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    ariri1630

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    平和軸松ガスの同棲幻覚
    だらだらしてるだけでなんもないです

    松ガス小話1 深夜、静けさがそのまま冷気になって素肌の足元を滑るように伝う。下着と、寝巻きにしているオーバーサイズのTシャツだけでは心もとない気持ちで、右足の先で左足のふくらはぎを撫でるように掻いた。
     シンクに片手をついてぼんやりと薄闇を眺めていると、背後からドアの蝶番が微かに軋む音がした。深くて重い足音に続いて、横並びになった家主の、ややかすれた声が斜め上から降ってくる。
    「なんや、えらい夜更かしやな」
    「……さっき起きたの。松田さんと一緒」
     喉乾いて。と手に持つカップを示せば、それを奪われ飲み干されてしまう。
    「水かいな。ちゃんと冷蔵庫のん入れたんかこれ」
    「水道水だけど」
    「どおりでカルキ臭い訳や」
     人の飲み物を奪っておいてなんて言い草か。横暴な家主を見上げ、山田はほんのわずかに唇を尖らせる。外国でもあるまいし、水道水を飲んですぐに腹を下すこともあるまいし……と思いながら、胃腸の強度は自分の方が脆弱なので言い返すのはやめておいた。
     かくいう家主、松田もカップに水道水を汲みなおし一気に煽る。
    「……人にはあれこれ言うくせに」
    「あ?」
    「何もないですー」
     結局軽口を叩きながら、山田の頭の中でカレンダーを呼び起こす。フリーランスで在宅の仕事をしていると曜日感覚が薄れてくるが、今日はもう土曜日だ。毎日朝から晩まで留守にしている松田も一日オフであることを再確認し、何気ないふうに声を上げた。
    「あのさ。コーヒー、淹れてくんない」
     闇の中で硬質に反射するシンクの上を、山田の言葉が転がっていく。あ、滑ったかな。不自然に響いたならそこまでの含みはないから、撤回しようかな。隣立つ松田の気配を探ろうと肩先や耳の端に微かな緊張が走る。
    「……まだ3時過ぎやぞ、朝活でも始めたんかいな」
     じゃあいいよ、と残念がろうとした手振りを封じられ、山田はぱちりと目を瞠る。
    「湯沸かしや」
    「え、いいの」
    「飲みたいんやろ。薄めにしたるから満足したら寝り」
     まだ終始かすれ気味の、怠そうな声は不器用さが滲んでいる。手渡されたやかんに水を汲みながら、彼の不器用さは損だが美点だな、と独りごちた。
     ぱち、とシンク上のライトが灯される。
     山田が預けたやかんを火にかけ、頭上の棚からコーヒーの入ったキャニスター、ドリッパー、ポット、フィルターなど必要なものを次々と取り出していく松田の姿をぼんやりと眺める。キャニスターを開けた時にふわりと漂う香りの心地よさは、松田と暮らし始めて知った。器具をセットしてメジャーで測ったコーヒーの粉を入れ、てきぱきとした手捌きを眺めるのは気分がいい。
    「……ほんで」
    「え?」
    「なんかあったんやろ。怖い夢でも見たんか」
     気を遣ってあえて触れてこないかと思いきや、突然切り込んでくるので驚いて一瞬固まってしまった。図星を突かれて、悔しいやら恥ずかしいやら、耳の先がむず痒くなる。
    「まぁ……そんなとこ。もう内容なんか全然覚えてないんだけどさ、起きたら目が覚めちゃって、松田さん熟睡してたから起きてくると思わなかった」
    「ばりばり眠いわ。まぁ、土曜やからまだえぇけど」
    「あ、もう土曜日か。一週間早いね」
     沸いた湯でコーヒーを少しだけ湿らせる。少し蒸らすのがいいのだと前に説明されたが、自分で淹れるとどんなやり方でも味は変わらない気がしている。松田が淹れるから、工程に意味が生まれるのだろう。
     ゆっくり、ドリッパーの中で円を描くように湯が注がれるのを、二人して見つめている。一度満たして、膨らむような香りを浴びながら抽出されるのを待つ間、山田はいたずら心が働いて松田の足を爪先で突いてみた。
    「なんや」
    「んー」
     目はコーヒーの抽出を見つめたまま。爪先で松田のくるぶしのへこみをなぞり、そのまま、ぺたんと足を重ねてみる。分厚くて、横幅も広い。体温の高い肌は山田と何もかも違う。
    「なんやねん、うっとうしいわ」
    「松田さん足大きいよね、何センチあるの」
