うるうるでとろとろ「アルジュナ……♡」
旋毛に顎を乗せて、うっとりと抱きしめて。かと思えば頭に頬擦りして、顔を撫でて、耳元でかわいいなと囁いて。――絶対に後で苦行だったと言う。アルジュナ・オルタは心に決めた。酔ったインドラが自分にどんな苦行を強いたのか、必ず伝えてみせるのだ。
アルジュナ・オルタの自室にインドラが訪ねて来るのは実は珍しい。普段はアルジュナ・オルタの方からインドラを訪ねているし、穏やかに過ごす事も無くは無いが、自然ベッドに向かう事も多い。そうなるとやはりインドラが自分のために誂えた大きなベッドの方が無理が無く、ならばと逢瀬にはインドラの自室を使う事が殆どだった。
インドラは自分から甘える事が苦手なのかもしれないとアルジュナ・オルタは考えていて、己の立場だとか、そもそも父である事だとか、アルジュナ・「オルタ」の複雑な背景だとか、後は性格だとか。構って欲しい時も口にする事はせずにこちらを目だけで伺っているだけで終わるような。察するに遊び上手の癖に恋をするのが下手なのだ。自分だってそんな記憶は遠すぎて作法のひとつも思い出すのには苦労するが、インドラのそれとは桁が違う。
神々の王を相手に褥で押し倒すなど不遜を理由に雷で焼かれても文句も言えない。温情の寵愛に包まれて、許されて、アルジュナ・オルタはインドラと恋をしている。の、だが。
「アルジュナ♡かわいいな、さすがだ、かわいい」
「もう相当な回数お聞きしました」
「うん?何度でも、きかせて、やりたくてな……♡かわいいアルジュナ、だって、おれのおとこ♡だものな♡」
「光栄です……」
素面の時に聞かせてくれたなら。言ってやりたい言葉も溜息も飲み込んで、大人しく愛でられる。常日頃、やや好き勝手にさせて貰っているのだ。これ位は代償に取られても仕方がない。
が。限界が近い。
(息、吐息が、耳……ッ!どうしてこんなに声が甘いんですか、溶けちゃってますよもう。こんな、こんなに、私でもはっきりわかる位甘くて、こんな風に甘えてくるなんて)
初めての事に混乱している内は良かった。それに慣れるとどうしても体が反応して、けれど酔っ払いが相手だと心頭滅却に励み、その上で本人に自覚の無い誘惑に翻弄され続けている。
どうか撫でないで。撫でるとしても手を全て使って。指だけで辿るように肌に触れないで。こう言う時は素数か円周率を数えるものだと聖杯は教えてくれるが、数える程の余裕は無いのでひたすらいちいちいちいちと同じ数を頭の中で唱えていた。
「アルジュナぁ……」
と、声の溶け具合は変わらないのに悲し気な声がして思わず振り向く。アルジュナを見下ろすインドラの目に涙が張っていてぎょっとした。この方は感情から泣いたりできるのか。
「どうして、おれがこんなにしてるのに……いじわるばかりする……」
「いっ、意地悪、ですか?」
「……なぜ、そんなに……うーいわせるな!ふけいだぞっ」
酔いが醒めた時にインドラが退去しないように見守っていよう。また一つ心に決めてアルジュナ・オルタは体の向きを変えてインドラに向き合った。拗ねたような表情ではあるが、悲しいのか寂しいのか、そういう物が理由で心を乱しているのはなんとなくわかる。頬を膨らまして懐くようにアルジュナ・オルタを抱く腕に力を込めて行く。神々の王というか神々のわがままプリンセスみたいな状態になっていた。
「さわれ」
「……いいのですか?そんな、とても、恐れ多い」
「なあっ、んん……!ゆるすと、ずっといって、」
「けれど貴方は貴い御方です。私のような不届き者は、たとえ息子であったとしてもその許しだけではまだ足りないのでは?」
「い、いじわるだ?なぜ?お、おれがきらいなのか?」
「まさか。私だって貴方に触れたくてたまらない。触って、齧ったりしたいです」
「たべるのか!?おれも!?」
勿論。アルジュナ・オルタは頷いた。その話をするのも久しぶりだ。初めて挨拶をした頃にお互い随分悩んですれ違ってぶつかって、そして今に至るのに、何を今更とアルジュナ・オルタは言えるのに、相変わらずちょっと嬉しそうな反応のインドラはそわそわと歯を立てられる事を待っている。
「お父様」
「んっ♡」
お返しのように耳元で、普段部屋では呼ばない呼び方をする。ついでに耳朶を唇越しに柔く噛むと、それだけでインドラは嬉しそうに体を震わせた。
「こんな風に噛んでも良いんですか?私はもっと色んな事をして貴方を惑わせますよ。撫でたり、摘んだり、引っ張ったり。舐めて、吸って。貴方の誰にも見せたくないような所も暴いてしまうし、突き立てて、掻き回して、触れられた事の無い所も苛めてしまいます。……インドラ様、それでもよろしいから、こうして誘ってくださってるんですよね?」
全部していいですか、と、インドラにさんざん実演されて覚えた殆ど吐息だけで喋る話し方で尋ねると、体の中に熱した石でも落としたようにインドラの体は熱くなっていた。長い足を擦り合わせている様子は堪え性が無さ過ぎていっそ心配になるし、ここに辿り着くまでにどんな飲み方をしていたのかもいっそう心配になって来た。自分以外に、このカルデアでちょっかいを出されているとしたら、この船の平穏を少し壊す自信がある。
ちらちらとこちらを見ていたインドラが、意を決したようにゆるす、言って、そのまま勢いに任せてアルジュナ・オルタの唇に己のそれを重ねた。上手なインドラにしては珍しく、加減を間違えて歯が当たったが、切れた唇から垂れる血は甘かった。
「ん……♡」
気持ちよさそうな声がして、アルジュナ・オルタはインドラを自分のベッドに押し倒した。やっぱり足がちょっとはみ出していたので、自分のベッドを作り直す事も視野に入れつつ蕩けた顔のインドラにもう一度キスを仕掛けたのだった。