無題「偶然だ」
「いーやわざとだね。駆け寄ってるの見たんだぞ!」
「試合に集中しろ」
「終わった後だ!」
その日はまだリサーチが完璧でない新しいマップで慣れない地形、共に組んだチームでの初勝利だった。普通なら祝杯を揚げてそのまま盛り上がり、特別な夜を期待してもいい位だ。期待じゃなく、確信するほどに。
それが何故か勝利の報せを受けてシップに回収され、シャワーを済ませて車でセーフハウスへ帰り二人きりになった今も売り言葉に買い言葉だ。
と言うのも、その日の部隊メンバーがクリプトと関係を噂されている電気技師─ワットソンとの3人だったからに起因する。
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物資の在処がまだ頭に入っておらず、つい広がって探索しがちで二人が近かったり、物資やダウン時のフォローなど、偶然二人が関わる事が重なった。これは意図的ではないのはオクタビオも理解していたが、その時のやり取りは部隊全員に無線で入ってしまう。
「ありがとう。貴方って…優しいのね」
「気にするな」
なんだ?
今の、蚊の鳴くような声は。
言葉自体は他の仲間へのものと同じだが、まるで声色が違う。
それはまるで……ベッドの中でオクタビオが聞く、あの低い囁きにも似ていた。
オクタビオはそれを幾度も聞かされて若干ストレスを感じていた。
そして残り部隊が3つになった時点で銃撃音がして、クリプトがドローンで戦闘地区をスキャンする。
「パイロンを立てるわ!」
ワットソンが慌ただしくフェンスをセットし、空気中に電気が満ちていくのを粟立つ肌で感じながら円の収縮と同時に銃撃を開始しようとしたその時、
“You are the Apex champions.”
「お?勝ったのか!やったぞクリプト!!俺たちの初勝利だ!」
オクタビオのよく見えていない所で勝利が決したようで、慌てて駆け寄った視線の先で、クリプトはワットソンと非常に近くで勝利を喜んでいるのが目に飛び込んできた。
気づいた時にはオクタビオは、二人の間に割って入って、クリプトの胸元へ飛び込んでいた。
「ち、近ぇぞお前らっ」
「?」
「あ、ああ そうだったか?」
頭に血が昇っていたオクタビオは、見下ろすクリプトの顔が驚きと柔い微笑みを浮かべていたのが気に入らなかった。
何笑ってんだよ。怒ってんだぜこっちは!
数時間ぶりに吸ったクリプトの匂いと温度は、いつも通りあたたかく心地良かった。
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「お前を信頼しているから、一人で任せられる」
「でも俺、──」
バッグに入れてたアル促、渡せずじまいだったんだぜ。
口を噤むオクタビオに、ふっとため息を吐いたクリプトがソファへ促す。
「おいで」
「ん……」
二人の膝が向かい合わせに交互に重なり、すっぽりと腕の中に収まると、胸元からクリプトの香りが微かに鼻腔を擽る。そのまま肺いっぱいに吸い込んでいるとクリプトが覗き込んだ。
「シンジケートの息子と、関わりがあるとバレたら…お前に危険が及ぶかもしれない。それだけは……」
ふくよかな唇が言葉を選びながらオクタビオを解そうと、不器用につぶやいているのをぼんやりと見ていたら急にその感触を確かめたくなったオクタビオは、自らの薄い唇をはっと重ねた。
「オク、」
「もう黙れ」
確認するように柔らかな肉を何度も食むと、理解が追いついかない目をしていたクリプトに火が灯るのがわかった。もうこうなれば終わりまで離してくれない。
こんな簡単にこの偏屈で堅物な男を焚き付けられるのは俺しかいないだろ。
そんな優越感に満たされながら、差し込まれる舌に薄い舌を重ねるオクタビオだった。