    「あ? あー、だいたい二十八か二十九かやな」
    「でっか。僕より三センチ以上もあるんだけど」
    「ちっさ。子どもか」
    「日本人男性の平均ですけどー」
     言葉で小突き合いながら、松田の手はコーヒーを注ぎ、山田の足は中途半端に体重を乗せてちょっかいをかける。
    「さっきからケンカ売っとんのかて……おら、淹れたったぞ」
    「ん。ありがと」
     カップをもう一つ取り出し、二人分のコーヒーを注ぐ。なぜだか流れのまま、シンクにもたれる形で並びたって苦味はあるがあっさりとした液体をすすった。
    「おいしい。いつもより軽いね」
    「そらぁな……こんな時間にコーヒー淹れらなあかんと思わんかったわ」
    「なんだかんだ叶えてくれるんじゃん。マツえもんやっさしー」
    「誰がマツえもんや、いちいちイラつかせとんちゃうぞほんま」
     言葉は乱暴だが、本気で怒っている訳でないのは、もう山田にもわかる。熱いので少しずつすすりながら、ちらりと横目で盗み見ると、背後からシンクのライトを浴びている松田は前髪をおろしているせいか少しだけ幼く見えた。いやいや自分より十二も年上の男に向かって幼いとか、と鼻で笑いたい感情も生まれるが、険のない横顔は無条件に安心感を抱かざるを得ない。
     このコーヒーの苦味も、他人との生活も、心地よいものだと一つひとつ伝えてくる関係は、山田の人生で初めて知るものだった。
    「せやけど、ほんまにこれで平均なんか?」
     小さすぎちゃうん、と受け取り方によらず失礼なことを言いながら、松田の分厚い足が山田の薄い甲を踏みつけるてくる。
    「い、痛いっていうか重い……やめてよ松田さん重量級なんだから」
    「そっちが細すぎるんやろ。対比にならん」
     皮膚の薄いところから、松田の体温がじわじわと移ってくる。夢見が悪くて冷たくなっていた体の芯が、ゆるい灯りで温まっていくようだ。
    「ほんとやめて、ビッグフットに踏み潰される夢見る」
    「誰が怪異やねん……ほんならもう一眠りするか」
     解放された肌が、ふっと空気に晒されて粟立つ。同時に、錨が外されたような空虚な浮遊感もあって、山田は慌てた。
    「寝る前に歯磨くんやぞ」
    「わかってるよ……」
     引き留めたい、心細い、と思ってしまったことが、心底悔しい。
    「早よせぇや、一緒に寝たるんやからんな顔してんな」
    「なっ、同じベッドで寝てるのはいつものことじゃん、松田さんがソファで寝るなってうるさいしマットレス良いから寝てみろとかしつこく誘ってきたのもそっちだし……」
    「へーへー。わかったから早よ歯磨きしてくれるか山田くん」
    「ぐ……下手な子ども扱いやめてよね、もうすぐ三十なんで」
     軽口の応酬に、解れている自分がいる。
     こうして悔しい思いばかりしているのは自分が子どもだからなのか、松田がそうとしか扱わないからなのか、やきもきしたまま、急かす松田を追いかけるためにシンクの灯りを消す。
     再び訪れた闇に満ちた苦い香りが、まるで松田の残り香のように自分を包んでいることに気がつき、むくれたまま洗面所に飛び込むと、訝しそうな松田に迎えられた。
    「なぁ、いちいち足踏んだりくっつけてくるの癖なん?」
    「は? なんで」
    「寝てる時いつも絡まってくるやろ。まぁ足だけやなくて全身やけど」
    「……覚えがない」
    「嘘つけ、こないだ寝ぼけて人の背中にデコ擦り付けとったやないか。あのせいで遅刻するかと思ったんやぞ」
    「……覚えが、ない。振り解いて行けばいいでしょそんなの……」
    「ほぉーん。了解、次からそうするわ」
    「やったことないから、そんなこと」
    「まぁそうやな、お前の中ではそうなんやろな」
    「っ……変な煽り方覚えやがってムカつくな……」
    「ってかいい加減早よ磨けや。目覚めてしもたし思ったより元気そうやしな」
    「は? もう一回寝るんじゃないの」
    「やることやったらな」
    「やること……え、今、そういう流れだったの」
    「先戻ってるで、ほんまちんたらしてんと早よ来い」
    「え、え、えぇ……」
     一人になった洗面所で鏡を見ると、そこには不服そうに眉を顰める、今までは知らなかった自分の顔が写りこんでいた。
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