騒音と潮騒ガシャン!と不意に騒音が響く。
ああ、そんな時期か。
「うわぁっ!な、なんです?!」
寝床に転がって俺の鰭で遊んでいたシェイクが飛び上がるので心配しなくていいと抱き上げてやる。
その間にもガシャン、ドゴ、バリバリ、と騒音は増していく。
「…爆弾隊の中に、酷く壊れてしまっている奴がいてな。出撃していないと不安定になって、ああして暴れてしまうんだ。」
「そうなんですか…。あの、窓、閉めますか?少しは静かになると思いますけど…。」
ものすごい騒音になってきているのになんで閉めないのか不思議なのだろう。
音が響く度に背鰭をびびびと震わせて警戒するシェイクを腹に抱き寄せて鰭で覆う。
「…すまんが、これでしばらく我慢してくれ。幾らかしたら、止むはずだ。」
「…お知り合いのシャケなんですか?」
「ああ、爆弾隊養成所の後輩だ。」
「そうでしたか…。戦場で、何か心を病んでしまわれたんですか…?」
「いや、養成所に来たときには既に壊れていた。」
どこから壊れたのか、元から壊れていたのか、自分でもわからないと、アイツは言っていた。
こちらを見ているのに、表面に映すばかりで内側には何も落ちていかないあの冷たい瞳を思い出す。
しばらくこのままで居させて欲しいと、暖かい副官を抱きしめた。
「…フライ、生きているか。」
コツコツと住処の扉を叩く。扉の外見だけはキレイなものだ。それでも、ここを開けば住処と呼ぶのが憚られる様な惨状になっているのを知っている。
あまりに痛々しい。
「…あ"、ぅ"、は、はぁど。」
扉越しに、ほとんどうめき声の返事が返ってくる。
「ああ、そうだ。少し落ち着いたようだから様子を見にきた。」
「あ"ぁ…、ああ、そうか。いつも、すまないな。」
「まだキツイようなら意識を落としてやる。どうする?」
「…ありがとう。もう、もう落ち着いた。」
「そうか。…部屋では難しいと思うが、どこかで少しでも休めよ。」
「ああ、少し、潜ってくる。」
「そうだな、それがいい。」
俺がここにいてはコイツは出られないから、住処の前を後にする。
「ハード。」
呼びかけられて振り返る。まだ扉は閉じたままだが、そのすぐ後ろにいるらしい。
「ありがとう。」
「…気にするな。同室のよしみだ。」
じゃあな、と一声かけて自室に帰る。
これ以上、上手な「正気のフリ」を見るのはあまりに辛い。
「あ!おかえりなさい!その、どうでしたか…?」
「もう落ち着いたようだ。うるさいのに、付き合わせてすまなかったな。」
「いえ!うるさいのはいいですが、…ハーディ隊長が辛そうなのが気になりました。」
抱きしめさせて下さい、と鰭をこちらに向かって上げるので、ありがたく抱えて抱きしめてもらう。
「…お前がいなかったら、俺も遅かれ早かれ、ああなっていた。」
「ハーディ隊長が?まさか…!ありえないですよ!」
「いや、嘘じゃない。お前があのとき止めていなければ、あのまま新兵を殺していた。そうなれば、俺は壊れてしまっていただろうな。」
新兵のときに受けた傷は、少しでも気を抜けば痛むから。
厳格に、厳格に、自らを規律で押さえて。
医局に頼めばバレてしまうからと、怪しい薬で濁して。
次こそ還らなけばと焦燥に焼かれる日々に。
少しずつ正気を擦り潰していたのは分かっていた。
これ以上何も抱えていられないと声無く慟哭する中で、お前が、止めてくれたから。
痛いと言って良いと、鰭を取ってくれたから。
「…アイツにも、良い副官が付くと良いんだが。」
「そうですね…。1匹は、しんどいですから。」
シェイクがあの時のように、片目を覆うように抱きしめて。
潮騒の様な鼓動に、アイツが今潜る暗い海を想う。
せめてそこぐらいは凍えるほど冷たくないようにと、届く当ても無く祈った。