからこそ、言えないこともある。

    「……なんか、知られたくねぇことでもあんのか?」

     手の、力が強くなる。じりじりと、熱が近づく。血が、沸き立つような、どこか苦しい息苦しささえ感じて、でも、振りほどいてしまうにはあまりにも、やさしすぎるメンティーの手だった。
     知られたくない、こと。
     など、星の数ほど。

    「ブラッドさま」

     その声に、ハッと、どこかへ飛びそうだった意識が戻った。心配そうな調子は抜けないものの、おそらく本人も意図して出してくれているのだろう穏やかな声に、緊張が緩む。

    「まずは、昼食を取りましょう。どこがいいですか? 任務状況の報告だけなら、タワー内で済ませてもよかったのですが……ブラッドさまと、ひさびさに、ゆっくりお話したいです」

     もちろん、あの、話せないことは聞きません。なのでもし、よければですが……。なんて言葉の、根源にあるのは、甘えのような感情だった。昔のオスカーであれば、一切向けてこなかったであろうそれに、弱い、自覚はある。可愛いなと、また、純粋に思う。甘えられることが、嫌いじゃないのは確実に、脳裏にいつもいるあの、幼い笑顔のせいだった。

    「オレも行く! いーだろ? せっかく会えたんだから」

     掴まれた手はそのままに、横から抱きつかれて、それなりに驚く。離さないとでも言うように、ぎゅうっと腕の中に閉じ込められた。可愛く、ない、わけがない。
     どうしましょうか、の目線を送ってくるオスカーに頷き、思考を働かせる。
     午後の時間を使い、報告を聞く予定だったオスカーの任務は、研修及びヒーロー派遣プログラムのテストだった。秘匿すべき情報などはなく、むしろ今後共有する可能性もある。アキラの現在の部署と、立ち位置を考えると、同席したところで特筆すべき不都合は起こり得ないだろう。
     それなら、まぁ。

    「……ウィルも、午後からオフだと言っていた」
    「おぉ! じゃあ誘って、サウスのダイナー行こうぜ! あそこなら昼飯になりそうなもんも、甘いもんもあるし」

     見上げてくる、アキラの笑顔が眩しくて、少し笑う。


     ひさびさに、食事の時間を楽しいと思えた。


     「すっげぇ聞きたいけど、お前が話してくれるの待ってる」と、耳打ちしてきたのは、ダイナーに向かう道の途中。
     だから四人で机を囲むひととき、他愛もない、話をした。オスカーが真面目に語る外の街の様子も、ウィルとアキラの視点から聞く今期のルーキーや最近の任務の話題も、興味深かった。仲の良いままのメンティーたちのやりとりを見て、思わず微笑んでしまったのは己だけでなく、そんなことを幸福に感じた。ひさびさの、ことだった。忘れていた、感覚だった。

    「……ずいぶん、髪が伸びたな」

     なんて、口に出したのはただの思いつきで。彼女たちがルーキーのとき…肩口で揺れていた頃を、思い出していたからだ。

    「あぁ、これは」
    「ふふん」
    「ふふ」

     何かを企むかのように目を合わせたあと、笑い出してしまった目の前のふたりに、首を傾げる。なにか、おかしなことを聞いたのだろうか。

    「ブラッドの髪、ずっときれいだろ?」
    「ふふふ。だから、そう、あれくらい伸ばしてみたいねって、ふたりで話したんです。ルーキーの頃から」
    「一回伸ばしてみたら、切るつもりだったんだけどよー、なんだかんだこだわると、楽しくて、まぁ、今でも?」
    「憧れです、ずっと」

     目を見開く。そんな、ことが、あるのかと。おどろく。視界の端で、軽く揺れる、己の黒い髪の毛など、家族と同じ色だなとしか、感情を抱かなかったのに。自分を、自分以上に見ている相手がいるというのは、いつでも不思議な心地だった。


