「ラスベガスで撮影だ、クリフ」
ヒッピー撃退後のリックは忙しい。次に撮影を控えているのは悪党のチームがラスベガスの巨大カジノの金庫を狙う強盗映画。11人チームはちょっと多すぎないか？とリックはぼやく。
「…それと俺のスーツを仕立てるのに何の関係があるんだ？」
試着室でスーツに身体を押し込められたクリフもぼやいた。息苦しいからとシャツは胸元が開けられ、高級スーツの硬すぎない生地は鍛えられた身体のラインに沿い、ハリウッドスターと並んでも遜色ない色気を振り撒いている。クリフの気怠げな雰囲気が男っぷりを助長していた。
「俺には上等すぎる」
「上等だと思うならキチッと着ろよ」
目にうるさいくらいの色気がましになればとリックはクリフのボタンを閉めてやる。クリフは大人しくボタンを操る手を見守った。ちまちま動く丸い指先を見下ろして、まるで新婚みたいだなと浮かれた感想を抱く。リックはリックで渋面を作りながらも、第一ボタンまで留めてネクタイを締めさせたらハンサムどころじゃないんじゃないか？と考えていた。
「ラスベガスに行くなら当然、カジノも行くだろ。ちょっとくらい遊んで金使わねえと。貧乏なんて噂されたらたまったもんじゃねえ」
「ラスベガスのカジノでこれを着るのか？」
クリフは胸元から視線を外して素朴な疑問を投げた。
「カジノならスーツだろ？」
リックも顔を上げて答える。クリフは、ははあなるほど、という顔をした。
「ボス、ラスベガス行ったこと無いだろ？」
「えっ…なんで分かったんだ？」
「ラスベガスのカジノにドレスコードは無いぜ。みんなTシャツとジーンズだよ」
ラスベガスも最上階VIPならまた違うかもしれないが。俺もそこの様子は知らない。
リックはクリフの言葉に唇を尖らせた。腕を組んで人差し指で腕をタップする。スポンサーがホテル代を出すとはいえ、大企業の社長が泊まるような部屋に撮影クルーを連泊させるはずはない。自腹でグレードアップは…できるか自信がない。なんだ、せっかくクリフの着せ替えを楽しめると思ったのに。
「まあ、いい。それはそれとして、これはお前に似合ってるから買おう」
リックはついでにネクタイと靴も見繕いたい、と店員に続けた。顔には出さず会話の行方を神妙に見守っていた店員は手早くにこやかに商品を準備する。高級な生地と値段に落ち着かないクリフは少し困った顔をしたが、リックが似合うと言うなら受け入れる以外の選択肢は初めから無いのであった。