嫉妬先日、とある婦人に指輪を購入頂いた。
目元の黒子が色気漂わせる婦人が選んだのは真っ赤なルビーの指輪。
何かと曰くつきのこの店に好奇心で訪れた時よりも、遥かに目を輝かせて大粒の深紅が輝く薬指を眺める姿は、まるで初めて自分だけの宝石を目にした少女のようで。
ワタシにしては珍しく、その姿だけは酷く目に焼き付いたことを覚えている。
───
舞台は変わって、ここはワタシ行きつけの小さなカフェ。
落ち着いた雰囲気で、奥のテーブル席は手入れされた観葉植物が緑の壁となってくれる。そこでいつものように、静かにコーヒーを飲みながら朝刊を広げて目を通していく。
ああ、また、街で事件があったらしい。
内容を要約すると、今回の犠牲者はどうやら警察に協力するために一芝居演じたようだが、その甲斐なく、警察の目の届かない場所で本当に犠牲者となってしまったようだ。
今回の調査次第でまた何かしら協力を要請されるのか、妙な憶測により面白半分で購入に来る貴族が増えるのか。
(ま、どっちにしろ宝石なんてそうそう売れるものじゃないからワタシにとっては有難いことなのデスが)
ふと気配を感じて視線を上げれば、見ていた新聞に指がかけられてすっと力を込めて下げられる。文章だらけの壁がなくなり、拓けた視界。そこには随分と色気のある、垂れ目がちの琥珀が二つ。
「私がいながら新聞に浮気かね?」
「…まさか。気になる見出しがあったものでシテ」
「そうか」
答えに満足したのか、それともワタシの目が自分に向いたからか。冗談を口にしながら、目の前の美丈夫はコーヒーのカップに口をつける。
テーブルに片肘をつけて、カップを持ち上げるその姿はマナー違反だというのに芸術品の如く美しい。流石学者サマ、というところだろう。
ほう、とため息をついたのは彼を見つめる、自分を除いた、男女問わないすべての客と店員だった。
「……………ハア」
自分がギリギリで溜め息を噛み殺したためか、琥珀色の瞳と形の良い眉をすっと下げて赤毛の髪と同じ顎髭に手をやり、今度は自身が悩ましげにため息を吐く。
「君はどうやったら私を見てくれる?」
「おや…こうして見つめあっているではないですカ。これ以上何をお望みだというのデショウ」
「…………クク」
まるで恋する乙女のように。
僕が両手で顎を支えるように身を前に乗り出して見つめ返せば、端正な顔立ちには似合わない、いびつに歪められた口角の奥から底を這うような恐ろしく低い笑い声が漏れだした。
ケーキのクリームのような上っ面だけの甘ったるい会話。
その気になればどうとでも持っていける頭脳と手腕を持っている癖にそうしないのは、この会話も、僕の心が手に入らないことも楽しんでいるからだろう。
ならば自分もしばらくはこの過程を楽しませて貰おうか。
(まあそれはそれとして)
どうせ結果なんて決まっている。そうお互いに分かっているいうのに、嫉妬は程ほどにして欲しいものだ。
カップの中を空にして再び視線を寄越せば、先程の厭らしい笑みを消した男は、店員が運んできたケーキをスプーンで美味しそうに頬張っている。そのスプーンを支える左手の、細長い角張った男らしい指の中の、一番小さな指。
そこには美しい深紅が嵌まっていた。