     三者三様の理由で、絶対払うと言って聞かなかった三人に、払わせるわけもなく店を出る。


     数歩前を楽しそうに進むふたりの背中で、髪たちが揺れるのを眺めながら、タワーまでの道のりを歩く。
     しばらくそのまま、静かに夕日を味わっていたら、名前を呼ばれる。常に、半歩うしろを歩き続けるオスカーが、覚悟を決めたかのように、芯のある声を出した。

    「何も言いません。何も聞きません。それなら、おそばに置いてくれますか」
    「…………お前には、何の問題もない。お前は何も、悪くない」
    「それならばブラッドさまも、何も、悪くありません」

     何を知らずとも臆することなく、そんなことをまっすぐ言い切ってくれる、お前には。
     だから、言えやしないのだ。さみしい、だなんて。会いたいだなんて。すぐにでも叶えてくれるとわかっているから。頼りたくなってしまうから。できうるかぎり、強くいたい。勝手だと思う。勝手だと思え。心がゆっくり、かたまっていく。

     



     その日の。仕事終わりのことだった。オスカーが帰ってきているのなら、夕飯も誘おうかと思ったものの、アッシュからの誘いが先だった。せっかくのお誘いなのに…! などと渋ってくれるオスカーへ、先約を優先しろ、と言って聞かせ、一人で駐車場に向かう。今頃、久方ぶりのスパークリングに励んでいることだろう。

     外は、雨が降り始めているようだった。タワー外から通勤しているヒーローや職員たちは、帰れるのだろうか。幸い、傘があればしのげる程度の強さだけれど、時間が被る者がいるのなら、車で送り届けるのも手だ。誰かいないか、エリチャンに投稿……しようと、携帯を開いたところで、気づく。こんな、心に余裕があるのは、いつぶりだ?
     前回の投稿は、記憶もないほど昔だった。
     ひとまず車に乗り込んで、エンジンをかけ、文章を考える。
     きっと昨日までだったら、こんなこと脳裏によぎりもしなかった。むしろ、帰路についていたかどうかも怪しい。仮眠室に泊まりすぎている自覚はある。そんな、酷い有様だったのに。今日は帰ろうと思えたのも、雨を気にしてしまったのも、確実にあの、温もりたちのせいだった。
     投稿文を推敲する。
     まぁ、無理に乗せる理由はない。誰もいなければこのまま自宅へ帰り、ゆっくりと風呂に浸かるのもいいかもしれない。あぁ。ここ数ヶ月、浴槽につかる、なんて行為は、頭の隅にも浮かばなかった。本当に、休息を疎かにしていた。ウィルと、オスカーと、アキラの、心配そうな顔を思い出し、少し気まずいような心地と、じんわりとした嬉しさを味わう。

     投稿、の、ボタンを押す一瞬前。詰め込まれていた諸々が一旦傍に置かれ、スペースのできた脳内で、タワー外に住処を持つ何人かの顔を思い浮かべた。

     そのとき、
     コンコンと
     車の窓を叩いてきたのは。

     真っ先に思い浮かんで、真っ先に排除した顔だった。

    「……ディノ」

     小さく名前を口に出す。ガラス越しでも聞こえたのだろうか。にっこり微笑まれる。
     に げだしてしまいたい。
     けれど。この状況で、そんな選択肢はない。震える手で、窓を開ける。分厚い金属の扉に隠されたこの指先が、相手から見えていないことだけは、救いだった。

    「ブラッド! 今帰り?」
    「あぁ。……お前もか?」
    「そう!」

     たかなる、心臓を、おさえる。声に色がつくのなら、きっといちばんあざやかな人。平凡な相槌さえも愛しくて、早く逃げろと警笛が鳴る。

    「それで、あのさ」

     上目遣いで見つめてくる。子犬のような、なんて形容詞が似合う。ひとつも小さくないくせに。

    「乗せてくれない……?」

     断れるわけもないのだ。甘えられるのも、頼られるのも、この声も、瞳もまだ、こんなにも好きなのだから。


     「どこまで」と聞いたとき、言われた住所に少しだけ驚いて、でも、何も知らないふりをした。ナビに入れる必要もないくらい、道を覚えているくせに、そんなの無理な話だけれど。


