ベビド女体化その後 命を落とす時というのは、どんな感覚になるものか。
もし、ただ一瞬で永遠に覚めない眠りに就くだけだと思っているのなら、それは幸せな事だ。実際はそんな安らかなものじゃない。例えるなら、冷たく底のない深い深い泥にじわじわと吸い込まれていくような。体が末端から順に冷たくなり、動かなくなり、言う事を聞かなくなり、抗いたくても叶わない。段々と暗闇に飲み込まれ自我が失われてゆくのを、ただ成す術も無く感じている。ついさっきまで確かに自分自身を構成していたはずのものが、暗闇に溶けて散逸していくのだ。傍からは既に目を閉じ心の臓が止まり死んでいるように見えても、暫くはそうやって内側で藻掻き苦しんでいる。それは決して愉快な感覚ではない。何度も経験していれば、ああ自分は死ぬのだな、というのが嫌でも理解できてしまう。勿論蘇生してくれる仲間が側にいることはわかっている。しかし死を恐れる本能はそんな事では覆い隠せない。もしも蘇生してもらえなかったら。失敗されたら。自分はどこへ行ってしまうのか。この意識はどうなってしまうのか。もう二度と光を見ることは叶わないのか。そんな何か途方もない恐ろしさに全てが塗り潰され、そしてそのまま意識が薄れていくのだ。
まあ死に方によっても違う。もっと苦しむ場合もあれば、もう少し楽に逝ける場合もある。そんな経験のバリエーションは増やしたくないが。ただ少なくとも、死の呪文で死ぬ時はそんな感じだ。とても安らかに天の国へ行ける感じじゃない。と言うか、死んだ事は一度や二度ではないが、天の国などという場所へは辿り着けた試しがない。最近は、そんな場所が本当に存在しているのか疑わしくすら感じ始めている。聖職者の前でそんな事を言って説教をされるのもごめんなので口には出さないが。
……いや。こいつはとっくに、聖職者などではないんだが。その証拠に、少しでも神を敬い生命を尊ぶ気持ちが残っているなら、恐らくしないだろう。あんな事は。
「何で殺すんだよ! 意味がわかんねえ、そんなに俺に死んで欲しいのかよてめえは‼ ああ⁈」
そんな深く冷たい暗闇から蘇生呪文によって強引に引っ張り出され、無事に現世に舞い戻ったはいいものの、理不尽に命を危険に晒された、と言うか殺されたナルテは流石に穏やかな心持ちではいられない。また服を中途半端に脱いだままなのが、死んだ時の状況を思い起こさせて不条理を煽る。何しろ変化の杖で女に化けて誘ってきたのは向こうなのに、いざ事に及ぼうと思ったらあれだ。
「お前がちゃんと準備をしないからだ! 俺はお前が初めての時だってきちんと手順を踏んでやっただろうが!」
リジェはナルテが死んでいる間に杖の効果が切れたようで、男の姿に戻りちゃっかりと自分だけ着替えている。さっきまであんな娼婦でもなかなかしないような格好をしておいて。しかも普段ほとんど冷静な態度を崩す事のない彼が軽く声を荒げているのもまた腹立たしい。何が準備だ、半ば襲ってきたのはそっちのくせに。
「うるせえ、お前が煽るからだろうが! 大体殺す事ねえだろ、嫌だったんならラリホーで眠らせるだけで良かったじゃねえか!」
「それは、……まあ、……そうだが……」
声を荒げていたと思ったら、今度は気まずそうに口ごもる。またしても普段の彼にはあまり見られない様子だ。先程の行為の最中のリジェは完全に楽しんでいるようにしか見えなかったが、こうなってしまった今となっては流石の彼も多少は気まずく感じているのだろうか。
「……んだよ。お前なあ、……あれは、出来れば味わいたくねえんだぞ……」
今も生々しく脳裏にこびり付く死の感触。一度味わうと、なかなか離れてくれない。四人で旅をしていた頃は、セラやリジェを守って無茶をしがちなナルテは一番死ぬ頻度が高かった。それでもあの頃は、戦いの高揚感や仲間を守る事ができた充足感があったから、痛みも恐怖も何とか乗り切って来られた気がする。こんな下らない理由で殺されて堪るか。
「わかってる。……いや、……俺だって、やりたくてやった訳じゃない。お前が、……強引に、するから……」
「はあ? お前なあ……」
死ぬ直前の事は覚えている。あんまり人を馬鹿にした様子で煽るものだから、腹が立って力任せに腕を捻って押し倒した。組み敷いたリジェの姿は、髪や瞳の色、それに涼しげな目付きは見慣れた彼のものなのに、すらりと細く伸びる手足に豊かな乳房、優美な曲線を描く腰から脚、薄い腹に丸みを帯びた尻。全てが女として完璧な美しさを誇っていて、まるで作り物のようだった。いや、杖の魔力で化けた姿だから作り物と言えばその通りなのだが。それでも、男の状態の彼の肉体も彫刻のような美しさであるものだから、綺麗な男は女になっても綺麗なんだな、なんてうっかり見惚れていたりしていたのだ。
だから止まらなかった。だって、最初はこっちだって止めようとしていたのに。あんな風にその柔らかな身体に触れさせたり、擦り寄せてきたり、とにかくこっちを煽るだけ煽るものだから。それに、それならもう一息に貫いてやろうと痛いほどに怒張した陰茎を宛てがったそこは、もう溢れるぐらいに蜜を滴らせていたものだから。大体、組み敷く前から触らせたりしてきたのもそっちだ。何が強引にするからだ、むしろ襲われたのはこっちだと言いたい。
「……あんな、顔も、体も……あんな風で、来られたら……、……無理だって……。……嫌だったんなら、普通に言えよ。つうか滅茶苦茶濡れてたじゃねえかお前、そっちだって早くして欲しかったんじゃねえの」
「う、うるさい! だからって、あんなに直ぐ挿れようとする奴があるか! これだから女をろくに知らん奴は……!」
「お、図星か。お前、自分で今どんな顔してるかわかってる? 見た事ねえなあそんな顔」
「……っ、……くっ……貴様……」
普段は表情の動きが少ないリジェの、怒る顔、照れる顔、悔しそうにする顔。どれも滅多に見られるものではない。命を賭けた価値がある、とまでは言えないが、まあ少しぐらいは得もないとやっていられない。何たって、文字通り死の淵を覗いて帰ってきたのだから。
「少しは悪いと思ってんだろうなぁ? 前、ザキなんて気軽に唱えるもんじゃねえっつったのはどこの誰だよ」
「そ、それは、…………」
とうとう口を押さえて黙ってしまった。こいつ、追い詰めるとこうなるのか。もうそれなりに長い付き合いだけれど初めて知った。何せ普段は頭の回転も言葉の組み立て方もリジェの方が数段上だし、普段は何かと言いくるめられてばかりだから。
「大体さぁ。お前、俺が初めてで嫌だもう無理っつった時、本当に嫌なら殺してみせろとか言ったよな? ……俺が、どんな気持ちでいたと思ってんだよ」