     車中は、しばらく無言だった。「好きに、流せ」と、カーオーディオを指し示した。降りしきる雨音のせいで、無音ではなかったけれど、ディノはもっと、騒がしいほうがいいのだろう。少しだけ嬉しそうに「ありがとな」と言われた。

    「ブラッドは、いつも何聞いてるんだ? 車の中で」
    「特に、は」
    「へぇ」

     濡れた道に、街のライトが反射する。

    「雨、止むかな」
    「予報では」
    「あ、黄色。…あ、赤」

     信号。

    「あのね、ブラッド」

     止まる。

    「キース、泣いてたよ」
    「そうか」
    「可愛かった」
    「そうだろうな」

     キース。
     瞳が雄弁とはよく言ったもので、片一方だけでもあれほど、あれほどの情を伝えてくる好きな女に誰が、我慢などできるのだろうか。腹の奥底がずくりとうずく。あつくて、さむくて、たまらない。

    「ねぇ、ブラッド」

     ディノ。
     ディノ、ディノ。

    「たすけてって、言って。ブラッド」


     時を
     止めることが、できるなら。3人揃ったままでいたかった。
     時は、止まらない。

     時は止まらない。


    「信号」

     静かな、声だった。

    「変わったよ」

     雨粒が、ひかりに反射して、まぶしい。ハンドルを握りなおす。呼吸、をする。できている。なら、大丈夫だ。心臓はまだ、かたまりきってはいないのだ。指先がどれだけ冷たくなろうとも。それならまだ、生きていける。
     生きていける、こと以上に大事な何かがあるのなら。あるのなら。来世に放り投げてしまいたい。たとえ両手があろうとも、掴めるものには限界がある。大勢と手はつなげない。
     雨粒が、ひかりに反射して、まぶしい。

     クラクションが鳴った。
     後ろの車からだった。

    「みどりだよ」

     ディノが笑って、もう一度言った。頭の片隅で返事をして、車を発進させる。

    「ワイパー」

     あぁ。あぁ、そうか、雨粒は、ワイパーで、そうか。

    「あの色、みどりなのかな、あおなのかな」
    「は…?」
    「信号のひかり。あかと、きいろと……何色?」

     角をあとふたつ。それからはまっすぐ。入り口側の近くまで向かうには少し入り組んでいるけれど、車通りが少ない道だから、家の前には停めやすい。
     2km分だけ、話をした。イエローウエストの街並みの、光が何色に見えるのかという、特に意味のない話をした。
     そして、目的地に着いた。
     そこはキースの家だった。

    「ここでブラッドが一緒に降りてくれたら、俺はすっごく嬉しいんだけどな」

     気負いのない、明るい台詞だった。「なーんてね」と続いたものだから、断りの言葉は、口に出さずに済んだ。謝らずに済んだ。ディノのそういうところが、恐ろしいほどいつまでも愛おしく、狂おしく、思ってしまう

    「じゃあ」
    「あぁ」
    「じゃあね、ブラッド。だいすきだよ」

     シートベルトを外す音が、鼓膜の外で聞こえる。雨粒がひかりに反射してまぶしい。もうすぐ止む、はずなのに。まだまだ降りしきっているようだった。ぼやけて、道がよく見えない。となりから伸びてきたてのひらだけが鮮明に輝き、頬を攫う。やわらかい、空が近づく。「しょっぱいね」と一言呟き、離れてく。のを、引き止めて、ねだればよかった。もう一度だけ、でも、何度でも。ねだりたかった。目尻を撫で、撫で、「ありがとう。おやすみ。気をつけて」なんて言葉だけ残し、扉は開き、音を立て閉まる。背中はやはり、ぼやけて見えない。どうすれば、よかったのだろう。どうすれば。
     くちびるの味はおなじだった。ほんとは誰も泣かせたくなかった。





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